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from: 一久さん
2008年02月22日 21時38分31秒
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構造的ことなかれ主義
構造的ことなかれ主義
教師がことなかれ主義に陥る起因が、構造的なものであるならば、教師個人の力量や職業意識の高さ等は意味を為さなくなる。
やる気があればあるほど、有能であればあるほど、ことなかれ主義的にならざるをえないからである。
【和と改革】
注意深く生徒達を観察して、いじめの兆候をすばやく発見し、即座に介入して解決を図る。これが理想的な教師像のひとつであろうと思う。
しかし、このような介入と解決は、この教室内の「和」を一時的に撹乱することを覚悟しなければならないものである。
もしもこの「和」を保つことが、問題を解決することよりも優先されるならば、教師は問題を発見することに消極的ならざるをえない。
HRが長引いて塾に遅刻する、と文句をいう生徒もでるであろう。影でいじめを続ける生徒に体罰を加えざるを得ない場合もあろう。
そして、その結果として起こるPTAその他からの様々な喧騒。
このような騒動を呼び起こしてまで「いじめ」を発見することに積極的で有り得るであろうか。
ましてや学校単位であればなおさらである。問題解決の為に積極的に努力した結果、”あの学校は怖い”という風評がたつ場合さへ有り得よう。
世間の人々は教師の指導力を求めるけれど、その結果、自分の子供が塾に遅刻するような事態が重なることを許さないだろう。
であるならば、教師は重大問題が起こらない限り、できるだけ「ことなかれ主義」を通し、教室の「和」を保つことにこそ専念せざるをえないはずである。
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教師達は、しばしば「いじめられるほうも悪い」という。ここまでは良い。だが問題は、では、いじめられている者は何をすれば良いのか、ということである。
「いじめられるほうも悪い」ということは、自分で解決せい、ということであろう。であれば、その処方箋の啓示をしなければ「師」とはいえまい。
私がいうように、「金属バットで殴ったれ」というであろうか?
「腕力で叶わないなら警察やPTAに訴えろ」というであろうか?
いずれも、「NO」であろう。これらの闘争心の発露は、少なからず学校の平穏を破壊する、「和」を破壊するからである。
では、教師達はどうせよというのだろうか?
「あんな奴等と付き合うな」というのであろうか?
これはまあ、マシなほうであろう。しかし、「バットで殴る」ぐらいのことをしなければ、”あんな奴等”は「いじめられっこ」を開放してはくれないはずであるが。
多くの場合、教師達はもっとトンチンカンなことしか言わないようである。
「しゃきっとセイ!」とか、「しっかりしなさい」とかの、ワケワカメなことしかいわないのが普通ではないだろうか。(まるで旧日本軍だね。とんでもない精神主義だわ。)
これは要するに 「下手に対決なんかして面倒をおこさないでくれ」
「いじめられる状態のまま、さっさと卒業していってくれ」
と、言っているのと本質的に同じである。まさか、こういうふうには言えないから、への突っ張りにもならないようなハッパをかけているのだろう。
さらにひどい教師になると、HRを「どうしたら**さんは、いじめられないようになるか」という議題で開いて「ハキハキしてほしい」「猫背を治してほしい」とかの”要望”を取り付けたりする。
このでんが通るならば、障害者は谷底へ突き落としていいことになるではないか?
「ハキハキしてない」→「いじめていい」
「車イスが邪魔」→「ドブに突き落としていい」
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「いじめ」を積極的に発見しようとする行為は、必然的に学校の平穏を、「和」を乱す行為となる。故に、教師達はそのような行為に積極的になることはできない。
今回の「いじめ」事件によって、マスコミは学校の果敢な対応を求めているが、そのような積極的な対応が、「和」の破壊というコストよりも優先することに同意のうえでの要求であろうか。
問題解決の為には喧騒もやむを得ない、という認識がPTAになかったならば、すべての方策はいずれ骨抜きにされるであろう。-
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