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イタリア!小さなまちと田舎の旅

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from: ぐら姐さん

2024年01月04日 21時39分10秒

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エミリア・ロマーニャの(小さな)まち

リグーリアの半分が終わったので、いったん切り上げて、今日から新たにエミリア・ロマーニャ州について書きます。エミリア・ロマーニャの一番大きなまちは、州都

リグーリアの半分が終わったので、いったん切り上げて、
今日から新たにエミリア・ロマーニャ州について書きます。

エミリア・ロマーニャの一番大きなまちは、州都ボローニャですが、
ほかにも歴史ある魅力的なまちがたくさんある州です。

1.イモラ
2.コディゴーロ
3.コマッキオ
4.サッソ・マルコーニ
5.ズィベッロ
6.チェゼナーティコ
7.ドッツァ
8.パルマ
9.ピアチェンツァ
10.ファエンツァ
11.フィデンツァ
12.フェッラーラ
13.フォールリー
14.ブッセート
15.ブリジゲッラ
16.ポンポーザ
17.モデナ
18.ラヴェンナ
19.リミニ
20.レッジョ・エミリア

明日、1.のイモラから始めますが、今日は州都ボローニャの写真を載せます。
何回も行っているまちなので、写真も山ほどあるのですが、
’12年に一番長く滞在したので、その時のものを。

ボローニャと言えば、マッジョーレ広場。



そして2つの高い塔。

高い方には上ることができます。

上から見るまちの色が美しいです。

まち歩きも楽しめます。




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from: ぐら姐さん

2025年01月07日 13時51分48秒

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エミリア・ロマーニャの13は、フォールリーです。
フォルリと書かれることが多いですが、イタリア語表記だとForlì最後のlìにアクセントがあり現地の人はFoを少し長めにいうのでフォールリーと聞こえました。

'14年12月にファエンツァに滞在しているときに日帰りで訪れました。
「歩き方掲示板」でポルティコ・ディ・ロマーニャの存在を教えてくれた、当時ポルティコ在住の日本人女性Yさんが、結婚してフォールリーに住んでいるのです。

ポルティコがBS日テレの「イタリア 小さな村の物語」に出ることを、久々のメールで連絡くださり、それをきっかけにやりとりするうちにファエンツァに私が2泊すると知ったYさんが、隣町だから是非フォールリーまで来て!ということになり、お昼ご飯をご馳走していただくことになったのでした。

駅に着くとYさんが迎えに来てくれていて、旦那様の車に乗って、郊外にある彼らの家へ。
一戸建ての1階に両親、2階に彼ら夫婦が生活しているのでした。
そして、昼食は1階のマンマの手料理でした。

マンマも、パパももうリタイアしていて、仲良く二人でお料理していました。

野菜のピンツィモニオ。

お皿に、好みの量だけ調味料を入れてドレッシングにし、それを付けて食べるだけの
とてもシンプルな料理ですが、野菜が美味しいので、十分楽しめます。

ハムと生クリームソースのトルテッリーニ。

ズッキーニ・リピエーニ。(ズッキーニの肉詰め、トマトソース煮)

わざわざ大皿に入れずに、ここから銘々の皿に入れてくれました。
余った詰め物で作ったポルペッティ(肉団子)も。
詰め物をしたズッキーニが素朴な味でとても美味しくて、お替りをしました。

ヴィーノは、お友達が自家用として作っているものを分けてもらったものだそう。

そして、パネットーネ。&スプマンテ。

リビングで少しお話してから、街案内をしてくださるということで車でチェントロへと出かけました。

チェントロへ行く前に、小高い丘からの眺めを楽しみました。



3つの塔が見えるでしょ、サン・メルクリアーレ教会の鐘楼と...と3つ分全部聞いたのに、忘れました。

チェントロに行く途中でもう一箇所立ち寄りました。
この川は、ローマ人がここに水を引いたものだそうで、その時代から水車で粉を挽いていたのだそうです。
もちろん建て替えてありますが、今でもここは製粉所とのこと。

この水は、チェントロでは街の下を流れているそうです。

いよいよ、チェントロへ。
スキアヴォニア門

これは、チェントロの少し外れの方にあるので、
この後また車に乗り、チェントロ中のチェントロの駐車場に車を停めました。
さっき遠くから見えた3つの塔の1つが近くに見えます。

その後連れて行かれたのは、M.A.F.(Mondial Art Free)というYさんの夫君がやっているギャラリー。

すぐそばにもう1箇所あって、そこでは絵と写真の三人展をやっていました。

実は、彼らは七人展を4月に横浜のギャラリーで開催することになっていて、彼ら夫妻とご両親と数人のアート仲間が来日することになっているので次は横浜でお会いしましょう、というお話をし、実際に秋にお会いしたのでした。

さて、まち案内と言っても、やっぱりイタリア。
こういうことに時間が取られるわけで、だいぶ日も傾いてきてからやっと歩き始めました。
ギャラリーのすぐ近くにある、このまちの一番の広場、アウレリオ・サッフィ広場。

サン・メルクリアーレ教会



ルネッタもいい感じ。

中に入りました。

5世紀頃の創建で、サント・ステーファノに捧げられた教会だったのが
7世紀になって、街の守護聖人、サン・メルクリアーレに捧げられた教会となったそうです。
1173年に火災により一部焼失するも、すぐに再建されました。

これは、創建当時の入り口にあったライオン像とのことですが、
今は内部に置かれています。
うーん言われなければライオン像とは思えない...











