サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
from: エリスさん
2010年01月08日 14時55分48秒
icon
女神がキスをする・1
それは二〇〇六年二月のこと。忙しい政務を終えた神王アテーナーは、休憩をとるならあそこしかあるまいと思い立って、アルゴス社殿へと向かっていた。もう少しで
それは二〇〇六年二月のこと。
忙しい政務を終えた神王アテーナーは、休憩をとるならあそこしかあるまいと思い立って、アルゴス社殿へと向かっていた。
もう少しでアルゴス社殿に着く――という時だった。そのアルゴス社殿の屋上から、一台の馬車が飛び立っていくのが見えて、アテーナーはしばし足を止めた(天空で)。
「あれは……エイレイテュイアとエリス?」
あの二人が出かけてしまっては、今日はおいしいお茶はなしかしら(アルゴス社殿のお茶の種類の豊富さは、エリスの道楽からきている)、とアテーナーは思ったが、それでもヘーベーがいればおいしい果物は用意してくれるはずだと思い直して、そのままアテーナーは歩き出した。
だが、アルゴス社殿に着いてみると、ヘーベーも外出していて留守だった。社殿にはエリスの第二妃である精霊のキオーネーが、子供たちと一緒に留守番をしているのだった。
「まあ、陛下!」
身重のキオーネーは大きなお腹を抱えながら、アテーナーを出迎えてくれた。
「お渡りになると知らせてくだされば、きっと皆さまもお出かけにはなりませんでしたのに」
「いったい、みんなはどこへ行ったの? どうしてあなたはそれに同行していないの?」
「はい、陛下。皆様はイタリアへ出かけられたのです」
「イタリア?」
それを聞いてアテーナーはピンッときた。「ああ、オリンピックを見に行ったのね」
「はい。今回はイタリアのトリノでオリンピックが行われていますから」
オリンピックと言えばそもそもはギリシアが発祥の地。神に捧げられたものである。だからこそ、女神たちが熱狂して観戦に行くのも道理だった。
「でもあなたは懐妊中だから、大事をとって行かなかったと言うわけね? キオーネー」
「はい。それに子供たちの世話もありますし。でも、ヘーベー様が水鏡をテレビにしてくださいましたので、ここから観戦しようと思っております」
「何の競技を見るの?」
「フィギュアスケートです。エリス様とエイレイテュイア様もそれを観戦に行かれたのですよ。ヘーベー様は旦那さまと一緒に別の競技をご覧になると言っておられましたが」
「そう。私もフィギュアスケートは好きだわ。特に女子は優雅で美しいもの」
「はい。私も女子のフィギュアが好きです」
「そういえば、あなたはつい最近まで人間界にいたのよね。お薦めの選手はいて?」
「はい……いたのですが、彼女は競技が始まる前に体調不良のために棄権してしまいまして」
「まあ……」
「アメリカの選手で、とても美しいスケーティングを魅せる選手なのです。陛下にお見せすることができなくて、とても残念です」
「そう……」
「でも、エリス様のお勧めでしたらご覧になれますわ。日本の選手で、エリス様は人間界にいたころから彼女のファンで、ファンレターも送っていました」
「まあ、どの人?」
二人は水鏡の前に椅子を運んできて、並んで見ることにした。今はちょうど選手たちの練習風景が映し出されていた。
「あっ、いましたわ。この日本人です」
「まあ、体の細い子ね」
「でも芯は強い女性ですわ」
「そうね。それは感じるわ……あら?」
このとき、アテーナーは一人の選手に目をとめた。
日本人にしては背も高く、程よく肉付きもある。なによりも美しさと強さを兼ね備えているように見えた。
「この選手を知っていて?」
「はい、陛下。この者は長野オリンピックにも出ていて、日本ではかなりの実力者です」
「長野……その後のソルトレイクには出ていないの?」
「ソルトレイクには、このエリス様のお薦め選手が出ていました。当時の日本は出場枠が少なくて、実力があっても全員が出られるわけではなかったのです」
「そうなの……」
「でも今回は三枠もありますから、二人がそろって出られたわけです。二人はライバルなのですよ」
「そう! 楽しくなってきたわ」
アテーナーはこのままキオーネーをナビゲーターにして、オリピックを楽しむことに決めたのだった。
-
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。 - 2
-
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。 - 0
icon拍手者リスト
from: エリスさん
2010年01月14日 17時20分30秒
icon
「女神がキスをする・2」
キオーネーは良い香りのする温かいお茶を、アテーナー神王に差し出した。
「どうぞ、粗茶でございますが」
「ありがとう……お茶の出すときの作法がまだ日本流ね、キオーネー。粗茶といいながら最高のお茶をもてなす……謙虚な日本人らしいわ」
「恐れ入ります、陛下」
アテーナーはお茶の香りを嗅いで、すぐにそれがアールグレイであることを見抜いた。エリスであれば水出しにしたスッキリ味のアールグレイを出すところであるが、エリス不在ではそれは無理なのであろう。それでも、これはこれでおいしいお茶なので、アテーナーは満足した。
