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from: エリスさん
2010年07月30日 14時06分19秒
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「ヘーラクレースの冒険・62」
ヘーラクレースがケルベロスを連れて帰ろうとしていた道中、馬車で先回りしていたエウリュステウスが待っていた。
「二人だけで話したいことがあったのだ」
エウリュステウスは、御者(馬車を操る人)が心配するのをなだめてから、ヘーラクレースとケルベロスを御者から離れた所へ案内した。
「これぐらいでいいだろう……誰も見ていないな」
エウリュステウスはそう言うと、そうっとケルベロスの頭に手を近付けた。そして、真ん中の頭を撫でた。
「やっぱり、本当は怖い犬ではないのだな」
「王、お気づきだったのですか?」
「ああ、気がついた。彼――ケルベロスが、そなたを友として慕っていると。きっと、わたしもそなたを友と思っているから、同類として心が通じたのだろう。それに……」
エウリュステウスはケルベロスの横の、ちょうどアドーニスが立っているあたりに目を向けた。
「そこに、もう一人いるね。そなたを友だと思っている人が」
「なんだ、バレちゃったんだ」と、アドーニスは姿を現した。「でも僕は人ではなく、今は幽霊みたいなものだから。居ないものとして考えてもらえませんか」
「そうですね、世間一般的には“協力者はいなかった”とした方が、ヘーラクレースに箔が付く。獰猛な冥界の犬を、たった一人で、腕力で押さえて連れてきた英雄――そうゆうことにしておきましょう。しかし、わたしは真実を知っておかなければいけない。彼の主人としても、友としても……そうだね? ヘーラクレース」
「はい、王」とヘーラクレースは頭を下げた。「申し訳ございませんでした」
「謝る必要はない。そなたは何も間違ったことはしていないのだから。わたしは“冥界のケルベロスを連れて来い”と言ったのだ。“力で従わせて”とは一言も言っていない。だから、ケルベロスと心を通わせて、友達として連れ帰ってきても、それはわたしの指示通りということなのだ」
「王……」
「エウリュステウスと呼んでくれ。そなたはもう、試練を終えたのだ。わたしのもとから自由になる権利を得た。これからはどこにでも行くといい」
「そのようなこと……わたしはやはり、これからもあなたにお仕えしたいのです。あなたは、暴走しがちなわたしを優しく見守り、今までも何度も女神を怒らせてしまったのに、命をかけて弁護してくださった。あなたのような主人には、もう巡り合えそうにありません」
「ありがとう。だがわたしは、そなた――君とは、対等でいたいのだよ、友人として」
「では、友人として王のお傍にいさせてください。形だけは“臣下”として、でもその実は友人――そういう関係があってもいいではありませんか」
「うん……それは面白いかもしれない。じゃあ、そうするかい?」
「はい!」
「じゃあ、そういうことにしておこう。……ヘーラクレース」
「はい」
「今までありがとう。君の土産話はいつも楽しかった。わたしは体が弱くて、あまり国外へ出たことがないから、君の旅の話が楽しみでならなかったよ。まるで、自分が旅に出ているように、情景を思い描くことができた……」
「では、今度一緒に旅行に行きましょう。もちろん、今すぐではありません。気候のいい時期に、王の体調が良かったら、ほんの近場でもいいんです。わたしがご案内いたします。その時はわたしが御者になりましょう」
「ああ……いいね。そうしよう」
「では、待っていてください。ケルベロスを冥界へ送ってから、途中寄るところがあるのですが、すぐに帰ってきますので」
「寄るところ?」
「冥界にいた亡霊と約束をしたのです。彼の妹の様子を見に行くと。かなり心残りだったようで、心配していたので」
「そうか。君が人の役に立ってくれて、わたしも誇りに思うよ」
エウリュステウスはそう言って、笑顔でヘーラクレースを見送った。
