from: shantiさん
2008年12月08日 19時55分13秒
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Re:あれこれ
こんにちは、皆さん。少し、ネットに向かう余裕ができたshantiです。私が日本にいる間、本当にたくさんの方々が訪ねてきて下さいました。この場を借りて、
こんにちは、皆さん。
少し、ネットに向かう余裕ができたshantiです。
私が日本にいる間、本当にたくさんの方々が訪ねてきて下さいました。
この場を借りて、お礼申し上げます。
有難うございました。
日本にいる間、時間が許す限り幾つかヨガの教室にも伺いました。
日本でのヨガってどんなのかな、って。
全部、素敵でした。
必然的に、そういうのを選んだのかもしれませんが、
ゆったりとリラックスできました。
日本のヨガはアメリカ経由のヨガで少し私にはハード、と思っていたのですが、なかなかどうして私のようなものに合うものも幾つもあったのだな、と(*^_^*)
さて、サークルメンバーのdeeさんとのやりとり、また載せますね。
“ ”はshantiの言葉です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
“deeさん、こんにちは。
長いこと、すみませんでした。
ビザは手に入れられたのですね!(^^)!”
> 使命論 よく言われますね
> 真理なのか 気休めなのか 今まだ よく分かりません
“「自分はなんで、ここにいるのか?」それを探るのがヨガの最終の目的でもあるようです。”
> 特に ネジリなんか 自信ありません
> 自信のないポーズは 控えておこうか とも思っています
> 因みに 倒立 一番得意です
“何をするにしても、無理は禁物です。
ただ、やりやすいポーズだけを好んでするのもよくないようです。
やりにくいものが実は体が必要なものであったりすることもあるようです。
倒立が一番得意だなんて、凄いです。
一般的には食べ物も含めて、生活が正しくなり、血が綺麗になってから、倒立は長くするようにすることが勧められています。
だから、生活(特に食生活)が無茶苦茶な人は、幾らできるからと言っても静止は30秒までにするのがいいそうです。”
> 今 本当は 自分のことだけで 精一杯です
“まずは、「自分」ですからね(*^_^*)
外に向けるエネルギーを、自分をしっかりすることに向けるのも瞑想の一つの目的です。”
> 【リーラ】
>
> この世界の生まれた理由
> 「神の 神による 神のための 戯れ」
>
> 伝統的ヨガにも こういうの ありますか
“そう言ってますね。 ヨガは昔のインドの考え方の上に立っているので。 ただ、私には今の所、理解不能です。
神は愛する対象がほしいから、創造物を作った。 そして実にさまざまなものを作った。 そのために人は苦悩をするようになった。 それもこれも神様の戯れ......。
ギータにそう書いてありますが、私には....ダメです。
数十年したら、わかるかもしれませんが。”
> 【九品】
>
> シャカ 「人には 上上品から下下品まで 九品 あり」
> 「人には 上品上生から下品下生まで 九品 あり」
>
> 僕も そう 思います
> 【八正道】
>
> 人・本・サイトによって 例によって 微妙に異なります
> 僕は 『命』と『無常観』と 解釈しています
>
> 命 = すべてを「生かす」方向
> 無常観 = 坐って 今ここにある自己を観察(ヴィパッサナ)
>
>
> 【中道】
>
> 絶対の道
> 不… 不… 無… 無… 非… 非…
> 『空』
>
>
> 【聖賢】
>
> 「聖賢は 理論においても 完全である」 S.N.ゴエンカ
>
> やはり 理論と実践 ですね
>
>
> 【禅】
>
> 立禅 歩行禅 シャバ・アーサナもまたしかり
>
> ホンモノのヨギは 二十四時間瞑想状態 って 本当ですか
“本当です。 ただ、瞑想と言っても、ずっと洞窟に座って目を閉じて....。 と言うのだけが瞑想ではないようです。 生活をして、目で外を見て、用事をして.....でも心の中は常に一定の方向(魂、神様、絶対的なもの)に向かっているのです。
こういう意味でヨギは24時間瞑想していると言われます。
ウチの師匠は彼の師匠に「24時間、常に神のことを考えることができないものはヨギではない」と言われたそうです。
いつも書いてますように、インドでは「GOD(神)」と言う言葉を使いますが、解釈としては、一定の神様ではなく、エネルギーのようなものと考えられても、ご自分の好きな神様や仏様、あるいは大好きなご先祖様に置き換えられても構いません。”
> 【答】
>
> 答は 自己の中に
>
> 以前 仰っていましたね 本当のグルは 自己の中に って
“ヨガでは、と言うかインドの昔の考え方では、そう言っています。 だから、誰か他のものに支配されることはないと。”
> 【理想論とキレイゴト】
>
> ヒマラヤ山中 只一人 なら
>
> 僕の ひとりごと です
“ヒマラヤで一人で瞑想している間に、綺麗な心を持つことは誰にでも(と言うわけではないかもしれませんが)できます。 大事なのは、下界に降りてきたときにもそれを持ち続けることができるかどうかだと思います。
これに関しても面白い昔の話があります。 今は割愛しますが。
これら、またサークルのメッセージに載せますね(*^_^*)
あ、そうだ、何気に削除して下さったメッセージがありましたね。 有難うございます。 そして、deeさんのメッセージに拍手、ついてましたね。
もうすでにやり取りされているかもしれませんが!(^^)!
