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from: エリスさん
2014年07月25日 12時28分47秒
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白鳥伝説異聞・27
翌朝、レーテーとタケルの二人は御簾の向こうにいる女性に「申し上げます、朝でございます。タケルノミコト様」と声を掛けられて、目を覚ました。
レーテーはその時、まだ自分が本来の姿をしていることに気付いて、素早くオトタチバナの姿に変化した。タケルもそれを確認してから、御簾の向こうの女性に返事をした。
「ああ、今起きたよ。どうぞ、入ってくれ」
「はい、失礼いたします」
すると御簾が巻き上げられて、そこに一人の女性が畏まって座っていた。
「朝のお支度に参りました、タケル様」
「美夜受比売(みやずひめ)......あなたが参られたのですか?」
と、タケルが言うと、ミヤズヒメと呼ばれたその女性は顔をあげた。そして、明らかに驚いた顔をした。「タケル様、その女人は?」
ミヤズヒメの言葉に、御簾を巻き上げて上に固定していた侍女も中の様子を見て、一緒に驚いていた。無理もない、昨夜までいなかったレーテーが突然現れたのだから。
「オトタチバナのことか? わたしの嬪(ひん。正妻以外の、地方出身の妻)だよ。用があって里帰りしているって話してあっただろう? 昨夜遅くに戻ってきたんだ」
「まあ......そうでございましたか」
そう言いながら、ミヤズヒメがかなり残念そうな顔をしたのを、レーテーは見逃さなかった。
「タケル、この方は?」
と、レーテーが聞くと、
「この尾張の国の国造の娘、ミヤズヒメだ。君がいない間"話し相手"になってもらっていた」
あえて"話し相手"と強調したのは、レーテーに対して「自分は浮気なんかしないよ」という気持ちの表れと、ミヤズヒメに対する牽制からだった。
「顔を洗うための水盥(みずたらい)を一人分しか用意していないのだろ? いいよ、オトタチバナが先にお使い。わたしはその後に使うから」
「あら、いいの? じゃあ、そうさせてもらうわ」
と、レーテーは言って、さっそくミヤズヒメ達が持ってきた水盥で顔を洗おうとすると、
「いいえ! 今すぐにオトタチバナ様の分もご用意いたしますので、こちらはタケル様が!」
と、ミヤズヒメが言った。なのでレーテーは、
「いいのよ。今からもう一人分用意するのは大変でしょ? だから、タケルの言う通りにして」
「そう。もとより、わたしとオトタチバナの間に遠慮はないからね」
と、タケルが言うと、ミヤズヒメはまだ納得できないようだったが、タケルの言う通り先にレーテーの世話を始めた。
ミヤズヒメ達が帰った後、レーテーはタケルに少しだけ迫るように言った。
「あのミヤズヒメって人、とにかくあなたに取り入ろうと必死みたいね。侍女がやる仕事にまで顔を出して......」
「父親の国造に言われてのことだろう」と、タケルは言った。「とにかく王族とのつながりが欲しいんだ。だから王子であるわたしに差し出して、あわよくばご落胤に授かろうと言うのだろうが......あいにく、ご落胤は残せない体だ」
「そうね」と、レーテーは笑った。「私の国でも、神の血を引く子供を欲して、人間の王が自身の妻か娘を、神の夜伽の相手として差し出すってことは、良くあったわ」
「妻まで!? 娘は分かるけど......」
「そうなの。そこらへんは考え方が奔放なのよね、私の国は」
タケルたち一行は、その日のうちに尾張を発って相模の国を目指すことにした。
それを聞いた国造がタケルのもとを訪れて、
「是非とも、我が娘ミヤズヒメもご同行させていただけないでしょうか」
と願い出て来た。ミヤズヒメもその場にいて、畳に額をこすらんばかりに頭を下げて見せる。
ここまでされては仕方ないと、タケルは衣服を開いて胸の谷間だけを見せて、自分が本当は女であることを告げた。
「これは一部の者しか知らない秘密だ。だから、あなた方も秘していてほしいのだが」
国造は驚きながらも納得したが......ミヤズヒメは引き下がらなかった。
「では、あのオトタチバナ殿はなんなのです? 世間を欺くために妻のふりをさせているのですか?」
