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from: エリスさん
2012年05月24日 17時10分06秒
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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・53」
章一が小屋へ戻った時、あたりはすでに真っ暗になっていた。
滝の下に、枝実子はいない。
枝実子は小屋の中で食事の支度をしていた。
「お帰り。遅かったな」
「……ああ、ちょっとな……」
「景虎がお腹を空かせてるらしくて、ミーミー鳴いて俺のことを呼ぶからさ、早めに上がって来たんだよ。帰ってすぐで悪いけど、魚を焼いてくれないか。俺は潔斎中だから殺生はできないし」
「ああ、うん。いいよ、後は俺がやるよ」
野菜を選り分けていた彼女の傍へ行き、章一は彼女の作業を止めさせた。
「その前に、囲炉裏に火を点けなきゃ」
章一がそう言って、ライターと新聞紙を取りに行こうとすると、
「待ってくれ」
と、枝実子が制した。「見せたいものがあるんだ」
枝実子は囲炉裏の前に座ると、左手だけを翳し、目を閉じた。
「大気よ、光よ、我が手に集え……」
枝実子の呼吸がゆったりと、か細くなっていく。
そして、
「いにしえ、神だけが使うことを許された力よ、今ここに我が問いかけに応え、汝の力を指し示せ!」
“ボッ”と音を立てて、薪に火がついて、燃え上がった。
章一は素直に感心した。
「出来るようになったんだ」
「少しずつだけど、前世らしきころの記憶が見え始めてるんだ。そこでは、俺は言霊(ことだま)を利用していろんなことをしていてさ。今のもその一つなんだ」
「凄いなァ。俺なんか……」
章一は左手を握って人差し指だけ立てて、それを額に近づけてから、傍にあったニンジンに振り下ろした。
中央から真っ二つに裂ける。
「これが精一杯なのに」
二人でしばらく笑い合い、枝実子は食事の支度を章一に任せて、自分は舞台に使う衣装を縫うことにした。
しばらく沈黙が続く。
「……ねえ……」
と、章一が口を開いた。
「ん?」
枝実子は手許から目を離すことなく答えた。
「エミリーって、お母さんに似ているんだよね」
枝実子は途端に嫌そうな顔をした。
「思い出したくもないことを聞くなよ」
「ごめん……ふと、そんなことを思ったからさ」
「どうして?」
「どうしてって……料理とか裁縫とか、上手だし」
と、章一はごまかす。
「ああ、これな。確かに仕込まれたんだけど……うちの母親、厳しいの通り越してるからさ、自分のためになるんだって分かってても、こういうの覚えさせられるの、嫌だったな」
「でも、教えてくれてたんだ」
「ああ。どうしてかな」
「それは……やっぱり、君のことが可愛いからじゃないの?」
すると、枝実子はおかしそうに――いや、不機嫌になるのをごまかすように大声で笑い出した。
「俺のことが可愛いだって? そんなことあるもんか! 可愛いのなら、どうして俺に出生の経緯を教えたりなんかするのさ。普通なら教えないもんだね、せめて大人になるまで。しかも、俺のこと、もう処女なんかじゃないって言いやがるんだ。夜中に親父か、田舎へ行けば叔父たちが、おまえが眠ってる間に犯してるんだなんて、そんな出鱈目(でたらめ)な妄想で、俺を侮辱するんだぜッ。そんなありえないこと! いくら眠ってたって、何かされてれば俺自身が気付くはずだろ。第一、俺は処女でなければ継承されない霊(たま)よせの鈴と融合できたじゃないか!」
「当たり前だ! 君は穢れてなんかいない。それは俺が一番良くわかってるし、きっとお母さんも分かってて言ってるんだよ」
「分かってて言ってるゥ? ハンッ、だったらやっぱり、俺を嫌ってるんだよ。そうやって俺を言葉で傷物にしたいんだから」
