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親父たちよ

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  • from: クマドンさん

    2017/06/20 05:54:00

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    無心なのに無心ではないこの自分とは

    自分がいらなくなったら、きっと楽に生きられるんだろうなぁ。
    「無心ということ」を毎朝、読んでいる。
    分からないことだられだ。
    でも、何だか近くにあるような気もしている。

    もう既にそうやって働きの中でずっとずっと生かされてきているのに、
    どういうわけか道に迷って、右往左往して生きて来た。
    「自分が」「自分が」は、とっくにやめた。
    いや、やめさせられた。
    あの生き死にの境の大手術からの生還かな。
    ああ、自分が生きているんじゃないんだなぁ。
    自分の命すら、自分でままならない、そんな自分なんだなぁ。

    受動性と言っていた。
    お任せしますとも。
    無心だというものがここにある。
    どうして「無」がここにあるのか。
    分かろうとできない自分。

    「分かる」って大事なことだとずっと思ってきた。
    でも、その「分かる」とは、「分ける」ということだった。
    つまり、あれとこれ。
    私とあなた。
    明と暗。
    善と悪。
    美と醜。
    あれと、これ。
    「分かったら」だめなんだな。

    その「分かれる」その前。そのもの。
    父母未生以前の本来の真面目。
    大拙さんの晩年を共に過ごした彼女が言っていた。
    「本来」なんですよ。

    本当は、全てがその本来で生かされている。
    本来の働きしかここには存在していない。
    私は、私だと想うから、腹も立てるし、いらいらもする。
    どうしてそんなちっぽけな私のことを捨てられないのか。
    「死人となりてなり果てて、思うがままに生きるぞが・・・」だ。

    唯識とも言う。
    心によって創りだされたものばかり。
    心が定まり、静かに澄めば。
    鏡のようなその心の水面に映るものこそ、信じられるものなんだ。

    まあ、毎晩、「心の時代」を見直して、語りを聴いている。
    いくら聴いても「分からない」
    でも、「分かる」ではないことだけは、「分かった」つもりだ。
    では、いったいなんだ。

    それが腑に落ちた時は、きっと本来の言葉と一つになれる時に違いない。
    生きている間に、その瞬間に立ち会いたい、遭遇したいものである。

    南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏。

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