それからヘーラクレースは、ケルベロスとアドーニスを冥界まで送り届け、その帰り道、メレアグロスとの約束通り妹のデイアネイラの様子を見に行った。そこでデイアネイラが好きでもない河の神に無理やり妻にされそうになっていたところに出くわし、デイアネイラを救い出したのだった。その時、ヘーラクレースとデイアネイラはお互いに一目ぼれをしてしまい、そのまま結婚してしまったのである。
ヘーラクレースは新妻を連れてミュケーナイに帰ることになった。――自分のことを「友」と呼んでくれた人が、すでに永眠したことなど露知らずに。icon
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from: エリスさん
2010年07月23日 11時56分33秒
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「ヘーラクレースの冒険・61」
ケルベロスが落ち着いたところで、ヘーラクレースは彼に、鎖でつながれた首輪を付けてもいいか、と聞いた。
「冥界のケルベロスは獰猛(どうもう)だと思われているから、まるで友人のようにわたしと並んで歩いているだけでは、見ている人にあなたがケルベロスだと信じてもらえないかもしれない」
「もっともですね。どうぞ、首輪をつけても構いませんよ。それでわたしは、道行く人を怖がらせて、それをあなたが抑え込んでいるように見せればいいのですね」
「そうです、お願いします」
こうしてケルベロスは首輪でつながれることになった。誰も見ていないところでは楽しくおしゃべりをしながら歩いたが、向こうから人が見えると、さもヘーラクレースが力で抑え込んでいるように演出したのだった。
ミュケーナイに到着したのは、それから六日後のことだった。
ヘーラクレースが帰ってきたことを知らされたエウリュステウス王は、病床についていたが、女神ヘーラーから差し入れられた黄金のリンゴを一口だけ食べて、ようやく起き上った。
「あなた……」
ミレーユ王妃が心配しながら着替えを手伝っていると、彼はニッコリと笑ってこう言った。
「友の試練がようやく終わるのだ。わたしが祝ってやらなくて、誰が祝うのだ?」
エウリュステウスはミレーユの唇に軽くキスをしてから、歩き出した。
大広間にはすでにヘーラクレースがケルベロスとともに待っていた。王宮の人々も珍しいものを見ようと集まっていて、その人々をケルベロスがうなり声で威嚇していた。
玉座の奥から現れたエウリュステウスに、ヘーラクレースはいつものように跪(ひざまず)いた。その時、鎖が少し弛んだのに、ケルベロスが前に出てくることも、ヘーラクレースが鎖を引き寄せることもしなかったので、エウリュステウスはすぐに気付いた。
『彼はこの猛獣と、どうやら友人になったようだな』
なので、重臣たちがエウリュステウスに「危険ですから、甕にお入りください!」(大広間には、ヘーラクレースがどんな猛獣を連れてきても王や王妃に危険がないように、防御のための甕が埋め込まれている)とお願いしているのに、
「大丈夫だ、ヘーラクレースが傍にいるのだから」
と、笑って見せた。
「ヘーラクレース! 見事、わたしの言い渡した試練をすべて遣り遂げた! そなたこそ世界一の英雄だ! そなたを同じ一族に持てて、わたしは誇りに思うぞ!」
「ありがとうございます、我が王」
「これでそなたの罪は浄化された。そなたを縛るものはもうなにもない! これからは、自分の望む道を進むがよい」
「はっ……」
ヘーラクレースは言葉に詰まった……自由にしろ、と言われても。実のところ先のことなど考えてはいなかったのだ。なにしろ、エウリュステウスに命じられた試練を果たしながらも、旅をするのが楽しくて、今だってまた「行ってこい」と命じられれば、素直に旅に出てしまいそうな気持ちだったのだ。
そんな彼の気持ちを見透かしたのか、エウリュステウスは言った。
「とりあえず、ケルベロスを冥界へ返してきなさい。先のことはそれから考えてもいいだろう」
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from: エリスさん
2010年07月16日 11時47分46秒
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「ヘーラクレースの冒険・60」
「そうだな、アドーニスが付いていてくれれば」