「違う! そうじゃない!! 君はお母さんの気持ちを考えようとしていない。いいかい? 君のお母さんは、女として受けてはならない屈辱を受けてしまった人なんだよ。もし、それが君だったらどうする? 君が母親になって、娘が生まれたら……」
「そりゃあ、娘にはそんな目に会ってもらいたくないね。体中に貞操帯を付けてでも、操(みさお)を守ってほしいよ」
「そうだろ? 君のお母さんだって同じだよ。君にそんな目に会ってもらいたくないから、必要以上に男に警戒心を持つような性格に育つように、あえて君が嫌悪することを言うんだよ」
しばらくの沈黙があたりを包む。
枝実子は……小さく苦笑いをした。
「いったいどうしたのさ、ショウ。いきなりそんなこと言い出して」
「いや……そうなんじゃないかと思っただけなんだけど……」
「でも、まあ……」
枝実子は針を針山に刺してから、言った。「そうだったら、嬉しいのに」
誰だって、実の親から蔑まれ、嫌われて生きるのは悲しい……。
――夕食を終えて。
電気などないから、暗くなったら眠る、という生活になったものの、枝実子は時折、ロウソクの火だけで原稿を書くことがあった。
いつもならちゃんと眠れる章一だが、今夜ばかりは目が冴えてしまう。――章一はゆっくりと起きだして、枝実子の方へ行った。
「進んでる?」
「ショウ……悪い、起こしちゃったか?」
「いや、目が冴えてて眠れないだけだ。……何か悩んでるみたいだけど」
「うん……」
以前から何度も述べているが、枝実子は卒業制作で近江大津朝(おうみおおつちょう)時代の物語を書いている。その中で、どうしても分からないキャラクターがあった。
天智天皇の皇后・倭姫王(やまとひめのおうきみ)の心理――。
「倭姫王って、確か生まれ年も死んだ年も分からない、謎の人物だよね」
「うん。だけど、万葉集だけが、彼女が確かに存在したことを語っているんだ」
「知ってる。天智天皇崩御(ほうぎょ)の折に詠んだ和歌だよな」
倭姫王は万葉集の中で天智天皇を悼む和歌ばかり詠んでいる。それも、自分がどんなに夫を愛していたか、失って悲しいかを切実に訴えていた。
「信じられないよな。父親も母親も、おそらく兄弟たちも、一族をことごとく天智に滅ぼされたっていうのに。絶対に憎んでも余りある相手を、あんなに切実に愛していたなんてさ」
章一は枝実子の話を聞いて、しばらく考え込んだ。
「倭姫の父親の古人大兄皇子(ふるひとのおおえのみこ)って、天智天皇の兄弟だよね」
「そうだよ」
「お兄さんだよね、当然」
「ああ。異母兄弟だ。大兄って称号からも分かるだろうけど、天智天皇――葛城御子(かつらぎのみこ)よりも先に皇太子になっていたらしい。大兄というのは、その当時の皇族を代表する皇子を意味するんだ」
「一番上のお兄さんって意味じゃないの?」
「知らない人間はそう解釈する」
「へぇ……そのお兄さんは、葛城皇子のお母さんが天皇だった時に皇太子になってたんだろ? それって、葛城がまだ幼かったから?」
「いや。それほどでもなかったはずだ。恐らく古人が皇太子になれたのは蘇我氏の母親を持っていたおかげじゃないかって言われてるけど」
「ああ、そうか。その頃は蘇我氏が天皇家よりも力を持ってたんだっけ……でも、最終的な決定権は天皇が持ってるんだよね」
「?? 何が言いたいんだ? まさか、古人が皇太子になれたのは、葛城皇子の母親である皇極天皇(こうぎょくてんのう)の意志だとでも?」
「ありえないかい? 天皇は国のために考えなきゃいけないんだよ。いくら蘇我氏が横槍を入れてくるからって、天皇に相応しくない人間を立太子(りったいし)させるわけがないじゃないか。古人皇子にその器があったから、跡継ぎにしたんじゃないの? そして、そんな立派な義理の息子を見ていれば、当然思うことがある」
「実の息子――葛城に見習わせたい。……そうか、異母兄弟だから敵対していたんじゃないかって朧気に思ってたけど、もし二人が皇極天皇の橋渡しで昵懇(じっこん)にしていたんなら……」
