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from: エリスさん
2012年04月27日 15時53分20秒
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from: エリスさん
2012年04月27日 10時42分54秒
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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・51」
そのころ天上では、誰もが考え付かないような二人が接見を行っていた。
「ようこそ、オリュンポスの王后・ヘーラー殿」
白の単衣の着物の上に、朱色の背子(せこ。今でいうベスト)、緋色の裳(巻きスカートのようなもの)を着て、両腕に白の領巾(ひれ。薄手の長いショールのようなもの)を絡めた、飛鳥時代の壁画に見られる古代の女性の格好をした姫神は、異国から来た鮮明な紫のキトン姿の女神――ヘーラー王后を部屋の中へ招き入れた。
部屋もまた、古代の王族の私室――ちょっと中国っぽい面影を見せる作りになっている。
「久しぶりですね、高天原(たかまがはら)の大御神(おおみかみ)・天照(あまてらす)殿」
天照と呼ばれた姫神は、クスッと微笑むと、一人の侍女だけを残して、他の者たちを下がらせた。
「私に急用とは? 天照殿」
と、ヘーラーが言うと、
「もう侍女たちはいませんから、日霊女(ひるめ)で結構です」
と、天照――本名・天照るや日霊女の神(あまて るや ひるめ の かみ)は言った。
「しかし、一人残っているようだが」
「彼女はいいのです。私の一番の側近で、事情も分かっていますから」
「ほう。では尋ねても宜しいか?……許婚(いいなずけ)殿はお元気か?」
「兄上様ですか? 今ごろ魔界で若い者を育てていましょう」
日霊女の許婚者・日霊児(ひるこ)の神(「古事記」では水蛭子(ひるこ)として登場する)は、世界創世の折、伊邪那岐(いざなぎ)の神の長男でありながら極端に体の弱い子として生まれたため、魔界に預けられていた。そしていつか丈夫な体になって戻って来るまで、妹であり許嫁となるために生まれてきた日霊女が、この高天原――日本神界を統治しているのである。
「いつ戻ってきても良い体になったというのに、いつまで御身を待たせておく御つもりか」
「兄上様は義理堅い御方。今までお世話になった魔界の皆様に、御恩も返さずに戻って来ることはありませぬ。……まあ、気長に待ちましょう」
「健気ですね、御身は。我が夫に見習わせたい」
日霊女はその言葉に、ホホホッと笑ってから、ヘーラーに杯を手渡した。
「先ずは一献(いっこん)。……実は、用があるのは私ではなく、この者の方なのです」
日霊女に言われて、侍女は前に進み出て、ヘーラーにお辞儀をした。
「御前に出るのは初めてかと存じます。私は片桐鏡子と申します」
「片桐? では、そなたが」
枝実子の先祖にして、最後の斎姫・鏡姫は、昇天して天照大御神こと日霊女の侍女となっていたのである。
「あの日高佳奈子と申される女性に、私の言葉が通じて良うございました。このようにヘーラー王后様に足を運んで頂けるとは」
「話を聞いて驚きました。あの子に御身が言ったことは、真実なのですか?」
「真実です」と、キッパリと鏡姫は言った。「月影は、私の墓の中にはありません」
とりあえず、鏡姫も日霊女の隣に席をもらい、話を続けた。
「私の代で斎姫を終えると、一族内で決定した時、私は一つの決意をしたのです。近江の刀匠が打った陰陽(いんよう)の二つの太刀のうち、陰(いん)の太刀――月影だけを我が身を持って封印すると。あれは、邪念を呼び、邪念を力と変える邪剣なのです。あれの力を抑え、操れる者は斎姫として選ばれた者のみ――一族の中でも霊力の高い者だけなのです。私には分かっていました。改宗をし、仏の慈悲を信じるようになった片桐家の者には、もう月影を抑えるだけの修羅を持つ者は生まれぬであろうことは」
「そのように恐ろしい太刀を、人間ふぜいが打てるとは……。それで、封印のために御身の墓に埋葬されたものが、なぜ今はないのだ?」
「奪われてしまいました」
「奪われた? 墓を暴かれたのか?」
「いいえ――正確に申しますと、継承者が現れたのです」
「継承者とは?」
「つまり、世が世であれば、斎姫となるべき者」
「御身の予想外に、生まれてきてしまったと? いったいそれは?」
「如月です」
「なっ!?」
ヘーラーは言葉を失った。
あの如月が、片桐家に伝わる宝刀の継承者?
