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from: ぐら姐さん
2025/03/31 20:12:48
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州都シリーズの17は、バジリカータ州の州都ポテンツァです。
’17年12月に行きました。
このあたりになる位置関係がよく分からないという方もいらっしゃるでしょうから、地図を載せますね。
左上にナポリ、その斜め下にサレルノがあって、そこからずずっと右の方に赤い点線で囲まれているポテンツァが見えますね。
地図で見るとそんなに遠い感じはありませんが公共交通を利用すると結構行きにくいところです。
私はカラーブリア州のコゼンツァから移動したので、まずパオーラに出て列車に乗り、サレルノの少し南のバッティパリアまで北上し、電車を乗り換えてポテンツァまで東進しました。
山をよけるために、遠回りして行かないといけなかったのです。
翌日メルフィに行くための時間が読めないために1泊することにしたのでした。
全然下調べをしていなくて、駅に降り立って、びっくり。
まちまで離れていることは覚悟していましたが、目の前がいきなり高くなっていて、宿まで歩こうなんて気持ちは一気に消え失せました。
目の前にアプロ・ルカーニアの駅があるので行ってみました。
切符売り場は無し、駅員は当然いない、貼ってある時刻表は2015年のもの...
Trenitaliaの駅に戻って、エディコラのオニイサンにチェントロにはどうやって行けるか訊いてみました。
あそこのバス停からバスがあるよ、次は...18:05発だよ。って、時計は17:06!
仕方がないのでタクシーを呼んでもらいました。
この時の宿は、小ぶりなホテル。
ホスピタリティー溢れる、感じのよいレセプションで必要な説明はすべてしてもらった後、鍵を受け取りました。
広くはないけれど、ホテルらしい設備、気配りの行き届いた品々が置いてあって、こういうホテルは久々だったので懐かしい気分になりました。
夜のまち歩きに出かけました。
ナターレの時期なのでお店が出ていました。
夕食のために適当にピッツェリア・リストランテに入りました。
パンの代わりの素のピッツァ
お肉どっさり、コントルノのほうれん草もどっさり(奥の皿)。
ポルチーニも山盛り!
翌日、昼の列車で移動することにして、明るい時間帯のポテンツァも散歩しました。
バジリカータ州は、マテーラ県とポテンツァ県の2つに分けられ、
これはポテンツァ県の建物です。(県庁のようなもの?)
お宿でもらった地図に見どころが出ていたので、それらを訪ねてみました。
ルネッタが新しく、入ってみると中も結構新しくて私の好きな雰囲気ではないので写真は撮りませんでした。
その次にあったのはサン・ミケーレ教会。
ここはちょっといい感じ。
3つ目は、サン・フランチェスコ教会。
3つの中では一番小さな教会なのですが、一番素敵でした。
13世紀の創建だそうです。
それほど古いものではないでしょうが、入り口の扉の彫刻がいい感じ。
中もいい感じでした。
まち角風景
9時半ごろになったら、人出がだいぶ増えてきました。
地図に駅に行くためのエスカレーターがあると書いてあったので宿の人に駅まで行く道筋を書いてもらいました。
この建物の中に、乗り場があるのでした。
エレベーターに乗り、
その次からエスカレーター
そのエスカレーター、有料のくせに6台乗り継ぎの半分は、下りが止まっていて、荷物を持って長い階段を3回も下りるはめになったのでした。
本当に腹が立ちました。
イタリアだからなあ…と諦めましたが。
こうして見ると、州都という雰囲気というか貫禄と言うか、そういうものの一切無い普通のまちですね。icon
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from: ぐら姐さん
2025/03/31 16:32:55
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ナポリの3回分のコメントを、違うトピックに付けて書いていたことが分かり、私の気持ちの問題ですが、州都のトピにちゃんと繋げておきたかったので、正しいトピックにコピペして写真を入れ直し、間違えた方のコメントは削除しました。
拍手をくださった方々、申し訳ありません。悪しからず。
このコメントは情報交換用のトピックに付けています。
ついでなので、情報交換関連のことを書きます。
映画「教皇選挙」をご覧になりましたか?
