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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

公開 メンバー数:11人

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  • from: エリスさん

    2012年03月30日 12時30分59秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・47」
     新潟県某村。そこに、浄土真宗の寺・光影寺(こうえいじ)はあった。
     片桐家の先祖たちが眠っている寺である。
     「ここに手掛かりが?」
     佳奈子女史が言うと、
     「俺の占いが当たっていれば」
     と枝実子は言って、門を潜って行った。皆も後に続いていく。
     本殿の横に、いくつもの蔵が並んでいる。この中のどこかに、もしかすると……という一同の期待が募っていく。
     枝実子は本殿の方に向かった。
     すると、回廊を誰かが歩いてくるのが見えた。高僧であることは身なりからも分かる。枝実子はその人に気付くと、彼が近づいてくるまで立ち止まっていた。
     高僧の方も枝実子に気付き、回廊を足早に歩いてきて、枝実子の前で止まった。
     枝実子は恐る恐る声を掛けた。
     「俺が分かるか、御住職(ごじゅうしょく)」
     おお、おおと相槌をうち、微笑みながら老齢の高僧は答えた。
     「片桐の嬢(じょう)でござろう。大きゅうなられて。幾つになられましたかな」
     「二十歳になりました。御住職は確か御歳七十を越えられたはず」
     「七十二になり申した。ささ、上がって下され。茶など差し上げましょうぞ」
     「……良かった」
     「ふむ?」
     「御住職ほどの尊き僧ならば、如月の術には掛かっていまいと、信じていました」
     「……長いお話になりそうですな」
     この住職・道昭和尚(どうしょう おしょう)は、片桐の分家・桐島家の人だった。
     そもそもこの寺は、片桐家と片桐家に仕えた一族の菩提寺とするために、代々片桐家から子息を出家させ、住職を務めていた。僧が妻を持つことを許されてからは、この道昭和尚の直系の先祖たちが継いでいる。
     「もう嬢から聞かれたかとは思いますが、片桐家はこの村では由緒正しき家柄なのです。近江守護職・佐々木家から先ず桐部氏が分かれ、そこから分家して越後に移り住んだのが片桐氏を名乗ったのです。そして上杉家の家臣・前田慶次郎に軍師(ぐんし)として仕え、今ではこの村の大地主として栄えているのです」
     「栄えてる……と言えるかどうか。上杉家が米沢藩に移る時、片桐家は武士を捨ててこの地に留まったんだ。なんでも、上杉家が米沢に行ってからも越後とのつながりを保っていられるように……という上からの意図があったかららしいんだけど。それからは片桐家は農家になって……今は俺の叔父が継いでいるんだけど、叔父には子供がいなくてね。分家から養子をもらおうかって話も出てる。でも、誰もなり手がいないんだ。なんせ、農家は人気無いから」
     枝実子が言うと、
     「なにを言われる」と、住職は笑った。
     「農家とは言っても、所有している土地は相当なもの。こちらでお預かりしている財宝も併せれば……」
     「いや、御住職。片桐の人間は誰もあの宝物(ほうもつ)を売ろうなどとは考えていない。だから金にはならない。所有している土地も農地だ。農地は農耕を目的としない人間には譲渡されないという法律もある――だから養子になりたがらないんだよ」
     と、枝実子は最後の方は瑞樹たちに言った。農作業を嫌う今の世代には、確かにこの村での生活は楽しくなさそうである。
     「それより、聞いてもらいたいのだが……」
     枝実子は今まで起こったことを住職に説明した。
     その為に月影を探さなければならないことも。
     話を聞き終わって、住職は「なるほど」と考え込んだ。
     「それで、嬢の美しい“気”の上を、この黒い気が覆っているのですか」
     「“気”が見えるのですか?」
     佳奈子が聞くと、
     「もちろんですとも。ちなみに、あなたは太陽の光のような橙色の気をしておりますな。こちらのお嬢さんはまるで晴天の青空のようじゃ。こちらの若者は新緑の森ですな」
     住職が言っていることが嘘ではないことは、佳奈子が一番良く理解できる(自分も見えるから)。確かに徳の高い僧である。
     佳奈子が感心しているのに気付いたのか、住職は高笑いをしてから、
     「老いたりと言えども、このわしは片桐家の血を引く者ですぞ。まあ、嬢より霊力はありませんがの」と言った。
     「またその話ですか、御住職。俺には自覚がないんですけど」
     「なに? どういうこと?」
     瑞樹が興味津々で聞くと、住職は答えた。
     「片桐の血を引く者の中には、時折とても霊力の強い者が生まれるのです。その者らがこの寺の住職――親鸞聖人に帰依する前ならば、神主や斎姫となって、一族を祈りで守ってきたのです。嬢はその素質を色濃く受け継いでおられるのですよ。まだ覚醒はしておられぬが、おそらくそれなりに修行をなされば、わし以上の霊能者になられましょう」
     「へえ……だから占いとかやらせると百発百中なのね、あんた」
     瑞樹はこんな風に簡単に考えてしまったが、枝実子の前世を知っている二人は、愕然としてしまった。
     『魂の霊力だけでも相当なものなのに、器――血筋の方も霊的に優れたものだったのか』
     だからこそ、如月という分身を生みながらも、枝実子の体力が衰えることがなかったのだ。
     佳奈子は、いったい自分が知らされていないことは後どれだけあるのか、と考えた。恐らくオリュンポスにいる彼女の祖父でさえ知らないことが、枝実子にはあるのだ。過酷な運命が……。