「本当なら、それは片桐枝実子だったはずです」
と、日霊女は言った。「もう察しておられましょうが、片桐家の者は霊媒体質なのです。特に選ばれた斎姫は、私が下賜した霊よせの鈴を体内に融合させますので、霊能力も倍増しています」
すると、鏡姫は自身の胸の前に左手を翳して、何事か唱え始めた。
次第に胸の奥から光が現れ、輪を描いて形となり、鏡姫が掴んだ時には「霊よせの鈴」に変化していた。
「これがその鈴です。これを体内に融合できる者は、斎姫の中でも七人だけでした。大御神さまより祖先が賜りました鈴は八つ――枝実子の体内に融合されたのは最後の一つでした」
「ああ、それで……」
降霊術をやった後に鈴が消えたのは、枝実子の体の中に融合されてしまったからなのだ。そうなると、今の枝実子は霊力が強くなっているはずである。本人の自覚はともかくとして。
「鏡より今まで、大層な月日が流れてしまいましたが、まさか最後の継承者があの“宿命の者”であろうとは、誰が予想できたでしょう。――そう、やがて月影も彼女が継承するはずでした。ところが……」
如月が現れた――。
如月は霊力を欲し、願ったために、池から這い上がったあの時、新潟行きの切符を手に入れたのである。
彼は本能で鏡姫の墓を探し当て、月影を呼び寄せて、体内に融合させてしまったのだった。元は枝実子から発生した人間である。そんなことは容易なことだったのだろう。
「これで、あの子に切り札はなくなってしまったのですね」
ヘーラーの言葉に、いいえ、と日霊女は言った。
「私からの急用というのは、そこなのです。御身にお願いがあります。彼女に、彼女が前世で用いていた“あの剣”を渡してやってくれませんか」icon
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from: エリスさん
2012年04月20日 12時30分27秒
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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・50」
気を失った枝実子を介抱している間、佳奈子は先程まで章一が舞っていた場所に立っていた。
太陽の力を体内に吸収し、故郷へ向けて念を飛ばそうと試みる……だが。
『駄目ね……ただでさえ遠い上に、あれ(水晶球)がないとね』
一度東京に戻らないと、と思っていると、住職が下駄の音を鳴らしながら歩いてきた。
「住職様。エミリー……枝実子さんの具合は?」
「初めて霊よせをなされたのです。しかもお疲れも溜まっていたご様子。もうしばらく休ませてあげた方が宜しかろう」
「そうですか」
「……ところで、日高先生とおっしゃいましたな。あなた、鏡姫と最後に何を話された」
「やはり、お気付きでしたか」
「アッハッハッ。いや、驚きましたな。まさか……嬢の他にも、異国の方を守護霊にお持ちの御仁がいらっしゃったとは――あなたと、あの若者も」
人間の気が見えるのだから、守護霊(背後霊)が見えても不思議はない。僧侶の中には放蕩に明け暮れる生臭も多いが、この住職は正に僧侶の鑑である。
「嬢の守護霊は赤毛の小さな女の子なのですよ。無邪気で可愛らしい灰色の目をしておりましてな」
「知っています。その子は前世、エミリーの末娘だったのです」
「やはり前世に縁ある子でしたか。それではあの若者の、髪の毛も瞳も緑色の女性は?」
「乃木君の前々世の母親です。ずっと月桂樹の精霊をしていたために、髪などが緑色になってしまったのです。……私の守護霊はどんな人ですか?」
「ああ、ご自分では見えませんか。銀色の髪をした女性ですよ」
「銀色? ホントに?」
道理で王后様の社殿に通信を入れても、姿が見えないはずだ……と佳奈子は思った。まさか、自分の大好きな祖母が守護霊をやってくれているとは。
「驚いたのはそれだけではありませんよ。嬢が連れてきたあの子猫。景虎と呼んでおられたかな。あれも、並の猫ではありませんな」
「住職様」
佳奈子は彼の言葉を制するように、言った。「エミリーは、まだ何も知らないのです」
それを聞いて、住職は頷いた。
「先程の質問に答えます。鏡姫は、確かに月影は自分と共に墓に入ったとおっしゃっていました」
「やはり……」
