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from: エリスさん
2008年08月29日 13時27分23秒
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「泉が銀色に輝く・27」
「さあ、部屋へお戻り。エイリー、連れていってやってくれ」
エリスが言うので、エイレイテュイアがマリーターの手を取ると、
「嫌ッ!」
と、マリーターは拒絶した。なので、エリスはマリーターの目を見て、言った。
「マリーター、眠れ……」
すると、マリーターはふっと意識を失って、そのまま眠ってしまった。
エイレイテュイアがマリーターを抱えて連れ出すと、エリスは床に倒れたままのシニアポネーを抱き起した。
「すまなかったな、大丈夫か?」
優しい言葉をかけられると、かえって押し込めていたものが溢れ出してしまって、シニアポネーはエリスに縋って泣き出した。
エリスは、今度は泣きたいだけ泣かせてやった。辛いのはわかる。自分だって、マリーターがまだ自分のことを認識してくれるまでは、同じ思いだったのだ。それでも、自分はすぐに思い出してもらえたから良いが……。
エリスはシニアポネーの左頬が赤く腫れていることに気付いて、そっと右手を当てながら「治れ、治れ」と、言霊(ことだま)を唱えた。すると、赤みも腫れもスーッと消えていった。
頬の痛みが消えると、シニアポネーも自分を取り戻して、泣き止んだ。
「……申し訳ございません」
「そなたが謝るな。悪いのはマリーターなのだから」
「いえ……エリス様のお召し物を、濡らしてしまいましたので」
「ああ! 気にするな。これはこれで色っぽいだろう?」
エリスが冗談ぽく言ったので、シニアポネーもやっと軽く笑うことができた。
ヘーラーが帰ってきたのは、ちょうどこの時だった。エリスがシニアポネーを抱き寄せていたので、ヘーラーはちょっと怪訝な顔をした。
「違います、母君。これは……」
エリスはヘーラーの留守中のことを掻い摘んで説明した。それでようやくこの状況を理解したヘーラーは、
「済まぬ。またエリスの悪い虫が疼いたのか、誤解してしまった」と、笑った。
「ひどいですよ。私はこれでも最近は、恋人は三人に絞ったのですよ」
「それでも三人なのだな。そろそろエイレイテュイアだけにしておやり」
「はいはい。……それでは、私はマリーターの方を見てきます」
エリスが行ってしまうと、ヘーラーは扉を閉めて、改めてシニアポネーに向かって頭を下げた。
「ヘーラー様!?」
「許してください。病とは言え、親友のそなたに暴力を振るうなど、あってはならないことでした」
「おやめください、そんな! もう気にしておりませんから!」
皆が苦しんでいるのだ、マリーターが精神を病んだことで。改めてシニアポネーは、マリーターに術をかけた者に怒りを覚えていた。――しかしそれが、自分と同じ香り、同じ色をしていると、マリーターは言った。
『もしや、私の本当の父親が……誰だか分らないその人が、マリーターをあんな目に?』
シニアポネーが悩んでいると、ヘーラーが新しいお茶を入れてくれた。
「このお詫びに、何かオクラセテくれ、シニア。何が良い?」
「あっ、はい。そうですね……」
ここで断ると、またヘーラーが気兼ねをすると考えたシニアポネーは、素直に答えた。
「ヘーラー様の古着を一着、賜りたく存じます。ヘーラー様の計らいで、神王陛下の誕生祭に私も出席できることになりましたし、その時に着て行きたいのです」
「そんなものでよいのなら、いくらでも下賜しよう。色は紫が良いか?」
「はい、ありがとうございます。……でも、不思議ですね」
「ん?」
「マリーターは、エリス様のことだけは分かるのですよね。他のご姉妹のことは分からないのに」
「ああ……それはきっと、エリスとは、自分の出生を知る前から姉妹だったからだろう」
「そうでしたね」
「知っていたのか?」