原作は読んでいないし、アメリカ映画だし…と思いつつも、アカデミー賞脚色賞もとったし、撮影はチネチッタだったというし、観に行こうかどうしようかと迷っているところです。
ご覧になった方、感想をおお聞かせいただけませんか。
今は、教皇選挙(コンクラーヴェ)はシスティーナ礼拝堂で行われるそうですが、コンクラーヴェが始まったのは1268年のヴィテルボからです。
当時の教皇クレメンス4世がヴィテルボで没しました。
新教皇選出の有権者は18人でしたが、意見が分かれ教皇不在の期間が続き、何ヶ月も新しい教皇が決まらないのは、枢機卿たちが自由に出歩き、外部の人びとと接触しているのが原因と考えたヴィテルボの住人は怒りを爆発させ、選挙会場である司教館に枢機卿たちを鍵を掛けて閉じ込めたのだそうです。
外部との接触を絶たせ、食料もパンと水だけを差し入れ、さらには食事量も減らしていき、ついに1271年9月(3年後!)、6人の枢機卿の妥協によってイタリア人の教皇グレゴリオ10世が選ばれたのだそうです。
その、ヴィテルボの会場となったのがここ。icon
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from: ぐら姐さん
2025/03/31 11:27:36
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from: ぐら姐さん
2025/03/31 11:22:47
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ナポリの続きです。
ナポリと言えば、何と言ってもピッツァ。
ピッツァの名店がいくつもあるようです。
あちこち食べ歩いたことはありませんが、一番好きなのはダ・ミケーレです。
2回しか行ったことがありません。
だっていつ行ったって店の前に行列ができているのですもの。
あ、違いました。イタリアですもの、整然とした行列なんて無理。
店に入って右側にある受付と言うかレジと言うかのところにちゃんと座っている人がいるので、そこに行って人数を言うと番号札をくれて、それをもらったら呼ばれるまで外で待つのです。
私は行列をしてまで食べたいとは思わないのですが、この日は、いっぱい待たされてもこの店で食べたことがないなんていうのはナポリに何度か来ている人間としてどこかかけている感じになる、しかたない待とう!と覚悟を決めて中の受付の人に1人です、と言いに行ったのです。
そうしたら「1人なのかい、ちょっとここで待ってなさい。」と言われ、待っていると、4人掛けで1人分空いたテーブルにカメリエーレが案内してくれたのでした。
この店は店全体の空席状況が分かるように数カ所にカメラが付けられていて、受付の人がそれを見て、無駄のない管理をしているのでした。
というわけで、1人の時だけ2回入りました。
この写真は14年も前のものなのでお値段は参考にならないと思いますが、このメニューのシンプルさは今でも変わらないのではないかしら。
東京にある支店とは、シンプルさが違います。
もちろん、せっかくですから水牛のミルクのモッツァレッラを使ったマルゲリータを。
生地のもっちり加減、さらっとしているのに味の濃いトマトソース、そしてモッツァレッラの味わい、大好きです。
店内。
'14年の時は2人だったので、とりあえずこの店には行ったものの、やはり大勢待っていたので、近くのトリアノン・ダ・チーロに行きました。
モッツァレッラ・ディ・ブーファラのマルゲリータと、チーズ無しのマリナーラ。
半分ずつ分けて食べました。
2人いると半分ずつ2種類食べられるのがいいですね。
'05年にポッツォーリの方のバカンス宿に滞在していた時に私とイプさん、私の2人の姉と2人の姪、そして何回かイタリアで合流している友人夫妻と10か月の長男、合計9人でヴェスービオのもっと南にある水牛を飼ってモッツァレッラを作っているところにガイド付きの車をチャーターして行ったのですが、ナポリに戻ってからガイドの方に紹介してもらったピッツェリアが、クリントン大統領が訪伊した際に食べたピッツァをつくった人がやっている店、プレジデンテに入りました。
それぞれ好きに注文して少しずつ交換して食べましたっけ。
ナポリはピッツァだけではありません。
美味しいものはいろいろあります。
トマトソースのパスタは、ナポリで食べたものが一番美味しいと感じました。
このお店が美味しいと書いているナポリ在住の日本人のブログを見つけ食べに行きました。
ヴィーノは白をいただいて、前菜はタコ。
日本で絶妙の硬さに茹でたタコも大好きですが、イタリアでやわらか~く煮たタコも大大大好きです。
シンプルなフレッシュトマトのスパゲッティ。
何でもないスパゲッティのようですが、トマトソースの味が濃厚で、酸味も甘みもありそれはそれは美味しかったです。
同じ店ですが、別な時に友人が食べた魚介のスパゲッティ。
野菜のフリット・ミスト。
シラスのかき揚げのようなもの
フリット・ミスト
太刀魚、鰯、海老、烏賊、からりと揚げてあってどれもこれもとても美味しかったです。
これは別な時に別な店で食べたイイダコ。トマトとオリーブも入っていてこれまた美味しかった!
