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from: クマドンさん
2016/08/11 06:26:24
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「FAKE」
彼のことを知ったのは、3年前の冬だったろうか。
長男のアパートで偶然つけたテレビに彼が映った。
「聴覚障害の作曲家」
その壮絶な日々がドキュメンタリーで描かれていた。
真っ暗な部屋にこもり、波のような激しい音の洪水・幻聴に常に襲われ、
体調の悪い時は、何週間もそんな状況で苦しんでいる。
しかし、作曲をすると、その彼が耳が聴こえない人とは想われない、
素晴らしいメロディーを紡ぎ出す。
「交響曲第一番」は、まさに傑作として世の人たちに感動をもって受け入れられた。
震災に遭い、家族を亡くした一人の少女を訪ね、
彼女との触れ合いの中で、一曲のレクイエムが生まれた。
小学校の体育館で、そこのピアノで、この曲は演奏された。
現代のベートーベン。
私も感動し、彼と言う人にただただ感動した記憶がある。
ところが、18年間作曲を共にてきた彼の盟友が裏切り、
彼の全部を告発した。
「私は、彼の曲のゴーストライターです。」
「彼には、聴覚障害を感じませんでした。」
マスコミは、すぐにこのスクープに食いつき、特番を制作した。
大衆は、このヒーローの堕ちた偶像としての暴露に興味を示し、
さまざまなワイドショーや特番で、この話題について追いかけ、詐欺師と批判した。
そして、いつの間にか彼は葬られ、
マスコミすらも彼の話題は賞味期限切れとして、手をつけなくなってしまった。
彼は、その間どうしていたのか。
ただただ沈黙を守り、深く深く潜航して、貝のように海の底で妻と共に生きていた。
彼を告発した盟友は、時の人となり、その特異なキャラが人気となり、
しばらくは、マスコミにいじられていたが、いつかすっかりと飽きられ、忘れられた。
さて、この彼の真実とは何であったか。
彼は、本当に聴覚障害者だったのか。
彼は、全くピアノも弾けず、作曲なんかとうていできない人だったのか。
あの壮大な交響曲は、彼の盟友が独りで作曲した曲なのか。
マスコミが一方的に報道したことは、真実だったのか。
そこには、嘘はなかったのか。
そこで、真実はどうなのだと彼の部屋にカメラが入り、インタビューが始まった。
しかし、分からないということが本音ではないだろうか。
彼のことを話題にしようと、テレビ局や雑誌の記者がやって来る。
そのインタビューを丁寧にカメラは記録する。
彼は、日常の会話は、妻の手話の助けを得ている。
後は、口の動きを読んで予想するとも言っていた。
でも、相手の話は、聴こえているのではないだろうか。
彼は、盟友との間で打ち合わせをする時は、妻は同席していない。
2人で、壮大な楽曲をどう創りだすかを相談して決めていた。
綿密に設計された指示書が出て来た。
これはすごいものだった。
楽曲のイメージから、どう展開し、どんな感情を伝え、どのような表現で行うか、
詳細に書かれた指示書だった。
彼は、この指示書があったから、話さなくてもよかったと言い。
盟友は、コミュニケーションをとることに何の支障も感じなかったと言う。
彼の話は、とても明瞭で、耳の聴こえない人のようではなかった。
彼は、あのドキュメンタリーの時の暗闇に閉じこもり、
激しい耳鳴りの発作に苦しみ、のたうちまわっている人ではなかった。
日常を日常のままに、妻と二人で平穏に暮らしているだけの人だった。
それでは、あのドキュメンタリーに描かれた彼とは、いったい誰だったのだろう。
彼のマンションには、キーボードがなかった。
ここ数年、彼は楽器に触ろうとも想わなかったと言っていた。
「でも、音楽は鳴っていますよね。創りたいと想いませんか。」
監督の一言に、彼はドキッとして、口を閉ざした。
さて、ラスト12分間のことは、ここには書かない。書けない。書いてはいけない。
私は、どうしてか涙が次々と溢れて、溢れて、止まらなくなった。
私が見たものとは、ここにいる彼とは、いったいどういう人なんだ。
このドキュメンタリーの意味するものとは、何だったのだろう。
館内の灯りがつくと、すぐに支配人を呼び止めて、
「あなたはどう想った?」と質問したくなった。
そんな映画が「FAKE」だった。
私だって、私が分からない。
私だって、どこかで小さな嘘はつく。
ところが、その内に何か本当の私なのかともっと分からなくなったりする。
では、私とはどんな人なのか。
きっと、私を知る人や家族の人も、
私のことをああだ、こうだと言ってくれることだと想う。
それでは、私は、そうした人なのかと言うと、何だか違う気がする。
そんなこともあるかもしれないが、そうではない自分もここにいる。
ただ、私がそんな人なのだというのなら、
そんな人として生きることを選択し、そんな人になっていたりする。
彼の真実は、私の真実と同種なのではないだろうか。
それは、彼を詐欺師と揶揄した、大衆一人一人に同種な真実であると同じように。
「FAKE」こそ、人が生きている一つの姿ではないだろうか。-
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