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from: クマドンさん
2017/11/14 06:33:37
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奇跡を起こす
ヴアレリー・ポリャンスキー指揮
ロシア国立交響楽団
プログラム
・チャイコフスキー作曲
交響曲第4番・5番・6番「悲愴」
さてさて、三つの列熱激情交響曲を、一気に聴くことは、
きっと観客である私には、とてもとても体力と気力が必要なことと、
覚悟して席に着いた。
二階席の最前列の真ん中。
指揮者がよくよく見える席だった。
しかし、体調が本当によくはなかった。
全く疲れが抜けていない。
前日の初任者研修の疲れもまだ残っていた。
何よりも眠たかった。
ああ、こんな感性では、本物が伝わって来ても、感動できないなぁと、
少し残念に想っていた。
そして、4番。ただ、音が鳴っていた。
木管と金管のソリストは素晴らしい腕前で、
聴きごたえのあるメロディーだったが、
音楽が命を吹き込まれて、立ち上がり、響き渡るまでにはいかない。
いつもいつも耳にする曲は、本当に魂の演奏でない限り、
心には響かないものだった。
クライバーン・バーンスタイン・小澤征爾・佐渡裕。
私の大好きな指揮者の演奏を聴いていたら、
その演奏は、ただの音楽にしかすぎなくなる。
指揮者は、指揮をしていなかった。
4番と5番は、まるでリハーサルだった。
習ったように演奏しなさい。
いいね、その音、気に行ったよ。
何だか、どうも、熱いものがこちらに響かない。
私には、音楽の天使が居るようだ。
あの「オペラ座の怪人」のミュージックオブエンジェルだな。
ただ音楽に心を奪われ、そこに没入する瞬間の前。
その天使は、涙を流す。
時には、感動で身体を震わす。
嗚咽に変わる。
その変化を感じて、驚くのは私自身のことだった。
彼なのか、彼女なのか分からないが、
その呼応・反応は、絶対に真実だった。
涙が流れない演奏は、魂のこもらないただの音だ。
5番の途中で、私は、眠たくなってしまった。
何だ、力を抜いているな。本気じゃないな。
新潟のお客には、この程度でいいと想っているな。だった。
ところがだ、5番の4楽章のトランペット(名手なのだ)から、突然空気が変わった。
「お遊びは終わった。これからが、本番。私の音楽だ」と、
指揮者の腕や指先の動きが変わり、音楽を創り出す力にみなぎるようになった。
その指揮棒と演奏者を見つめる眼差しにオーラが充ち溢れ、
有無を言わせずに、ぐいぐいと音楽を創り初めて来たのだった。
私は、そのトランペットの始まりから、目が覚めた。しゃんとした。向き合った。
マエストロは、やる気だった。本気だった。
その瞬間は、そのホールの空気感で感じられる。
それは、オーケストラの1人1人も感じている本気だったはず。
「みんな、奇跡を起こすんだ」との指揮者から強く、ゆるぎないメッセージを感じ、
木管が鳴り、金管が鳴り、弦楽器が鳴る。鳴る。鳴る。
「悲愴」の冒頭の一音から、涙が溢れて止まらなくなった。
きた。とうとう、やっぱり、一流のオケの音が、ここから始まる。
もうその時から、指揮者から眼が離されず、
まさに食い入るように魅せられた。
私は、指揮者の指揮棒と身体のうねりとに一体となり、一心になった。
音楽そのものの私。
テンパニーの彼女の素晴らしいこと、素晴らしいこと。
指揮者の意図を、意志を、想いを、その太鼓の音だけで表現しきった。
まさに、今、ここで、目の前に鳴り響き、魂を得て立ち上がったこの音楽は、
「奇跡」の音そのものだった。
私は、ただただ身体が震えた。
魅せられて、忘我のままで、音になった。
音だけだ。音が、在る。音が、生きた。
4楽章の最後、本当に最後に「悲愴」の響きだった。
その最後のために、バイオリンを鳴らすことをとどめていた指揮者の偉大さ。
この3つの交響曲の最後の一節に、凡てを託する。
それが、プロとしてのマイストロの生き様だった。
終わった。あの音が静かに、潮が引くようにしてホールから消えていく。
でも、音は、まだある。
項垂れ、力尽きて、譜面台にもたれたまま、
彼の魂には、この消え去った音の余韻がずっとずっと続いているのだ。
その全てを出し切り、燃え尽きて、真っ白になった彼を観て、
30年前に県民会館で観た小澤征爾を思い出した。
「マエストロ、ブラボー」
私は、その感動をどうしても抑えられなかった。
この奇跡って、いったい何なんだろうか。
アンコールは、なかった。
これからオーケストラは、次の開催地への移動だった。
私は、お客が去った後も、ずっと立って待っていた。
それは、テンパニーの彼女が、袖に下がるのを待つためだった。
彼女がみんなが去った後に、やって来た。
私は、彼女に、声をかけた。
「テイパニー、ブラボー」
すると、会場にまだ残っていた数人から、拍手があった。
彼女は、私を見上げて、美しい笑顔だった。
奇跡は、在る。
奇跡は、音楽ホールで起こる。
ここは、奇跡の場所だ。
しかし、本当にその瞬間だけに起こる奇跡を創り出せる人は少ない。
いや、稀有といっていい。
その稀有な瞬間に立ち会うために、コンサートに通う。
奇跡を起こす人を、マエストロと呼ぶ。-
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