コントルノ(付け合わせ)の野菜もどれも味が濃くて美味。
イタリアに行ったら絶対食べる魚介のパスタ。
これは、海老とコッツェとヴォンゴレのスパゲッティ。
ナポリ名物ババ。これは大きいものを切ってあります。
リキュールが効いていて私好み。
撮影したあと色の調整をするのが面倒なので撮ったまま。赤っぽくてすみません。
ナポリで肉を食べるのは珍しいかも。
ポルチーニ入りスカロッピーネ
最後に'99年の老舗カフェ、ガンブリヌスで、普段はカッフェかカップッチーノぐらしかオーダーしないのに、この時は大勢だったのでテーブル席に着いて、みんなで味見すべく、スフォリアテッラとババ、そしてその2つのいいとこどり(と、店の人が言っている)ソーン二・ディ・ナポリ(ナポリの夢)というスイーツをオーダーしてみたときの写真。
手前左がババ、右がスフォリアテッラ、奥がソーンニ・ディ・ナポリ。
ババが酒くさくて好き!という人、スフォリアテッラのサクサクがたまらん!という人、どっちもいいね~という人がいましたが、一緒にしなくてもいいよね、というのが皆の結論でした。
これにてナポリの項を閉じます。icon
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from: ぐら姐さん
2025/03/31 11:04:38
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ナポリの続きです。
初めての時に行った考古学博物館の時には写真を撮らなかったので、'10年に行った時には少し撮りました。
ナポリの国立考古学博物館は南イタリアで最も重要な考古学博物館と言われています。
ヴェスビオ火山の噴火で埋もれたローマ帝国時代のポンペイやエルコラーノなどの町の出土品も多く展示されています。
ポンペイ出土のアレクサンダー大王のモザイク
かなり剥落していますが、残っている部分の美しいこと!
ヌオーヴォ城
卵城
プレビシート広場
ドゥオーモ
Area Archeologica(考古学エリア)と言う有料エリアがあり、そこには5世紀後半のモザイクがあります。
スパッカ・ナポリ通りに面した、素敵な庭のあるサンタ・キアラ教会
ナポリがフランスのアンジュー家に支配されていた1328年に完成したそうです。
内部にはそんなに惹かれませんでしたが、陶器で飾られた中庭は素敵です。
ヴォメロの丘へと向かうフニコラーレ
ヴォメロの丘にあるサンテルモ城からの眺め
スパッカナポリのまっすぐな通りも見えました。
そのスパッカナポリ散歩
ナポリ・ソッテラネア(英語で言えばアンダーグラウンド)というツアーに参加したこともあります。
1時間半ぐらいでナポリの地下遺跡を徒歩で巡るツアーです。
1回目2回目でナポリのことをまとめてみましたが、え?もの足りない?
そうですよね、ナポリと言えば食のパラディーゾ。
次回はそれを載せてナポリを締めくくりたいと思います。icon
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from: ぐら姐さん
2025/03/31 10:30:58
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州都シリーズの16は、カンパニア州の 州都ナポリです。
まちに降り立った回数も入れたら何度訪れたか数えるのが大変なぐらい訪れています。
カプリ、プローチダ、イスキアなどの島に行くのに必ずと言っていいほど通っていますから。
アマルフィに行くときもカプリ経由で船で行ったこともありますし。
初めて行ったのは、'98年夏です。
'94年にローマ・フィレンツェ・ヴェネツィアとイタリア観光(実質初めて)からのジェノヴァから西地中海クルーズのときには、ナポリ港に停泊はしたもののカプリ島へのオプショナルツアーに参加し、ナポリの地を踏むことはありませんでした。
昨日書いたバーリもそうですが、ナポリは怖い・危険というイメージがあって避けていたのですが、'94年のクルーズのOPツアーで行った時に青の洞窟を見なかったので是非とも見たいと思ったし、ポンペイやアマルフィにも行ってみたいと思ったのです。
アマルフィが、あの映画('09年)で日本中の人たちの知るところとなるよりずっと前のことで、イプさんが買った本(タイトルは忘れましたが、個性的で素敵な宿がたくさん掲載されていました)にアマルフィの2つのコンヴェント(修道院)を改装したホテルが載っていて、イプさんと2人でそこに泊まりたかったのです。
ナポリのホテルはどこにしよう...できるだけ危ないところは歩きたくない...と思っていた時に雑誌に建築家丹下健三氏が1980年代にナポリの新都市設計を手がけたエリアのことが出ていて、そのエリアにあるホテルも出ていたのです。
ネット検索してみたら、宿から駅を通って港まで行くシャトルミニバスを運航していることも分かり、それだと危ない思いをして公共交通を利用することもないから安心!とその宿を予約して行ったのでした。