二百数年前、エリスはヘーラーの侍女をしていた精霊・キオーネーと恋をしていた――いや、もうほとんど「夫婦」と言っていい仲だった。だが、女同士の恋など神界の掟が許さず、キオーネーはゼウスの雷電に焼かれて死に、エリスも同じように処刑されるところだったのを、ヘーラーが預かることで刑を免れていた。
つまり先刻エリスが語った「母君の預かりで刑を免れた者」とは、エリス自身のことだったのだが。
「実は以前、マリーターの家に遊びに行った時に、裸同然のエリス様をお見かけしたことがありまして」
とシニアポネーが言うと、ヘーラーは目を剥いて、
「あの子は!? 妻の妹にまで手を!?」
「ああ、いえ! 私もそう誤解しかけたのですが、なんのことはない、エリス様が沼にはまってお召し物を汚してしまったので、マリーターが洗濯していたところだったんです」
「そうであったか……」
と、ヘーラーは安心した顔をした。
「その時、マリーターに内緒だよって教えてもらったんです。アルゴス社殿ではキオーネーさんのことは禁句になっているから公にできないけど、自分とエリス様は義理の姉妹になるんだって。エリス様の奥方であるキオーネーさんが、マリーターの実姉なんだって」
「私が、マリーターを精霊に見せかけるために、キオーネーの母である樹――ダフネーの幹の中に、生まれたばかりのマリーターを隠したのだ。ダフネーは私に助けられた恩を忘れず、マリーターを本当の我が子として慈しんでくれた。そして、キオーネーのこともあの子の姉として話して聞かせたらしい」
「はい。だからマリーターは、一度も会ったことのないお姉さんのことを、とても大好きでした」
「だからこそ、その伴侶であるエリスのことも大好きになれたのだな。そしてエリスにとっても……エリスは、マリーターとティートロースの恋に、自分たちを重ねているところがあった。純粋に愛し合いながらも、許されなかった自分とキオーネーとを。だからこそ、マリーターが愛しくてならず、また、あんな状態になっていることを嘆かずにはいられないのだろう」
――ヘーラーが言う通り、エリスはマリーターの寝顔を見ながら、目に涙を溜めていた。
マリーターは、呻いていた。悪い夢を見ていることは、一目でわかる。
「泉が……泉が……銀色に! 誰かいる、泉の中に、誰か!」
エリスは、マリーターの額に手を当てた。
「……マリーター……」
「やめて……誰にも言わない、言わないから、許して!」
「……もういい」
エリスは、彼女の額に当てていた手を、滑らすようにして左の頬に当て、そのまま自分もマリーターの隣に横たわった。
「何も見なくていい、悪夢も真実も。そのように苦しみ続けるなら。マリーター、我が妹よ……」
エリスが自分の右の頬を病人の右の頬に当ててやることで、マリーターは落ち着きを取り戻し、やがて静かな寝息をたて始めた……。icon
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from: エリスさん
2008年08月29日 12時10分00秒
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「泉が銀色に輝く・26」
誰かが入ってきた、と気付いて振り向くと、そこにマリーターが立っていた。
しっかりと、シニアポネーのことを見ている。
「まあ! マリーター!」
自分のことが分かるようになったのだ、とシニアポネーは思った。ティートロースのことも分かるようになったのである。
しかし、期待は裏切られた。
ゆったりと、しかし怒りを含んだ声で、彼女は言った。
「銀色……同じ香り……」
「マリーター?」
「そなたは同じ香りがする。同じように銀色に輝いている……」
「何を言っているの? ねェ、私が分からないの? マリーター。私よ、シニア……」
シニアポネーが言い終わらぬうちに、マリーターはシニアポネーの髪を掴んだ。
「痛いッ! 何をするの、やめて!」
だがマリーターはその髪を自分の方へ引っ張ると、なおも言った。
「そう、この色、この輝き。私から“私”を奪ったあの者と同じ……なにをしに来たの? これ以上、私になにをするつもり?」
「やめて、マリーター……本当に……」
シニアポネーは、自分の髪を引っ張るマリーターの手を押さえながら、目に涙が浮かぶのをどうすることもできなかった。
