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from: エリスさん
2007年05月21日 12時03分32秒
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恋神誕生神話異聞・1
不和女神エリスは、今でこそ子宝に恵まれているが、独りで子供を宿せるようになるまでには、百年近くの月日を要していた。
実母である夜の女神ニュクスは、古くから知られる単身出産神であるが、やはり彼女も簡単に造れるわけではなく、水晶球に願をかけて自身の神力を増幅させてから、胎内に子供が居ると強くイメージすることによって宿していた。
同じく単身出産神であるヘーラーも強くイメージすることで子供を宿すタイプだが、彼女の場合は何かで力を増幅させる必要もなく、自身の神力だけでやってのけてしまったのだから、流石はオリュンポスの王后陛下である。
エリスはヘーラーの養女にしてもらったこともあって、受胎の術はヘーラーに教わった。先ずは神力を鍛えることから始まり、体力をつけ、女体の仕組みを学び、子供を産むこと・育てることに対する心構えを十分に教わってから、イメージトレーニングへと到った。
イメージトレーニングをするときは、なるべく楽な姿勢になるようにしなくてはならない。一番いいのは寝ながらなのだが、エリスはヘーラーの前で寝るのも申し訳なくて、椅子に座って、背もたれに十分に体重を預けながらおこなっていた。
ヘーラーもエリスの斜向かいに椅子を持ってきて座り、彼女の手を取りながら指導をした。
「では……目を閉じて、呼吸を整えなさい」-
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コメント: 全17件
from: エリスさん
2007年06月28日 13時25分34秒
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「恋神誕生神話異聞・17」
そこに、エイレイテュイアがいた。産褥の上で上体を起こし、産着に包まれた我が子をしっかりと抱き締めている――その顔は、歓喜の表情だった。
「エイリー……」
エリスが声をかけると、それまで我が子にばかり注がれていた視線が、ようやく恋人の方へ向いた。
「ありがとう、エリス。あなたのおかげよ!」
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from: エリスさん
2007年06月28日 08時53分37秒
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「恋神誕生神話異聞・16」
仕方なく言う通りにしている間に、子供は無事に生まれていた。
「子供は!? 異形ではない?」
もったい付けて中へ入れてくれないヘーベーに、エリスは畳み掛けるように聞いた。
「待ってくださいな、お姉様。今、侍女達が見苦しいもなどを片付けていますから」
「そんな遠慮は無用だ! 私も子供を産んだ経験があるのだから」
「あら、そうでしたわね」
エリスが普段、あまりにも男らしく振る舞っているものだから、ついつい「エイレイテュイアの夫」という見方をしてしまうのだ。
「でも、騒いではいけませんことよ。御子は眠っておりますからね」
ヘーベーに言われて、エリスは恐る恐る中へ入った……。
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from: エリスさん
2007年06月20日 15時53分37秒
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「恋神誕生神話異聞・15」
そしてルシーターは、人目に付かない所まで来ると、声を押し殺して、泣いた。
我が子を守るために、最愛の妻の仇と立ち向かうために、エリスは命を賭けた。
『でも、もし私が危険な目にあっても、エリス様は私のために命を投げ出してくれるかしら?』
くれる、かもしれない。
でも、今日ほどではないだろう。なぜなら、エリスが本当に愛しているのは、殺されたキオーネーただ一人だから。キオーネーと交わした「たくさんの子供を造って、二人で育てよう」という約束を果たすためだけに、生きている人だから。
自分は――エイレイテュイアや、他の恋人達も、キオーネーがいない代わりに、せめてもの心の隙間を埋めるためにいるのだ。
そんなこと、わかっていたことなのに……。
――この日の出来事がきっかけで、後にルシーターは、森で巡り合った十二歳の少年とともに、人間として生きることを決意するのである。
そして、翌年。
エイレイテュイアが産気づいて、産屋に運ばれたと聞いたエリスは、親友(であり義兄妹)のアレースの社殿で剣の稽古をしていたが、着替えもそこそこで戻ってきた。おかげでヘーベーに、
「湯殿へ行って、汗と砂埃を落としてこなければ、産屋に入れてあげません」
と、背中を押されてしまった。
