サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
-
from: クマドンさん
2020/08/20 06:40:05
icon
一歩、一歩が、尊い
「一歩、一歩が、尊い」 登山家の田部井淳子さんの言葉だ。
今朝、読んだ雑誌の記事に書かれてあった。
この記事を書いた人は、元NHKのアナウンサーだった。
北アルプスの大縦走の取材で、彼女と一緒に歩いた時、
教えられた言葉だそうだ。
山登りをしている人には、この言葉の意味はとても深いと思われる。
本当に、一歩、一歩の積み重ねだからだ。
夏山で、辛くて、バテて、動けなくなったことが何度もあった。
炎天下、日陰の無い稜線の岩場で、熱中症になったこともあった。
山小屋で足や腕や腰や首やと、全身の痙攣を起こしたこともある。
もうだめだと、本当に汗びっしょりで、意識朦朧として、動けなくなったこともある。
しかし、一歩踏み出さなければ、頂上の小屋には到達できないのだ。
仲間たちも一緒だ。
しかし、私が気持ちを奮い起こして、一歩踏み出さねば、
仲間たちにも迷惑をかけてしまう。
そんな状況が、何度も出会ったその過酷な状態が、
今でも、ここに残されている。
しかし、その一歩、一歩があったればこそ、
あの冬山からも生還できた。
もし、その一歩が踏み出せなかったら、どうだったのか。
登山はよく人生に例えられるが、
本当にそうだなぁと、山登りを続けて来てよかったと今も感ずる。
そのアナウンサーの彼は、番組の取材で、
医療介護の必要な子どもたちのことを知った。
そして、その母親が、
「一日、一度は、死にたくなります」と言う言葉を聴いた。
そして、その現場に通うことで、誰かが、何とかしなくてはと、感じた。
そこに丁度ケアハウスのマネージャーを求めていることを知った。
「誰かがやらねばならないのなら、私が、やろう」
この決断が大きく彼の人生を変えた。55歳の決断だった。
向こうからやるべき仕事はやって来る。
それは、きっと神様から与えられた使命であるかも知れない。
その転機は、自分のためではなく、全く困っている誰かのための仕事だから、
きっと彼に訪れたのではないかと、思う。
63歳までの定年まで後3年あると言う。
その間に医療報酬の改定に向けて政府への提言が、彼の目標となった。
「一歩、一歩は、尊い」仕事に彼のことを導いて行った。
「ガイロク」の女性の話だ。
彼女は60代、姑の介護に10年間を費やした。
姑はお茶の先生で、彼女もお花の先生でもあった。
だから、嫁と姑という関係以上に、心を互いに通わせ合う二人だったる
ところが、姑が90歳になった頃から、認知症が一気に進んだ。
それでも、彼女はその苦労に耐え、諦めずに介護を続けた。
それも、姑が百歳で亡くなる、つい最近までだった。
その人にとっては、生涯の中で、貴重な10年間でもあった。
それなのに、その時間を姑に捧げて、そして、「悔いはない」と言う。
そして、彼女は小さなライブハウスで歌を歌う歌手になった。
それは、ある意味、介護に献身する彼女へのご褒美でもあった。
彼女の素敵な笑顔が心に残った。
人生、生きているといろいろとあり過ぎるぐらいの苦労の連続だ。
しかし、「一歩」を踏み出すかどうかで、
きっとその後の人生は、決まると思う。
そうやって、諦めず、真っ直ぐに、自分が信じている道を歩き続ける。
その一歩、一歩が尊いと言うのは、
そうやって重荷を負っても、どんなに辛くても、もう駄目だと思っても、
その一歩を踏み出す勇気や、頑張りや、踏ん張りに、
人は、自分自身を超える尊さを感じられるからではないだろうか。
どんなことがあろうとも、一歩、一歩、一歩、一歩だな。
そして、ふと目をあげると、山小屋が見え、もう少しで目的地に到着できる。
長い長い登りの後で、その光景を目の当たりにした時の感動を、
今でも思い出すと涙が滲む。じーんとする。つーんとする。
本当は、そうやって一歩、一歩を、耐えながら、諦めず、何かに向かって、
日々、今、ここを、歩き続けていることが、
人生を生きるということではないだろうか。
だから、余計なことを考えるな。
どうして、自分だけはと思うな。
人のことはほっておけ。
ただ、自分の目の前のこの石を、この土を、
踏みしめて登るための、その一歩は出そう。
そしたら、次の一歩もだ。
一歩ずつしか、歩けない。
だから、今、ここ、ただ一歩も一歩なんだな。
しかし、他の記事で、森友問題での公文書改ざんの責任をとらされ、
自殺した職員の人の記事が載っていた。
彼の妻は、彼の遺書を公表することを長い間ためらっていた。
ところが、公表することに踏み切り、裁判に訴えたのは、
その当時の上司や同僚が虚偽の証言をして何かを守ろうとしたからだった。
その後、この人たちは、異例の出世をしたそうだった。
それも内部告発から明らかにされた。
腐った世の中もある。腐敗した官僚機構でもある。
しかし、その道を嘘をついたまま、一歩一歩出世の階段を登った者たちは、
きっと心も魂も腐敗した、腐り切った人間なのだと私は、思う。
それを「よし」とする人たちもいる。
それを「よくやった」と褒める人たちもいる。
それを「頑張りました」と手柄にする人たちもいる。
哀れな人たちだ。
もし、自分の父親がそうした人であったなら、私は軽蔑するし、父親を捨てる。
こんな腐った人間になるために官僚になったのなら、
その人たちの一歩、一歩は、尊くなんぞ全くなくて、
愚かな、非情な、唾棄すべき人としての生き方しか、遺されていないはずだ。
神様は、全てのことを等しく観ている。
役職と名誉と膨大な退職金と天下り。
しかし、きっとこの人たちの末路は、哀れなものに違いない。
神様は、この人たちに人生のご褒美は絶対に与えられない。
この人たちに与えられるのは、後悔と懺悔と苦難の最期・罰だけだな。
こんな人にならなくて、よかった。よかった。
私は、今、ここで、気持ちよく一歩、一歩を歩ける自分の生き方に、
心から感謝している。
尊さとは、尊厳である。
尊厳のある生き方。生涯をこれからも、送りたいと願っている。
さてさて、私に与えられる余生の仕事とは何か、
今から楽しみにしている。-
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。 - 0
-
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。 - 0
icon拍手者リスト
-
コメント: 全0件