「実はそのことで、私は東京に戻らなければなりません。向田さんも、長く学校を休ませるわけにはいきませんので、連れて帰ります」
「承知いたしました。後のことはお任せを」
「お願い致します」
一刻も早く知らせなければならない。
枝実子は、絶対に月影を手にすることは出来ないのだから。
その小屋のすぐ横には、滝があった。
川の傍にある小屋――章一にはとても懐かしいものなのだが、枝実子は子供のころから良く来ていた場所だったせいか、あまり感動がないようだった。
この場所に、昔、神宮があったらしいと言われており、それらしい柱跡なども見つかっている。
「ここで禊(みそぎ)をし、精進なされるが宜しかろう」
住職は枝実子に白衣(はくえ)を手渡しながら言った。「わしからのせめてもの心尽くし。着てくだされ、嬢」
「頂戴いたします、御住職」
「それから、乃木さんにも」
住職は章一にも同じものをくれた。
「俺にも?」
「日高先生からの伝言です。嬢はもとより、乃木さんにも霊力は備わっているはずだと。この地で鍛錬されるが良い」
佳奈子女史はその他にも必要になりそうなもの、現金などを置いていってくれた。それから、連絡方法として、一日に二回、瑞樹から光影寺に電話をすることになったことも伝えた。
枝実子が気を失っていた間に、さまざまなものが用意されていたのである。
住職が寺に戻ってしまってから、二人は小屋の中に入った。中央に囲炉裏のある山小屋。大分古そうではあるが、しっかりとした作りになっていて安心出来るところは、さすが雪国である。
「さっそく禊にでも行くか」
枝実子が着替えようと上着のボタンを外しかけた時だった。
「待って」
背後から章一が声を掛けた。――ピクッと指が止まってしまう。
「あ……ああ、そうだな、おまえがいる前で着替えなんて………」
「そんなことじゃない。分かってるはずだろう」
章一は、鏡姫に憑依されたときに枝実子が言った言葉のことを言っているのだ。枝実子もそれは分かっている。
「己の罪を告白し……」
今までも、いつか言わなければならない、と思ってきたことだった。できることなら言わずに済ませたかった。
言いたくない。
けれど……。
「言ってくれ、何があった。……眞紀子さんとの間に」
枝実子はその場にペタンとへたり込むように座った。
「眞紀子さんに、いけないことをしたんだ」
紫陽花の花を好む枝実子と、花菖蒲を好む眞紀子にとって、水郷公園は絶好の散歩コースであり、創作意欲を沸かせてくれる泉でもあった。
その日も、二人でそこへ来ていた。
一回りして、疲れて、池の前のベンチに座り……。
「眞紀子さん、良く俺の膝を枕に眠ってしまうことがあるんだ。お嬢様育ちなのに、徹夜なんかするから……でも、安心しきった寝顔を見せられると、ちょっと嬉しかったりしてさ。変な奴だよな、俺も」
「前置きはいいって、前にも言ったろ」
「ああ……どうしてあんなことしてしまったんだろうな。彼女の寝顔を見てたら、つい、引き込まれそうになって……それで……」
唇で、彼女の唇に触れてしまった……。
物語は《白雪姫》のようにはいかない。目を覚ました眞紀子は、枝実子をなじり、軽蔑し、憤って、彼女から離れていったのだ。
「何度も謝ろうとしたんだ。でも、彼女はそれを聞いてもくれなくてッ……ただ、一言。全く別のあなたに生まれ変わらない限り、お逢いしません……って」
「……もう、いいよ」
章一は顔を背けて、スッと立ち上がった。
「ちょっと、風にあたってくる」
「ショウ……」
小屋を出て行く彼を追おうとした。だがその時、景虎が鳴いて制した。
じっと、枝実子を見上げている。
そうしてから、景虎が後を追いかけた。
小屋の裏にある銀杏の木に、章一は寄り掛かっていた。深く考え込んでいる――いや、嫉妬していたのだ。枝実子に関わってきた総ての女性に。
『理解しようとはしていた。俺が死んでから、きっと彼女は寂しかったんだ。だから……』
前世からそうだった。彼女は母親に充分に愛されなかったことから「愛されたがり」で「寂しがり屋」だった。そんな彼女の安らぎになりたい、と思った人達はきっと何人もいたに違いない。
だから……。
「だけど、君は――俺たちは、それを罰せられた者じゃないか!」
前世を悔いて、人生をやり直すために転生を許されたのではなかったか?