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from: エリスさん
2007年06月20日 15時43分19秒
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「恋神誕生神話異聞・14」
「いい加減になさるのは、お父様の方です」
「へ、へ、ヘーベー? お、お、おまえ、ま、まで、な、何を?」
あまりにも意外な行動に、ゼウスは言葉にならなかった。
「よろしいですか、お父様。エイレイテュイアお姉様は産褥分娩の女神なのですよ。そんな御方が、子を堕胎したなどということが知れては、それこそ世の人々になんと中傷されるか、わかったものではありません」
「し、しかしな、ヘーベー」
「けれど、お姉様がお一人で子を造った、となれば、これはまったく不思議なことではありませんでしょう?」
「エイレイテュイアが単身で宿した子、ということにしろと言うのか?」
「それが最良の策なのです」と、ヘーベーは言った。「お父様がどうしても御自分の名誉を守りたいと仰るのでしたら――そういうことでございましょう? エイレイテュイアお姉様をさも心配しているような事を言っても、結局はそういうことではございませんの。でしたら、真実を公表しなければ良いこと。お腹の子は、エリスお姉様の子ではなく、エイレイテュイアお姉様が単身で宿した子供。そういうことにして、生まれてくる子供にも真実は告げずにおくのです――そもそも私たちはそのつもりでしたわ。それを、お父様が一人で騒ぎ出したまでのことです」
「ヘーベー、おまえまで、エリスの味方をするとはな……」
ゼウスが言うと、ヘーベーはニコッと笑って、言った。
「私はいつでも、正しい方の味方ですわ。ですからどうか、お父様、この事はお母様と私たち姉妹にお任せになってくださいませ」
「……いいだろう」と、ゼウスは言った。「だがしかし、万が一、事が露見したときには、その時こそエリスを断罪に処すぞ。ヘーラー、そなたの庇護も無力となろうぞ。そのこと、良く覚えておけよ、エリス」
そう言い残して、ゼウスは帰って行った。
ゼウスの姿が完全に見えなくなると、それまで堪えていたエリスは、腹部の痛みと熱で、立っていられなくなった。既にヘーラーが支えていたから倒れはしないまでも、床に膝を突いてうずくまってしまう。
エイレイテュイアとヘーベーもエリスの方へ駆け寄り、彼女を助け起こそうとした……だが、ルシーターは何も言わずにその場からいなくなってしまった。
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from: エリスさん
2007年06月20日 15時23分46秒
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「恋神誕生神話異聞・13」
思わず、ヘーラーは二人の間に割って入り、エリスのことを身を挺して庇った。
「もうお止めください、あなた!!」
「退け、ヘーラー!」
「いいえッ、エリスが言っていることは、間違ってはおりません!!」
ヘーラーはそう言って、エリスのことを抱き締めた。
「あなたは何も感じないのですか、この子のこんな必死な姿を見て、何も感じないのですか、ゼウス! 妻を守るため、子を守るために、病の体をおして、こうしてあなたに立ち向かっている、この姿に!」
そして、エリスにも言った。「ディスコルディアを納めなさい、エリス。今そなたが死んでも何にもならないのですよ。エリス、この私の願いを聞き届けておくれ」
「母君……」
「納めておくれッ、エリス!」
ヘーラーは右手でしっかりとエリスを支えながらも、左手ではディスコルディアを握っているエリスの手首を、強く握り締めていた。
エリスは、仕方なく、ディスコルディアに命じた。
「部屋に戻れ、ディスコルディア」
すると、ディスコルディアはまた光と化して、消えていった。
それを見て、ヘーラーはゼウスに言った。
「あなたも、この場はお帰りください、ゼウス。この事はまた後日、話し合いましょう」
「何を言っているのだ、ヘーラーッ。後日などと、ぐずぐずしていては、堕胎可能な期限を過ぎてしまう!」
「当人は産むと決めているのです。もう、誰が何を言っても無駄です! あなた、エリスが言った通り、親だからと言って、娘の自由を奪う権利はありません。親の勤めは、ただひたすらに我が子を守ること、それのみです!」
「ならば、我が子が道を踏み外さぬように守るのも、わしの勤めだ。そこな者は、我が子を邪道に走らせる根源ぞッ。退くのだ、ヘーラー!!」
「退きません!! あなたがこの子を手に掛けると仰るのなら、私は母としてこの子を守るまでです」
「いい加減にせよッ」
そう叫んだゼウスの前に、ヘーベーがスッと現れた。
ヘーベーは、誰もが信じられないことに、ゼウスの頬を叩いた。しかも裏拳で。
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from: エリスさん