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  • from: エリスさん

    2012年03月22日 19時58分34秒

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    m(_ _)m

     ブログを読んでくださってる皆さんは、もうご存じのことと思いますが、明日のネット小説「神話読書会」と「恋愛小説発表会・改訂版」はお休みします。
     ここ数日、具合が悪すぎて、全然原稿が進みませんでした。また、土曜日からの仕事のことを考えると、明日は安静にしているべきだと判断しました。
     それなので、申し訳ありませんが、明日は休ませてください。

     詳しい事情はブログで。
    「淮莉須部琉の隠れ家」http://www.c-player.com/ae11607

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  • from: エリスさん

    2012年03月16日 11時48分00秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・46」
     東京、某所。
     九条眞紀子はふわっとした感じの薄黄色のワンピースと、いつものお気に入りの帽子という格好で、足早に歩いていた。手にはバスケットを持っている。きっと中にはお弁当やらなにやら入っているのだろう。
     眞紀子が足を急がせるのには理由があった。
     もうすぐ待ち合わせの時間なのに、まだ目的地についていないからだ。
     必ず約束時間の十分前には来ている彼である。待たせてしまっては申し訳ない。
     やがて、待ち合わせ場所の藤棚が見えてくる(まだ花は咲いていないが)。
     彼は、黒のカジュアルスーツ姿で、髪も結わずにストレートヘアのままで待っていた。
     「如月さん!」
     眞紀子が手を振りながら呼ぶと、彼――カール如月は振り返った。
     男装をしていても、実にミゴタエノある美しさ。このまま街を歩かせたら、きっと道行く女性は振り返らずにはいられない。
     だから眞紀子は、平日ならあまり人の来ない、この水郷公園に如月を誘ったのである。「思いっきり男装してきてね」というリクエスト付きで。
     「素敵、とても良く似合うわ」
     「エミリーの服は、男物なら事欠かないですからね。これも舞台用に買ってあったようですよ」
     「……ねェ」
     「ああ、ゴメン」と、如月は苦笑いした。「今日一日は、男でいてもらいたかったんだよね」
     「声は?」
     「駄目なんだ。本当の声は、今はエミリーに植え付けてしまってある。だから、エミリーから奪い取ったこの声しか出せない」
     「残念……」
     「そのうち、聞かせてあげるよ」
     二人は並んで歩き出した。
     「でも、エミリーさんから声を奪う前も、その声で私に話しかけてきたわよね。あれはどうしてなの?」
     「作り声だよ。そもそも、俺とエミリーは同じ人間だから、声帯も似ているらしい。ちょっとだけ無理をすれば、こんな声も出せるんだ」
     「言葉遣いは?」
     「あれ、少し変かなァ?」
     「ううん、あなたには合っていてよ。でも、エミリーさんから分離したにしては、上品過ぎる」
     「そこさ。エミリーより上品に――女らしいところを強調する為に遣っているんだ。幸い、エミリーは古典文学の知識は並の人間以上だったから、その中の登場人物たちの言葉遣いを参考にして……だから、全然無理なく遣ってるだろ?」
     「そうね、自然に話してるわ。……じゃあ、分離する前のエミリーさんの記憶も持っているのね」
     「物心ついた頃から全部。だから、ここにも迷わず来れた」
     そう、ここは枝実子がまだ眞紀子と親しく付き合っていたころ、良く一緒に来たところなのである。
     二人は時折立ち止まって、咲き誇る花々を眺めたりしながら、優しい時間を楽しんでいた。
