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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

公開 メンバー数:11人

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  • from: エリスさん

    2007年11月29日 14時27分15秒

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    「アドーニスの伝説・7」
     「ではその赤ん坊が、ペルセポネーが預かったアドーニスなのだな」
     ハーデースが言うと、ペイオウスはうなずいた。
     「このままその赤子をお后様のそばに置いておくのは危険です。君様とて忘れたわけではありますまい。お后様が実の父君であるゼウス神王になにをされたか。その為にあのようなお辛い目に……」
     「……忘れられるはずがない」
     「そうでしょうとも。しかしお后様は、ニュクス様の一族のお力で、その悪夢をお忘れになっておられます」
     「そうだ。そうしなければ、彼女を正気に戻すことが出来なかったのだ」
     「しかし、その赤子を傍に置いておけば……その子は、殺されたお后様の御子・ザクレウス様と同じ運命を背負っておられるのですから」
     しばらくの沈黙が流れる……。
     傍に置くには危険な子供ということは分かる。だが、だからと言ってどうやってペルセポネーから引き離す? 納得させる言い訳を話すうちに、ついボロを出して、彼女が忘れている真実を口走りでもしたら、それこそ取り返しがつかないことにもなる。
     どうすればいいのか……そう悩んでいるところへ、ペルセポネーが現れた。
     「ペイオウスが帰ってきたのですって? アドーニスの身元は? なにか分かって?」
     その腕にはアドーニスがいた。ご機嫌そうに、愛らしい笑顔を浮かべている。
     それを見て、ハーデースは決心した。
     「ペルセポネー、その子はわたし達で育てられる運命の子だったよ」
     その言葉にペイオウスが反論しようとしたが、ハーデースはそれを、手を後ろに払う動作を見せることで制した。
     「まあ! どうゆうことですの、あなた」
     「その子は――アドーニスには、もう両親はいないのだ。両親は、互いに敵対する一族の者同士で、二人の恋は誰からも祝福されないものだったのだよ。そしてアドーニスの父親は、アドーニスの母親の一族に殺され、アドーニスの母親も腹の子を守るために逃亡生活を余儀なくされた。そして、逃亡先で体を壊して、アドーニスを産むと同時に亡くなったそうだ」
     「まあ……」
     「それをアプロディーテーが拾ったようだ。おそらくそのまま人間界にいても、この子は両親のどちらかの親族に殺されていたことだろう。だからこの子のためには、アプロディーテーが気紛れ心で拾ってくれて良かったのさ。しかもこうやって、君のような優しい養母と巡り合うことができたのだから」
     「きっと、この子の両親が、私とアドーニスを巡り合わせてくれたのね」
     「そう! きっとそうだよ、ペルセポネー。だから大切に育ててやるといい」
     「ええ! 私、いい母親になるわ」
     満足のいく答えを聞けてペルセポネーが部屋から出て行くと、ハーデースはペイオウスに言った。
     「愚かだと笑うか? ペイオウス。わたしも、アドーニスが可愛くて堪らないのだよ。だから、手放したくなかった……」
     その言葉に、ペイオウスは首を横に振った。
     「わたしも息子を持つ身。君様のお気持ちは痛いほど分かります。どうか出過ぎたことを申しましたわたしを、お許しくださいませ」

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  • from: エリスさん

    2007年11月21日 16時28分22秒

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    「アドーニスの伝説・6」
     そして十三夜目のこと。
     キニュラースはこれほどまでに自分を慕ってくれる婦人の顔をどうしても見たくなってしまい、こっそりと明かりを持っていつもの部屋に入ってきた。
     そうして事は露見したのである。
     キニュラースは自分が犯した罪に気付き、すぐに剣を手にしてズミュルナを殺し、自分も死のうとした。だが、可愛い娘に剣を向けるその手に、一瞬のためらいが走った。その隙にズミュルナは逃げ出して、夜の森を走り抜けた。
     夜通し走り続け、遠い異国にまで辿り着いた彼女はそこで力尽き、天の神に祈りをささげた。
     「私の罪のあがないに、冥界へは降りず、それでも人間としては生きられない、生と死の狭間に私を置いてくださいませ!」
     その願いを聞き入れたのは誰だったのか? ズミュルナは没薬の樹(ズミュルナ)に変化したのだった。

