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from: クマさんさん
2012/07/21 11:14:22
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可哀想は、三日もたない
昨日、妹から辛い電話があった。
父が、妹が行くと泣いているというのだ。
「自分が何も知らない内に、物のように扱っている」と、妹に訴えているそうだ。
その訴えを聞き、妹も父が可哀想に想い、私に電話してきたのだった。
今日は改めて父の介護の話をする。
母が倒れた夜、父は台所にあった箱酒を空にして、泥酔だった。
母が入院した夜は、私の部屋の日本酒をもって来て、やっぱり酔っていた。
酒を飲んで忘れたいやるせなさはよく分かった。
しかし、そんな父を昼間、独りで家に置くわけにはいかなかった。
その父が酒を飲んだり、具合が悪くなったりしないように、
私が一日番をするわけにも行かなかった。
父は、とにかく私に向かって悪態をついて来た。
何をしても面白くないので、文句ばかり怒鳴っていた。
私は妻と母との入院と、父と次男の世話とにほとほと疲れ果てていた。
そんな時、人は神経が研ぎ澄まされ、堪え症が無くなり、ちょっとしたことで切れるのだった。
こんなにもへとへとになりながら家族の為に動いているのに、
父は、母を病院に入れたことを、私が勝手にしたのだととにかく酷い言葉で訴えていた。
これではと、介護保険が切れていた父と母の保険を再申請し、
とにかく統括支援センターに相談に行き、
地域のコーディネーターのKさんに自宅に来てもらった。
私たちが父の行き先の相談をしていると、突然父が怒鳴り出し、
「俺は、どこーも行かね。帰れ、帰れ」と言い出すのだった。
私が父を説得するのだが、全く聴く耳をもたなかった。
その内に、私の目からは涙が溢れて、止まらなくなってしまったのだ。
情けなくて、切なくて、悔しくて、可哀想で、何とも言えぬ涙だった。
初対面のKさんは、その涙を見て、切迫した状況だと察してくれた。
私は、父を殴り倒し、首を絞めてしまいそうな衝動を抑えてもいた。
やっとディサービスが決まり、9時には若い職員がお迎えに来てくれるのに、
朝食を食べさせた後、「俺、行かねろ。」と言って、全く動かなくなる父だった。
「頼むから行ってください。お願いします。」私は土下座しても父に懇願した。
それでも、「何であんげな所に行かんばなんねんだ」と、頑固に拒むのだ。
それが毎日1時間以上かかった。
やっぱりこの時も、暴力を振るってしまいそうな衝動をやっと抑えた。
父が行くと、ほっとした。
その後は、食器を洗い、洗濯機を回し、洗濯物をたたむ仕事だった。
しかし、父のことを考えるとこの単純な作業が無心になれて、楽しくも感じた。
夕方6時に父が帰って来る。
その前に買い物を済ませ、夕食を作っておかねばならなかった。
父が疲れて帰ってくると、すぐに横になって寝てくれた。
それだけが、救いだった。
母が亡くなってからしばらくたったら、父に退院して欲しいと医師から言われた。
これ以上リハビリしても改善することが期待できないからだ。
私は、病院のコーディネーターのsさんに相談をした。
もし、行き先が無かったら、父は自宅に帰って来るのだ。
そしたら、私が父に暴力を振るうか、私が先に脳梗塞や心筋梗塞で倒れるかしかなかった。
私が倒れたら、とたんに我が家は崩壊するのだ。
ディサービスの施設では、自立住宅型の介護も行っていた。
とにかく藁をもつかむような気持ちで、相談に行った。
ここのコーディネーターのKさんが素晴らしい人で、我が家の状況をよく知り、
いかに私が窮地に追い込まれたぎりぎりの日々を送っているかよく分かっている人だった。
「こちらで引き受けましょう。」
私は、その返事に涙が出そうだった。救われたのだ。父も私も。
その施設への入所が決まると、妹が「お爺ちゃんが可哀想だ」と、言い出した。
私は、その言葉にぶっちぎれてしまった。
「そんなら、お前の家で面倒をみたらどうなんだ。一緒に住んでいないからそんなことが言えるんだ。」
「可哀想ではすまない問題なんだて」と、声を荒げてしまった。
「お前はいいよ。自分の家に帰れば、父の悪態をきかないですむからな。」
介護に対しては、これが現状なのだ。
「可哀想だ」という人がいる。
ならば、自分が引き取って面倒を最期までみればいいのだ。
「可哀想だ」と言う人は、そう言うだけで帰って行くのだ。
私は、決めた。まず家族と私を守らねばならないからだ。
父が入所する前に、必要な家財用具と大型テレビを設置した。
電気会社には個人的な契約だった。
施設と契約を交わし、最初の入金は30万円近くだった。
通夜と葬儀と施設入所、その上に私が無収入だ。
口座からどんどんと何十万単位でお金が消えて行く。
やっと、段取りを付けて、父を入所させた。
父の寂しさはよく分かる。
昼間は、みんなと交わらず、部屋で横になってテレビを観ていることが多かった。
職員の人にも乱暴な言葉遣いは変わらない。
私を見ると、すぐに睨んで怒鳴り出す。
一度はベッドに立てかけてあったステッキで殴られそうになった。
「俺は、物ではない。」「何でこんげなところに勝手に入れたんだ。」
「金はどうなってるんだ。いいようにお前がしてるんだろ。」
私は、父の部屋に行くと、すぐに帰ることが多かった。
これが、介護の現状なのだ。
それなのに、また妹が「可哀想だ」と言いだした。
私は、彼女にもしあなたの家に父が来たならどんな状況になるかシュミレーションをした。
まず、父が昼間独りにならないためには、あなたが仕事を辞めましょう。
次に、父は「酒を寄こせ」と言い続けるだろう。酒を飲んだらそこから暴れ出すでしょう。
また、とてもこ煩い人だから、どんどん家族や周りの環境に文句を付けるでしょう。
そして、義弟とは上手くいっていないので、酷い言葉で罵るでしょう。
そうしたら、みんなで暗くなり、この家はまっ暗闇の家庭となるでしょう。
そんな我儘で横暴な父と家族の間に、あなたは立ち、毎日毎時間休みなく働き気を使っているでしょう。
「可哀想なのは、一体誰でしょうか。」
「可哀想は、三日もちません。」
「介護には、土日なく、休みなく、終わりなしですよ。」
「ディサービスを使うことができますが、全て有料ですよ。」
父は、今日も施設で生活している。
まだ介護の当事者になっていない人たちに、私の体験を語ってみた。
やっぱり父を可哀想だと思うだろうか?
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