外に出て、向かって右横にあるキオストロ。

とても素敵な教会でした。
外に出たときは、アウレリオ・サッフィ広場はすっかり暗くなっていました。





途中で立ち寄った建物の中には、まちの人が作ったプレゼーピが飾られていて、

その一角では、子ども達への読み聞かせが行われていました。

そしてドゥオーモへ。







祭壇には、小さな木版画。
「Madona del Fuoco」(炎の聖母子)です。

この木版画は、15世紀にとある学校の壁に飾られていたものなのだそうです。
1428年2月4日、それはとても寒い日で、教室の暖房のために火を焚いて、それがしっかりと消されてなかったがために、晩から朝にかけて火事が起こり、学校は全焼してしまったのだそうです。
その中にあって、この紙に刷ってある木版画だけが、不思議なことに燃えなかったのだそうです。

これは奇跡だ、ということで、それ以来この木版画の聖母子は、フォールリーの守り神として大切に祀られているのだそうです。
小さくて遠くにあって見にくいので、近くの壁に、レプリカが架けてありました。

2月4日に、Madonna del Fuocoのお祭りがあるそうです。
どんなお祭りなのか、見てみたいと思いました。





ドゥオーモを後にして、また車に乗り、ラヴァルディーノの城塞(Rocca di Ravaldino)へ。
カテリーナ・スフォルツァがチェーザレ・ボルジアに攻められ、カテリーナ自ら武器を持って戦うも敗れた場所です。
でもね、もう真っ暗なのです。ライトアップはしていましたが。

中で市民の手づくりプレゼーピのコンテストをやっていて、入ってみました。

なかなかアイディア豊かで面白いものがありました。
これは1本の木の上につくられたもの

パスタで作られたもの

浮いているもの

今夜は友人たちとピッツァを食べに行くのだけどいかがですか?
と誘っていただいたのですが、夜遅くなって電車に乗り遅れるとたいへんなので、駅まで送っていただき、ファエンツァに帰りました。

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from: ぐら姐さん

1時間前

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エミリア・ロマーニャの14は、ブッセートです。
写真ゼロの11フィデンツァのところで書いた、ズィベッロに行くタクシーに乗るために降りたまちです。

'02年の12月のことで、フィルム写真をデータ化したものが数枚あります。
ブッセートは無人駅で、駅前には何も無く、もちろんタクシーも待機していません。

駅前の通りを少し行くと小さなバールがありました。
まんが「美味しんぼ」で、ズィベッロにあるクラテッロ協会の会長がやっている店があると知り、滞在中の1日を使って昼食を食べに出かけたのです。

駅を出て歩くこと10分ほど。
まちの中心部に着きました。
小さなまちで10分もかからずにチェントロを一周りできそうです。

このまちは、作曲家ベルディの出身地だそうで、その名を冠したジュゼッペ・ベルディ劇場がありました。

何でも、収容人員は300名だそうで、とても小さな劇場なのですが、新人歌手の登竜門として知られるコンクールがおこなわれるのだそうです。

私とイプさんは、このときそそっかしくて、店の名前が載っているコピーを持ってくるのを忘れていました。
でも、きっとハムサラミ屋で聞けば分かるだろうと思って、見つけた店に入り
「クラテッロ協会の会長のレストランの名前をご存知ですか?」
ときいたら、
「ああ、カヴァリーノ・ビアンコね。」
と教えてもらえました。

総菜もいろいろ売っていました。

よし、これでタクシーを見つけて店の名前を言えば、きっと大丈夫!とタクシーを捜しに行きましたが、劇場の辺りがチェントロ中のチェントロと言う感じなのに、タクシーが待機していないかと探しても、全然見つかりません。

近くのバールでタクシーを呼べないか聞いてみたら、バールのオヤジさんが、
「このまちにはタクシーが1台しかなくてね、向かいの宝石屋のダンナがやってるから、行ってみてご覧」
というので、宝石屋に行って、タクシーをお願いしたいと言うと、
「ごめんなさい。今日はパルマに行っているので、タクシーはないのよ。」
と言われてしまって...

場所も知らないし、適当に3km歩くわけにもいかないし...。でもここで諦める私達ではありません。電車を乗り換えたフィデンツァなら、少し大きなまちなのでタクシーを呼べるに違いないと、店までは遠くなるものの、フィデンツァに戻ることにしたのでした。

というわけでブッセートを後にすることに。
でも20分ほど待てば来るはずの電車が来ません。
しばらく待っても来ません。
私達のほかにも4~5人地元の人が待っているのに全然来ません。
無人駅なので、列車遅延の放送もなく。

やがて待っていた人たちが、まちのほうへと行ってしまいました。
私達は、とにかく待つしかないので、暇だから待ちぼうけ写真なんて撮っちゃいました。

待つこと1時間半。
もう次の列車が来る時刻です。
らさっき待っていた人たちがまたやって来ました。
どうやら1本列車を間引かれたと判断して、バールでカフェでも飲みながら温まってきたようです。
何せ12月下旬の火の気のない無人駅ですからね。
やっと次の列車がやってきました。
乗ればあっという間にフィデンツァに着いたのでした。

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