確かに、どんなに邪道な恋と蔑まれようと、恋をしたことに後悔はない。どころか、今も、これからも、この想いが果てることなどありえない。それは彼女も同じのはずなのに、何故。
伝説を調べ、文献を繙(ひもと)いていくうちに、気付いた。前世の彼女と、同一視されている女性の存在を。
全く別の人物であることは、社殿に仕えていた前世の章一なら、分からないはずもない。
『なぜ彼女が、神王(しんおう)の姫御子(ひめみこ)と同一視されているんだ?』
そして、その姫御子が産んだとされる男児の名と、前世の枝実子の名との恐るべき類似。
『つまり、彼女は姫御子と、それぐらい深い関係にあった? 敵の娘であるあの方と!?』
隠された伝説に気付いた時、どんなに章一は悔しかったことか。
いくらその時、自分は死んでいたとは言っても、その自分を殺した男の娘を愛人にしていようとは。――その悔しさが、しばらく章一が枝実子から遠ざかっていた原因になっていた。
「どうして……どうして……」
また、章一の内側から、別の人格が現れた。
「私以外の女となんか……我が君、エリス様ッ」
その時、景虎が優しく声を掛けた。
章一は無理にでも呼吸を整えようと、荒く深呼吸をした。
「大丈夫……大丈夫だ、景虎」
ようやく気持ちが落ち着き、景虎に笑顔を返す。
「おまえ、不思議な猫だな」
「ニャーオ」
「へえ、返事してるみたいだ」
章一は屈みこんで、景虎を抱き上げようとした。
その時、気付いた。景虎の右耳の後ろに、三日月のような白い模様が入っているのに。
「おまえ、そうか!!」
景虎が黙ったまま、優しく見上げている。
章一は、軽く抱きしめながら言った。
「おまえも、主人を慕って転生していたんだな。カリステー」
神獣の姿を捨てて……。
――その頃、枝実子は手の甲でクッと涙を拭いてから、すっくと立ち上がった。
『これでもう、俺にやましさはない』
服を脱ぎ、素肌の上から白衣(白い着物)を着る。
『やってやる。分身である如月が、あそこまで霊力を操れるんだ。俺にだって出来るはずだ。あいつを生んだ俺ならッ』
枝実子は新たな思いを胸に、小屋を出て行った。
そして、歴代の斎姫がそうしてきたように滝の下に立ち、水流に身を打たせ始めたのである。icon
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from: エリスさん
2012年04月18日 20時33分40秒
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明日は墓参り。
明日は母の墓参りで、静岡まで行きます。
いつも木曜日は小説を書く日なのに、丸一日出掛けなければならないので、金曜日の小説アップは火曜日に入力した「神話読書会」の「双面邪裂剣」だけにします。
「恋愛小説発表会・改訂版」の「夢のまたユメ」を楽しみにしてくださってる方、大変申し訳ありませんが、今週は休載させてください。
その代わりと言ってはなんですが、静岡までの道中の写真をブログの方でアップしようと思います――前回の墓参りの時にもそうしたのですが、皆さん覚えてますか? この時期の静岡なら、桜が満開になってると思います。-
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from: エリスさん
2012年04月13日 11時05分41秒
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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・49」
寺の庭先で、枝実子は木の枝を使って地面に円陣を描いていた。
「ショウはここに立ってくれ」
枝実子が言うと、
「それはいいんだけどさァ」と、自分の姿を見回しながら章一は言った。「なんで、女装しなくちゃならないんだい?」
章一は住職の奥さんから白い着物を借りて着つけてもらい、長髪の鬘までかぶり、首には数珠をかけていた。
