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from: エリスさん
2007年11月06日 13時49分00秒
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アドーニスの伝説・1
冥界の王の仕事は、休みというものを知らない。毎日誰かが死に赴き、それらは冥界へ降りてきて裁きを受けなければならない。その裁きをくだすのは誰あろう、この
冥界の王の仕事は、休みというものを知らない。
毎日誰かが死に赴き、それらは冥界へ降りてきて裁きを受けなければならない。その裁きをくだすのは誰あろう、この冥界の王であるハーデースだった。
あまりにも忙しいものだから、妻であるペルセポネーを構ってやる余裕もなくなってしまう――そんなこともあって、妻はしょっちゅう実家である地上へ戻っていた。
だからと言って夫婦仲が悪いわけではない。むしろ大恋愛で結ばれた二人なのだが、こんな事情もあって、世間ではちょっとした誤解が噂されていたりした――それが現代に伝えられている伝説。
「ハーデースが無理矢理ペルセポネーを冥界へさらって行ってしまったので、ペルセポネーの母親である豊穣の女神デーメーテールが嘆き悲しんで、作物は枯れ、大地は干上がり、ギリシアは飢餓に苦しむようになった。それでゼウスが仲裁に入り、ハーデースにペルセポネーを返すように諭したところ、ハーデースはせめてもの思い出にとペルセポネーにざくろの実を三粒だけ与えた。ところがこれはハーデースの策略だった。冥界で食事をした者は地上に戻ってはいけないという掟があり、これによって、ペルセポネーは一年のうち三ヶ月間は冥界で過ごさなければいけなくなった。
ペルセポネーが地上にいるうちは、デーメーテールも大地に豊穣を約束するが、娘が冥界へ降りなければいけない三ヶ月間は、大地は恵みを失うのである――こうして世界に四季が生まれた」
と、現代では信じられているが。
実際は三日にいっぺん里帰りするぐらいだった。母親のデーメーテールが一人娘を完全に手放すのが嫌で、「戻ってきて顔を見せて!」とせがむので、仕方ないのである。
しかしその里帰りがかえっていいのか、ハーデースとペルセポネーはいつまでも新婚夫婦のような仲睦まじさだった。そのせいか、ハーデースはペルセポネーの父親・ゼウスの弟(実際は兄だが)でありながら、見た目はずっと若い――せいぜい27歳ぐらいなのだ。
その日、ハーデースがようやく仕事を終えて夫婦の部屋に戻ると、待ってましたとばかりに寝台の横の水晶球が光った――里帰り中のペルセポネーからの通信である。
「あなた! お仕事ご苦労様!」
その声で一瞬に疲れが癒え、笑顔になったハーデースは……しばらく言葉もなく水晶球を見つめていた。その目は点のようである。
「ど……どうしたんだい? その赤子は」
そう。ペルセポネーは白い産着に包まれた赤ん坊を抱いていたのである。
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from: エリスさん
2007年11月29日 14時27分15秒
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「アドーニスの伝説・7」
「ではその赤ん坊が、ペルセポネーが預かったアドーニスなのだな」
ハーデースが言うと、ペイオウスはうなずいた。
「このままその赤子をお后様のそばに置いておくのは危険です。君様とて忘れたわけではありますまい。お后様が実の父君であるゼウス神王になにをされたか。その為にあのようなお辛い目に……」
「……忘れられるはずがない」
「そうでしょうとも。しかしお后様は、ニュクス様の一族のお力で、その悪夢をお忘れになっておられます」
「そうだ。そうしなければ、彼女を正気に戻すことが出来なかったのだ」
「しかし、その赤子を傍に置いておけば……その子は、殺されたお后様の御子・ザクレウス様と同じ運命を背負っておられるのですから」
しばらくの沈黙が流れる……。
傍に置くには危険な子供ということは分かる。だが、だからと言ってどうやってペルセポネーから引き離す? 納得させる言い訳を話すうちに、ついボロを出して、彼女が忘れている真実を口走りでもしたら、それこそ取り返しがつかないことにもなる。
どうすればいいのか……そう悩んでいるところへ、ペルセポネーが現れた。
「ペイオウスが帰ってきたのですって? アドーニスの身元は? なにか分かって?」
その腕にはアドーニスがいた。ご機嫌そうに、愛らしい笑顔を浮かべている。
それを見て、ハーデースは決心した。
「ペルセポネー、その子はわたし達で育てられる運命の子だったよ」
その言葉にペイオウスが反論しようとしたが、ハーデースはそれを、手を後ろに払う動作を見せることで制した。
「まあ! どうゆうことですの、あなた」
「その子は――アドーニスには、もう両親はいないのだ。両親は、互いに敵対する一族の者同士で、二人の恋は誰からも祝福されないものだったのだよ。そしてアドーニスの父親は、アドーニスの母親の一族に殺され、アドーニスの母親も腹の子を守るために逃亡生活を余儀なくされた。そして、逃亡先で体を壊して、アドーニスを産むと同時に亡くなったそうだ」
「まあ……」
「それをアプロディーテーが拾ったようだ。おそらくそのまま人間界にいても、この子は両親のどちらかの親族に殺されていたことだろう。だからこの子のためには、アプロディーテーが気紛れ心で拾ってくれて良かったのさ。しかもこうやって、君のような優しい養母と巡り合うことができたのだから」
「きっと、この子の両親が、私とアドーニスを巡り合わせてくれたのね」
「そう! きっとそうだよ、ペルセポネー。だから大切に育ててやるといい」
「ええ! 私、いい母親になるわ」
満足のいく答えを聞けてペルセポネーが部屋から出て行くと、ハーデースはペイオウスに言った。
「愚かだと笑うか? ペイオウス。わたしも、アドーニスが可愛くて堪らないのだよ。だから、手放したくなかった……」
その言葉に、ペイオウスは首を横に振った。
「わたしも息子を持つ身。君様のお気持ちは痛いほど分かります。どうか出過ぎたことを申しましたわたしを、お許しくださいませ」
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