     その十ヵ月後。その樹の幹が異様に膨らんできたことを、その土地に住む精霊たちから聞いた産褥分娩の女神エイレイテュイアは、
     「その樹は元は人間の娘だったの? だったら懐妊していたのかもしれないわね。いいわ、私が見に行ってあげる」
     と快く引き受けて、精霊たちの案内でその土地へ赴いた。
     エイレイテュイアはまずその樹に語りかけて、事情を聞いてあげた。その辛い恋に涙した女神は、
     「今、楽にしてあげるわ」
     と、幹に手をかけて、出産の呪文をかけてあげた。
     すると幹がゆっくりと割れて、中から可愛らしい赤ん坊が現れた。
     精霊たちはすぐさまその赤ん坊を産湯に入れたり、産着を着せたりと世話を始めた。
     エイレイテュイアも没薬の樹の幹をさすってやりながら、労をねぎらってあげていた。
     アプロディーテーが現れたのは、そんな時だった。
     「まあ! 想像していたよりも可愛らしい坊やが生まれたこと!」
     良くない雰囲気を察して精霊たちが赤ん坊を守ると、アプロディーテーはその精霊たちに閃光を浴びせて、目がくらんでいるうちに赤ん坊を取り上げてしまった。
     「なにをするの、アプロディーテー!」
     エイレイテュイアが抗議すると、あざ笑うようにアプロディーテーは言った。
     「あなたは知らないのでしょうけど、この樹はもともと私が罰を与えた女なの。この女の処遇は私に権利があるのよ。それなのに誰かが情けをかけて、こんな樹にしてしまって! 忌々しいけれど、その代わりにこんな可愛い坊やが手に入ったのだから、よしとするわ」
     「その子をどうするつもり?」
     「そうね。召使として使うもよし、大人になったら私の愛人にしてやるもよし。いろいろと楽しみはあるわ」
     「非情な……」
     「あなたには関係のないことよ。とにかくこの子は私のものよ!」
     そう言って、アプロディーテーはどこかへ飛び立ってしまったのである。

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  • from: エリスさん

    2007年11月21日 15時53分25秒

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    「アドーニスの伝説・5」
     ペイオウスが調べてきた経緯は、こうだった。
     彫刻家として名を馳せたピュグマリオーン(ピグマリオン)は、ある日自分が作ったアプロディーテーの彫像に恋してしまった。それを聞いたアプロディーテーはピュグマリオーンを気の毒に、また可愛くも思えて、その彫像を生きた娘にと変えてやった。ピュグマリオーンはその娘と結婚し、子孫を残した。
     その子孫の中にキニュラースという一国の王がいた。このキニュラースには年頃の娘がいて、王は娘のために良い縁談はないものかと、伝を頼りに探している最中だった。
     ところがこの娘・ズミュルナは、父親に「誰か想う人はいないのか?」と尋ねられても、涙ぐみながら父親を見つめるばかりで、なんとも返答をしない。これを王は「まだ夢見る年頃の恥じらいなんだろうか?」と考えて、しばらく様子を見るしかなかった。
     ある夜、深い苦悩に耐えかねたズミュルナは、短剣を胸の前にかざして今にも死のうとしたことがあった。それを危うい所で止めたのは、ズミュルナの乳母であった。
     乳母は、何故そこまで思いつめているのか、その原因をすべて吐き出すようにと、我が子同然に育てた王女に問いただした。すると、ズミュルナは泣きながらも恐ろしい言葉を口にした。
     「お父様に恋してしまったの……」
     この少し前、ズミュルナは軽い気持ちで「私の美しさなら、かの美の女神にだって引けを取らないわ」と口走ってしまったことがあった。それを聞いたアプロディーテーは、
     「そもそもあの娘が美しいのは、いつぞや私が生きた人間に変化させた、私そっくりの彫像の血を受け継いでいるからではないの。その恩も忘れてなんという暴言!」
     と怒りに体を震わせて、ズミュルナに罰を与えたのである。
     それが、実の父親に恋してしまう、というものだった。
     そんなこととは気付きもしないズミュルナたち人間は、まるで獣のようなその恋に恐れ悲しんだ。
     しかし乳母は育ての子可愛さに、禁断のはかりごとをしたのだった。
     月も出ない闇夜、乳母は王の元へ行き、自分の知り合いに王のことを恋焦がれて、まるで狂い死にでもしそうなほど思いつめた婦人がいるから、その婦人を救ってはくれないかと相談を持ちかけた。
     「事情があってお顔を見せることはできませんが、ただ一夜でもお情けをいただければ、彼女の心も救われるかと思いますので」
     すると情け深いキニュラース王は、そうゆう事情ならと、その婦人の待つ部屋へと向かうのだった――その婦人こそがズミュルナだとは気付きもせずに。
     明かりも灯さなかった真っ暗な部屋で、ズミュルナは思いを遂げた……はずだった。しかし、一度喜びを感じてしまうと、もう一度、せめてあと一度、となかなか抑えきれなくなってしまう。それからズミュルナは、十二夜もの罪を犯し続けてしまうのだった。

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  • from: エリスさん

    2007年11月21日 14時55分51秒

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    「祝! 10万!」
    ついに昨日で、総アクセス数が10万を超えました!

