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from: クマドンさん
2016/11/23 09:40:33
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きっとそこに生きていた
あのまま目が覚めなかったとしたら、私はどうしていたのだろう。
今でも思い出すのは、ICUで覚醒した瞬間だった。
微睡むとでもいうのだろうか、うつらうつらと私は意識を取り戻した。
薄暗い部屋の中で、無機質な機械の音だけが聴こえて来た。
口の中には筒が入っていた。
くわえさせられていたと言った方が適切な表現かもしれない。
腕が、足が、身体が微動だにもしなかった。
痰が突然のように絡み、息が苦しくなってしまった。
しかし、そのことを私の足の方で座っている看護師さんには伝えられない。
動かせるのは、目玉だけだった。
声は出せても言葉にもならなかった。
私は、まるで死体だった。
手術は10時間以上かかったらしい。
そして、たった今、麻酔から覚めるまで私は深く深く眠りの中だった。
では、私は、どこに居たのか。
私としての意識は、もし、あのままだったとしたら、
きっと目覚めず、どこでどうしていたのだろうか。
肉体と言う身体に戻った私は、同時に痛みと苦しみとを感じた。
確かに感ずる私になった。
では、その感ずる私に戻る瞬間までは、何の私だったのだろう。
私とは、単なる私がここに居ると言う意識だけの存在なのか。
医師も、看護師も、家族も、みんな、
身体としての私がここに居ることを分かっていた。
だから、懸命なる治療を施してくれた。
なのに、その本人の私は、その間、どこでどうしていたのであろうか。
あのまま死んでいたら、死ぬということはそういうことなのかと、
何の感動もなく、ただああそうでしたかと、
ごくごく自然に静かに受け入れられるような気がする。
ああ、死ぬってこういうことだったのか、と肯きながら。
何だこのことだったなら、
これから行ってみんなに教えてあげたいなぁと思いながら。
きっとそうなのだろうと、あの経験からそう想えるようになった。
まだ死んだ人は居ないのだから、死はこの世には存在しないんだ。
それは、池田晶子さんの言葉だった。
つまり、全く無になると言う死は、どこにも存在しないのではないだろうか。
私は、この世では肉体の死と呼ばれる状態となるだろうが、
その時、私はやっぱりどこかで死者としての私として佇んでいるのではないか。
この経験を思い出すと、そんなことが私には確信できる。
無は無い。在るものしか存在しないからだ。
そう考えると、私はいったいその間、
どこをどのようにして彷徨っていたのだろか。
ある意味、その瞬間から「転生」し、
死者としての私が始まっていたのかもしれない。
例え、それが仮死状態であろうとも、
この世ではなく、あの世にしばし遊んでいたことには間違いない。
私は、毎朝、そのあの世とやらから戻って来る。
眠りとは、転生である。
私は、大きな耳糞をごそっと取り出していた。
しかし、目が覚めてみたら、すっかりその荒唐無稽な物語を忘れてしまった。
忘却が転生の狭間には存在する。
行ったり、来たり。
逝ったり、来たり。
私は、意識を失っていたその十数時間の記憶は全くなかった。
あの時、「ご臨終です」と言われていたら、
私は、ぃったい何を見、何を聴き、何を感じていたのだろうか。
きっと私は、今の私ではない違った私として、
ベッドの上に横たわっている私のことを観ているのだろうと、ふと思い浮かべた。
私は、ICUの人工呼吸器をくわえた私に帰って来たから、
この私であるのであって、
もし、還ってこれなかったとしたら、
私はきっと異界に在る、
私として「夢」の世界を今でも生きていたのではないだろうか。
どちらの世界に目覚めるかだ。
まだ、こっちの世界を許されているのなら、
きっと明日も私は、ここでこの部屋で目覚めるのだろう。
私は、覚えていないだけだ。
あの「夢」を覚えていないように、
ただ、私は、暫くの間、きっとそこに居たのだろうとは今でも信じている。-
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