「本当に、本当に私が分からないの、マリーター!!」
するとマリーターは言った。
「そなたは、あの者と同じよ!」
「マリーター! どうして!!」
もう髪などどうでもいいと、シニアポネーはマリーターの両肩を掴んだ。「私たち、あんなに仲良しだったじゃない!! ねえ、マリーター、思い出してよ!! 私よ、シニアポネーよ!! お願い、思い出して!」
「イヤッ、離してッ」
マリーターはシニアポネーの手を振り払うと、彼女の頬を打った。
シニアポネーはそのまま床に倒れてしまった。
「……うそよ、こんなの……」
マリーターじゃない。彼女がこんなことを自分にするはずがないのだと、自分に言い聞かせて悲しみを堪えていると、マリーターの手がまた降り降りてくる。
だが、
「やめなさい!」
すんでのところで、誰かが止めに入ってくれた。――エイレイテュイアだった。
「やめなさい、マリーター! 暴力をふるっては駄目ッ」
エイレイテュイアはマリーターの手を取って抑えようとするのだが、マリーターは、
「イヤッイヤッ、この色、この香り、大嫌い!」
と叫びながら、抵抗を続けた。
マリーターは武術をやっていたので、エイレイテュイアの細腕では抑えきれない。エイレイテュイアは思わず「あなた!」と叫んだ。
「あなた! どこ! 早く来て!!」
すると、窓から誰かが飛び込んできた。
エリスだった。
「マリーター、やめろ!」
エリスはすぐさま、マリーターを押さえた。マリーターもエリスの顔を見ると、いくらか落ち着いて、彼女のことを見上げて泣き出した。
「お姉様……あの色よ、あの色が、私を私ではなくしたの」
「落ち着け、マリーター。何も泣くことはない。誰もそなたをいじめたりしないから」
エリスはマリーターのことを抱きしめて、泣きやむまで背中を軽く叩いてやった。icon
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from: エリスさん
2008年08月29日 11時24分21秒
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「泉が銀色に輝く・25」
そんな時だった。
「母君ィ! 母君ィ!」と、誰か――若い娘が駆けてくるのが聞こえてきた。エリスは席を立って行き、扉を開けた。
「レーテー、ここだ」
行き過ぎてしまったその子に、エリスは声をかけた。
「どうしたのだ? そんなに慌てて」
「大変なのよ、母君」
エリスの長女の、忘却の女神レーテーだった。「ネイコスが木から落ちたの!」
「なんだと!? なんでおまえ達はそんな危険な遊びばかりしているのだ!」
「知らないわ! 私は男の子じゃないから、そんな遊びはしたくないもの。でも、弟たちったら、私が昼寝しているのをいいことに……」
「昼寝をしていたのか!? 弟たちのことを見ていないで!」
「だってェ〜! 夕べ眠れなかったんですものォ!」
「なんで!!」
「夜中に目を覚ましたら、母君とエイリー伯母様のお声が聞こえて、気になってしまってェ〜!!」
途端、エリスが真っ赤になって硬直してしまったので、シニアポネーは言った。
「あの、ともかく御子たちのもとへ行かれては」
「あっ、そうだな。済まぬ、シニア。ここで待っててくれ」
エリスはレーテーを連れて、すっ飛んで行った。シニアポネーはその様子を窓から見ることができた。すると確かに、社殿から少し離れたところにある大木の下で、末っ子のネイコスが泣いてしゃくりあげているのを、長男のリーモスと次男のポノス、そして従兄弟に当たるエロースがなだめているのが見えた。膝から血は出ているようだが、頭を打っていないことは、リーモスがネイコスの頭を普通に撫でていることからも分かる。神族は治癒力が強いから、心配はなさそうだった。
「いいなァ。エリス様はお子様がいっぱいいて」
単身でも子が産めるのなら、自分もやってみたいものだ……と、思っている時だった。
背後で、扉が開く音がした。icon
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from: エリスさん