    読者の皆様、ありがとうございます!

    感謝感激です!

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  • from: エリスさん

    2007年11月20日 15時37分22秒

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    おや、二度目!

    以前「サークルニュース」で読書の秋を特集していた時に、このサークルが紹介されたのですが、

    今回も芸術を楽しむ特集で、取り上げていただきました。

    ありがたいことです m(_ _)m
    「オーナーの主張」に投稿しても、一度も取り上げられなかったというのに(笑)

    これも読者が増えてくれたおかげですね。
    読者の皆様、ありがとうございます!

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  • from: エリスさん

    2007年11月19日 11時24分43秒

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    アクセス数

    一昨日はサークルプレイヤーの方でエラーがあったのか、
    すべてのサークルのアクセス数が更新されない、というアクシデントがあった。

    小説アップした次の日に、そりゃないよ! と思った。どんだけの読者が集まったか分からないから。
    でも昨日のアクセス数は500を超えていた。
    だから一昨日もそれぐらいいたと、考えていいのかな?

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  • from: エリスさん

    2007年11月16日 13時03分14秒

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    「アドーニスの伝説・4」
     その間、ハーデースはまじまじと赤ん坊の顔をのぞき見て、その愛らしさに表情をほころばせていた。
     こんな小さいうちから目鼻立ちが整っているというのは、とても珍しい。最近生まれた赤ん坊の中ではエイレイテュイアの長男・エロースが際立って美しいと言われているが、この子もそれに引けは取らぬのではないかと思うほどだった。
     しかし……この子から感じられるオーラは、少し不安定だった。遺伝子的になにか問題がありそうな、長くは生きられない病を突然発病しそうな、そんな危険性をハーデースは感じ取ってしまった。これは「死」に携わっているハーデースだから感じられるもので、おそらくペルセポネーは気づいていない。
     『この子はいったい、なんなのだ……?』
     ハーデースがそう思ったとき、ペルセポネーが声をかけてきた。
     「ところであなた、ペイオウスの姿が見えないようだけど」
     ハーデースの側近であるペイオウスは、いつもなら食事の席にも立ち会っているはずなのだ。なのに居ないというのは、当然おかしいと思うものである。
     ハーデースは正直に話した。
     「アドーニスのことを調べてもらっているのだよ。他人のわたしたちでさえこんなにも愛おしく思えるのだ。きっと実の親が生きていれば、必死になって探していると思ってね」
     「そうね、アプロのことだから、美しいからと言って、実の親から無理矢理奪い取ってくることも考えられるものね」
     「そうだろ? だから調べさせているのさ」
     「そう……見つからないと、いいな……」
     すでにアドーニスを我が子と思ってしまっているペルセポネーは、表情を曇らせながらそう答えた。
     だから、ハーデースは妻の肩に手を置いて、こう言った。
     「それまでは君が育ての母になればいい。実の親が見つかっても、ときどきは会いにいけるように取り計らうから」
     「ええ……そうね。あなた、デザートは何を食べる?」
     「じゃあ、イチゴ」
     「イチゴね。ハイ、アーン!」
     二人がまた新婚のようにイチャイチャし出したので、周りに居る侍女たちは恥ずかしそうに目を背けるのだった。


     ペイオウスが戻ってきたのは、その日の晩のことだった。
     「お人払いを、君様」
     ペイオウスのただならぬ表情に、ハーデースはその場に居た全員を下がらせた。
     「なにが分かったのだ? ペイオウス」
     「君様。あの赤子をお后様の傍に置いておくのは危険です。即刻アプロディーテー様にお返しになるほうが宜しかろうと思います」
     「どうゆうことだ?」
     「お后様の消された記憶が、よみがえる危険性があるのです」
     それを聞いて、ハーデースは玉座から立ち上がった。
     「では、あの子は……」
     言葉が先に続かない……。
     代わりにペイオウスが口を開いた。
     「実の父と娘との間に生まれた、不義の子です」