「古人の娘・倭姫とも顔見知りである可能性は高い。むしろ、古人の方が立派に成長した葛城に、娘を嫁がせたいと嘱望したんじゃないかな」
そうなると、倭姫は葛城の許嫁(いいなずけ)として育てられた可能性がある。幼いころから将来の夫となる人に憧れを抱き、尊敬しながら育ったなら、当然大人になればその思いが恋に変わる。
「そうか、先に愛情があったのか。その後で憎しみが訪れても……憎むに憎み切れない」
「そういうこと。ちなみにね、俺が読んだ書物の中に、中大兄――葛城のことだけど、彼は軽王(かるおう)ってて人に操られていたんじゃないかって書かれてあったよ」
「軽王って言えば……」
皇極天皇の弟であり、彼女の後に天皇となった孝徳天皇(こうとくてんのう)のことである。確かに、日本書紀以外の書物では、聖徳太子の一族を殲滅させたのも、その他もろもろの政略は彼がやったことだと記録されている。
日本書紀は勝者の歴史と言われるように、後に孝徳と敵対し勝利する葛城の都合のいいように書き直されているらしい。
もし、他の書物に書き残されている通りだとすると、総ての黒幕は孝徳天皇……。(もちろん、証拠はないが)
「ありがとう。流石はショウだ……」
枝実子が小説を書く上で、いろいろな人にアドバイスはもらうものの、章一ほど的を得たアドバイスはそうそうない。
『やっぱり、俺にはショウが必要なんだなァ』
と、枝実子はつくづくそう思う。今だけでなく、如月に関する一切のことについても。
「ショウ……さっきの話だけど」
枝実子は傍に座っている章一にしなだれ掛けながら、話し出した。
章一も枝実子の肩を支えてやる。
「お母さんのこと?」
「うん……正直に言うと、俺は母さんが嫌いじゃない。むしろ……昔は、いい女だったんじゃないかって思う。建(たける)兄ちゃんを見ていれば分かる。母さんが俺に意地悪している所を見ると、“枝実子に何するの、枝実子に謝ってて”って素直に怒ってみせる。母さん、いつもそんなお兄ちゃんを見て、複雑な表情をしてたよ。普通、意地悪な母親に育てられれば子供も意地悪になるものだろう? それなのに、お兄ちゃんは真っ直ぐな性格に育った。愛されて育ったんだ。あの母親に、愛されて育てられれば、お兄ちゃんみたいになれたんだ」
「お兄さんのこと、羨ましいの?」
「そうだな……でも、妬ましくはないな」
家族で唯一、自分を庇ってくれる人である。恨んだりしたら罰が当たる。
「それに、俺は母親似じゃないかって言ってただろ? それも当たってるな。顔なんか若いか老けてるかの違いだけだし……。母さんが俺について、ありもしないことでっち上げる、あの妄想癖も、精神状態がマトモだったら想像力につながっていただろうな。俺の文才は、母さんのそこから受け継いだんじゃないかな。まあ、片桐家はそもそもが芸術家の家系ではあるけど。……なにもかも、親父が悪いんだ。親父が母さんを手込めになんかするから、おかしくなっちまったんだ」
「……そうかもしれないね。そりゃあ、お父さんにはお父さんの理屈があるだろうけど、犯罪は犯罪だもの。でも、わかってあげなくてはいけないよ。みんな、辛いんだよ。君の家族は、みんな傷ついてる。だから、誰かがその傷を癒してあげなくちゃいけない」
「俺にはできない……塩を塗り込むようなものさ」
「エミリー……」
「だって、そうだろう? 俺はその傷の終結体だもの」
「だったら……」
章一は枝実子のことを抱きしめた。「あの家、出ちゃいなよ」
意外な言葉に、声が出ない。
「辛いだけだろう? 出ちゃいなよ、あんな家。それで俺のとこ来いよ。俺の家族なら、君を温かく迎えてくれるさ」
枝実子はしばらく考えた後、首を横に振った。
「おまえに迷惑はかけられない」
「迷惑なんて!?」
「掛けるよ、必ず。俺が家を出てお前の所に転がり込んだら、絶対にうちの母親が黙っちゃいない。どんなことされるか……」
「そんなことッ」
