C大学考古学教室の主任教授・宇田川鉄雄博士の犯罪は、次のようにして行なわれた。妻多美子と学生須村秀人の情事を目撃した宇田川博士は、彼らを白骨にしてしまおうと決意する。二人の骨を、研究室にある標本ケースに、古代人の骨と並べて陳列しようというのであった。

古川薫（古墳殺人事件より）

スイスの小さな町ウ゛ウ゛ェー（レマン湖東北岸の小都市）に、中でもとりわけ快適なホテルが一軒ある。もとよりほかにもホテルは数多くあるのだが、というのもここは観光客の接待を事としている土地であるからで、町は、かの地をおとずれた多くの人びとが記憶するように、おどろくばかりに青々とした湖――旅人という旅人が一度はおとずれる義務のある湖水に面している。

ヘンリー・ジェイムズ（デイジー・ミラーより）

ﾂﾂｼﾞ

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ｸﾛｰﾊﾞｰ

銀婚式のその日、アシャースト夫妻はデボンシャーの荒原地帯のはずれを自動車でとばしていた。ふたりが始めて知り合ったトーキーの海岸でこの一夜をすごし、錦上さらに花をそえようというのである。これは妻ステラの発案で、彼女の性質にはいささか感傷的なところがあった。

ゴールズワージー（林檎の樹より）

昼過ぎに出社すると、部下は食事に出ているらしく、私のデスクの近くには人影がなかった。私は廊下に出て、自動お茶くみ器（というのかね、あれは？）のお茶を紙コップに受けた。私、星川夏彦。としは三十代後半。ジャパン・テレビのチーフ・プロデューサー。席に戻ると、デスクの上の数葉のメッセージに眼を通し、郵便物の山に手をのばした。

小林信彦（超人探偵・ブルー・トレイン綺譚より）

「もう弊害はあるまいよ」というのがシャーロック・ホームズのそのときの意見だったが、私はこの十年ばかりのあいだに十回くらいも、これから話す事件を公表する許しを求めて、やっと承諾を得たわけなのである。かくしてようやく私は、ある意味では彼の生涯の最高の時機ともいうべきこの事件の発表を許されたのである。

コナン・ドイル（シャーロック・ホームズの事件簿・高名の依頼人より）

エアーボンベのホースが切れて、そこからエアーが漏れてしまっていた。イワン村長は呼吸が出来なくなって溺れ死んだのだった。僕とアンナは力を合わせて、イワン村長の遺体を湖底から引き上げた。僕はエアーホースを詳しく調べた。それはまるでドラゴンに噛み切られたような切断面だった。「黒住君、恐いわ。本当にこの湖にはドラゴンが住んでいるのじゃないかしら？」「アンナ、それは単なる迷信だと思うよ。でも、このエアーホースはどうして切れたのか不思議です。岩に引っ掛かったぐらいでは、簡単に切れないはずなんですが」「やはり、ドラゴンがいるのよ。ドラゴンの怒りに触れてイワン村長は殺されたのよ」「アンナ、もう一度潜って見ます」「大丈夫？」アンナは心配そうに僕を見つめた。「アンナ、心配しないで。危険だと思ったら、すぐに浮上するから」

信じがたいと思われるでしょう。信じるということが現代人にとっていかに困難なことかということは、わたくしもよく知っています。それでいて最も信じがたいようなことを、最も熱烈に信じているという、この狂熱に近い話を、どうぞ判断していただきたいのです。

中河与一（天の夕顔より）