(ナポリは危なそうで心配という方には今でもその作戦はいいかもしれません)
この時は、定番の観光どころ(国立考古学博物、王宮、卵城など)を見て、ピッツァ・マルゲリータ発祥の店ブランディでピッツァを食べました。(気取っていて感じが悪かったしすごく美味しいわけでもなかったので以後ここには行っていません)
'99年夏は、私の旅行史上一番の贅沢をしました。
KLMとNW利用の世界一周チケットを購入し、フロリダのディズニーワールドに5泊だったか6泊し、それからフロリダ発のカリブ海クルーズに乗船後ローマに飛んで1週間ほどイタリア国内旅行(ローマとナポリとプローチダ)を楽しんで帰国したのです。
世界一周チケットがまだ安かった時代で、エコノミークラスが28万ぐらい、ビジネスクラスが42万ほどでした。
いっぱい乗るのだからそのぐらいの差なら奮発しちゃおうと、ビジネスクラスにしたのでした。(今のようなフルフラットのシートではありませんでしたがゆったりして楽でしたし、飲食もラウンジも楽しめました)
その時のナポリの写真を少しだけ載せます。
これ、日食のあった日で、太陽を観るために写真用フィルムを切ってサングラス代わりに使用してみんなで眺めた時の写真です。
この時は、イプさん、アッコさんと一緒に世界一周チケットの旅をしていたのですが、私の友人がたまたまローマ、ナポリの一人旅をしていて合流、さらにアッコさんの友人も一人イギリスイタリアの旅をしている最中に合流し、なんと5人で港近くのホテルに泊まりました。
このホテルなかなか良かったのですが、改装して高くなってしまってもう泊まることもなくなりました。
デジカメで写真を撮るようになってからのナポリの写真がたくさん残っているのは'11年夏のときのものです。
この頃はイタリアに何度も通っていて、だんだん図々しくなり、一人旅もへっちゃらになっていたので、この夏の旅行はペコさんリトルさんと合流する前に一人でナポリに3泊して楽しみました。
今日はこのときと'14年にminaさんと一緒に1泊したときの写真を載せます。
まずはガッレリア
巨大なスフォリアテッラとババが飾ってある店でナポリ名物スフォリアテッラを買って食べました。
出来立てあつあつ
ナポリと言えばカッフェ(イタリアでカッフェと言えばエスプレッソ)、ナポリで飲むのが一番美味しいと思います。
ナポリについては長くなりそうなので、しょっぱなから脱線して、今日はカッフェの話を書くことにします。
プレビシート広場横にある老舗カフェ、ガンブリヌスには毎回行っています。
この写真だと真顔で写っていますが、店の人は結構お茶目。
カウンターの中のシニョーレが撮ってくれた写真なのですが、カメリエーレがわざと間に入ってにっこり映り込むのです。
ここの食器はリチャード・ジノリのもの。
初めてのナポリ歩きの時は、ガイドブックの端にちょこっと載っていた、海岸通りの方のモッチャという店まで行きました。
ナポリっ子がここのカッフェが一番美味しいと言っていると書いてあってからです。
その時の写真がないので、'11年の時のもの。
ここのオジチャンは、私が外国人なので飲むまでちゃんと見ていて、美味しいというと、そうだろうそうだろうとにっこり笑うのです。
ナポリのカッフェはこの量が普通。私は砂糖を付いてくる小さなスプーンで1杯弱入れますが、イタリアだと2袋入れる人もいますね。
こちらは、トレド通りのバール。
ここもいつも混んでいます。
これは、スパッカナポリで入ったカフェ。
壁の額の写真右側で王冠をつけているのはマラドーナです。
その下に並ぶセリエAのナポリのカラー(水色)の缶には、FORZA NAPOLIの文字。
かつて低迷していたセリエAのナポリに移籍し、中核となってチームを引っ張り上げ、1986-87シーズンにクラブ史上初となるセリエA制覇に大きく貢献し、さらに1989-90シーズンには2度目の優勝を成し遂げたマラドーナは今でもナポリでは神のような存在なのです。
ナポリには今でもマラドーナがあちこちに。
バールで結婚記念の写真を撮っているカップルを見かけました。
つづきは、また次回。icon
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from: コウチャンさん
2025/03/31 08:22:04
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from: teruteruwasiさん
2025/03/29 08:37:40
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from: ぐら姐さん
2025/03/28 20:41:43
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from: ちゃぽさん
2025/03/27 22:37:04