2008年08月22日 15時22分57秒
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「泉が銀色に輝く・24」
ゼウスはそれを聞いて、大声で嘲笑した。
「そちにそんなことができるのか? 不和と争いの司とは即ち、人の命を奪うのが役目ぞ!」
「私は夜の司の娘。夜とは、人に闇と恐怖を与えるだけの存在ではございません!!」
そう言って、エリスはその場を飛び出して、火事になった森へと行き、己の全神力を放出して、辺りを闇夜で包み、安らかな眠りと楽しい夢でもって、傷ついた木々を蘇らせた。
しかし、たった三本の木だけが蘇ることができず、マリーターの処刑が決定してしまったのである。
ゼウスがその場でマリーターに雷電を降らせようとしたため、ヘーラーは思わずマリーターのもとへ駆け寄り、皆の前で叫んでしまったのである。
「お許しください! この子は私の娘です。このヘーラーの娘です!!」
この時のゼウスの笑い声は、嘲笑にも、鳴き声にも聞こえた、とシニアポネーは思っている。
「それでマリーターの処刑は母君の預かりとなったのだな。過去にも、ある罪人の処刑が母君の預かりとなって、そのまま罪に問われていない者がいるのだ」
「そうなのですか?」
「ああ……今も、その者は平穏に暮らしている」
「そうなのですか……でも、ヘーラー様は、マリーターのことはそのままにはできなかったのですね」
「ああ。私はあの時、神力を放出しすぎて七日も眠っていたから、その間のことはエイレイテュイアに聞いたのだが……」
ヘーラーは、自分が襲われてマリーターを懐妊した場所に彼女を連れて来た。そこでマリーターを刺し殺して、自分の体にも消えない傷を残そうとしたのだ。だが、二人の様子を隠れて見ていたゼウスが、ヘーラーを襲ったのは人間に化けていた自分だったと気付き、すんでのところで止めに入ったのである。
ゼウスは今までのことを詫びて、改めて三人は親子の名乗りをしたのである。
「早い話が、すべてはゼウスが悪かったのだ。マリーターはいい迷惑だぞ」
「エリス様ったら、ことがすべて一件落着したからこそ、そんなことが言えるのでございますよ」
「まあ、それはそうだが……」
「やはりヘーラー様と神王陛下とは、それだけ縁が深かった、という証なのですよ、マリーターとのことは。それにしても、私は裏切られた気持ちでしたが」
「なぜ?」
「そうではございませんか。私とマリーターが仲良くなったのはそもそも、精霊なのに女神並みに背が高い二人、だったからですもの」
するとエリスはフフッと笑って、言った。
「そなたも女神なのではないか?」
「は? まさか」
「いや、つねづね思っていたのだ。その香りといい、銀色の髪といい、精霊らしくないとな。精霊ならば、木から生まれた者は茶か緑、精霊と人間の間に生まれても良くて金髪とか……とにかく、銀髪というのはいないものだ。きっとそなたの父親は、銀に関係する霊力を持っているのだろう」
「つまり、父親は男神だと?」
「もしくはそれに近いものだろうな。母親は何も言わなかったのか? 父親のことを」
「はい、何も。姉のミレウーサの父とは別のはずなのですけど」
「違うな。第一、ミレウーサの父が死んでから、大分離れすぎているし……」icon
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from: エリスさん
2008年08月15日 19時41分48秒
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2サークル共通 問題です
これはなんでしょう。
答えは家庭菜園サークル ac44632@circle で。-
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from: エリスさん
2008年08月15日 14時58分34秒
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「泉が銀色に輝く・23」