「本当は女がやるものだからさ」
「やるって、何を」
「舞さ」
「舞?……ここで踊るの?」
「出来るだろ?」
「そりゃ、昔取った杵柄だけど、いったい何を舞うのさ。道成寺? 藤娘?」
「いや、気持ちの赴くままに動いてくれていい。俺の鈴の音に合わせて」
「まさか!?」と、佳奈子はこの状況に気付いて言った。「ここで降霊術をやるつもりなの!?」
「御住職が言う通り、俺に片桐家の長女としての霊力――斎姫になるだけの霊力があるのなら、出来るはずです。頼れる物がこの鈴しかない以上、試すしかないんですよ、先生。幸い、材料は揃ってる。霊よせの鈴と、木々に囲まれた平地、そして美しい舞い手。……ショウ、何があっても驚かずに、鈴の音が絶えるまで舞っていてくれ」
章一が強く頷く。
枝実子は鈴を奏で始めた。
単調な鈴の音が、メロディーとなっていく。
その音に誘われるように、章一も舞い始めた。
幻想的な舞い……。
皆、息を呑んでその光景を見つめていた。
しばらくそうしていると、突然枝実子が上空を見上げた。
『来た!』
枝実子は素早く左手に鈴を持ち替えて、真上に放り投げた。
すると、
鈴めがけて稲妻が降り、左手をあげたままの枝実子の体へと突き抜けた。
異変に気付いて、章一が振り向いた。
「エミリー!」
「来るな!」と、枝実子は叫んだ。「声を……聞いていてくれッ」
その時、佳奈子は枝実子の上空に巫女装束を着た一人の女が浮かんでいるのが見えていた。住職にも見えているのだろうが、彼の方はいたって当然といった顔で落ち着いている。
『もしや、あの人が……』
片桐鏡子――鏡姫なのでは?
枝実子が喋りだした――女の、本当の彼女の声で。
「我が一族の血を引く者よ。そなたの望みを叶えたくば、己の罪を告白し、悔やみ、この地で禊(みそぎ)を行うが良い。いずれそなたの望む物は手に入れられるであろう」
そう言い終わると、枝実子はふらっとよろけて、倒れそうになった。
「エミリー!!」
すぐさま章一が駆け寄り、抱き留める。
瑞樹も駆け寄って行ったが、佳奈子はじっとその場にいた。いや、動けなかったのだ。枝実子の上空にいた巫女が、彼女にだけ分かるわうに声を掛けているからである。
住職はその様子を黙って見ていた。
章一に抱き留められたまま、枝実子は周りを見回していた。
「……鈴……」
「え?」
また、男の声に戻っているのを少々残念に思いながら、章一が返事をする。
「霊よせの鈴は、落ちているか?」
「あっ、そういえば」
駆け寄ってきた瑞樹も一緒になって探したが、鈴はどこにも落ちてはいなかった。
「そうか……選ばれたんだな、俺……」
枝実子はそのまま気を失ってしまった。icon
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from: エリスさん
2012年04月06日 11時35分25秒
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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・48」
一行(いっこう)はとりあえず宝物蔵へと行ってみた。
住職も月影は鏡姫の墓に埋葬されたと聞いていたので、あまり期待できそうもないのだが、ここは枝実子の占いを信じるしかない。
「中に入ってから、もう一度占ってみたい。さっきの占いじゃ目指すものが刀かどうかも分からなかったから」
住職が扉の鍵を開けている間、枝実子はそう言った。
「あるといいね、刀」
「あまり期待はしない方がいいよ、瑞樹……でも、驚くなよ」
「へ?」
かくして、扉は開かれた。
中には、いくつもの木箱が並び、壁には墨で何事か書かれた巨大な絵馬のようなものが掛けられてあった。よく見ると何人もの人が書いた和歌らしい。片桐姓が多いが、中には見たことも聞いたこともない姓があったり、そして瑞樹がちょっと気になった姓が二、三人あった。
『草薙って……ここ新潟県だし、まさか……』
「ついでに見て行かれますか、嬢」