「まあ、世間的に嬪としているが、本当はお互い対等な立場の"恋人"だ」
「恋人? 女人同士で恋をしていると? 本気でおっしゃっているのですか?」
「本気だとも。恋をするのに性別など関係ない」
タケルの言葉にミヤズヒメは何も言えなくなったが、それでも縋り付くような瞳でタケルを見つめていた。
出発の準備が整い、レーテーとタケルが同じ馬に跨ると、尾張の国造と屋敷の者たちがお見送りをしようと傍に寄ってきた。その中にミヤズヒメはいなかったが、今まさにタケルの馬が歩き出そうとした時、屋敷の中からミヤズヒメが飛び出してきた。
「タケルノミコト様! 東国をお治めになられたら、大和にお帰りになる際、またこちらにお寄りくださいませ!」
「そうだな、寄らせていただこう」と、タケルは言った。「造殿(みやつこどの)も、よろしいかな?」
タケルに言われて、尾張の国造も恭しく頭を下げた。「もちろんでございますとも。どうぞ、お寄りくださいませ」
「その時には!」と、ミヤズヒメは尚も言った。「その時こそ、どうか私を......私を、あなた様の......」
「......その話は、またその時に致そう」
皆のいる前でミヤズヒメに恥をかかせるわけにはいかない――そう思ったタケルの、精一杯の返事だった。
見送りの人々から遠く離れたところまで来ると、レーテーはタケルに言った。
「これからも恋敵が次々と現れるのかしら?」
するとタケルは苦笑いをして言った。「わたしが王子である限り、この身分に引かれて寄ってくる女はいるだろうな」
「でも私は、その人たちに寛容でいないといけないのね」
「エルアーのことを許したからって、そんな風に思わなくていいよ。焼きもちを焼きたかったら、素直に焼いてくれ。その方が嬉しい」
「ありがとう。別にエルアーのことがあるから引け目になっているわけではないの。ただ、あなたに言い寄ってくる人たちは、結局その思いが叶うことがないのだから、私が目くじらを立てることはないのだわ......ってこと」
「まあ、そうだけど。何にしろ、一つだけ確実なことがある」
タケルはそう言うと、レーテーの耳元で囁いた。「わたしの伴侶は、これからもレーテーだけよ」
何も演じていない、素直な女としてのタケルに言われて、レーテーは心がキュンッとなるほど嬉しかった。-
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from: エリスさん
2014年07月11日 11時42分11秒
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白鳥伝説異聞・26
高天原からの近道を通って来たレーテーは、出口である光の中へ飛び出した。そこは、祖母ヘーラーの私室にある大鏡だった。
大鏡の前には、すでにヘーラーとエイレイテュイアが待ち構えていた。
「お帰り、レーテー。エイレイテュイアに聞いていた通り、愛らしい姿だこと」
と、ヘーラーが言うと、エイレイテュイアも言った。
「そうでしょう? お母様。もう、すっかりこの姿が気に入っているらしくて、元の姿に戻るのを忘れているぐらいなのですよ」
「あっ、ごめんなさい」と言って、レーテーは元の姿に戻った。「つい、うっかりしてました」
「良いのですよ。あなたが幸せでいるのなら、それで」と、ヘーラーは微笑んだ。「さあ、先ずは旅の疲れを癒しに、湯にでも浸かってきなさい」
レーテーはその言葉に従って、湯殿へと向かった。
久しぶりに入ったギリシアのお風呂は、温かくて広くて、リラックスできた。倭国で旅をしている間は、川で水浴びをすることが多かっただけに、確かにこれは癒された。
レーテーが湯の中でゆったりしていると、誰かが声をかけてきた。
「お背中をお流し致します」
「うん、ありがとう......」
侍女の誰かが来たのだろうと思い、湯から上がると、そこに居たのはエルアーだった。
「あなただったの......そっか、ここの侍女になったのだものね」
「はい、レーテー様」と、エルアーは言った。「おかげさまで、レーテー様付きの侍女として、こちらでご厄介になっております」
「あら、私の専属なの?」
「はい」
「そう!......それじゃ」
と、レーテーは浴場椅子に座った。「先に髪を洗ってくれる?」