2007年06月19日 16時08分29秒
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「恋神誕生神話異聞・12」
「やめろ!!」
と、誰かが叫んだかと思うと、紫の炎の矢がゼウスの右手に刺さり、雷電とともに消えた――途端、ゼウスはうめき声をあげた。
誰か、と問うまでもなかった――入り口のそばに、両手を差し出して技を放ったままのエリスが立っていた。ルシーターも後から駆けつけてきた。
「エリス様、いけません! まだ動かれてはッ」
ルシーターの言葉には従わず、エリスはふらつく足を気力だけで歩かせて、エイレイテュイアとゼウスの間に割って入った。
「神王陛下、これ以上の不埒はやめていただきたい」
エリスの言葉に、ゼウスは鼻で笑った。
「不埒と申したか? 馬鹿め、父親が娘を教育するは当然のことぞ。娘が産んではならぬ子を宿したのだ、親の責任として、堕胎させるのは当たり前のことではないかッ」
「そんな権利は御身にはない!! 子を産むのは当人の自由! 例えどんな子供であっても、当人が産むと決心したのなら、祝福することこそ親の勤めであり、責任ッ」
「たわけたことを申すな、罪人の分際で!」
ゼウスはエリスの胸元を掴むと、その手から雷電を発した。
エリスの体に雷電が駆け巡る――だが、彼女は一言も漏らさなかった。
「お止めください!」
ヘーラーがすぐさまゼウスの手を掴んで、引き離した。おかげでヘーラーの手から肩にかけても雷電が走ったが、そんなことは構わず、ヘーラーは言った。
「病人であるエリスに、なんてことをなされるのです!」
「そんなこと、わしの知ったことか! そこを退(ど)けッ」
「いいえ、退きません」
「退けェ!!」
すると、エリスが言った。
「母君、そこをお退きください、エイリーを連れて」
「エリス?」
「お願いです、母君」
それを聞き、ヘーベーがエイレイテュイアの方へ行った。
「お姉様、こちらへ。お腹の子に障ります」
ヘーベーがエイレイテュイアを離れた所へ連れて行ってくれたのを確認したエリスは、ヘーラーにも少し離れるようにと再び言った。
「陛下、どうしても、腹の子を殺せと命じられますか?」
エリスが言うと、ゼウスは怒りの表情で言った。
「当たり前だ!!」
「では……ディスコルディア、ここへ!」
エリスの呼び声に、彼女の右手に光が集まって、剣の形となった。エリスの愛剣・ディスコルディアである。
「御身と刺し違えても、お止めするしかありません」
「エリス、やめて!!」と、エイレイテュイアは叫んだ。
「大丈夫だ、エイリー。子を守るのは、親の勤めだからな」
するとゼウスは高笑いを始めた。
「わしと刺し違えるだと? そのふらついた足で、立っているのもやっとであろうが。それを、わしに歯向かえると思っているのか!?」
それを聞き、エリスはキッと相手を見据えた。
「できるとも。なぜなら、御身は我が妻・キオーネーの仇だからだ!!」
エリスは両手でディスコルディアを握ると、眼前に構えた。
「我が妻だけでは飽き足らず、我が子にまで害をなそうと言うなら、この身に代えても阻止してみせる!!」
「ならば、おまえごと始末してくれるわ!!」
ゼウスが両手に雷電をみなぎらせた。
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from: エリスさん
2007年06月19日 15時43分38秒
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「恋神誕生神話異聞・11」
驚く愛娘の手を取ったゼウスは、第一声でこう言った。
「堕胎してしまえ!」
するとエイレイテュイアは、父親の手を振り解こうとしながら、
「嫌です! やっと授かったのに!」
「授かっただと!? 馬鹿なことを申すな! あんな罪人の子など!!」
ようやくヘーラーが止めに入ったときには、隣室のヘーベーも騒ぎを聞きつけて入ってきた。
「何をしているんですの、お父様! お姉様は身重ですのよ。流産したら如何なさるつもりですか!」
ヘーベーが言うと、ゼウスは鼻で笑って、言った。
「流産だと? ちょうどいいではないか。堕胎の手間が省けるわい」
「あなた!」とヘーラーも言った。「エイレイテュイアがどうしてもと望んで受胎した子供なのですよ。それを殺す権利など、いくら父親でも、あなたにはありません!」
「罪人を罰するのは、我が役目だ!」
と、ゼウスは妻の方に向き直って、言った。「そなたとて、分かっているはずだ。同性愛は禁忌。しかも同性同士で子を造るなど、以ての外だ! ただでさえエリスは、そなたの慈悲で罰を免れているが、そもそもは極刑に処さなければならぬ者。その者の子など、よりにもよって、わしの姫御子であるこのエイレイテュイアが産むなど、あってはならぬことなのだ!」
そしてゼウスはエイレイテュイアの方を再び見て、堕胎するようにと責め立てた。
もちろん、エイレイテュイアは拒絶した。そんなこと考えられるはずもなかった。
あんな危険を犯してまで手に入れた子を、殺せとは!