と、ハーデースは安堵した表情になった。「それならばケルベロスを地上に連れ出してもいい。どうかな? ヘーラクレース」
「はっ……」
正直、ヘーラクレースは困っていた。以前、怪物退治に甥を連れて行き、手伝わせたことで、女神ヘーラーの怒りを買ったからだ。ハーデース達の心配も分かるが、ここでアドーニスに手助けをしてもらっては、また試練を増やされてしまうかもしれない。
ヘーラクレースはそのことを正直に告白すると、ハーデースは気を悪くすることもなく、こう言った。
「ならば、保険としてアドーニスを連れていくがいい。もしもの時はそなたが一人で対処するが、それでも駄目だった場合はアドーニスの手を借りたまえ。心配するな、わたしからも姉上(ヘーラー)には口添えをしておくから」
こうして、アドーニスも霊体のままヘーラクレースとケルベロスについて地上へ行くことになった。
案の定、地上へ出るとケルベロスが暴れだした。
「熱い! 痛い!」
初めて見る太陽に目をやられて、パニックを起こしてしまったのだった。ヘーラクレースは必死に抱きとめて、暴走しないように地面に押さえつけた――その時だった、ケルベロスの姿が変わったのは。三つの頭をもつ恐ろしい犬の姿から、銀色の毛並みをした美しい狼に変化したのである。それを見てヘーラクレースが驚いていると、
「それがケロちゃんの本当の姿なんだよ。苦しさで魔力を維持していられなくなったのさ」
そうしてアドーニスはケルベロスの前へ行き、彼の頭を撫でてあげながら言った。
「大丈夫だよ、目は焼けたりしない! 落ち着いて、目を閉じるんだ。そしてゆっくりと呼吸をして……」
アドーニスに言われるように、ケルベロスは呼吸を整えながら、気持ちを落ち着かせた。
「よし、いいぞ……じゃあ、ゆっくり目をあけてみよう。大丈夫、もう眩しくないよ」
言われるままにケルベロスがゆっくり、こわごわと瞼を開く……。
「どう?」
「はい……もう大丈夫です。ありがとうございます、王子。ヘーラクレース殿も」
もう大丈夫だとヘーラクレースも思ったので、押さえつけていた腕を放してあげた。
「本当に苦しかったんだね。よだれ出てるよ。カッコいい姿に戻ってるのに台無しだ」
アドーニスはヘーラクレースからタオルを借りて、ケルベロスの口元を拭いてあげた。
「よし、綺麗になった……ごめんね、ヘーラクレースさん。タオルはちゃんと洗って返すよ」
「いいえ、お気遣いなく。それより、これはなんでしょうね?」
「これって?……これ?」
ケルベロスのよだれが落ちた地面から、いくつもの植物の芽が出てきたのである。
「なんだろ。この国では、地面に落ちた血や涙から植物が生まれることがよくあるけど……ケロちゃんのよだれから、何か生まれたみたいだね」
「だとしても、あまり良いものではなさそうな気がします」
ケルベロスはそう言いながら、三つ頭の犬の姿に戻った。「なにしろ、わたしが怪物の血筋の者ですからね」
その後この芽はぐんぐんと成長して、紫色の花をいくつも咲かせた――これがトリカブトの元祖と言われている。icon
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2010年07月09日 11時31分13秒
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「ヘーラクレースの冒険・59」
テーセウスが完全に消えてしまうと、ヘーラクレース達は再び居城へ向かって歩き出した。
冥界の王の居城では、実際にはゼウスの兄であるはずなのに、ゼウスよりもずっと若く見えるハーデースと、まだ幼さが見え隠れするほど若く見える美しき王妃ペルセポネーが待っていた。
ハーデースとペルセポネーは、先ず息子アドーニスとの再会を大いに喜んだ。その間ヘーラクレースは放っておかれたが、無理もないのでしばらく待っていた。
そうしてどれぐらいたったことか……ようやくアドーニスがヘーラクレースのことを思い出した。
「そうだ、お父様。僕、地上から案内してきた人がいるんです」
「あ!?」
と、ハーデースとペルセポネーも同時に思い出した。
「すまない、ヘーラクレース。つい、息子との再会が嬉しくて」
「本当に、客人を放っておくなんて、失礼をしてごめんなさい」
