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from: shantiさん
2010年10月28日 20時22分06秒
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毒素吸収→デトックス→毒素吸収→デトックス....の愚
皆さん、こんにちは。
デトックス(毒素排出)と言う言葉が日本で流行ってからどれくらい経つのでしょうね。
マッサージ、ヨガ、食事療法、入浴法、サプリ.....。
本来人間の身体にはデトックスをする機能が備わっています。
汗や尿、便などは身体に入ってきた毒素を体外に捨ててくれます。
なのに、何で最近になってことさら“デトックス”なんでしょうか?
その理由のひとつに、身体の機能が追いつかないほどの多量の毒素が入る時代になっている、と言うことが挙げられるのでしょうね。
食べるもの、着るもの、目にするもの、耳から入るもの.....。
が、デトックス、デトックスと叫び、
そのために色々な方法を試す割には生活が変わっていない方も多いのではないでしょうか?
デトックスマッサージをした後で、お腹が減ったと添加物いっぱいの食品を口にしていないでしょうか?
ヨガでデトックス!と頑張って化繊のピタピタの服(下着も)で汗をいっぱいかいていないでしょうか?
ヒーリング音楽を家で聴いているのに、外でお友達と人の悪口や批判を言い合ったりしていないでしょうか?
元を断たない限り、永遠に“毒素吸収―デトックス”の繰り返しは終わりません。
“デトックス”を売りに出しているお商売をなさっている方には嬉しい繰り返しかもしれませんが.....^_^;
私は最近、何故か間食が多くなっています。
そのために、何となく胃が重い。
そういえば、昔はしょっちゅう胃が重かったのを思い出しました。
こういう繰り返しをやめるには、やっぱり意志の力なのかな、と反省を込めてこういう書き込みになってしまった shanti です。
皆さんは大丈夫ですか? -
from: shantiさん
2010年10月24日 13時04分51秒
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光=命・エネルギー
こんにちは、皆さん。
季節があまり変わらないクヌールも何となく秋めいてきたような...。
最近は夜空が綺麗なので、朝起きたら空を見ます。
満月なので月の光が強すぎ、星は降るほどには見えませんでしたが、
流れ星を2つ見ました(^^♪
今朝はろうそくが見当たらなかったので、油のランプで
「トラタカ」と言うヨガのテクニックのひとつをしました。
ただ炎を瞬きをせずじ〜っと見つめるという、
どなたにも出来る “心をきれいにする” クリヤヨガのひとつです。
宗派を問わず、お寺や神社などでは灯がともっています。
灯が良いエネルギーを現すのは疑う余地の無いところです。
キャンドルナイトなどといって人工の電気を消し、
ろうそくの炎を灯すだけで人が集まり、そしてみんななんだかほっとする。
この催しが成功するのは
人の中にある“灯”が潜在的に本来の何かを求めている面があるからではないかな、
なんて勝手に思っています。
でも、人工に慣れきった私たちはそこには完全に帰れないから
年に数度のイベントで終わってしまう。
トラタカなんてテクニックにこだわらずとも、
毎夜あるいは毎朝、
たとえ5分でも部屋を暗くして灯りを見つめてみてはどうでしょう?
