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from: 一久さん

2007年09月27日 06時25分52秒

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荀子曰く

荀子曰く君子は能あるも良く、能無きもまた良し。小人は能あるも悪く、能無きもまた悪し。「あの人は仕事はできるけれども、人格的にどうもねぇ」とか、「あの人


荀子曰く

君子は能あるも良く、能無きもまた良し。

小人は能あるも悪く、能無きもまた悪し。


「あの人は仕事はできるけれども、人格的にどうもねぇ」とか、
「あの人は人格は申し分ないけど、ミスが多くてねぇ」 とか、
現実の社会では良く聞く言葉である。

どっちもどっち、というか、どっちが良いのか迷うところであるが、
現実には、「人格の劣る実力者」のほうが重宝されていることが多い
ようではある。

しかし荀子は逆を言っている。しかもハッキリと断定している。

人格に欠陥のある者は、有能であってもダメ、無能であれば当然ダメ。

人格の優れた者は、無能であってもアリ、有能であれば申し分なし、と。


有能であっても小人であれば、部下はこの人から学ぼうとはしない。自然、
連絡が悪くなり、組織はもろくなる。

無能であっても君子であれば、部下にでも礼を尽くして聞く態度を取る。
自然、連絡は良くなり、組織は強靱となる。

君子であろうとすること、それは有能であろうとすることよりも、はるかに
重要なことなのである。

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from: 一久さん

2007年09月28日 20時41分54秒

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「現実にはどうか」


【現実にはどうか】

現実の場においては、有能ではあるが小人(人格的に問題のある人)の上司や先輩
に尋ねることを怠って事故がおきた場合、聞かなかった後輩や部下のほうが悪い
とされるのが常であろう。

しかし、この言い分は、論理破綻していることが荀子の言葉から判る。

このような要請は、つまるところ、有能な人間の人格的問題を不問にしておきながら、
有能でない人間に人格的に優れた者であれ、と言っているのと同じだからである。

嫌悪すべき相手にも丁寧に応対し、罵声に耐えて任務を全うしようとする者は、
君子である。部下や後輩に君子たれと強要していることになるのである。

逆に、「有能な小人」である上司や先輩に対しては、その小人ぶりを批判していない。

上司・先輩に小人で良いと言い、部下・後輩には君子たれと言う。倒錯の極みという
しかなかろう。

アメリカ軍では、「悪い兵隊というのはいない。悪いのはすべて指揮官である」と
言っているらしい。指揮官に君子たることを求め、もって兵隊をも感化することを
求めているのである。

アメリカ軍のほうが日本の社会よりも、よほど荀子の心に近いといえよう。

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