ハーデースとペルセポネーは二人揃ってヘーラクレースの方へ行った。
「いいえ、お気になさらず」
とヘーラクレースが言うと、ハーデースは恐れ多くも握手を求めてきた。
「こうして会うのは初めてだな、甥御殿(おいごどの)。わたしがそなたの叔父(血筋の上では伯父だが)、ハーデースだ」
「お会いできて光栄です、叔父上」
ヘーラクレースはそう答えて、ハーデースと握手を交わした。
「そして私があなたの姉、ペルセポネーです」
「お会いできて光栄です、姉上――わたしよりも若く見える方を“姉”と呼ぶのも恐れ多いですが」
「そんなこと気にしなくていいのに。でもそうね、言いづらいなら“王妃”と呼んで。これなら年齢は関係ないでしょ?」
「そうさせていただきます、王妃様」
「さて、そなたがここへ来た用向きだが」と、ハーデースは言った。「最後の試練のために、ケルベロスを地上に連れて行きたいのであったな」
「すでにご存知でしたか」
「エレウシスの巫女から報告は受けている。しかし、そう簡単にケルベロスを貸してやるわけにはいかぬ」
「なぜです?」
「ケルベロスは生まれてこの方、この冥界から出たことがない。今までと違う環境に追いやられて、精神を病んでしまった聖獣は少なくない」
「そうよね……」とペルセポネーも言った。「ケルベロスがもし我を忘れて、人間たちに襲い掛かりでもしたら……」
「大丈夫です!」とヘーラクレースは言った。「もしケルベロスが暴れだすようなことがあっても、わたしが押さえつけます!」
「押さえつけられるだけで済むならいいのよ。勢い余って、あなたがケルベロスを殺してしまったら!……それが一番心配なのよ」
ペルセポネーの言葉に続けて、ハーデースも言った。
「ケルベロスもわたし達には家族なのだよ。分かってくれ、ヘーラクレース」
するとケルベロスが口を開いた。「ご主人さま、お妃さま、御心配には及びません。わたしの弟・オルトロスも、闇夜に生まれた後、急に地上に連れ出されて飼い犬となりましたが、お二人が心配なさっているようなことは少しもなかったそうでございます」
「その時のオルトロスは、まだ目も開かない子犬だった。だからなんともなかったかもしれないのだ」
ハーデースが言うと、
「じゃあ、僕が付いていきますよ」
と、アドーニスが言った。「僕はまだ霊体だから、ケロちゃんが我を忘れて暴れだしても、憑依してコントロールすることができるよ」icon
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2010年07月02日 14時36分31秒
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「ヘーラクレースの冒険・58」
「わたし達はヘーラクレース様がお亡くなりになってから、何十年も経った世から来たのです」
と、テーセウスは言った。「最後にヘーラクレース様とお会いしたのが、わたしが何歳の時か……お聞きになりますか?」
「いや、聞きたくない」
それでは寿命が分かってしまうのだから、ヘーラクレースの答えは当然と言えば当然だった。
「分りました、では話しません。……ヘーラクレース様の“今”が、冥界の番犬を連れ出しに行った時なら、まだヘーラクレース様はわたしの妻・アンティオペーが死んだのをご存知ないですね」
「なに、亡くなられたか……」
「はい……」
それからテーセウスはクレーテー島の王女パイドラー(ミーノータウロス退治の時に手助けをしてくれた王女・アリアドネーの妹)を正妃に迎え、父の跡を継いでアテーナイの王になった。そしてアテーナイを文化都市にするためにいろいろと貢献してきたのだが、アンティオペーの忘れ形見・ヒッポリュトスが大人になりだした頃、問題が生じた。
ヒッポリュトスは恋愛を不潔なものと捉えるようになり、生涯純潔を通すことを月と純潔の女神アルテミスに誓ったのである。それに怒ったのは美と愛の女神アプロディーテーだった。アプロディーテーはヒッポリュトスを懲らしめようと、パイドラーに呪術を掛けてしまった。その呪いとは、パイドラーがこともあろうに義理の息子であるヒッポリュトスに恋をすることだった。