「死んでも嫌でございます」
「エイレイテュイア!!」
思わずゼウスは、振り上げた右手に雷電をみなぎらせていた。そのまま振り下ろされようとした、その時……。
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from: エリスさん
2007年06月19日 15時25分12秒
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「恋神誕生神話異聞・10」
するとエイレイテュイアは身をかがめ、エリスの目線まで顔を近づけると、相手の手を握りなおして、言った。
「誓うわ、エリス。例えどんな子が生まれようと、我が子として、絶対に愛しぬくと、誓います」
こうして、エリスの第三子はエイレイテュイアの胎内で育つことになった。
この事実は、アルゴス社殿の者だけが知る秘事として守られてきた。だが、どうしてもあと一人、知らせないわけにはいかない人物がいた。
「いずれ人づてに聞かされるよりは、私が直接言った方が良かろうな」
と、ヘーラーは心に決めて、彼がいるオリュンポス社殿へと出向いていった。
案の定、聞かされた相手――神王ゼウスは烈火のごとく激怒した。
「我が娘が、そのような生き恥を!!」
ゼウスはヘーラーが止めるのも聞かず、すぐさま社殿を飛び出して、妻の別宅であるアルゴス社殿へと向かった。ヘーラーも追いかけたが、追いつきはするものの、追い越すことが出来なかった。
ヘーラーが馬車から降りたときには、ゼウスはもうすでにエイレイテュイアの部屋の中にいたのである。
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from: エリスさん
2007年06月12日 14時50分07秒
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「恋神誕生神話異聞・9」
エイレイテュイアは、そうっとエリスの方へ近寄って行った。
「先ず、水をくれ、エイリー」
「はい……」
エイレイテュイアは、コップに水を入れて、エリスに差し出した。するとエリスは苦笑いをして、言った。
「起き上がれないんだ。面倒だろうけど、飲ませてくれ」
「……いいの?」
「頼んでいるのはこっちだ。いいに決まっている」
それを聞いて、エイレイテュイアは躊躇(ためら)いながらもコップの水を含み、エリスに口移しで飲ませてあげた。
その時、エリスの手が、エイレイテュイアの腹部に触れてきた。一瞬エイレイテュイアがドキッとしたが、エリスの手に敵意は感じられなかった。
「良かった……ちゃんと、着床したんだな」
「エリス? 怒ってないの?」
「怒らないはずがないだろう、初めはな……でも、そなたの気持ちも分かるし」
「あなた……」
「でも、一つだけ言っておくことがある」
エリスは真剣な表情になって、エイレイテュイアを見上げた。
「私の一族――夜の女神・ニュクスを祖とする神は、人の形とは異なる〈異形の神〉が多いのは、知っているな。これは、闇の力を司る者の宿命。……母・ニュクスも、黄昏の女神である姉君たちも、眠りの神・ヒュプノス兄君も、皆、翼を持って生まれた。弟妹たちの中には、下半身が蛇や、他の動物の体をしている者もいる。私のように人型で生まれてくる子供の方が少ないのだ。幸い、私が今まで産んだ子たちは、人型で生まれてきたが……いつまでも、それが続くとは思えない」
エイレイテュイアは息を飲んだ――自分の胎内にいる子が、異形の神として生まれてくるかもしれない……そんなこと、考えてもみなかった。エリスやその子たちを見ていても、まったく実感が沸かなかったのだ。
『エリスも、レーテーもリーモスも、とても美しいのに、同じ血を引いていても……いいえ、引いているからこそ、恐ろしい形相の神が生まれるかもしれない……』
エイレイテュイアがそう思った時、エリスは、強く彼女の手を握ってきた。
「だから、エイリー、誓ってくれ。己が身から生まれた子が、例え目が拒絶するほどの醜悪な邪神として生まれようとも、決して捨てたりしないと。我が子として愛し抜くと、誓ってくれ!! それが出来ないのなら、この子は、今この場で私が握りつぶす……」
「エリス!?」
「親に愛されないで育つくらいなら、私が殺してしまった方がいいんだ! だから、誓ってくれ、エイレイテュイア!!」