とにかく今のマリーターは、人を寄せ付けたくないのだ。人が怖いのである。
『きっと、術をかけた人に相当怖い目にあわされたのね』
と、シニアポネーは思った。
社殿の中へ入り、廊下を歩いていると、前方から侍女である精霊が手に花瓶を持って歩いてきた。エリスは、その侍女に声をかけた。
「母君はお戻りになったか? リリー」
「いいえ、まだでございます」
「そうか……では、誰か手の空いている者に、お茶とお菓子を二人分、応接間に運ばせてくれ。そして母君が戻られたら、シニアが遊びに来ていることを伝えてくれ」
「かしこまりました、エリス様。お茶はオリーブティーがよろしゅうございますか?」
「そうだな。シニアはなにがいい?」
なのでシニアポネーは、「エリス様と同じものを」と答えた。
「はい。ではそのように」
侍女が会釈をして去っていくと、シニアポネーは言った。
「ヘーラー様はお出掛けだったのですか?」
「ああ。なんでも、以前自分が取り上げた人間の姫君が、さる国の王妃になって、今日、三つ子を出産するって言うので、喜び勇んで出かけられてな」
「まァ! おめでたい」
「母君は自分が取り上げた子は、死ぬまで面倒を見ると決めているからな」
「はい。おかげで私のような者まで、お世話になっております」
応接間に着くと、エリスが扉を開いて、先にシニアポネーを入れた。そして窓際の席まで彼女を連れていくと、椅子を引いてやり、座る時にも背もたれを少し押してやって、お姫様をエスコートする王子様のように振る舞った――こうゆう遊びが、最近のエリスの楽しみなのである。
お茶も運ばれてきて、ヘーラーが戻るまでエリスがシニアポネーの相手をしてくれた。
「そなたは、マリーターの出生のことをどの程度知っている?」
エリスにそう聞かれて、
「大体のことはマリーターから聞いて知っておりますよ。世間体にはヘーラー様がお一人でお産みになった御子となっていますけど、本当は神王陛下との間の御子なのですよね」
「そう……実に不思議な因縁でな」
ゼウスが実の娘であるペルセポネーに襲いかかって子供を産ませたことにより、嘆き悲しんだヘーラーは社殿を飛び出して、行方を眩ませていた時期があった。その間、ヘーラーは人間の娘に化けていたのだが、森を歩いていた時に見知らぬ男に襲われて、懐妊してしまう。ゼウス以外の男とまぐわってしまった悲しさとおぞましさで、精神を崩してしまったヘーラーは、姉のヘスティアーや母のレイアーに守られて、人知れず女児を出産した――それがマリーターである。
正気に戻ったヘーラーは、自分の所領にある泉の傍の月桂樹の中に、マリーターを隠した。そして、オリュンポスに戻り、一ヶ月後に、木から生まれた精霊としてマリーターを生まれさせた。こうしてマリーターは精霊として育つことになったのだが、彼女はあまりにもヘーラーに似すぎていて、背丈も女神並みに伸びるので、ゼウスに疑いの目を持たれた。
そしてしまいには、ゼウスに罠にはめられてしまった。マリーターのことをティートロースの名を使って呼び出し、その間にマリーターが管理する泉の周りの森を焼いてしまったのである。そして、マリーターが自分の役目を怠ったために火事が起き、木の中で誕生を待っていた精霊たちが死んでしまったと、濡れ衣を着せてマリーターを処刑しようとしたのだ。
「あの時は、私、もうマリーターに会えなくなるのだと思って、人目もはばからず泣いてしまいました」
シニアポネーが言うと、
「そうらしいな、傍にいた者に聞いたが。あの日は、ティートロースもゼウスに閉じ込められていて、マリーターの弁護をできる者は、母君と私たち姉妹しかいなかった……」
オリュンポス山頂で行われた裁判で、ヘーラーはもちろん、エリスも真っ向からゼウスと対峙し、マリーターがある者に罠にはめられたことを主張した。しかしゼウスは、火事が起きた時に番人であるマリーターがいなかったこと、そして何よりも多くの精霊の命が失われたことは事実であり、重大だと、弁護する者たちの言葉を切って捨てたのである。
なのでエリスが、ゼウスにこう挑んだ。
