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親父たちよ

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  • from: クマさんさん

    2012/11/13 05:59:09

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    不生不滅

    ここにも記録を書かなくなってしまった。
    「キビタシの森」が終わって一か月たった。
    本当に人間として、その魂として、消耗しつくしていたようだ。
    振り返れば夢のように、それはどこにも存在していないが。
    あの舞台の瞬間だけには、確かにそこに居たはずなのだ。

    稽古の日々。それはそれはハードであったが、楽しい日々だった。
    劇団の人たちにもいつも会えた。
    まるで家族のように支え合い、励まし合った。
    稽古が終わってからも、語り合った。
    舞台はまさに大家族による共同作業だった。
    今は、遠い昔のように感じられる。

    母が亡くなってから、五か月近くになる。
    未だにその実感はなく、母が生きていたのは、もっともっと昔だったように感ずる。
    私は、母の死の喪失感により、絶望するであろうと予想していた。
    母は、私とっては愛の人であり、
    その愛なくば生きられないと思っていたからだ。
    しかし、先日仏壇の入仏式があった。
    母は、魂となってここにいる。

    しかし、母は、やっぱり私のことを心から心配して、
    きっと私の背中を見つめながら心配してくれていると感ずる。
    母は喪われたのではなく、母はいつも傍に居てくれる存在となってくれたのだ。
    私が魂になったら、きっとそうしたいように、
    私のことをやっぱり心配し、労わり、支え、励まし、信じてくれている。
    無ではないのだ。
    無であるから、こうして私の魂と共に生活できるのであろう。

    人生は舞台だと言われる。
    「キビタシの森」は終演し、既にこの世には存在しない。
    「春のホタル」は、11月24日と25日に上演される。
    その瞬間にはそれぞれの人たちがこの世に姿を現すが、
    やっぱり時が来れば消えてしまう。
    そんな儚さに、苦悶し、挫折し、苦闘し、喜び、感動している。

    人生と舞台との共通点は、「消える儚さ」であろう。
    その一時しか許されていないのだ。
    この姿で、この人として、その人なりの人生を生きられる時間とは、
    本当は限られた、それも永遠から考えたら、ほんの芥子粒のような一瞬でしかないのである。

    しかし、「消えない」のであり、「実在」はするのである。
    目には見えない存在を信じさえすれば、
    魂における人生には、けっして終わりは存在しないのだ。
    1300年以上前に生きていたガンネとゾマイが復活したように、
    魂としての私は、やっぱり不生不滅なのではないだろうか。

    母は、生きている。
    ガンネとゾマイは、生きている。






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