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from: エリスさん
2007年06月12日 14時17分03秒
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「恋神誕生神話異聞・8」
ルシーターは部屋の隅に置いてある水差しを取りに行こうと、立ち上がった。だが、エイレイテュイアがいる場所の方が近いので、彼女が水差しを取ろうとすると、その手をルシーターは叩き、払った。
「触らないでくださいまし」
ルシーターが言うと、エイレイテュイアはムッとして、言った。
「ルシーター! あなた、お母様に仕える精霊(ニンフ)でありながら、私に対してその態度は何なの!? 第一、カナトスの泉の番はどうしたのよッ」
するとルシーターは言った。
「任務よりも、愛しい人の方が大事です!」
「なんですって!?」
「私は誰にも負けぬほど……エイレイテュイア様にだって引けは取らないぐらい、エリス様を想っています。そのエリス様が危険な状態の時に、任務や礼儀などと、言ってはいられません!」
「よくも言ってくれたわね、この私に対して。分をわきまえなさい!! たかが精霊の分際で! エリスの介護は私がするわ、あなたは今すぐ出て行きなさい!」
「よくも言えたのはエイレイテュイア様の方です。そもそも、エリス様をこんなにしたのは、あなた様ではありませんか!」
しばらくの沈黙……。
「卑怯だわ、あなた様は……」と、ルシーターは言った。「女神の力を使って、エリス様の子を奪い取ってしまうなんて……私だって、どれほどにエリス様の子を宿したいと願っているか……」
そうまで言われてしまうと、本当に何も言えない。――確かに、エリスの他の恋人達に、こんなことは出来ない。自分だけの特権なのだ。
今更ながら、罪悪感が沸き起こる……。
そして、長い沈黙を破ったのは、エリスだった。
「ルシーター……」と、エリスは苦しい息の中で、言った。「エイリーと二人で話をさせてくれないか」
「我が君!?」
「すまない。席を、外してくれ」
「……御意のままに、我が君」
ルシーターは、水差しをエイレイテュイアに押し付けると、そのまま足音をたてて部屋を出て行った。
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from: エリスさん
2007年06月05日 15時48分57秒
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「恋神誕生神話異聞・7」
なるべく人目につきたくない――幸い、侍女たちもまだ目を覚ましていないようだった。
だが、二階まで上がると、エリスの部屋から誰かが出てくるのが見えた。
妹のヘーベーだった。ヘーベーもエイレイテュイアに気づき、
「あっ、お姉様……」と、呟いた。
エイレイテュイアは恐る恐る近づくと、言った。
「一晩中、付いていたの?」
なので、ヘーベーは答えた。
「誰かが付いていなくては、いけなかったものですから」
その表情は、幾分か責めているようだったが、それでもヘーベーは嘆息をつくと、微笑んだ。
「私、エリスお姉様の朝食の仕度をしてきますから、エイレイテュイアお姉様は、彼女と一緒にお姉様を見ていてあげてください」
「……彼女?」
エイレイテュイアの疑問には答えずに、ヘーベーはそのまま階下へと降りていってしまった。
他にも誰かいる――それが誰なのか、エイレイテュイアには容易に検討がつく。
意を決して部屋に入ると、やはり彼女がいた。
栗色の髪を腰まで伸ばし、空色のキトンを着た華奢な美少女――カナトスの泉の番人であるルシーターだった。
ルシーターは、エイレイテュイアが入ってきても無視をして、エリスの額の汗を拭っていた。
エリスは、荒い呼吸をしていた。子宮の炎症により発熱し、体の自由が利かないのである。――それでも、エリスはエイレイテュイアの方へ視線を向けた。
「……来たのか、エイリー……」
「エリス……私……」
言葉が、出てこない。
謝らなくてはいけないのに、なんと言っていいのかが分からない。
そんな彼女を更に無視するように、ルシーターがエリスに言った。
「わが君、喉がお渇きになりませんか?」