住職が枝実子に話しかけている。
「そうだな。滅多に見せてもらえないから」
「え? なになに?」
瑞樹は彼女たちの方を振り返り、住職が棚から降ろした木箱から取り出した掛け軸を見て、びっくりした。
「こ、こ、これ!」
「……嘘……」
章一も気付いて、それ以上言葉が出なかった。
それは、美術館を経営している父を持つ瑞樹でなくても知っている画伯の作品だった。
「草薙亀翠(くさなぎ きすい)じゃない!」
日本画の大家の一人である。
「左様、草薙亀翠――本名・草薙亀之介(かめのすけ)の作です。一番得意とされた題材の“鶏”の一つですな」
「どうしてこれがここに!?」
その質問に枝実子が答えた。
「片桐家には代々受け継がれてきた親鸞聖人直筆のご本尊(ほんぞん)があったんだ。けど、戦中のごたごたにそれを盗み出そうとした輩がいたんで、草薙家に預かってもらったのさ。その代わりに、当時の当主・草薙亀之介さんがこの絵を下さったんだって聞いてる」
「なんで? なんで草薙家に預けたの?」
「草薙家は」と、住職は言った。「片桐家が桐部氏から分かれた時から仕えていた、忍の者の一族です。今は芸術一門として有名ですが、本来は武道家なのですよ」
「この近くに草薙家の本家もあるんだ」
片桐家と草薙家の因縁は、いずれ別の物語で語ることになろうから今は割愛するとして……枝実子は、手近な行李の上でタロット占いを始めた。
次々にカードがめくられていく。
「……古くからあるもの……楽器……」
枝実子は二枚のカードを手にしたまま、しばらく考えた。
「鈴! ここに“霊(たま)よせの鈴”があるのか!?」
「なんと!? まことですか!?」
枝実子と住職の驚きに、なんだい、それ? と章一は聞いた。
「白陽・月影と共に伝えられた、斎姫が持つ鈴での。神々や精霊、果ては死者の声を聞くために使われる道具ですよ」
「降霊術の道具、ですね」
若い人向けに佳奈子が意訳する。
「ショウ、景虎連れてきてくれ」
「景虎を?」
景虎は、猫だけに睡眠不足は体に悪いと、今まで車の中でお休みさせていた。章一が迎えに行った時も、助手席で丸くなって熟睡していたのである。
章一が窓ガラスを降ろして抱き上げても、フニャ? と、声をあげて寝惚けていた。
「景虎ッ、出番だ、起きろ!」
枝実子が上へ下へぶんぶん揺らしてやると、
「ニャア〜……」
と、大きくあくびをして、景虎が目を覚ました。
「毎日如月と戦ってきたんだろうから、きっと疲れてるだろうに」
佳奈子が言うと、瑞樹も、
「無理矢理起こすなんて、悪い飼い主ねェ」と言った。
「分かってるけど、ここは景虎じゃないと駄目なんだよ」
と枝実子は言って、景虎に顔を近づけた。
「いいか、景虎。良く聞けよ」
「ニャア」
「今から探してもらいたい物があるんだ。この蔵の中を歩き回って、おまえのヒゲにピクピクッと来るものがあったら、鳴いて知らせろ。いいか?」
「ニャーオ!」
「良し行けッ」
景虎はピョンッピョンッと跳ねるようにして駆けだして、行李や木箱の上を飛び乗ったり、降りたりし始めた。
人間の言葉をちゃんと理解しているだけでも賢い猫だということは分かるが、果たして目当ての物を見つけられるだけの判断力はあるのだろうか。
「大丈夫だよ。猫の霊感は並じゃないから、霊力のある物になら敏感に反応できる」
「でも寝起きだよ」
章一がもっともなことを言っていると、ニャー! という元気いっぱいの返事が戻ってきた。
景虎は、一番上の棚の隅に、埃をかぶっている何かを手で探って、立たせて、首に引っかけて帰って来た。
八つの鈴を、竹ひごでつないで輪にしてある――霊(たま)よせの鈴、と言われれば、それっぽかった。
枝実子は埃を丁寧に落としてから、それを振ってみた。
シャーン! と胸に響くような音がする――見かけからは想像もできないような音だ。
「試してみては如何かな?」
住所の言葉に、枝実子は頷いた。
「御住職、貸していただきたい物があります」icon
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