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from: クマドンさん
2014/12/01 06:00:05
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問い
生きることの物語。生きているということは、その物語を日々作ること。振り返ってみたら、やっぱりそこには生きて来た意味がある。いかに生きるかの問いは、いの
生きることの物語。
生きているということは、その物語を日々作ること。
振り返ってみたら、やっぱりそこには生きて来た意味がある。
いかに生きるかの問いは、いのちからいつも私に問われている問いである。
その問いに対して、日々正しく生き、使命感をもって生き、
具体的な責任を担って生きる。
その日々の積み重ねが、物語を紡ぐ生き方だ。
山に登らない人でなく、山に登る人だった。
そのおかげで、25年間の「山賊会」の仲間だった。
日本各地の山に登り、飯豊に憧れ、地元の山に登り続けた。
それは、それぞれの人生の物語でもあった。
そこから、多くを学んだ。
そして、出会った人たちから、多くを学んだ。
ありがたいことだった。
「山に登ってよかった」と、想いながら帰って来た。
父の病室に行くと、父は静かに眠っていた。
暫くすると目を開けた。
それから、看護士さんが食事だと呼びに来てくれた。
車いすに父を乗せて、テーブルに向かった。
その横に私は座って、スプーンをもって父にお粥を食べさせた。
ほんの少し口にしただけで、父は首を横に振った。
魚やおひたしをわずかに食べて、食事は終わった。
ベッドに帰ってから、父が暴れ出した。
自分が起きたいのだが、思うように体は動かず、自由にならないからだった。
父が語る言葉の半分も理解できない私に対しても父は怒っていた。
起き上がると危ないから寝かせようとすると、
腕を払いのけて、私を怒鳴って、にらみつける。
「帰れ」と、言われ、何だか、長生きする意味を考えてしまった。
ここに座っているのは、父であるが、父ではない。
私は、長生きすることの意味が分からなくなってしまった。
そんな父を独り残して、私は帰って来た。
昨日は、とてもとても心が空しく、独りぼっちで、死にたいくらいだった。
老いは必ずやって来る。
独りで老いていくのは、私だけではないはずだ。
山賊の仲間たちも、老いの中だった。
いつのまにかそんなに年を取ってしまった。
父もそうだ。年なんて誰も取りたくもないだろう。
ただし、自然そのもである人間である私たちは、やっぱり老いて、死んでいくのだ。
その老いと向き合い、その孤独と向き合い、耐えて生きることが、
私と父と山賊たちとのいのちからの問いのような気がする。
いのちは、父にも問うている。
父の意識はおぼろげであろうとも、父もその問いに応えなければならない。
例え、いかに孤独で、空しくあろうとも、
その物語の舞台から、降りることはできないのだった。
だから、それを引き受け、その問いを問いとして持ちつつ、
今日を一日生きるしか、生きる道はないのだと、諦めている。
from: wakaさん
2014/12/29 12:43:29
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いい仲間といると安らげますね
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