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  • from: エリスさん

    2007年11月16日 11時45分04秒

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    「アドーニスの伝説・3」
     とは言ったものの……ハーデースは、その赤ん坊の出自やアプロディーテーの行動やらがどうにも気になって、妻との通信を切った後、側近のペイオウスを呼び寄せた。
     「アプロディーテーがどういう経緯でその赤ん坊を手に入れ、ペルセポネーに預けていったのか、事細かに調べてくれ。もしあの子に親がいるのなら、きっとその親は我が子を捜すために、夜も眠れぬぐらい必死になっているに違いない。だとしたら返してやらねばなるまい」
     「畏まりました、君様。ではさっそく……」
     ペイオウスはそう答えると、蝙蝠(こうもり)に変じて、闇夜の地上へと飛び立っていった。

     次の日の早朝。
     早く赤ん坊を夫に見せてあげたいと思ったペルセポネーが、朝食もとらずに冥界へ帰ってきた。
     「まだ食べていないのかい? 赤ん坊も?」
     ハーデースがパンを手に持ったまま驚いていると、
     「あら、アドーニスはちゃんとミルクを飲んだわよ、私が着替えている間にお母様があげてくださったの。でも私はお腹ペコペコ」
     ペルセポネーはそう言いながら、アドーニスを胸に抱えたまま夫の隣に座った。そして、「アーン」と口を開いてみせるのだった。
    ハーデースはその愛らしい仕草に微笑んで、パンを一切れ口の中に入れてあげた。
     「お行儀の悪い奥方だ」
     「いいじゃないの。あなただって、私に手ずから食べさせるの、好きなんでしょ?」
     初めてペルセポネーが冥界に遊びに来たとき、両手にいっぱい花を持っていた彼女の口に、「花のお礼だよ」と熟れたイチジクを入れてあげたことがあった。それ以来二人の間では、相手の口に食べ物を入れてあげるのがコミュニケーションの一つになっていた。
     「それじゃ君は食事を済ませなさい。その間、わたしがその子を抱いていてあげよう」
     「ありがとう、あなた。いただきまァす!」
     ペルセポネーはアドーニスをハーデースに預けると、おいしそうに食事を始めるのだった。ときどきは夫の口にも食べ物を入れてあげながら。

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  • from: エリスさん

    2007年11月06日 14時34分14秒

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    「アドーニスの伝説・2」
     「可愛いでしょう? 男の子なのよ」
     「まさか、君が生んだわけじゃないだろう?」
     「あなたったら。昨日までお腹も膨らんでいなかった私が、どうやって子供を生むの?」
     と、ペルセポネーは楽しそうに笑った。
     「じらさないで、事情を説明してくれ。その子はどうしたんだい?」
     「アプロディーテーから預かったのよ。今日ね……」

     ペルセポネーの話はこうだった。
     朝早く、愛と美の女神アプロディーテーが籐で編まれた箱を持って訪ねてきた。
     「これをしばらく預かってくれないかしら。でも決して中を覗き見ては駄目よ。中を一切見ないで世話してちょうだい」
     「世話するって、これ、いったい何なの?」
     ペルセポネーの疑問には一切答えず、アプロディーテーは飛び去ってしまった。
     一緒にいたデーメーテールもその不躾さには飽きれて物が言えず、『あの子の母親は育て方を間違ってはいないかしら?』と心のうちで嘆いた。
     親子であっけに取られていると、その箱の中から何やら物音が聞こえてきた。
     「なに?」とペルセポネーは驚いた。「生き物が入っているの?」
     「そのようね……中を開けるなってことは、なにか恐ろしいものでは」
     とデーメーテールが言うと、
     「嫌よ! そんなものを預けられたら!」
     すると、今度は声が聞こえてきた。
     その声を聞いて、二人とも驚いた――子供の泣き声に聞こえたのだ。
     「まさか……生きた子供を?」
     デーメーテールが恐る恐る網目の隙間から中を覗いてみる――暗くてほとんど見えないが、生き物であることは確かだった。
     「私、開けるわ! もし本当に子供だったら!」
     息が詰まって死んでしまう! と思う前に、もう体が動いていた。ペルセポネーが開けたその箱の中には、想像通り人間の赤ん坊が入っていたのである。
     「ひどいわ、アプロったら! 生きた人間の子供を箱に閉じ込めて、中も覗かずに世話をしろだなんて! いくら神であっても、やっていいことと悪いことがあるわ!」
     ペルセポネーが怒りで体を震わせていると、それに恐れをなしたのか、それとも今まで暗闇に閉じ込められていた恐怖から解放された安心感からなのか、赤ん坊が大きな声で泣き出した。
     「おお、おお! 可哀想に……」
     デーメーテールは手馴れた手つきで赤ん坊を抱き上げ、あやし始めた。
     「思い切って開けて良かったわね、コレー(ペルセポネーの幼名)。確かに私たちは女神だから、不可能なことはないわ。箱の中に閉じ込めたまま子供を育てることも、やって出来ないことはないけれど、やはり子供はこうして母親の腕と胸で抱いて、慈しみながら育てるのが一番いいのですよ」
     デーメーテールが赤ん坊を抱いて満足そうな笑顔を浮かべているのを見て、羨ましくなったペルセポネーは両腕を差し出しながら、こう言った。
     「お母様、私にも抱かせて」
     「いいですとも。この子はもともとあなたが預かった子ですからね」
     ペルセポネーはデーメーテールから慎重にその子を受け取ると、初めての感触に驚きながらも、幸福を感じた。
     「子供って軽いのね。そして温かい……私にも子供ができれば、こんな感じなのかしら」
     そのころには赤ん坊も泣き止んで、安心した寝顔を見せるようになった。その愛らしさが堪らなくて、ペルセポネーはその子に頬ずりをした。
     「可愛い……。私、この子を育てるわ。母親になって」

