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親父たちよ

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  • from: クマさんさん

    2011/03/02 06:05:43

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    苦の時代を生きのびよう

    また真冬に逆戻りするようなことを天気予報が言っていた。
    吹雪になると言う。
    これが新潟の冬なんだ。

    昨日NHKの番組で、現代の仏教事情を報道していた。
    お寺が檀家離れで倒産しているとのことだった。
    葬式仏教となり、戒名を法外な価格で売りつけ、税金は払わない。
    「○○丸儲け」などという言葉もあるように、
    墓を建てるだけで、相当な額を請求し、当たり前のようにしてふんぞり返っている。
    それは、父や母の年代では通用したかも知れないが、
    私が父の墓を建てる寺を移したように、
    欲だけのお寺とは、一切かかわるたくないという世代が増えている。

    寄付金を集めて、大伽藍を建て、キャデラックに乗る時代は終わったのだ。
    仏教とは、どこに原点があったのか、
    それを再び僧侶として語らねばならない時代が来ているのに、
    葬儀屋と結託して、何億円もかけて納骨堂を建てている場合ではないのだ。
    そんな愚かさに、騙され、人がついて行けるほど、
    今この時代を生きている人たちには、心と金のゆとりはないのだ。
    お寺が、倒産する。
    時代だなぁと、つくづく感じた。

    もともと僧侶は、清貧であるべきなのだ。
    それは曹洞宗の祖である道元禅師がはっきりと語っているではないか。
    その教えを生涯かけて実践した良寛さんの生き方こそ、
    今の時代に人々から求められる仏教なのだ。
    金や欲望と対極の所で、本物の僧は生きているはずだ。
    何のために墨染の衣を着たのか。
    その決意の原点に金儲けがあったら、情けない。

    「この時代は、苦の時代に入ったのです。」
    番組に出演していた仏教学者がはっきりと言っていた。
    「鬱の時代」と言ったのは、五木寛之さんだった。
    それは、自分の周りの人たちの生活を見まわすだけでよく分かるはずである。
    私たちは、金や権力や地位や名誉に騙され続け、疲れ果てているのだ。
    3万2千人を超す自死をする人の数は、いったい何を物語っていると言うのだろうか。

    昨日、この掲示板に書いたことも、「苦の時代」についてだった。
    実は、高度成長からバブル期にかけて、
    人は目に見えるものや、数字で現されるものだけに、騙されて生きて来たのだ。
    つまり、その地位に着く。金をたんまり儲ける。権力を手にする。
    そうすれば、人は幸せになれるのだと、信じて生き過ぎたのだと私は思っている。
    「本当の幸せは、そこにはないのだ。」
    「欲望の業火に焼かれ、苦しむだけなのだ。」と、
    二千年も前に「そこにはない。」と仏陀が教えているのに、
    その弟子である僧侶たちが、その欲に走り、自滅して行った。

    しかし、そうした愚かな現実の中で、原点に帰り、
    僧侶としての本分を尽くそうと行動する僧も現れた。
    今が「苦の時代」ならば、人が求めることは「心の癒し」なのである。
    生きることは、苦なのだ。
    その苦と孤独とは、決して権力や名誉や金や資産や豪邸では癒されぬのだ。
    その欲望を捨て、人のために生きることに、
    本当の心の平安が存在する。
    「人とは、そういう不思議な存在なのだ。」

    行動する僧は、地域社会で悲しみ苦しんでいる孤に自分からかかわり、
    助けの手を差し出していた。
    「無償」であり、世の中にとっては「無用」でもあるかも知れない。
    しかし、見捨てては置けないという切なる気持ちで、
    彼は、自転車を飛ばして、独居老人を訪ね、病気の人を見舞って行く。

    きっと彼は、そうした苦しみの中にある孤独な人から、
    手を合わされ、涙で感謝の言葉を言われているのだと、私は想う。
    「こんな世の中から忘れ去られた私のような人間に、そんなにも一生懸命尽くして下さる。」
    「有り難い。」「ありがとうごさいました。」
    「苦の時代」に、彼は仏となって生きている。

    「捨ててこそ、生きる道あり、月見酒」
    実は、劇中に長者が語るこの歌に「王瀬の長者」の本当のテーマが存在している。
    Cさん、良念はこんな現代に最も求められる貧しい人々の隣人として、きっと舞台で生きているよ。
    私がこの年になって行き着いた境地がある。
    それは、「世の中に居ても居なくてもいい人は、居ていいんだ。」だ。

    良念の役作りをしながら、いつも良念に教えられている私だった。
    「良念、お前になるためにはどうすれゃいいんだ。」
    すると、良念はただ優しく笑ってくれるだけだった。
    「わしは、あの月の兎のように生きたい。じゃが、それが、難しい。」

    ぜひぜひ3月13日にはりゅうとぴあ劇場に来て、
    たくさんの人にこの劇を観てもらいたい。
    「苦の時代」をどう生きのびるか、その答えがきっと見つかるはずである。

    特に、「ぷれジョブ」にかかわっている全ての人たちへ、
    この劇は私からのメッセージだと思ってぜひ観ていただきたい。

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