新規登録がまだの方

下の[新規登録]ボタンを押してコミュニティに登録してください。

登録がお済みの方はこちら

コミュ二ティポイントのご案内

詳しく見る

親父たちよ

親父たちよ>掲示板

公開 メンバー数:62人

チャットに入る

サークル内の発言を検索する

サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。

閉じる

  • from: クマドンさん

    2014/11/16 06:39:04

    icon

    太った私

    最近、何年振りで会った二人の人から「太ったね」と言われてしまった。
    一人の女性からは、「初めは分かりませんでした」とも言われてしまった。
    ショックだった。
    そんなに太ったつもりはなかったのは、私だけの錯覚だった。
    日々、徐々に太ることで、自覚症状がなくなってしまうのだ。
    人からそのことを指摘されてやっと分かる。
    それも、長いスパンで会わなかった人がそれを感ずる。
    それなのに、昨日は大好きな「マンマ」でパスタを食べた。

    生きていることが大事なことだ。
    生きているからこそ、こうして言葉を発信することができるからだ。
    我が師匠のSさんと電話で話した。
    人生長く生きていることで、発見することが多くなったとのこと。
    夫婦の関係もそうだ。
    一緒に暮らしていながらも、仕事や社会貢献のために邁進し、
    妻の存在を忘れていたのではないかと気付いた。
    それも、ある大きなアクシデントによって。

    その自分ではない視点から、夫婦を見つめなおしたとき、
    自分を捨ててて、自分を手放し、妻に感謝して生きる自分へと変化して行った。
    「今は、なに言われても、はいはいと言えるて」と、笑っていた。
    そうなんだ、我を捨てることとは、共に生きる人との平和となるんだ。

    それは、私も同じだったと、話しながら気付くことができた。
    もうこれからは、自分のことはよそにどけておけばいいんだ。
    どれだけ仕事だ、社会貢献だ、ボランティアだと称して、
    あっちこっちを飛び回り、家庭においては不在の男だったことか。
    私は、尽くしてはいなかったし、向き合ってもいなかったと、後悔している。
    ただ、そのことは本人は全く気付かず、
    使命感をもって東奔西走、闇雲に突っ走っているだけだった。

    そして、大きなアクシデントにぶち当たり、
    はっと我に返った時は、大事なものを失ってしまい、途方に暮れる私がそこに居た。

    人は、その最中においては、自分自身のことを客観的に見つめることは難しい。
    いつの間にか太っていたように、いつの間にか道に迷っていたりもする。
    しかし、我を張り、自分が自分がと使命感に駆られて生きているうちは、
    けっしてそのことには気づかない。
    だから、愚かなものだと、つくづく想う。

    Sさんも、私も、きっとその愚かな我に気付く地点に行きついたんだ。

    2人は、今強すぎる正義には、はいはいと笑顔で白旗を揚げる人となった。
    「自分が」はもうどっかに置いてこいばいいんだ。
    「はいはい」「その通りです」「ありがとう」「いつもおかげさまらて」
    実に、日ごろの生活でスリムになったものだった。

    自分の減量とは、体重だけのことではない。
    着き過ぎてしまった我と言う贅肉をどれだけそぎ落とせるかでもあるのだった。
    しかし、そのことに気付くためには、老いることが大事なことだった。
    そして、人生まさかのアクシデントで目覚めることも大事な試練でもぁった。

    「逆境だけが人を強くする」

    本当にそうだと、この年になってそう言えるようになっていきた。

    wakaさん、いかがですか。

    • サークルで活動するには参加が必要です。
      「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
      ※参加を制限しているサークルもあります。

      閉じる

    • 0
    • サークルで活動するには参加が必要です。
      「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
      ※参加を制限しているサークルもあります。

      閉じる

    • 0

    icon拍手者リスト

コメント: 全0件