「それでは、死んだ精霊がすべて生き返れば、マリーターを許してくださいますか」icon
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from: エリスさん
2008年08月15日 13時54分03秒
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「泉が銀色に輝く・22」
「マリーター、わたしが分かるのか?」
するとマリーターは、ニコッと愛らしい笑みを彼に向けた。
「マリーター、本当に? ……本当にわたしが分かるんだね!」
ティートロースは思わず彼女のことを抱き締めていた……。
あれが恋というものなのだ……と、シニアポネーは思った。どんな病に冒されても、決して忘れることのできないもの。アルテミスの従者を幾人も死に追いやり、それでも彼女たちが悔いたりなどしなかったもの。
シニアポネーは、泣かずにはいられなかった。
『どうして? どうしてマリーターがこんな目に!』
誰かに術をかけられ、精神を病みさえしなければ、三日後には結婚式だったものを。
あの日の前日、シニアポネーはマリーターに会っていた。
ヘーラーが所有する多くの泉の中でも、身を浸した者を純潔に戻す力を持っている「カナトスの泉」は、ヘーラーが最も信頼する精霊が歴代の番人を勤めていた――当代はこのマリーターだった。
シニアポネーとマリーターは、二人とも精霊の割には背が高いことで親近感を持ち、仲良くなっていたのだ。その日も、もうすぐ結婚だということで、前祝いを持って彼女のもとを訪ねてみると、マリーターはちょうど花嫁衣装を広げているところだった。
「見て! ヘーラー様……じゃなかった、お母様が縫ってくださったのよ」
白地に金の糸で刺繍を入れた花嫁衣裳は、それは美しかったが、何よりもマリーターの笑顔の方がシニアポネーには美しく見えた。
それはそうだろう。それまで、主人として崇(あが)め敬(うやま)っていたヘーラー女神が、自分の本当の母親だと知った喜び。その母が自分を愛してくれている証として縫ってくれた花嫁衣裳。マリーターはこの時、幸せの絶頂にいたのだ。
それなのに、翌日の朝、ヘーラーが水浴びをしようと泉へ行くと、その畔でマリーターが倒れていたのだ、正気を失って。
知らせを受けて、シニアポネーもすぐに駆け付けた。けれど、その時のマリーターは誰のことも分からず、ただ泣き叫ぶばかりだった。
今は、ヘーラーとエリスのことは分かると聞いているが……。
「来ていたのか、シニア」
突然、耳元で囁かれて驚いたが、悲鳴をあげる前にエリス女神だと気づいて、引きつった喉を、溜め息をつくことで落ち着けた。
そして改めて見ると、黒いキトンに黄水晶で作ったフィビュラ(肩留め)を付け、耳には黒水晶の耳飾り、化粧は全くしないまでも、膝の位置まで伸ばした黒髪が艶やかで美しい、男性とも女性とも見える面立ちの女神が立っていた。
「エリス様……」
「母君に会いにきたのであろう? 二人の邪魔をしてはいけない。おいで」
エリスはシニアポネーを応接間へ案内する道すがら、マリーターたちがどんな様子だったかを聞いてきた。シニアポネーがありのままを話すと、
「そうか! ティートロースのことが分かるようになったか!」
と、喜んだ。
「この調子で、他の皆様のことも思い出してくれるといいのですけど」
「そうだな。母君と私だけではなァ。ヘーベーなどは、彼女の世話をする時、抵抗されて困っているそうだ。病に罹る前にヘーベーにいじめられていたわけでもないのに」
「まあ……」icon
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from: エリスさん
2008年08月15日 12時55分17秒
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「泉が銀色に輝く・21」
「エロース様!」
ケレーンが呼び止めるのも聞かず、エロースは遥か向こうへと飛び立ってしまった……。
しばらくすると、アポローンが、息も絶え絶えのラリウスを抱えて飛んできた。
