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from: クマドンさん
2019/08/23 05:32:45
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節ちゃん、また来るよ
さてさて、奇跡は起きるものだ。
昨日、仕事からの帰りに、節ちゃんの見舞いに行った。
病室に入ると、節ちゃんは独りでベッドで眠っていた。
同室の人たちは、夕食のために食堂に移動していた。
「おばちゃん」と、声をかけた。
すると、びっくと反応をした。
「叔母ちゃん、来たよ、クマだよ」と、彼女を見下ろし声をかけた。
すると、ゆっくりと薄目を開けた。
目やにが溜まったその目を、ゆっくりと開けた。
そして、声のする方を見た。
聴こえている。反応している。応えようとしている驚きだった。
「叔母ちゃん、分かる?これ誰だか分かる?」と訊くと、
「クマちゃん・・・。」と、私の名前を呼んだ。
その声は、予想外にしっかりとした声だった。
「クマちゃん・・・」と言いながら、少し泣いた。
ああ、そうだったんだな。待っていてくれたんだな・・・。
私も長期入院したからよく分かる。
本当にたまに、忘れた頃に、妻が来る。長男が来る。
その瞬間、ぱっと病室に光が差したような感じがする。
特に、個室に居た時はそうだった。
ありがたかったし、嬉しかった。
私のことは、まだ忘れられていなかったの喜びだった。
私は、実は、久しく叔母の部屋を訪ねていなかった。
叔母の妹たちから、「クマちゃん、節ちゃんが待っていたよ・・・」と言われた。
それでも、日常の忙しさと予定とに紛れて、行かなかった。
きっと申し訳ないのだが、忘れていたのだと思う。
そんな私に、衰弱して個室に入った。長くないかもだよ・・・、の言葉だった。
私は、その言葉を聞き、何だかその通りになってしまう予感がして、
すぐに施設に駆けつけた。
その時、確かに臨終間近の状態だった。
これは、時間の問題だなぁと、最期を看取る段取りを決めた。
明日の土曜日の午後に、セレモニーの係の人と会う約束をした。
絶ちゃんの妹たちにも集まってもらう。
いざという時の為の段取りを事前につける。
「事前の相談ですね」と、電話に出た女性から言われた。
「そうです。事前の相談です」と私は応えた。
まだ、息をしている。でも、段取りは決めねばならない。
節ちゃんには、家族がいない。子どもがいない。
お世話になった私が、だから、その最期のことは全部、私がやることにした。
90歳になろうとする叔母たちも、全面的に私を頼っていた。
「恩返し」とは、このことなんだな。
育ててもらった恩・かわいがってもらった恩・愛してもらった恩だった。
さて、節ちゃんは、それから食事の時間となった。
介護士の男性がベッドの傍にテーブルを移動し、そこに簡単な食事を置いた。
カップの中のプリンをスプーンで口に入れる。
「もぐもぐ、ごっくん」だった。
嚥下ができる。それも、続けて何口も嚥下した。
節ちゃんは、生きようと努力している。
食事をしながら、足元で座っている私のことを見ることがある。
目に力があった。
そこにも生きる意志を確かに感じた。
「ああ、まだ少し、時間があるのかもしれない・・・」
それは、歓びだった。
食事が終わったら、病室には節ちゃん1人だった。
携帯電話を出して、K叔母ちゃんに電話をかけた。
「Kちゃん、て、言うんだよ。節ちゃん、Kちゃんだよ」と、電話を向けた。
そしたら、絞り出すように「Kちゃん・・・Kちゃん・・・」と節ちゃんが言えた。
凄いことだ。尊いことだと、感動だった。
ただ名前を呼んだだけでない。
その呼び声の中に、万感の想いが込められていた。
節ちゃんも、こんな状況の中で、恩返しだった。
「ありがとう」という言葉だ。「ありがとう」の気持ちだ。
節ちゃとお別れが迫っている私たちが言う言葉も「ありがとう」だ。
お別れして向こうの世界に旅立とうとしている節ちゃんも「ありがとう」だ。
この世に人として生まれる。
この世に家族として育つ。
この世に共に生きた思い出をもつ。
そのことだけで、感謝なんだな。
「ありがとう」しかないな。
私は、しばらくじっと天井を見つめるだけの節ちゃんの横顔を見つめていた。
不思議なことが起こった。
何だか節ちゃんが、50年前に亡くなった節ちゃんの母。
つまり、ハルさんにそっくりになったことだった。
私は中三で、ハルさんの死に水をとった。
私は、節ちゃんの最期には間に会おうと、心に決めた。
それがもきっと、この世での最期の「ありがとう」になるからだ。
「また、来るよ」と言って、部屋を後にした。-
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