     眞紀子は過去に男性と付き合っていたことがないらしい。言わば、如月が初めてのデート相手なのだ。お嬢様育ちだから両親の監視の目がうるさかったのか、と思えばそんなことはなく、むしろ父親は放任主義で、母親はすでに無いから自由な環境にいた。単に人見知りする性格なのだ。
     そんな彼女に、護身のためとは言え男っぽくしていた枝実子は、どう見えていたのであろう。
     ――如月は、一つの大きな池の前で足を止めた。
     『……ここだ……』
     如月として生まれて、初めて目にした風景がそこに広がっている。
     彼がしばらく立ち止まっているので、どうかして? と眞紀子は声をかけた。
     如月がフフッと笑って、欄干に手を掛けながら話し出した。
     「実は、俺が迷うことなくここへ来られたのは、他にも理由があるんだ」
     「他に? どんな」
     眞紀子の問いに、如月は思わせぶりにちょっと笑った。
     「聞いたら驚くよ」
     「教えて」
     「俺は……ここで生まれたんだ」
     「……え!?」
     「ここで……」
     如月は目の前にあるものを指差した。
     そこにあるものは、池。
     「……池……の、中?」
     「気が付いたら、裸のまま浮かんでいた。満月の夜だったことを覚えている。余程、エミリーがこの場所に思いを残していたらしいな。それに……他の人の想いも感じた」
     「他の人?」
     「うん。エミリーとは別の、他の人の気の波動を感じたんだ。もしかしたら、その人の力で俺は男に生まれたのかもしれない。何も、エミリーと正反対の人間になるためなら、性格的にそうなればいいことで、性別まで変える必要はないと思うし」
     池から上がった如月は、先ず着る物が欲しい、と考えた。すると、目の前にいつもの一つ紋の着物がふわっと現れた――自分が考えたことが現実になる、と分かった彼は、それならばもっと力が欲しい、と考えた。思念の塊のヤワな体ではなく、もっとしっかりした体が。
     そうして目の前に現れたもの。それが……。
     眞紀子は話の途中から目を伏せて、全く別のことを考えていたようだった。そして……
     「どうしても、エミリーさんを殺さなくてはいけないの?」
     と、今更なことを聞いた。
     「そうしなければ、俺が消えてしまう」
     「でも……エミリーさんを殺して、あなたがエミリーさんになってしまったら……やっぱり、私……」
     「……そのことなら、俺も考えてる」
     如月は池の前に設置されているベンチを見つけて、先に眞紀子を座らせてから自分も隣に座った。
     「初めて君に話しかけた日のこと、覚えてる?」
     「もちろんよ。戯曲のゼミナールの時でしょ?」
     「あの時、公約証書を持ってただろ? あれ、本当に偽造したものじゃないんだよ」
     「え!? でも、あなた……」
     「あるんだよ、戸籍。如月馨で」
     如月が突然この世に現れた時、彼は一枚の紙を握っていた――如月馨という人物の戸籍抄本だった。
     調べてみると、確かにその人物は存在し、しかも生年月日も生まれた場所も枝実子と全く同じだったのである。
     そもそも枝実子がこの世に生まれてきたこと自体が、人間には想像もできないある意志の働きによるものだ。もしかしたら、その意志は如月が誕生することを予期して、あらかじめ用意しておいたのかもしれない。
     「どちらに転んでもいいようにね。不思議な話だろ? だから、いざとなったら如月馨のまま、男として生きることもできるんだ――エミリーは殺さないといけないけど」
     「……そう……」
     眞紀子は立ち上がると、池の方へ歩き出した。
     『如月さんは、ここで生まれた』
     眞紀子はしばらくその池を見ていた。
     忘れることなど出来ない。心の内で望みながらも、決して成就はさせまいと誓った、その過ちを犯してしまったこの場所――あの日を。
     この場所に思いを残していたのは、枝実子だけでないことを、一番良く知っているのは自分だけ。
     その為に、如月は男性として……。
     「ねえ」と、眞紀子は如月に振り返った。「如月眞紀子……って、いい響きだと思わないこと?」

