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親父たちよ

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  • from: クマドンさん

    2016/06/22 05:58:21

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    「ごめんなさい」

    昨日の夜7時頃だっただろうか。
    ベランダに洗濯物を干していたら、電話がかかって来た。
    N病院の医師からだった。
    「入院と手術の日が決まりましたのでお知らせします」だった。
    いよいよ来た。決定だ。

    「12日に入院です。手術は14日になります。」
    「そうですか、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
    私は決まったことにほっとしながら、あの恐怖が蘇って来た。
    恐怖というほどではないが、怖れとでも言うのだろうか、
    あの術後の苦しみと痛みと不眠とがまたやって来る。
    それでけでも怖気づいてしまう。

    しかし、私の手術は、裂けて繋がっていない腹膜を縫合する手術だ。
    癌が見つかり、それを摘出する大手術とは違う。
    しかし、やっぱり全身麻酔で眠り、腹をメスで真っ直ぐに切られる。
    今は、その傷跡が痛々しく、おかしな具合に両方に伸びている。
    こんな悲惨なお腹をしている人に、私は温泉でも会ったことはない。
    それが、私の宿命なのだと、今では何も思わず諦めている。

    しかし、二回の手術、二回の失敗。
    私は、この私の体験から、
    人のやることは失敗と成功とは半々なのだと想うようになった。
    しょせん、人のやることだからだ。
    だからこそ、失敗を想定しながら、何事も慎重に誠意を込めて当たらねばならない。
    「私、絶対に失敗しませんから」の大門道子は、やっぱりドラマの人だ。
    失敗しようと想って手術する医師は一人も居ない。
    みんな患者のことを想い、必死にになって病気と向かい、執刀してくれる。

    でも、失敗することはある。
    傷が治っても、その人の人生がこのことでおかしくなってしまったら、
    それは、失敗なのだと私は想う。
    その人が、少しでも以前の生活に戻れたとき、
    初めてその手術は成功したのだと言えると、ある医師が語っていた。
    その言葉こそ、患者の立場からはありがたい言葉だ。
    その処置によって、その人のその後の人生は決まる。

    そして、もしも、もしも、私のように千分の1%の確率で失敗が起こったなら、
    やっぱり人として「ごめんなさい」は、言うべきだとも想っている。
    「ごめんなさい」を言ってしまうと、医療裁判で不利になる。
    絶対に自分の否を認めない。
    失敗しても、謝らなくていい。
    だから、私のような失敗は世の中に出ないまま、
    繰り返されているのではないだろうか。

    つまり、誰にでも失敗はある。
    誰も失敗しようと想って何かをする者はいない。
    特に人の命とその人の人生がかかっているならなおさらだ。
    そのことを想い、何百人の内の一人の患者としてではなく、
    その人として向き合い、誠実に真摯に対応するなら、
    きっとその医師は、「ごめんなさい」と言ってくれる人だと私は想っている。

    原発も同じだ。
    失敗したのに「ごめんなさい」を誰も言わない体質。
    「ごめんなさい」と言ったら、負けるとばかりに損得だけで考えている組織。
    その人の命とその人の人生を守るのではなく、
    組織と自分の地位を守るために、「ごめんなさい」を絶対に言わない。

    だから、過ちと失敗とはこの国では繰り返される。
    しかし、それを行った当事者の謝罪がないために、
    その責任はうやむやにされ、いつしか時間の流れの中でその声は消えて行く。
    そして、当事者は、その時間によって追究が弱まることを待っている。

    私は、未だに「ごめんなさい」を言ってもらっていない。
    福島の人たちも「ごめんなさい」を言ってもらっていない。

    こう書いてみて、何だか今、分かったことがある。
    「ごめんなさい」を言われていない人は、
    きっとその苦しみから癒されることは一生ないのではないだろうかと。
    自分をこんな酷い目に合わせた相手が、
    心から謝罪する姿失くして、本当の赦しと癒しとはないのだった。

    それでは、私はそうして「ごめんなさい」を言って来たか・・・・・。
    「ごめんなさい」は、本当は、私の言うべき言葉だった。

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