「オーイ! ケレーン!」
呆然としてしまっているケレーンの前に、アポローンは降り立った。
「どうした? エロースは?」
「はァ、君様(きみさま。側近など仕える者が主人を呼ぶときの尊称)……行ってしまわれました」
「やっぱり負けたか……」
ハァ〜ッ、とアポローンは大きな溜め息をついた。
「やはりな。楽をして望みを達するな、という所なのだろうな」
「あのォ、君様」
「どうした?」
「エロース様から、伝言が。その……お望みの物は差し上げました、と」
「何? そなた、矢を手に入れたのか?」
「はい……」
「どこだ! どこにある!」
「それが……この胸に」
「なに!?」
「エロース様に、射されてしまいました」
「なんだと!?」
アポローンもしばらく呆気にとられてしまった。なんとも言えない表情で、ケレーンの顔と胸を見比べている……。
そして、気づいた。
「ハハァ〜ン、そういうことか」
「君様?」
「矢の色は何色だった?」
「ハイ、赤でした」
「桃色ではなく、赤か。桃色ならば、誰かに恋してしまう力があるのだが、赤ということは……あの小童(こわっぱ)め、粋なことをしてくれる」
「は?」
「まあ、ケレーン」
と、アポローンはケレーンの肩を叩いた。
「成功したら、教えてくれな」
「あの、なんのことでしょうか」
「まあまあ、そのうち分かるから」
まったく意味が分からないケレーンを見ながら、アポローンはついニヤニヤしてしまっていた。おかげで、いつのまにかアルテミスに対する憤(いきどお)りを忘れてしまっていることに、気づかなかった。
第 三 章
シニアポネーがアルゴス社殿を訪ねた時のことだった。
池の傍で男の声がするのに気づいて、誰かしら? と思って木の陰に隠れて見ていると、それはゼウスの御子・ティートロースだった。マリーターも一緒にいる。
「本当に何も分からないのか? マリーター。わたしのことも、命を賭けた恋も」
精霊として育てられた、泉の番人であるマリーターの目には、今、空しか写ってはいなかった。
そんなつれない恋人を見ながら、誰かに見られようものなら「男らしくない」と言われるだろうと分かっていても、ティートロースは目に涙が浮かぶのをどうすることもできなかった。すると、その涙がマリーターの細い指に落ちて、彼女は少し時間を置いてハッとした。
水と共に育った彼女には、ティートロースの涙から何かを感じることができたのだろう。マリーターはやっとティートロースの顔を見上げた。
「……あなた……」
その“あなた”は、ヘーラーがゼウスに向かって言う“あなた”と同じ響きを持っていた。icon
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from: エリスさん
2008年08月14日 22時35分22秒
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from: エリスさん
2008年08月08日 15時04分05秒
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「Re:決めました」
8月15日に更新するサークルは……
「神話読書会〜女神さまがみてる〜」
に、決定しました。
というわけで、「恋愛小説発表会・改訂版」は休載します。
「恋愛〜」は主人公の沙耶と、その想い人の喬志がなかなか絡まなくて、いつになったら話が進展するんだと読者の皆さまもやきもきしてるかと思いますが、
「神話〜」の方は、ケレーンの恋心がエロースにバレたところから、かなり話が展開します。
女神エリスの出番も近づいていることですし、お盆休みの読者の皆様に、楽しんでもらえそうな方を優先して提供するのは、執筆者として当然のことだと判断しました。
「恋愛〜」しか読んでいない読者の方、どうもすみません。
これを機会に「神話〜」の方もお楽しみいただけたら幸いです(無理ですか?)
それでは今日はこの辺で。icon
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