「気持ちは嬉しいよ、ありがとう」
枝実子は章一の方へ向き直して、両腕を彼の首筋に絡めた。
「だから……もう少し、頑張ってみる」
「……そうか……」
章一は、頑張る、と言いながら諦めきった目をする枝実子が、無性に悲しくて……愛しく……。icon
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from: エリスさん
2012年05月18日 09時51分18秒
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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・52」
連絡は一日に二度――午前10時と午後4時半(授業に差し障りのない時間)にすることになっていた。
章一が寺で待たせてもらっていると、時間通りに瑞樹から電話が入った。
「こっちは変わった様子はないわよ。エミリーは何してる? 相変わらず荒行?」
瑞樹に言われて、
「うん……今も滝に打たれてる」
「いくら春でも、まだそっちは寒いのにねェ……根性あるわ」
そうなのだ。いくら五月の初めとは言っても、こっちではまだ山の上に雪が残っている。先日も景虎と山菜を採りに行った時に気付いたのだが、枝実子が打たれている滝の上には大きな雪の岩石ともいうべきものがどっしりとあって、その雪解け水で出来た川が落ちていたのだ。
あれではいつか枝実子の体が参ってしまう。
それは彼女自身も分かっているだろう。だが、如月の魔術から解放される為には、敢えて我が身を痛めつけて、霊力を高めるしかない。
「せめて体力つくようなもの食べさせてあげてね。それじゃ、また夕方ね」
「あ!? ちょっと待って」
「ん? なァに?」
「あ……あのさ」
ずっと気に掛かっていたことがあった――枝実子と真田のこと。
きっといつか、枝実子自身が話してくれるものと思っていた。なのに、先日の告白の時も、眞紀子との不実のことは話したが、真田のことは一言も出て来なかった(と言うより、自分が振り切って小屋を出てしまったから、話が中断してしまったのだが)。その後も枝実子は荒行に真剣になっているせいか、全く話し出す気配はない。
もしかしたら、彼女はすべて話した気でいるのかもしれない。真田のことについてはもう思い当たる節がないのだろう。
しかし、それでは如月が言っていたことはどうなのだろうか。
本人は気付いていなくても、他人の目――それも親友の瑞樹の目からなら、何か分かるかもしれない。
章一は思い切って聞いてみることにした。
「エミリーが真田さんにラブレター渡した時? そうだよ、人づてだった」
「それって、眞紀子さん?」
「ううん、麗子さん」
「……へ!?」
思っても見ない人物に、驚く。
「麗子さんって、あの和服とか、自分で縫って服で登校してる人?」
「そう。彼女がね、渡しづらいなら私が持って行ってあげるわ、って快く引き受けてあげたのよ」
大分如月が言っていた事と違う。やっぱり章一は彼にからかわれたのだ。
「それが切っ掛けでねェ、麗子さんが真田さんに気に入られちゃって。初めの三カ月ぐらいかな、真田さんったら全然、手紙をくれた主が誰なのか追及もしないで、麗子さんと付き合い始めちゃったのよ。麗子さん辛かったと思うよ、きっと。エミリーには打ち明けづらいし、でも自分も真田さんに引かれちゃったしね」
「でも、麗子さんって確か、真田に振られてなかったっけ?」
「そう。その振られた時の経緯もまた凄いのよ。麗子さんね、とうとう居たたまれなくなったらしくて、私たちの演劇サークルの夏季公演に真田さんを連れてきたのね。当然、パンフレット見るよね。そこで、エミリーの名前を見つけて、ちょっと興味を引いて見ていたらしいのね。……あの二人が別れたのって、それから三日と経ってないのよ」
「え!? それってつまり……」
真田が枝実子を気に入った?