「はい、畏まりました」
レーテーがそのまま待っていると、少しして、シャンプーのついたエルアーの手がレーテーの頭に伸びた。頭皮を優しくマッサージする指が、とても気持ちよく感じた。
「上手いのね、エルアー。とても気持ちいいわァ」
「恐れ入ります」
「もうちょっと上の方もやってくれる?」
「はい......」
背の低いエルアーは、身を乗り出すようにしてレーテーの頭頂部分をマッサージした。その時、レーテーの背中にエルアーの胸が当たった。――さっきまでは服を着ていたはずだったが......。
レーテーは振り返って、それを確認した。「あなたも脱いだの?」
「はい......この方がお世話をし易いと思いましたので」
「そうだろうけど、主人の湯殿の世話をする侍女は、服を着ているのが礼儀なのよ」
「え!? あっ、失礼を......」
エルアーが恥ずかしさで真っ赤になってしまったのが可愛くて、レーテーは微笑んで見せた。
「いいわ、私にだけは許してあげる。でも、他の女神の侍女になるようなことがあったら、気を付けてね」
その後、レーテーはエルアーに体も洗ってもらった。初めは背中だけにするつもりだったが、エルアーが「よろしかったら前の方も」と言うので、遠慮なくやってもらったのだった。なにしろ、エルアーとはすでに全裸を見せ合った仲である(エルアーの恐怖の記憶を消した時に)。
エルアーは、レーテーの胸を大事そうに洗いながら、言った。
「前にお見かけした時より、豊かにおなりになりましたね」
「やっぱりそう見える? 女の胸ってね、愛する人に触れてもらう度に成長するものらしいのよ」
「愛する人?」
「ええ。倭国に恋人がいるのよ、私。その人と一緒に旅をしているの」
「そうなんですか......どんな、殿方なのですか?」
「殿方の格好をしているけど、女性よ。とても勇ましい、けれど優しい方なのよ」
「そう......ですか」
エルアーはレーテーの胸から腹の方へと洗い布を滑らした。その時、エルアーの指先がレーテーの乳首を泡の下で弾いた。
思わずレーテーが声を漏らした......それを聞き、エルアーはもう一度同じことをした。
「あっ、もう!」と、レーテーはその手を掴んで、笑って見せた。「おふざけはダメ。ちゃんと洗って!」
「すみません......」
冗談のようにして誤魔化したが――レーテーはこの時、エルアーが自分に特別な感情を抱いていることに気付いた。
翌日は、アルゴス社殿の女神が総出で、最果てにある混沌神カオスの居城へ新年の挨拶に行った。混沌神カオスはヘーラーの祖母ガイアが"姉"として慕っている神であるが、実はオリュンポス神界で最初に生まれた両性神だった。
そこで、レーテー達はエリスの実母ニュクスと初めて顔を合わせた。
ニュクスは自身の髪を翼に変化させる術を持っており、その力はニュクスの血を引いている者なら誰でも出来るはずだからと、先ずはエイレイテュイアの一人っ子であり実はエリスの息子である恋神エロースに、背中の翼を髪に変える術を教えてあげた。このおかげで、眠る時は背中の羽を傷つけないようにうつ伏せで眠っていたエロースが、仰向けでぐっすりと眠れるようになったのである。これを見ていたエリスの末子アーテーが、自分も空を飛べるようになりたいからと、髪の毛を翼に変える術を伝授してもらい、さらにエロースに空を飛ぶ技術を教えてもらっているうちに、レーテーもこっそりニュクスからその術を教わったのだった。
「ああ、だから先刻、君の背中に翼が見えたんだ。空を飛んで帰って来たんだね」
タケルはまだ、レーテーを組み敷いたまま話を聞いていた。
「はい、そういうことです......」
「それで? その後そのエルアーとはどうなったの?」
「ええっと......今日のことなんだけど......」
レーテーが倭国に戻ると聞いて、エルアーは旅支度として3着のキトン(ギリシアの民族衣装)を差し出した。
「私がお造り致しました。どうぞお持ちください」
「まあ......本当に器用ねェ......」
レーテーはその内の一着を体の前に合わせてみた。サイズもぴったりで、色合いもレーテーに似合っていた。
「だけど、これは持っていかれないわ。向こうでは倭人に化けて生活しているから、ギリシアの服は着られないのよ」
「そうなのですか......残念です」