フィギュアスケートの試合が始まり、それでもまだ始めのうちは注目選手も出てこないということで、キオーネーはエイレイテュイアの産んだ第二子にミルクをあげたあと寝かしつけて、一日違いで生まれたエイレイテュイアの長男(ヘーラーの生まれ変わり)と自分が産んだ長女(ニュクスの生まれ変わり)にはそれぞれカードゲームを与えて、二人で対戦して遊ぶようにと諭した。
「カードゲームを始めてしまえば、二人は熱中してその場から動かなくなりますから、これでゆっくり試合を観戦できますわ」
キオーネーはそう言って、アテーナーの向い側の椅子に座ろうとした。すると、
「そちらではなく、私の隣に来て。解説をお願いするわ、キオーネー」
「はい……では失礼いたします」
試合はそろそろ最終グループに入ろうとしていた。
キオーネーの知識はそれなりのもので、アテーナーの質問に彼女はスラスラと答えて見せた。アテーナーがそれを褒めると、彼女は、
「恐れ入ります。ですが、これはすべて夫の受け売りでございますれば」
「エリスの? エリスの方が詳しいの?」
「それぐらい夫もフィギュアスケートにのめり込んだことがございまして。片桐枝実子――嵐賀エミリーを名乗っていた時、フィギュアスケートを題材にした小説を書こうとしたこともあったんですよ。結局は書き上げることができずに挫折しましたが」
「エリスが何かに熱中するなんて、かつての彼女ならありえないことだわ。変われば変わるものね」
「その彼女を変えた日本のスケーターたちが、演技に入りますわ、陛下」
水鏡の中には、アテーナーが目に留めた方の日本人スケーターが滑り出しのポーズを取っていた。
トゥーランドットの曲に乗せて滑り出した彼女は、技の一つ一つがダイナミックで、誰の目をも釘づけにした。アテーナーも若い娘のように胸をドキドキさせながら見つめていた。
「今まで見ていた選手の中で一番いいわ。ミスもないし、なにより美しい」
「はい、誠に」
「あっ、これはなに?」
その選手は体を後方に仰け反らせたまま横滑りをし、その直後に三回連続のコンビリネーションジャンプという荒業をやってみせた。
「はい……解説をしているとこの後を見逃してしまうので、演技が終わった後、点数が出るまでの間に解説いたします」
「そう、そうね!」
そしてその選手は、コンピネーションスピンでフィニッシュした。その途端、客席はスタンディングーオーベイションの嵐に包まれた。
点数が出るまでの間、選手がリンクに投げ込まれる花やプレゼントを受け取っている風景が流れていたので、キオーネーは先ほどの技の説明をした。
「今のはイナバウアー……彼女のやるイナバウアーは特別に〈レイバックイナバウアー(上体を後ろに仰け反らせた体制で滑るイナバウアー)〉と呼ばれていますが、そこから三回連続のコンビネーションジャンプ――三回転サルコウ、二回転トウループ、二回転ループへとつなげたものです。実は彼女の見せる“イナバウアー”は定評があるのですが、いかんせん、その技だけでは点数がつかないものでした」
「まあ何故? あんなに美しい、それでいて難しそうなものなのに?」
「“イナバウアー”というのは足技なのです。前後に開いた足の爪先を外側に向け、その状態で横に滑る……というのが定義で、上半身の姿勢は自由なのです。ですから上半身がどんなに難しいことをしていても、この技自体は“簡単な足技”として区分されているので、点数にはならないのです。でも、実際はとても難しいことをしていて、かつ美しい……こんな技を埋もれさせるのはじつに惜しいことです」
「もっともだわ」
「それで考えたのでしょうね。だったらこの技を、何かの技の加点になるように組み合わせてしまえばよいと」
「加点?」
「はい。よくあることなのですが、ただジャンプを飛ぶよりも、ジャンプを跳ぶ前にちょっとした小技を加えると、それが加点につながるのです。実際、男子の日本人スケーターの中に、三回転アクセルを飛ぶ前にスプレットイーグルで滑ってくる、という技を見せた者がおりまして」
「それはどうゆうものなの?」
「爪先を外側に向けたまま横滑りするものです。イナバウアーの場合はこれをさらに足を前後に開くのですが、これは足を揃えたままです。本来ジャンプを飛ぶときは、勢いをつけるための助走が必要になるのですが、イーグルもイナバウアーもそれができなくなる。助走が付いていない状況でジャンプを飛ぶという難しいことをするから、加点がつくのです」
「ではこの娘の場合も、助走をつけられないイナバウアーから、特に難易度の高い三回連続ジャンプを跳んで見せたから、加点が付いているはずだと?」
「はい、間違いなくついています」
すると客席から歓声が上がった。
その選手の点数が出たからである。
「御覧下さいませ、最高得点を叩き出して、この時点でのトップに立ちました」
「ええ! ええ! すごいことだわ!」
アテーナーも拍手をしながら感動していた。
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
閉じる
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
閉じる
icon拍手者リスト