サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
-
from: クマドンさん
2017/10/31 06:32:02
icon
生きるとは何かの問いを
いかに生きるかを考える。
生きるとは何か。
幸せとはなにか。
老いるとは何か。
病むとは何か。
そして、死ぬとは何か。
そのことを考え、諦めるために、人はここにこうしてい生きている。
だから、考える。考える。
魂には、本当は答えが分かっているのだが、
神様は、人にそれを探す、学ぶ、自由を与えられている。
だから、分かろうとする人は、この問いを忘れない。
ALSの恩田さんのことを「ハートネットTV」で知った。
岐阜のJ2のサッカーチームの社長となって奔走している最中、
病を発症した。
全身の筋肉が硬直し、弱り、最後は呼吸困難となり、心臓が停止する。
難病であるために、治療の方法はない。
そんな病の進行の中で、彼は、新たな会社を立ち上げた。
ALSの患者さんを励まし、サポートするための会社でもあった。
働くということは、人であるということだ。
例え、どんな細やかな働きであろうとも、
何だか、誰かの為に本気になっている瞬間は、
生きているという実感を人は味わえるもののようだ。
彼は、言った。
「自分を好きになりたい。もっと、自分のことを好きになりたい」と。
確かに、「どうして、俺が」と、叫ぶこともある。
順風満帆に幸せな仕事・家庭・生活だった。
なのに、今は、明日をも知れない心身の状況を抱え、
時には、そのことを悲嘆し、しょげ返り、暗く沈み、怒りともなる。
それでも、こうして朝が来る。
一日が始まる。
俯いてばかりではいられない。
何かをしなければ・・・・。かな。
そうした状況に立たされて、初めて人はこの根源的な問いに立たされる。
その答えをまだ自分がはっきりとつかんでいなかったことに気付く。
どんなにか人とは、無力な存在であるかに気付く。
明日をも分からない無常観を初めて味わう。
絶望のどん底に真っ逆さまに落とされる。
そして、どんと底をついたら。底に辿り着いたら、はっと気づく。
「これでいいのか」「このままでいいのか」と。
そこから、立ち上がった人は、確かに強く、逞しい。
ただし、決して独りではないことをその時、
微かな希望の光の中で、悟る。
「私は、あなたの犠牲にはならない。あなたも、家族の犠牲にはならないで」
「私は、あなたを信じて生きる。だから、あなたも、私たち家族を信じて生きて」
そんな言葉に、本当に、はっとして、生かされる。
これより、強く、熱く、温かく、背中を押してくれる言葉はないだろう。
みんな、そのどん底で出会うのが、人生のパートナーと呼べる人だった。
そこに気付く。その在り難さに気付く。涙しかない。
人は、独りになった時、初めて決して独りにはならないことに気付くものだ。
人生には、ちゃんと答えは在る。
しかし、その答えは、私自身がこの襟の中にしまい込んでいても、
私は、その宝・答えには気づかずに生きている。
だが、その「まさか」の究極な状況に追い込まれた時、
人は、はっとして、吾に還る。
そこからなんだな。
本当に、生きるを生きる、自分なりの人生というものは。
だから、そこに気付いた人にとっては、この問いこそ、生きるの意味となっていく。
これだけでいい。
これが分かれば、死んでも悔いはない。
「人は、食べるために生きている。私は、生きるために食べている」とは、
ソクラテスの言葉だった。
「善く生きる」それが哲学の道だった。
「魂のお世話をする」
ソクラテスは、とてもとても簡単な言葉で、
私たちに生きるとは何かを教えてくれる。
そして、恩田さんの生き方も、私たちに大事なものは何かを伝えてくれる。-
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。 - 0
-
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。 - 0
icon拍手者リスト
-
コメント: 全0件