エルアーはそういうと、レーテーに差し出したキトンをギュッと抱きしめた。それを見たレーテーは可哀想に思えて、
「私のために作ってくれたのよね? サイズもぴったりだし、色と柄も私の好みだわ」
「はい......糸を紡ぎ、染めるところから始めました。そうして、レーテー様のお帰りを今か今かとお待ち申し上げておりました」
「そうだったの......ごめんなさいね。ではこれは、私が次に帰って来たときに着させてもらうわね」
「レーテー様!」
エルアーは必死にレーテーにしがみ付いてきた。そして、レーテーの胸の谷間に口づけをして、言った。
「私、レーテー様のことが好きです! ずっと、ずっとお傍に居たい!」
「エルアー......」
「お願いです! 私も連れて行ってください!」
エルアーがひた向きな瞳をレーテーに向けて来る。それがとても愛しく思えたが、レーテーは受け入れてやることはできなかった。
なぜなら、自分にはタケルがいる。
だが、そう言って拒絶してしまうと、きっとこの子は死んでしまう。ただでさえ辛い目にあって、それを克服する為にアルゴス社殿に来たのである。エルアーはまだ、その克服の途中段階にいる。そんな時に、また辛い目に合わせるわけにはいかなかった。
「エルアー......私は、高天原の天照さまからのご依頼で、倭国で勤めを果たしているのよ。だから、そのお勤めが終わるまでは、あなたを倭国に連れて行くわけにはいかないわ」
「お勤め?」
「そうよ。倭国の英雄・倭建命を庇護すること......それが私の勤めなの。だから、それが済むまで、ここで待っていて」
「そう......わたしとのことを"お勤め"だと言い訳して、逃げてきたの......」
「他に言いようがなかったのよ......」
「あのさ、レーテー......ひな鳥の習性って知ってる?」
「ひな鳥......の、習性?」
「ひな鳥ってね、卵から孵(かえ)って最初に見たものを母鳥だと思うんだって......君がその子の治療をした時、まさにその現象が起きたわけだよね」
「ああ......はい、そうです。だから私も、やり過ぎちゃった、って思ったわ」
「だよね。でも、その時はその治療法が最も適した治療法だった。だからしょうがない......うん、これはしょうがない事だわ」
タケルは自分に言い聞かせるように「しょうがない」を繰り返した。
「分かったよ、レーテー。その娘、君の側女(そばめ)にしておやりよ」
「え? でも......」
「その子は君じゃないと駄目だ......君以外、その子を受け止めてあげられる人はいない」
「それは......そうなんだけど......」
「それに、君もその子のことを憎からず思ってる。そうでしょ?」
そう言われてしまうと、反論が出来ない。
レーテーの戸惑いを察したタケルは、レーテーの上に覆いかぶさって、キスマークの付いた胸の谷間に、熱い口づけを与えた。
「あっ! タケル......」
「でも、君の本気はわたしだけだ」と、タケルは言うと、レーテーの唇にもキスをした。「あくまでその娘に許すのは"お情け"だけ。本当の伴侶はわたしだ。いいな?」
「もちろんよ!......ありがとう、許してくれて」
「わたしも、その娘と同じ苦しみを味わった。だから、邪険にはしたくない」
「タケル......」
レーテーからもタケルにキスして、言った。「私、あなたのそうゆうところ、大好きよ」
後にタケルもオリュンポスに迎えられて、レーテーと一緒に、侍女として一歩引いた立場のエルアーとも暮らすようになるのだが、この三角関係が案外うまくいっているのは、すでに別の物語で語った通りである。-
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from: エリスさん
2014年07月04日 12時13分04秒
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白鳥伝説異聞・25
東国を目指す途中にも小さな国がさまざまにあり、タケル一行はそれらの国に「大和に与するか否か」を問いていき、与しないと言えば制圧するつもりだったが、すでにタケルの評判が広まっていたこともあり、どこの国でも歓待を受けた。