心が和んですっとするかも。 -
from: shantiさん
2010年10月09日 00時14分51秒
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「ニーム」の種を植えても「マンゴー」はできない
こんにちは、皆さん。
インドのある地方に伝わる古い詩の一部です。
「ニーム」も「マンゴー」も代表的なインドの植物。
マンゴーはトロピカルフルーツとしてご存知の方は多いでしょうね。
「ニーム」はとても薬効性の強い植物で、インドではサプリなども売られていますし、ニーム入りの歯磨きやら農業用品からお茶まで利用されています。
で、この詩の意味するところは
ずるいことをしても良い結果は得られない。
逆に良い行いをしていれば悪い結果は訪れない、というものです。
マンゴーがほしければ、マンゴーの種を植え、ニームがほしければニームの種を植えなければならない、ということです。
私達の中には、ずるをしたりしてでも、良い結果を得たいという気持ちが働くことがあります。
一時的には満足できるかもしれませんが、最終的にはやはり、それに見合った結果しかこないと思います。
私達は悪いことが起こると、人を恨んだり環境をうらんだり、神様を恨んだりします。
が、どこにもその責任の所在はなく、その種をまいたのは自分だということにあまり気づくことはありません。
でも、そこに気づくことで、私達は今から変わることは出来ると思います。
だから、まず大事な事は、気づくこと。
気づいたらそれを踏み台にして、良い方向に自分が伸びること。
私達は皆“聖人”ではありませんから、悪い心も持っています。
が、それに気づいたとき、自分を卑下するのではなく、
伸びようとすることがインドで言う“スピリチュアルな道を進む”ということになるようです。
子猫の名前がつきました。
“華実(はなみ)”
漢字は今つけました^_^;
名前をつけると執着が湧くみたいなので私は今まで来た犬や猫に名前をつけたことがありません。
生徒さんや先生(主人)がいつの間にか、呼んでいるものも多いです。
「さくら」は生徒さんがつけてくれた名前。
先生が「あっちはさくら(桜)だから、ハナミ(花見)ってのはどうだ?」って感じで深い意味はないです。 たまたま先生がそういう日本語を知っていただけで^_^; 後で「ところでハナミって何?」って聞いてました。
華実は女の子のようです。 -
from: shantiさん
2010年10月06日 23時14分12秒
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「ギータ」の中心テーマ:権利より義務を
皆さん、こんにちは。
子猫はまだウチに居ます。
よく食べるのですが、最近ちょっと下痢気味で心配です。
昨日から部屋を出て庭の木に登り始めました。
物凄い勢いで走って登り、こわごわ降りてきます。
何度かメッセージにも書かせて頂いたインドの古い書「ギータ」ですが、
その中心テーマは
“自分の義務を果たす”
と言うことです。
仕事をしている人はその職種、ポジションの人間としてしなければならないこと、
親がいる人は子供として親にしなくてはいけないこと、
伴侶が居る人は伴侶としてしなくてはいけないこと、
子供が居る人は親としてしなくてはいけないこと、
社会の中で自分が果たさなくてはいけないこと、
それを理解して自分の果たすべき義務をきちんとこなしていく。
「ギータ」の中で戦う気をなくしてしまったアルジュンにクリシュナはこう言います。
「君は戦士として生まれた。 だから戦士として悪を倒すのは君の義務だ。」
悪に加担してしまった友人、恩師、母親が違うとは言え、一緒に育った兄弟達...。
敵陣にその人たちの顔を見て、戦い直前に戦意を失ってしまうアルジュン。
「彼らを殺すのなら、彼らに殺される方がマシだ」
「彼らを殺して戦いに勝ったところで、その後一生後悔が付きまとう」そう言って地面にへたり込んでしまうアルジュン。
クリシュナはそれでも「君はやるべきことをやれ」と言います。
「ギータ」をお勉強されていらっしゃる方はこのクリシュナの言葉の意味はお分かりかもしれませんね。
でも、そうでなかったら「クリッシュナってなんて非常でひどい人なんだ」って思いますよね。
私も初めそう思いました。
情けはないのか^_^;って....。
機会があったら又「ギータ」に触れます。
が、この「権利より義務を」と言うギータの教えは
あまりにも権利意識が強くなりすぎ、個人のわがままにも見える
今の日本社会には良い警鐘を鳴らしてくれるのではないかな、なんて思ったりしてしまいます。
shantiでした。
写真はトットコと木を登っていく子猫。 -
from: shantiさん
2010年10月05日 00時45分02秒
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出会い
皆さん、こんにちは。
shantiです。
3日前、子猫がウチに迷い込んでいました。
犬のブラウンと散歩に行ったとき、家族であろう猫たちを探していますが、猫自体全然見つかりません。
何の因果でウチに来たのか。
子猫が来た日の午後から物凄いアメ・雷で、ウチに入り込んでなかったらどうしてたんだろう、と思ってしまいました。
今はこの子中心に仕事が増えています^_^;
やはり、トイレは勝手に砂の上にしてくれて楽です。
が、トイレの砂変えが大変.....。
日本みたいにトイレ用砂、なんて売っていないので、本当の砂を
鍋で熱して消毒して使ってます。
どこもかしこも砂でざらざらです(*^_^*)