shantiでした。”
from: shantiさん
2009年01月11日 14時48分06秒
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「Re:ヨガ・スクール」
皆さん、こんにちは。
shantiです。
1月ももう10日が過ぎてしまいました。
こちらでヨガ+霊気を学んでいらっしゃる生徒さんの滞在も後10日ほど。
「はや〜い!」の言葉が出て、同時に「復習が追いつかん」とも^_^;
でも、ここに来られてたくさんの事を身につけられていること、とても嬉しく思っています。
お馴染み(?)になりましたサークルメンバーのdeeさんとの対話、少し遅れてしまいましたが、また載せますね。
“ ”はshantiです。
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“deeさん、明けましておめでとうございます。
deeさんにとってより良き年になりますように。”
> 本当の ホンモノの ヨガ・スクールは
>
> 二週間 100ルピー らしい
>
> 外国人料金のところは 別にして
“本当に昔のスタイルでヨガを伝えるスクールは、お金をまったく払う必要はないかもしれません。
その代わり、数週間とか、数ヶ月で終わり、ではなく、数年間ずっとグルやその家族と一緒に生活をすることでその生活からヨガを学び取るのだと思います。
田んぼを、あるいは畑を耕し、牛を育て、森の中に入り、自然の恵みを頂きます。
薪を拾って火をおこし、水を汲みに井戸や川へ向かいます。
毎日の生活のために、一生懸命働き、その合間を縫ってグルの講義を聴きます。
車やバイクを使って移動するのではなく、足で移動します。
食料がないときは、町に出かけ、物乞いをします。
体力がなくて外で働けない人は、例えば、グルの体や家族の体をマッサージしてあげたり、家の中の仕事をして自分の役割を作り、果たしていきます。
食材費やガソリン代、ガス代、電気代を払う必要はありません。
お金ではない他のもので、ヨガを学ぶのを許された分の“これからの生き方受講料”を支払っていきます。
勿論、上手にまとめたテキストなんかありません。 毎日の生活から自分でテキストを作っていくのだと思います。
私はこれが昔から受け継がれている本来のヨガの学び方だと思います。
deeさんには是非このようないい場所に行かれてご自分をさらに磨かれ、その光を多くの方とシェアして頂けたらと思います。
今の多くのヨガスクールでは食材も買っているし、車も使うし、ボランティアだけでなく、人も雇っているでしょう。
広告に莫大なお金を使ったり、「○○公認」と言うお墨付きをもらうために協会に多額のお金を支払っているところもあると思います。
本やDVD、ウェアの売り出しなど商売にヨガを使っている所もあるだろうし、そのための出費も必要になります。
外国人料金と言うのは私にはよくわからないですが、来られる生徒さんにも問題はあるのかもしれませんね。
少し前までは寄付で、生徒さんの食費などをまかなっていたそうですが、今は寄付をする人は激減し、料金を設定しないとやっていけないそうです。
人はできるだけ安く、手っ取り早くヨガを学ぶところを探します。
需要があるから、その受け皿がいるとう悪循環にヨガの世界も陥っているのでしょうね。
お金がかかり、忙しくなってしまった現代の生活環境から言えばある程度、“安く、早く”は仕方がないかもしれません。 昔流の学び方をしていると、気がつけば、『浦島太郎』になっているかも、と言う恐れもあるかもしれません。
しかし、本来、ヨガを学ぶと言うことは自分や周りの人生にかかわる大事なことなのに、ケチってしまい、一時的な物に過ぎない服やかばんや食べ物、自分の趣味には、「たまには贅沢したっていいじゃない」と多額のお金でも支払うことができます。 これに関しては、多くの方が気がつくべきだとは思います。
スクール側から“よくまとまった教材”を要求される方もいらっしゃいます。 が、本来教材は自分で作っていくものだと私は思います。 学んだことを記録し、まとめ、自分独自の教材を作っていくことがまた学びになり、宝になっていくのだと思います。
そういう教材は、お金を払ってもらったもののように、埃にまみれてダンボールの奥底に眠ってしまうと言うことはないと思います。 もっとも、自分の教材ができた頃には、自分の頭に、心に入っているとでしょう。
私も何度か、日本語でわかりやすくまとまっているものを来られる方に提供しようか、と思ったことはあります。
でも、「そういうの、ありませんか?」と聞かれる方がいらっしゃるたびに、なくてよかったと思います。
別に意地悪をしているわけではなく、“あればいいのに...”と思いながらも皆さんが日々学んだことをまとめられているノートはすでに、どこにも売っていない、素晴らしい本になっているのです。
ウチは残念ながら今は自給自足できるような畑もないし、車で移動するし、電気もガスも使っています。 生徒さんが何年も滞在して学べるようなお部屋もありません。 お布団や生活に必要なものもマーケットで買っています。
それでも、今の環境の中でできるだけ、たくさんの方にヨガを通して“自分気づき”をして頂けたらと思っています。
私たちの最大の喜びはやっぱり、ここクヌールで得たことを日々の生活で生かして、周りの人や環境とよいエネルギーを共有されていることですね。
私は、ここに来られる皆さんに多くのことをいっぱい教えてもらっています。 机に向かっての自分の勉強も勿論必要なのですが、自分自身の時間と心、体を生徒さんとの触れ合いに捧げることで、それ以上の何かを得ていると確信しています。
すごくわき道にそれて、また、長くなってしまいました。
読んで頂いて有難うございます。
deeさんが、いいヨガに出会ってますます御自分を高められること、願って止みません。”
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なお、deeさんは尊敬できる方を見つけられたようです。
とても嬉しいことです。
出会いはとても大事ですよね。
いい人と出会っても、よくない人と出会ってもすべてそれは神様が自分を高めるために引き合わせてくれたものと、インドでは考えています。
この考え方をすれば、自然に文句、不平、不満が出なくなります。
よくないことと出会ったとき、
相手をののしり、自分の不運を嘆くのではなく、それは神様が与えたテストだと思いなさい、
とウチの義母は言っていました。
そして、
神様は決してその人が乗り越えられないようなテストは与えない、
とも。
shantiでした。
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