パイドラーは夫の留守中にヒッポリュトスに迫ったが、当然ヒッポリュトスはなびかない。それどころか「けがらしい!」と罵倒されて、絶望し、遺書を残して自殺してしまう。その遺書の内容はヒッポリュトスを陥れるものだった。その遺書を読んだテーセウスはヒッポリュトスをアテーナイから追放し、さらにヒッポリュトスに天罰が下ることを祈った。
テーセウスが、すべてはアプロディーテーの策略だったと聞かされたのは、ヒッポリュトスが事故死した後だった。
ヒッポリュトスはその後、アルテミスの手によって蘇り、アルバニ山の麓の土地神になったそうだが――このことで、テーセウスは優秀な後継者を永遠に失ってしまったのである。
それでも初めのうちは、王制に頼らず、いずれは国民が統治者を選ぶ「民主政治」を確立すれば、急に自分がいなくなっても国が滅ぶことはないだろうと、その準備を着々と進めていたのだが……。
「最近、彼と……紹介が遅れましたが、彼はわたしの友人で、ペイリトオスと言います。ラピタイの王です」
「うむ、それで?」
「それで、酒の席で、互いに妻や子を失った苦しみを語り合ったのです。ペイリトオスも妻と子を同時に失っているのです」
その酒の上で、彼らはとんでもないことを思いついたのだ。神の娘を妻にすれば、自分にもご加護があるかもしれないから、もう不幸なことにはならないのではないかと。それで、テーセウスはスパルテーの王妃が生んだゼウスの娘・ヘレネー(当時まだ十二歳)をさらってくることを決め、ペイリトオスは冥界の王妃であるペルセポネーを奪うことを決めたのだった。
そして二人はさっそくスパルテーに乗り込んで、隙を突いてヘレネーを誘拐することに成功。ヘレネーはテーセウスの生母・アイトラーに預けられることになった。
勢いに乗った二人はそのまま冥界に潜り込んだのだが、蛇の精にペルセポネーの居所を尋ねると、
「その長椅子に座って待っていれば、じきにここをお通りになる」
と言われて、その通りにした。
「そうしたら、この椅子にくっついてしまって、離れられなくなってしまったのです……それから何年たったことか……」
「テーセウス……ペイリトオスとやらも、何をやっているんだァ……」
ふつふつと怒りがこみ上げてくるヘーラクレースを、背中を叩くことで制したのはアドーニスだった。
「分るよ、幸せになりたかったんだよね、あなた達。でもね……僕のお母様を誘拐しようだなんて、不遜にもほどがある!」
初めは笑顔だったアドーニスの表情が、だんだんと怒りの形相になり、そして彼は言った。
「ケルベロス! 噛め!!」
「ガオ!」
ケルベロスはペイリトオスの肩に食らいついて、離れなくなった。ペイリトオスの悲鳴と言ったら、地上まで届くかというほどだった。
テーセウスには噛みついてこないようだったので、彼はこわごわとアドーニスに聞いた。
「あの……お母様とおっしゃられたが、もしやあなたは……」
「ペルセポネーは僕のお母様なんだ」
なのでヘーラクレースが補足した。「ハーデース様とペルセポネー様の御養子だ。アドーニス様という、伝説のお方を知らないか?」
「あの、アネモネに変化したという?」
「多少歪められて伝わっているらしいが、その時に御養子になったそうだ」
「そんなことはどうだっていいんだよ……ケルベロス、もういいよ」
アドーニスが言うと、ケルベロスはペイリトオスから離れた。
「先ず、結婚はお互いの意思でするものであって、一方の思い込みで浚ってくるなんて、犯罪以外のなにものでもない。その一点だけでもあなた方は罰せられるべきだ。その上で、忘れてはならないのはお母様――ペルセポネーは女神だと言うことだ。女神を人間のあなた方が誘拐できるわけがないじゃないか。万が一できたとしても、それは女神を汚す行為だ。万死に値する! それでも殺されずにこうして生きていられるのは、僕の父の温情だと思うべきだ!」
「はい……すみません……」
二人が反省したようにうなだれているので、アドーニスはヘーラクレースに言った。
「あなたがここに来る時間に、二人の時間がつながったということは、僕の父が二人を許したのだと思います。助けてやってください」
「アドーニス王子がそうおっしゃられるなら」
ヘーラクレースは長椅子の背を抑えつけながら、まずはテーセウスを引っ張った――すると、簡単に椅子から剥がれることができた。
だが、ペイリトオスは剥がすことができなかった。どんなに引っ張っても駄目なのである。