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  • from: エリスさん

    2012年03月09日 10時49分32秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・45」
        4


     新潟県O県。
     駅内の休憩所では、夜行で到着した二、三人の人達が、バスが来るまで仮眠をしていた。
     枝実子たちは車で来ているのだから、なにもこんなところで休むことなく、すぐにでも出発すれば良いところなのだが、枝実子が広いテーブルを使いたいと言うので、この休憩所の中のテーブルを借りているのである。
     そこで枝実子は、タロット占いを始めた。
     佳奈子女史が「月影が斎姫の墓に納められたというのは、言わば伝説なのだから、もしかしたら地上のどこかにあるのかもしれない」と言ったので、それを確かめるために占いに頼ることにしたのだ。
     「ねえ」
     隣に座って見ていた瑞樹は、周りで寝ている人を気遣って小声で話しかけてきた。
     「こんなまどろっこしいことしないで、その本家に行って確かめた方が早いんじゃないの?」
     「祖父たちは何も知らないさ」
     「どうして?」
     「白陽だって残っているのが奇跡なんだ」
     片桐家は明治九年の廃刀令を機会に農業に転向したが、武家だったころの刀剣、鎧といったものはもちろん保存していた。だが、戦後、至る所で米軍による刀狩りが始まり、新潟県も例外ではなかった。
     この時、当時の片桐家の若き当主だった枝実子の祖父は、白陽だけは残そうと、蔵の床下のそのまた下の隠し扉にこれを隠したのである。
     「で、他の刀剣類はそっくり持っていかれて、きっと今頃はアメリカの好事家どものコレクションに並んでるんじゃないかな」
     「おそらく中には、溶かされてピストルの弾やなんかに化けてるのもあると思うよ」
     と、缶ジュースを両手に持って、戻ってきた章一も言った。
     「それじゃ、下手すると月影もアメリカに渡ってたりなんかして」
     瑞樹が言うので、
     「墓に納められてなかったんなら、あるいは」
     と枝実子は最終結果のカードを開いてから言った。
     どう? と章一は覗き込みながら言った。
     「……うん……、ショウ、俺のジュース」
     「はいよ」
     章一は抹茶ドリンクの方を枝実子に、オレンジジュースの方を瑞樹に渡した。
     枝実子は缶を開けて、一口飲んでから言った。
     「目指す刀があるかどうか分からないけど、やっぱり本家の方に行くべきだって出た。ただし……目指すは本家じゃない」
     「じゃあどこ?」
     「心霊的な建造物」
     「なに? それ」
     瑞樹が聞くと、
     「それで困っているんだ。あの村にはそういう建物が多いんだ。祠(ほこら)なんかもあちこちにあるし……」
     枝実子は円形に並んでいたタロットカードを全部裏返して、グチャグチャに混ぜはじめた。そして、一か所に集めて積み上げてから、左端に置いて、左手で滑らすように横一直線に並べた。
     その内の一枚を引く。
     「歌?」
     枝実子はそう言ってから、もう一枚引いてみた。
     「今度は絵画か……」
     「芸術的なものってこと?」
     瑞樹が言うので、章一は、
     「あんまり占い中に自分の考えを言っちゃ駄目だよ。これは占い師のインスピレーションが大事なんだから」
     と、注意した。
     すると、
     「分かったッ」
     と枝実子はガタッと椅子を震わせて立ち上がった。
     寝ていた人たちが、びっくりして目を覚ます。
     枝実子は恥ずかしそうに詫びながら、カードを片づけて、二人を連れて外に出た。
     佳奈子がガソリンスタンドから帰って来たのと、ちょうど同じくらいのタイミングだった。
     「どう? 何か分かって?」
     佳奈子が言うので、枝実子は、
     「すぐに出発して下さい。道案内は俺がします」
     と言って、車に乗り込んだ。