これまた随分と意外な展開である。真田は面食いかと思っていたのだが……。
「そうなのよ。エミリーに声をかけて来たのって、真田さんの方なの。周りの人間で驚かなかった人はいなかったのよ。これはエミリーと麗子さんとの友情に亀裂が入るかなァって、皆で心配してたんだけどね、神様っているものねェ、羽柴さんっていう素敵な人が麗子さんを支えてくれて」
「ああ、今付き合っている人?」
「そうそう。それで一件落着になったのよ」
「そうだったんだ」
「でもね。だからってエミリーと真田さんが恋人になったかって言うと、そうじゃなかったのよ。まあ、仲は良かったけどね、確実に。あの頃、真田さんが私に言ったことがあったのよ。“彼女の輝きに魅了された”って。キザでしょう? 文学やってる人は」
「へえ、そうなの……」
章一はだんだん不機嫌になっていく自分に気付けなかった。
「なのに、恋人にはならなかったの? あの人、やっぱりエミリーのこと、それほど気に入ってはいなかったんじゃないの?」
「そんなことないって。ただ、ホラ、エミリーって貞操観念が固いじゃない。もうコッチコッチに。真田さんはその逆なのよ。来る者拒まず、目を付けたものは強引に……麗子さんもそれであの人から逃げられなくなった、って後になって言ってるしね。あの人の女好きは病的なものがあるのよね。なんか過去にあったんじゃないかとまで言われてるのよ」
「なるほどねェ」
そりゃエミリーとは合わないや、と章一はようやくホッとする。
「だからあの二人の付き合いは、兄妹みたいな感じだったと思うな。まあ、エミリーはちょっと無理してでも彼女に昇格しようとしてたけど……原因は、言わなくとも分かってるよね、乃木君」
「ああ、うん」
それは痛いほど分かっている。
「それじゃ、エミリーが真田に振られた理由は、やっぱり俺のことが原因なんだ」
「ああ、それは違うと思う。あの人だって大人だよ。人間生きてれば、恋愛沙汰の一つや二つ、あって当たり前だって分かってる。乃木君のことは単なる口実だよ、きっと」
「ええ!? じゃあどうして?」
「……お父さんが原因じゃないかな、真田さんの」
「へ!?」
いきなり話が突拍子もない方向へ行ってしまった。
「エミリー自身は恐らくそのことに気付いてないよ。振られたってことで気が動転してたと思うし、理由に乃木君のこと出されちゃったからね。でも、多分そうだよ。真田さんのお父さんが二人の仲にチャチャ入れたと思う。
私たちが二年生の時の学院祭、乃木君も見に来てたよね。あの時、真田さんのお父さんも来てたの。エミリーに会わせようとして連れてきたらしいのね。それで、真田さんがエミリーを紹介した時、お父さんこう言ったのよ。“私は容姿はともかく、貞節でしっかり者の、なにより遣り繰りの上手い女性が好みで。これの母親もそんな女でした”って」
「それって、エミリーそのまんまじゃない。だったら逆に気に入られたんじゃないの?」
「問題はそこじゃないの。“これの母親もそんな女でした”ってところ。エミリーは真田さんのお母さんにそっくりすぎたんだよ」
「ちょっと待った。真田さんの母親って……」
「離婚してるの。真田さんが赤ん坊ぐらいの時に」
「離婚!?」
章一は今までの話と、枝実子から聞いたことを絡ませながら、まさか、という気持ちに襲われていた。
そんな偶然があっていいのだろうか?
