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from: クマさんさん
2014/02/09 21:06:02
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生きるの伝承
さて、私の住む街には、春と秋にはお祭りがある。
その先頭を行く団体が、木遣り保存会だ。
私は、そこに名前だけではあるが、寄せてもらっている。
祭りの頭であるその保存会は、やっぱりすごい人たちが集まっていた。
しかし、どこの町内会も同じように、メンバーの高齢化が深刻な問題だ。
世代交代と共に、どうやって若い世代を巻き込むか、
それはこの街の大きな課題だった。
その世代交代をスムーズに行い、先輩たちの理解の元、
移行できることが大事なことだ。
今回の役員改選で、若い新会長が選ばれた。
彼はとにかくこの会を母体にして、新たな祭り作りに燃えている男だった。
もっとこうすればよくなるはずだ。
その想いをもった若い世代がいることが、ありがたいことだと私は思う。
その想いや願いをどうやって具代的に実現するか。
それが今後の活動のキモである。
地域全体を巻き込んだ祭りの構想を新会長はもっていた。
すごいなぁと思っている。
既存の組織をどう存続させるかでは、いつかは縮こまってしまう。
世代交代は生物の細胞でもちゃんと日々行われている。
私は私でありながら、昨日までの私とは違う細胞でできていたりする。
だから、やっぱり次の世代にどうやって繋ぐことができるのか。
それは、いつもいつも考えていくべきことだ。
きっと、自然のいのちとは、自分のことよりも、どうやっていのちを引き継いでいくか、
ある時期に至ると、そのことを想い、実行するのではないだろうか。
自分が消えていく分、その次の世代がそこに入っていく。
人は、何かを繋ぐために生きているのではないかと、ふと想ったりする。
その繋ぐだけの存在感を、人は生きている間に持たねばならない。
生きるとは、己を生きることで発見したことを、
次の世代に譲り、受け継いがせて、終わるために生きるがあるのかもしれない。
つまり、どう死ぬかのために、生きるのチャンスは一人ひとりに与えられている。
何だか、それって、分かるような気がする。
70代の大先輩たちがそこに臨在されていた。
彼らは、自分のいのちを生き抜いてきたひとたちだった。
それが、存在感だった。
その揺るぎない存在感と経験と技とを、どのように伝承していくのか。
それが、次の若い世代の生きるになると、私は想った。
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