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from: エリスさん
2008年05月21日 16時27分02秒
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秘密・1
そのころ、まだシニアポネーは十二歳だった。友達になったばかりのマリーターの家に行くのも初めてのことで、ちょっと緊張もしていた。まさかそこに、思ってもい
そのころ、まだシニアポネーは十二歳だった。
友達になったばかりのマリーターの家に行くのも初めてのことで、ちょっと緊張もしていた。
まさかそこに、思ってもいない人物が居るとも思わないで……。
「おや? シニアポネーじゃないか」
膝の位置を過ぎるほどに長い黒髪、黒い瞳に、唇だけが桜色で、耳飾りは黒水晶。となれば、もうこの人――いや、女神しかいない。
不和女神エリス――夜の女神の娘にして、王后神ヘーラーの養女。アルゴス社殿に出入りしている者で知らぬものはいない、この女神の性癖を、シニアポネーはこの時、脳裏に掠めてしまっていた。どうして掠めてしまっていたかと言うと……腰に巻く下着だけはかろうじて着ているものの、あとは裸のまま椅子に座っていたからである。
『ええ!? そんなそんなそんな!? マリーターって……』
そこへ、外に出ていたマリーターが帰ってきた。
「あら、シニア。いらっしゃい! 私の家、すぐに分かった?」
「あっ……うん。途中、何度かリスさんとか小鳥さんに聞いて……」
「そう。あっ、エリス様。お待たせしました。キトン(ギリシアの民族衣装)が乾きましたわ」
マリーターはそう言って、手に持っていた黒いキトンをエリスに差し出した。
「ありがとう、助かったよ」
エリスはそう言いながらキトンを受けとると、すぐに身につけ始めた。
「あんな恰好で帰ったら、エイリーがうるさかっただろうからね」
「私もびっくりしましたわ。あんな泥だらけでいらっしゃるのですもの」
「でもその代わり、いい蓮根が手に入っただろ?」
「ありがとうございます。今晩おいしくいただきますね」
二人の会話がまったく理解できないシニアポネーは、エリスの真っ白な裸体が目に入ることもあいまって、まさに目を白黒させていた。
なので、エリスが帰ってしまうとすぐに、食いつくようにシニアポネーは聞いた。
「マリーター! あなた、エリス様の恋人だったの!?」
「え? 違うわよ」
「だってだって、だったらどうしてエリス様が、あんなあられもないお姿で!」
「お土産の蓮根を取ろうとなさって、沼に足を取られて、キトンのスカートが泥だらけになってしまわれたから、私が洗濯をしてあげたのよ」
「レンコンって何? お土産って、どうしてエリス様があなたにお土産なんか。恋人じゃないなら、あなたは一介の〈王后陛下付きの精霊〉に過ぎないはずじゃないの!」
「そうか。あなたはアルゴス社殿に出入りしてるけど、お仕えしているのはアルテミス様だから、まったく私の身の上を知らないのね」
「身の上? 何? どうゆうこと?」
「エリス様はね、私のお姉様なのよ」
「え???」
ますます混乱するシニアポネーに、まずは深呼吸するようにマリーターは諭した。
呼吸を整えて、ようやく落ち着いたシニアポネーを確認してから、マリーターは言った。
「私の亡き姉・キオーネーが、エリス様の内縁の妻だったの。だから、私は義理の妹よ」
マリーターはシニアポネーに語り始めた。
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from: エリスさん
2008年05月29日 17時09分35秒
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「秘密・3」
「こうして訪れるのは、六年ぶりだ」
エリスは愛馬から降りると、そう言った。
「私が生まれてからは、いらっしゃらなかったのですね」
「私の存在が、そなたの将来の妨げになってはいけないからな」
「そんな!?」
「でも今は……こうして、母君に仕える精霊として認められた今なら、そなたと会ったとしても……」
エリスはそう言うと、姉妹の母である樹・ダプネーに歩み寄った。
そっと幹に触れ、「久しぶりだな」と声をかける。
樹は、枝をさやさやと震わせて返事をした。
「そなたがキオーネーに妹を生んでくれるとは思わなかった。樹齢を重ねた樹は、確かに精霊を産むが、そなたはもとは人間だったから。そううゆう力を手に入れるまでには、もう少しかかるかと思っていたのだ」
樹がさらに何か言おうと――体で表現しようとするのを、エリスは幹をさすることでやめさせた。
「無理をするな。霊力を使いすぎると枯れてしまうぞ。そなたの気持ちは、こうして触れていればわかるから」
エリスはそう言うと、マリーターの方へ振り返った。
「私はかつて、そなたの姉を愛した。命を賭けて」
「聞いております、母から。姉も、命がけであなた様を愛したと。そのことで死んでも、決して後悔はしないほど、強い想いだったと」
「そうか……ダプネーは語ってくれたのか、私たちのことを」
「そんな姉を、私は尊敬しております。会ったことはないけど、大好きです」
「うん……」
そう頷いたエリスは、しばらく黙ったままあの頃の思い出に浸っているようだった。
やがて、エリスが口を開いた。
「これからも、訪ねてきて良いかな? そなたの母と思い出話もしたい。なにより、妻の妹と仲良くしたいのだ」
「では、〈お姉様〉とお呼びしてもよろしいですか? 姉の伴侶であるあなた様を、姉としてお慕いしたいのです」
「もちろん、呼んでおくれ。我が妹よ」
それから二人は、表だっての姉妹付き合いは避けたものの、二人だけの時は姉と妹として仲睦まじくしてきたのである。
「素敵ね、エリス様のような方がお姉様だなんて」
シニアポネーは感嘆の声をあげた。
「シニアにだって素敵なお姉様がいるじゃない? アルテミス様と乳姉妹の」
マリーターにそう言われて、シニアポネーも誇らしげな顔をした。
「そうよ。アルテミス様の側近であるミレウーサは、私の自慢の姉よ。父親は違うけど、すっごく大好き」
「お互い素敵な姉を持てて、幸せよね。それじゃ、これから一緒にお料理しない? お姉様が異国から持って帰ってきたこの蓮根で。なんでもね、沼の中に咲く美しい花の根っこなんですって」
「それで泥だらけになってしまわれたのね、エリス様」
「スライスしたものをオリーブオイルで揚げると美味しいって、言ってらしたわ」
「作りましょ! お手伝いするわ」
親友である二人は、一緒に台所に立つと、仲良く料理を始めた。
お互い、自分たちにまつわる出生の秘密など、知り由もなく――。
終
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