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from: shantiさん
2010年09月01日 01時51分18秒
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「知っている」と言うことと「理解している」と言うことは違う
こんにちは、皆さん。
言葉の表現の違い、とも取られかねませんが、如何せん日本語の表現が上手くないもので....^_^;
今や色々な知識は本やネットからいくらでも仕入れることが出来ます。
ヨガですら。
でも、知識があると言うことと、身をもって理解できていると言うことは違うと思っています。
例えば、子供たちに「人を傷つけることはしてはいけません」と言うと「そんなことわかってる」と答えます。
でも、平気で人の悪口を言ったり、ごまかそうとしてしまいます。
知識と行動が結びついていないのです。 或いはそれは、傷つけていると理解できていないのかもしれません。
ヨガにも生き方に関するいろんな言葉が出てきます。
ネットでも本でも調べられます。 ヨガのお勉強を学校でされている方なら、ヨガの講義などにも出てくるでしょう。
が、それでヨガを知ったことにはなりません。
ヨガは実践を大事にします。
知ったらそれを実行に移す努力をしないといけません。
それは結構難しいです。
例えば、冒頭に出した「人を傷つけてはいけません」。
この厳しい競争世界で、他よりも抜きん出る事はとても重要視されています。
表面だけのつながりの薄い世界で、嫌われない様に話を合わす必要もあります。
あまりにも社会が激しく傷つきやすいので、傷を舐めあうお友達も必要です。
ヨガの入り口は何でも構わないです。
身体から入ろうが、心から入ろうが。
でも、入り口から少しずつ奥に入っていったとき、
果たしてそれでいいのか? と気づき、“おかしいよ”と言う声が聞こえてきたらそれに答える努力はすべきじゃないかな、と思っています。
最近、ヨガの心の面も強調されだしたようです。
「ここではヤマやニヤマも教えています」というヨガの宣伝を見ました。
ヤマ、ニヤマというのはポーズ以前のヨガの土台となる感情や感覚のコントロール事項です。
教わったらそれを日ごろの生活の中でどう生かそうとするか、それが本当に「わかった」と言うことになると私は思っています。
言葉だけなら幼児でも覚えます。
それで終わらず、常に意識して生かそうとすることが、成長に繋がるんではないかな、と。
言うは易し、行うは難しですが^_^;
shantiでした。
猫の「さくら」。
彼はいつもそのまんま。
裏表がありません。
だから、人には構えるけれど、
動物には心を許せる人が多いのかもしれません。
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