「つまり、お母様をターゲットにしたペイリトオスはまだ許されず、一応は人間であるヘレネーを誘拐したテーセウスの方は許された、ということみたいですね」
「……仕方ありません」とペイリトオスは言った。「わたしはそれだけのことをしたのです。テーセウス、わたしに構わずおまえだけでも地上に帰れ」
「ペイリトオス……」
二人が手を握り合って別れを惜しんでいると、二人の姿がかすみだした。
「これは?」
ヘーラクレースがアドーニスに聞くと、
「二人の空間が、元いた時間に戻るんですよ。少し離れてください、巻き込まれるといけない」
アドーニスの言葉にテーセウスも気づいて、ヘーラクレースの方へ振り返った。
「ありがとうございました、ヘーラクレース様。お会いできて嬉しかったです!」
「もう無茶なことはするんじゃないぞ、テーセウス!」
「はい、ありがとう……」
テーセウスが皆まで言う前に、ペイリトオスと、長椅子も消えてしまった。icon
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from: エリスさん
2010年07月02日 11時50分10秒
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「ヘーラクレースの冒険・57」
一行がさらに歩いて行くと、道が急に広くなった所に出てきた。居城はもう少しの所らしいのだが、そこに、長椅子に座ったままうなだれている二人の男を見つけた。
「あれも亡霊か? その割には存在がはっきりしているような」
ヘーラクレースがそう言うと、その声に男の一人が気がついて、こちらを向くなり、言った。
「あなた様は! ヘーラクレース様ではございませんか!?」
「ん? そういうあなたは、どこかで見たような……」
ヘーラクレースは歩み寄りながら、よくよく相手の顔を見た。そして気がついた。
「テーセウスか! どうしてこんなところに! しかも、かなり老けたじゃないか」
アマゾーン遠征の時に同行したアテーナイの王子・テーセウスだった。あれ以来会ってはいなかったが、それでも一年ぐらいだというのに、いま目の前にいるテーセウスはどう見ても三十年は年を取った見た目だったのだ。
「ヘーラクレース様こそ、亡くなられた頃とまったく変わらない――いや、むしろ若返られたようなお姿で。やはり、人は死ぬと年をとらなくなるのですね」
「“亡くなられた”だと? わたしはまだ一度も死んではいないぞ。ここへは生きたまま来ているのだ」
「え?」
二人の会話を聞きながら、アドーニスは長椅子の周りを歩いて、何かを確かめているようだった。そして天井の方に目を向け、
「ああ、やっぱり。ここから、あっちまで、空間がねじ曲がっているね。つまり、長椅子を囲むこの空間だけが未来なんだ。この二人は僕やヘーラクレースさんがいた時間より、ざっと三十年は先の世から来ているんだよ」
「冥界では、こうゆうことがよく起きるのですか?」
「たまにね。ある罪人が罪を償うためにその場所に閉じ込められて、ちょうど許される頃になると、その閉じ込められた場所から解放してやることのできる英雄が現れる――その英雄にヘーラクレースさんが選ばれたんだね。だから、ヘーラクレースさんがこの場所を訪れるちょうどこの時間に、こっちの二人の時間がつながったんだ。……もしかしてヘーラクレースさん、僕の父とは知り合い?」
「知り合いと言いますか、一度、友人の妻を助けていただいて、その時にお声をかけていただきました」
「そうか。その時に見込まれたんでしょうね」
「ということは……」
テーセウスともう一人の男は「罪人」ということになる。
「そなた、いったい何をやった!」
ヘーラクレースがテーセウスの胸倉を掴んで引き上げようとすると、一緒に長椅子と、隣の男もくっついて浮き上がった。
「な、なんだ!?」
ヘーラクレースが驚いていると、
「そうなんです……この椅子、離れないんです。もう何年も……」
「だから!」と、ヘーラクレースは長椅子ごと彼らを元に戻して、言った。「いったい何があったのだ!」icon
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