章一は恐る恐る聞いてみた。
「エミリーと真田って、いくつ違うの?」
「歳? 二歳よ。真田さん、小さいときに大病に罹って、小学校に上がるの遅れたんですって」
「二歳違い……」
『まさか……そんなことがあっていいのか?』
章一は、受話器を握る手が震えるのをどうすることもできなかった。
体内に融合させているものが、負の力しか集めないということもあって、如月はバランスを整える意味もこめて、屋外の緑から霊気を分けてもらうために窓辺に座っていることがあった。
しかし、都内では緑が少なすぎる。
『やはり、あの公園へ行かないと駄目か』
如月は今、都内の某所、しかもホテルの一室にいた。
ベッドには、バスローブのままの真田が横たわって、眠っている。
まだ夕暮れ時からホテルに誘うこの男の神経には呆れるものの、洗脳をするには打ってつけの場所でもあったので、如月は素直に付いてきたのである。
今、彼は如月を抱く夢を見させられている(まさか本当に関係を持つわけにはいかないし)。
『目が覚めるまで、まだもうしばらく掛かるだろうし、少し外を歩いて来ようか』
そう思った時だった。
真田が苦しそうに呻いた。
そんなはずはない、と如月が立ち上がったまま様子を窺っていると、真田は「わァっ!」と悲鳴にも近い声を上げて起き上がった。
本当に苦しいらしく、荒い息遣いをしている。――如月には気付いていないようだ。
『夢の中で、わたしを――いや、“片桐枝実子”を拒絶した?』
どういうことなのか分からず、立ち竦んでいると、真田はうめきとも呟きともとれる声で言った。
「……枝実子……」
『……まさか……』
如月はスッと近付いて、真田の額に左手で触れた。
途端、真田がまた意識を失って倒れる。
如月は、驚愕していた。
ほんのちょっと触れただけなのに、相手の気持ちが流れこんできた――記憶と一緒に。
如月はよろめきながら後ずさり、ソファーにつまずいて、そのまま腰掛けた。
涙がほとばしり出る。
同情と怒りが交差しながら、如月の胸を掻(か)き毟(むし)っていく。
「……エミリー……、おまえは……」
肘掛けにもたれ、両手を握り合わせながら、震える。
そして、純粋に枝実子への怒りだけが彼を叫ばせた。
「おまえはまだ、本当の修羅を知らない!!」icon
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from: エリスさん
2012年05月10日 19時09分22秒
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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・51」
「正気で言っておられるのか、日霊女(ひるめ)!」
ヘーラーはつい大声を出してしまった。
「片桐家の血筋のために並みの人間以上に霊媒体質になっているあの子が、ディスコルディアを手にしてしまったら、あの子は前世に匹敵するほどの力を手に入れることになるのですよ」
「しかし、ディスコルディアの魂は、別の人間の体内に封印してあると聞いております」
と、日霊女は言う。「ならば、完全には復活できないはず」
「確かにそうです。ですが、あの子はディスコルディアの魂を呼び寄せることができる。もし、万が一、偶然にもあの子の手にディスコルディアの魂が渡ってしまったら!」
「不和のオーラが日本を呑み込むやもしれぬと?」
二人の女神はしばらく黙ったまま、お互いを見つめていた。
「覚悟の上、なのですね。日霊女」
と、ヘーラーが言うと、
「今は、片桐枝実子が生き残ることこそが先決。結果的にそれが、日本に災いを呼ぶことになろうとも、世紀末――世界の破滅だけは避けねばなりません」
そして、鏡姫もヘーラーに頭を下げた。
「我が一族の不始末ではありますが、なにとぞお願い申し上げます。枝実子が如月の呪縛に打ち勝てました暁には、どうぞその剣をお遣わしくださいますよう」
ヘーラーは深いため息をついて……。