そして、そんなうちに大晦日を迎えた。
正月にはオリュンポスに帰る約束をしていたレーテーが、しばし一行から離れることになった。
「三が日の間はここに滞在させてもらえることになったから」と、タケルは言った。「その間に帰って来てくれよ」
「もちろんよ。元日に大おば様のところに挨拶に行ったら、すぐに帰って来るわ」
念のため、吉備のタケヒコや他の兵士たちに怪しまれないように、高天原のコトノハに輿(こし)で迎えに来てもらった。
タケルたちに見送られているうちは、レーテーもコトノハも輿に乗っていたが、誰にも見られないところに来ると、輿を担いでいた下男たちは白鷺に姿を変え、輿も天蓋付きの車へと変化した。そして、コトノハが御者になって白鷺に車を引かせて空を飛び、高天原まで戻ってきたのだった。
「わざわざ黄泉の国を通らなくても、高天原からオリュンポスまで行ける近道があるのよ」と、コトノハは言った。「天照さまがヘーラー様と行き来できるように、お造りになったそうよ」
「その近道を、使わせてもらえるの?」
レーテーが言った時、天照大御神が現れた。
「もちろん、通らせてあげるわ。私の親友のお孫さんですもの」
天照の私室の奥に、その近道を塞ぐ扉があった。天照は自ら扉を開き、
「ほら、あの光に向かって歩いて行きなさい。あなたも良く知っている場所に出られるわ」
レーテーは言われた通りに進んで行った......。
レーテーがいない間、タケルは滞在地の国造から歓待を受けていた。国造は、
「是非とも我が娘を差し上げたい」
と申し出てきたが、タケルは征伐に向かう旅の途中であることを理由に、丁重に断った。それでも、夜になると国造の娘が、
「夜伽のお勤めに参上いたしました」
などと寝室で待っていたりするので、タケルは娘を傷つけないように断るのに骨を折ったのである。
レーテーが帰って来たのは、二日の夜も明けかかろうかという時間だった。タケルはちょうどその時間に目が覚めて、御簾越しにレーテーの背中に亜麻色の翼が広がっているのが見えた。しかしその翼はすぐに消え、御簾を巻き上げながら、まだ本来の姿のレーテーが入って来た。
「一人なの?」
レーテーが聞いてくるので、タケルは苦笑いをした。
「あたりまえだろ。なにを疑っているのさ」
タケルは掛けていた布団を持ち上げて、レーテーに隣に寝るようにと敷布団を叩いた。
「私がいないから、大和の王族とつながりを持とうと、国造が自分の娘を差し出してきたのじゃないかと思って」
「差し出してきたけど、断ってるよ。当然だろ......」
と、そこでタケルは欠伸をした。「早くおいでよ、眠いんだから......」
「うん......」
レーテーはタケルの布団の中に入り、掛布団を掛けてもらった。
タケルは、眠いと言いつつもレーテーを抱き寄せると、その胸に顔をうずめた......そして、気付いた。
「誰の匂い?」
「え!?」
と、レーテーはドキッとした。
「他の女の匂いがする、この辺りから......」
そしてタケルはレーテーの胸元をはだけさせると、谷間にくっきりと残るキスマークを見つけた。
「やだ、跡がついてたなんて......」と、無意識にレーテーがギリシア語で言うと
「ど~ゆ~ことォ~?」と、タケルはむっくりと起きだして、レーテーを見下ろした。完全に怒っている。
「わたしが浮気していないか疑っておいて、自分は故郷でどこぞの娘に手を出していたのか? レ~テ~~~?」
「ま、待って! これには訳があるの......」
「ヘェ~~訳ねェ~~?」
怒っているので、男言葉も、声を低く出すことも忘れてしまっている。なのでレーテーは、
「今は夜中だから、誰かが起きて来ないよう小声で......」
「分かっ......てるよ......」と、タケルは声を小さくした。
「で? どんな訳があれば、そんなところにそんな跡が付くのさ」
「それは......あなた、エルアーのこと覚えてる?」
「エルアー?」
それは、男に酷い目にあわされた為に男性恐怖症になってしまった少女のことだった。レーテーが記憶を消してやることで、正気を取り戻したのだったが。
「私、治療の時にやりすぎてしまったみたいで......」
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