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  • from: エリスさん

    2012年03月02日 12時52分05秒

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    「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・44」
     「おのれ、もう少しで……」
     如月が近づこうとするのを、佳奈子は剣で制した。
     「それ以上近づくと、喉を突くわよ」
     「何故……何故、御身がそやつを庇う! そやつは御身のお父上を前世で愚弄した女ではありませんかッ」
     すると佳奈子はクスクスッと笑った。
     「私に言わせれば、その程度でお怒りになったお父様が子供過ぎるのよ。愛する者を守ろうとするのが何故いけないの? 愛する者を傷つけられたら報復を願うのが当然でしょ? それにね、エミリーの前世はお父様を愚弄したつもりはないの。ただ、お父様が彼女を恐れただけ……愛する者を守るためなら、女であることを捨てられる彼女を」
     「なんと……お父上が聞かれたら嘆かれましょう」
     「私、お父様のことが大好きだから、いけないこと直して欲しいのよ」
     佳奈子はそう言うと、サッと表情を真顔に変えた。
     「ここは引きなさい。わかっているはずよ。あなたは私に勝てない。あなたは完全復活したわけではない。不和女神(ふわにょしん)がこの世で復活するには、あなたとエミリーが一体になっていなければならないし、尚且つ、ディスコルディアの魂が必要だわ。ディスコルディアの魂は、闇の力から生まれたあなたでは、手に入れることができない。ましてや、あなた、その体を維持するために別の力を体内に融合させているわね」
     「体を維持?」
     と章一が聞くと、
     「如月の体は一見生身に見えるけど、本当は気エネルギーで合成された“思念の塊”なのよ。この体を維持するには力がいる。だからこそ膨大な霊力を持つエミリーを殺して、その霊力を奪おうとしているの。でも今は、それが叶わないから、別のもので代用している――邪悪のパワーに満ち満ちたそれは、恐らく本当ならそれほど闇に染まっていなかったであろう如月の霊力を、邪悪なものへと変え、絶対にディスコルディアの魂に触れることのできない体にしてしまった。現時点でディスコルディアの魂を取り出せることのできる者は、ディスコルディアの主人であり、聖の力を持つエミリーだけよ」
     如月は微かに、悔しそうな顔をした。
     佳奈子は尚も続けた。
     「不和女神として完全復活できないあなたに、太陽神の娘は倒せない。まさかここで死にたくはないでしょ? だから、ここは引きなさい!」
     微かな悔しさが、はっきりとした憎悪に変わる――だが、如月は何かに気付いたらしく、おかしそうに笑い出した。
     「何がおかしいの?」
     不機嫌そうに佳奈子が聞くと、
     「ここで引いても、まだわたしの方が有利だからですよ。……エミリーは、切り札を手に入れることはできませぬ」
     「……負け惜しみじゃないの?」
     「さあ、どうでしょう……これで終わりと思いますな。必ず、エミリーの息の根を止めてみせる」
     如月は、霧のように消えていった。
     章一は、深いため息をついた――想像の域を超えている。如月が思念の塊で、しかも何かを融合させている。おまけに、日高佳奈子は……。