「……わかりました」と答え、そして、苦笑いとも微笑みともつかない笑顔になった。
「なにか?」と、日霊女が聞くと、
「いえ、あの子はどこまで大きくなっていくのかと思って。前世、オリュンポスで生きていたせいか、ギリシアの神話には興味を引くようですし、生まれ変わった家が家だけに、神道系も仏教も知識の内にある。そして、そこから世界中の宗教に興味を持ち……あの子が今使っているタロットカードは、ギリシアとエジプトの2種類あるのですよ。そうやって、あの子の宗教観、哲学はどんどん膨らんでいく。あの子は、きっとこれからも大きくなっていくのでしょうね」
「ええ、そうして、御身のもとへ戻るころには、宿命を果たすに相応しい者として成長していましょう」
日霊女の言葉に、ヘーラーは素直にうなずいた。
「ヘーラー殿。今後、日本国がどのような過酷な運命を負いましょうとも、ご懸念無く。我々が必ずやこの国を守ってご覧にいれます」
そうして、ヘーラーはオリュンポスに帰って、枝実子が前世使っていた剣を手に入れるために画策することになったのである。
それがどんな罪になるか、分かっていても。
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お嬢様育ちに似合わず、眞紀子はよく徹夜をすることがある。
何かに打ち込んでいないと、憤りが止まらない――彼女は時折、そう如月にこぼす。
眞紀子の母親は事故死した父の正妻ということになっているが、実は父がどこかの水商売の女性に産ませた子供である。実の母親は子供を父親に押し付けて、姿をくらましてしまった――と、眞紀子は聞いていた。そして父親の方は放任主義を決め込んで、家には寄り付かず、眞紀子のことを見ようともしない。
『辛いだろうな。エミリーも似たようなものだから、感覚はわかる』
如月は眞紀子の寝顔を覗き込みながら思った。
今、如月膝を枕にまどろむ眞紀子の顔は、とても穏やかである。
『あやつが過ちを犯したのも、こんな気持ちでいた時だったのだろうな』
枝実子に対して、してやりたくもない“同情”という思いが浮かんでくる。
彼が声をかけてきたのは、そんな時だった。
「絵になるな」
見ると、ドアの所で真田が立っていた。
「そろそろ時間なんだけど、無理そう?」
如月は素早く気持ちを切り替えて、妖艶に微笑んだ。
「まあ、私があなたとの約束を反故にするとでもおっしゃりたいの?」
眞紀子は二人の会話で目を覚ました。
「あっ……もう、そんな時間なの?? き……エミリーさん」
「ええ、三時になりました。でも、まだ起き上がらないで」
眞紀子の頬に如月の衣服の跡がついているのに気付いた彼は、自分の体で真田から見えないように保護した。そして、
「外で待っていらして。女性が目を覚まされる場に立ち会うなど、失礼ではありませんか」
と、真田に背を向けたまま言った。
「それじゃ、アーチの下で待ってるよ」
真田が立ち去り、遠ざかるのを待ってから、眞紀子はゆっくりと起き上がって、如月の首に両腕を絡ませるように縋り付いた。
「あの人を利用するの?」
と、眞紀子が聞くと、
「使える者はなんでも使いますよ」
と、如月は答えた。
「そのために、あの人と……」
「わたしが純潔を捨てる時があるとすれば、その相手はあなただ。第一、あの男は衆道(しゅどう)の気はないでしょう?」
すると、眞紀子はくすくすっと笑いだした。
「あなたが男だってこと、本当に誰も気付いていないのね。おもしろい」
眞紀子は如月の頬に軽く口づけた。
「安心して。キスマークは付いていないわ。ちょっとしたおまじない。……行ってらっしゃい」
「はい。それでは今宵また」
如月が行ってしまうまで、眞紀子はずっと彼のことを見つめていた。
「如月さん……私のために生まれた、もう一人の……」icon
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2012年05月03日 17時01分07秒