     「それでね、この子にはアドーニスって名前をつけたの。いいでしょ? 私達の子供にしても」
     水晶球の中のペルセポネーが言うと、
     「まあ、それは……わたしは反対しないけれど……」
     そのころにはハーデースも、その赤ん坊の愛らしさに心を奪われていた。なにしろ結婚してから数十年。二人の間には子供を望みたくても望めない事情があって、今まできてしまっている。だからいっそのこと他人の子を我が子として引き取ってもいいのではと、考えなかったこともなかったのである。
     「だけど、元はアプロディーテーが連れてきた子供なのだろう? そのうち彼女が連れ戻しに来るのではないかね」
     「そうね……でもそれまでは、母親の真似事でもいいから、育ててみたいの。駄目かしら?」
     するとハーデースはニコッと笑って、言った。
     「最初に言ったろ? 反対はしないって。明日はこっちに戻ってくるんだったね。番犬のケルベロスに噛み付かれないように、しっかりとその子を抱いて連れてくるのだよ」

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  • from: エリスさん

    2007年11月06日 13時49分00秒

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    アドーニスの伝説・1

     冥界の王の仕事は、休みというものを知らない。
     毎日誰かが死に赴き、それらは冥界へ降りてきて裁きを受けなければならない。その裁きをくだすのは誰あろう、この冥界の王であるハーデースだった。
     あまりにも忙しいものだから、妻であるペルセポネーを構ってやる余裕もなくなってしまう――そんなこともあって、妻はしょっちゅう実家である地上へ戻っていた。
     だからと言って夫婦仲が悪いわけではない。むしろ大恋愛で結ばれた二人なのだが、こんな事情もあって、世間ではちょっとした誤解が噂されていたりした――それが現代に伝えられている伝説。

     「ハーデースが無理矢理ペルセポネーを冥界へさらって行ってしまったので、ペルセポネーの母親である豊穣の女神デーメーテールが嘆き悲しんで、作物は枯れ、大地は干上がり、ギリシアは飢餓に苦しむようになった。それでゼウスが仲裁に入り、ハーデースにペルセポネーを返すように諭したところ、ハーデースはせめてもの思い出にとペルセポネーにざくろの実を三粒だけ与えた。ところがこれはハーデースの策略だった。冥界で食事をした者は地上に戻ってはいけないという掟があり、これによって、ペルセポネーは一年のうち三ヶ月間は冥界で過ごさなければいけなくなった。
     ペルセポネーが地上にいるうちは、デーメーテールも大地に豊穣を約束するが、娘が冥界へ降りなければいけない三ヶ月間は、大地は恵みを失うのである――こうして世界に四季が生まれた」

     と、現代では信じられているが。
     実際は三日にいっぺん里帰りするぐらいだった。母親のデーメーテールが一人娘を完全に手放すのが嫌で、「戻ってきて顔を見せて!」とせがむので、仕方ないのである。
     しかしその里帰りがかえっていいのか、ハーデースとペルセポネーはいつまでも新婚夫婦のような仲睦まじさだった。そのせいか、ハーデースはペルセポネーの父親・ゼウスの弟(実際は兄だが)でありながら、見た目はずっと若い――せいぜい27歳ぐらいなのだ。
     その日、ハーデースがようやく仕事を終えて夫婦の部屋に戻ると、待ってましたとばかりに寝台の横の水晶球が光った――里帰り中のペルセポネーからの通信である。
     「あなた! お仕事ご苦労様!」
     その声で一瞬に疲れが癒え、笑顔になったハーデースは……しばらく言葉もなく水晶球を見つめていた。その目は点のようである。
     「ど……どうしたんだい? その赤子は」
     そう。ペルセポネーは白い産着に包まれた赤ん坊を抱いていたのである。

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