     「エミリー、しっかりしなさい!」
     佳奈子は枝実子の頬を叩くなどして、枝実子の正気を取り戻させる。枝実子は、戻った途端に言った。
     「景虎は!?」
     「あっ、ここだよ」
     章一はその言葉で我に返って、景虎を差し出した。――傷だらけだが、息はしている。
     佳奈子は景虎に両手を近づけると、異国の言葉で呪文を唱え始めた。――景虎の周りに光が発生する。見ると、たちまちに傷は治っていき、意識も取り戻した。
     「先生、いったい……」
     枝実子が言うと、佳奈子は言った。
     「聞こえなかった? 私は太陽神の娘なの。太陽神は医術の神でもあるのよ」
     そして、景虎は大好きな主人の顔を見つけると、嬉しそうに飛びついて、一声鳴いた。
     「景虎、良かったァ……」
     「安心してる暇はないわよ、エミリー」と、佳奈子は言った。「今すぐ旅立ちなさい。あなたには手に入れなきゃいけない物があるのよ」
     「先生、どうして……」
     「私についての説明は後でそのうちしてあげるから。私の車で送ってあげるわ」
     「待ってください」と章一は言った。「すぐ、というのは無理です。彼女、荷物とか俺の家に置いてあるし、それに」
     「向田さんのことなら、心配御無用」
     「え?」
     佳奈子は車の中を指さした。そのフロントガラス越しに、ゆっくりと顔を上げた(今まで隠れていた)瑞樹が見えた。
     それだけで、佳奈子が乃木家に立ち寄ってきたことが分かる。
     「大丈夫。彼女には結界を張っておいたから、如月には手が出せないわ」
     「でも……行くって、どこに?」
     枝実子が言うと、そんなことも分からないの? と言いたげに、彼女を見据えて言った。
     「越後よ」
     「越後って……もしかして、片桐家の本宗家(ほんそうけ)がある?」
     「そうよ。あなたの父祖の地。そこへ行って、もう一本の片桐家の宝刀を手に入れなさい」
     「月影を!?」
     片桐家最後の斎姫(いつきひめ)・片桐鏡子(あきらこ)――通称鏡姫(かがみひめ)の墓に、共に納められた刀である。
     「墓を……斎姫の墓を暴(あば)くのですか?」
     「それも辞さない覚悟で臨みなさい。あなたが生き残れるかどうかの瀬戸際なのよ。もう、その刀でしか如月を倒せないはず。それに、あなたは如月の魔術に掛かっている。その声だけでも分かるでしょ? 私が解いてあげてもいいのだけど、それじゃ意味がない。これは、あなたの戦いなんだから」
     「……はい」と枝実子はうなずいた。「その通りです、先生」
     「だから、あなたの父祖の地で、精進潔斎(しょうじんけっさい)に入るのよ。精進潔斎によって心身を清浄なものにし、魔術を解きなさい。それだけではないわ。越後なら、自然が残っているから、天然の結界がある。如月から身を隠すのに最適よ」
     「わかりました」
     枝実子は章一の方を向いた。「……乃木君」
     「言われなくても。ついでにこいつも連れて行こう」と、章一は景虎を指さした。「それから、いい加減その呼び方変えてくれ。命を賭けるかもしれないんだ。生半可な絆じゃ切り抜けられない」
     「分かった」と、枝実子は言った。「行こう、ショウ! 景虎!」
     こうして、彼らは旅立った。邪を切り裂き闇を射る剣を手に入れるために。



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