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from: クマドンさん
2016/04/19 05:46:34
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Iさん、また山に戻りますね
昨夜、私が20代からずっと所属した山のクラブの元会長の通夜があった。
Iさん、享年89歳だった。
私は32歳で村上に住むようになってからは、このクラブとは離れてしまったが、
私にとっては、登山の全てを教えてくれた大切なクラブだった。
その時の会長がIさんだ。
とても温厚な人で、若い者たちを可愛がってくれていた。
何も知らない私のような新人に、
山に登る心得をしっかりとたたきこんでくれた人だった。
懐かしいクラブの先輩たちとも再会できた。
私が臨時職員でずっと居た頃、
親身になって心配してくれたHさんとは30年ぶりの対面だ。
当時から穏やかで笑顔のAさんは、今は何代目かの会長になっていた。
Kさんは、私の憧れのクライマーだった。
朴訥な彼が笑顔で語る山の話が私は大好きだった。
そう言えば、このクラブに入ってから歌うことの楽しさを教えてもらった。
山は、やっぱり人生だったと、振り返ってそう思った。
飯豊のカモシカ山行を追っかけて来てくれたKさんは、
今は退職してからの再任用二年目だそうだ。
「クマさん、髪の毛白なったね」と、いつもの笑顔だ。
謹厳実直。ただ只管真っ直ぐに歩いた保健所職員のNさんは、
すっかり貫禄をつけた初老の男性になっていた。
「また、山に来てよ」は、嬉しいお誘いだった。
30年前にそれこそ飯豊を縦走し、二王子岳の厳冬期を登った仲間たちに、
こうして囲まれて談笑していると、何だか不思議な気持ちになってしまった。
まさに、タイムスリップだった。
浦島太郎とでも言うのだろうか。
山のテントで眠って、目覚めたらみんなこんなになっていました。
ただ、この山仲間とは、これも不思議な懐かしさがある仲間たちだとよく分かった。
あの時、猛吹雪の中でテントで酒を飲んで歌った、
その時間のままの心の繋がりがここあるだけ。
時間の隔たりはどこかにすっかりすっ飛んでいた。
何十年とご無沙汰だったが、ここに居ると20代の馬鹿な私に蘇る。
鏡に己の姿を映さなければ、あの時、そのまま、そんな私たちだった。
「クマさん、久しぶりらね。今、どこら?」
そうやって握手するその手の温もりが懐かしくて懐かしくて・・・・・。
これがきっとIさんの私に残してくれた最後の山の心得だと、私は思った。
本当にある時代・ある時間、山に没頭してよかったと改めて思った。
この人たちとのご縁は、一緒に山に登ったおかげさまなんだ。
私がそう想うように、先輩たちも私のことをそう想って、受け入れてくれている。
「おい、クマさん、またEハイクに戻って来いや」って、
笑顔のIさんの遺影が私に語り掛けてくれた。
「また、山に戻ろう。」
今は、本気でそう考えている。
通夜が終わったら、山の仲間たちが祭壇を前にして集まった。
Kさんのもの悲しくも温かいハーモニカの音が響き、
私たちは「雪山讃歌」を心を一つにして歌った。
あの日の、あの山の、あの頂に立った時のように。
私は人生を学ぶことができた、山とIさんに敬意をもって心から感謝した。
そして、十数名の先輩たちの後ろ姿を見ながら、
ああ、よき人たちと出会えていたんだなぁと、その出会いにも深く深く感謝した。
「Iさん、山に登れてよかったです。ご冥福をお祈りします。
ゆっくり休んでください。そして、また山にご一緒しましょう。」-
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