「ああ……少し、もらえるかな」
「はい」
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from: エリスさん
2007年06月05日 15時34分02秒
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「恋神誕生神話異聞・6」
ヘーラーは、娘の前まで来ると、何も言わずに相手の左頬を叩いた。
「なんて事をしてくれたのです!」
ヘーラーの怒声は、森中に響き渡るかと思うような声だった。
「そなたが無理矢理、エリスの胎内から赤子を抜き出したおかげに、あの子の子宮は炎症を起こして、しばらくは子が産めなくなったではないか。ようやく私の助けを必要としなくなったと言うのに! そなたのしたことは、産褥分娩の女神として、あるまじく所業ぞ!!」
するとエイレイテュイアは、叩かれた頬を摩りながら、呟いた。
「しばらくは、なのでしょう?」
「なに?」
「しばらくすれば、また、産めるようになるのでしょう? あの人は」
そして、エイレイテュイアはまっすぐ母神を見つめて、言った。
「でも、私にはできない! 私には単身出産能力などないわ。これまで何百回と試してきたけど、ただの一度も懐妊できなかった! ただの一度も! 私には、男性の手を借りなくては、子など宿せないのよ。でも、そんなのはイヤ!! 私が愛しているのはエリスなのよ!! 女性であるあの人だけが、私の一生涯の人よ。他の男なんて絶対にイヤ!! でもそれじゃ、私は一生母親になんてなれない。どんなに子供が欲しくたって……だから、どんな大罪であろうと、例えエリスに嫌われようと、あの人の子が産みたければ、こうゆう方法しか……これしかなかったのよォ!!」
泣き叫ぶエイレイテュイアを見て、ヘーラーはしっかりと娘のことを抱きしめた。
「もう良い、分かったから……」
ヘーラーは、エイレイテュイアの気持ちが落ち着くまで、そうやって抱き締めてあげた。――愛する人の子が欲しい、そういう気持ちは、女なら誰でも理解できることだ。
けれど、その相手も女では……。
「どの道、今のエリスの子宮では、胎児を育てられぬ。そなたの胎内で育てるしかないのだ。だから、朝になったら、エリスに謝りに行くのですよ」
ヘーラーに言われて、エイレイテュイアは頷くと、恐る恐る聞いてみた。
「今、エリスは?」
「痛みを緩和する術をかけて、眠らせている。ヘーベーが付き添っているから、今宵はそうっとしておあげ。そなたも、胎内にいる子のためにも、もう眠りなさい」
ヘーラーはそう言うと、娘の両肩を押して、社殿へと連れ戻したのだった。
翌朝。
エイレイテュイアはいつもよりも早く目が覚めて、侍女の手も借りずに一人で着替えと洗顔をすると、昨夜のように足音を忍ばせて、エリスの部屋へと行った。
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2007年05月30日 11時51分10秒
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「恋神誕生神話異聞・5」
「何がありましたの? お姉様」
すると、弱々しい声で、エリスが言った。
「いなくなってしまった……」
「え?」
「子供が……さっきまで、ここにいたのに」
と、エリスは自身の腹を摩った。「奪われてしまった……私の……ウッ……」
エリスの表情が、苦痛で歪む。そのまま、エリスは腹を押さえてうずくまった。
「お姉様、お苦しいのですか!?」
この異変はただごとではないと察したヘーベーは、大声で侍女達を呼び寄せた。
駆けつけてきた侍女達に、水桶とタオルを持ってこさせてから、ヘーベーは、
「お母様は? 今日はこちらではないの?」
と、聞いた。
「ヘーラー様は、今宵は本邸のオリュンポス社殿にいらっしゃいます」
「では誰か、すぐにお母様を呼びに行って。急いで!!」
普段、声を荒げないヘーベーなだけに、侍女達にも緊張が走っていた。
エイレイテュイアは、社殿の裏にある森の中の、泉の前まで走ってきた。
走り疲れて地面に膝をつき、座り込む。それでも、月明かりで水面に写った彼女の顔は、喜びに満ちていた。
『やっと手に入れた。子供を……エリスの子を!』
自分の体の中に、愛する人の子供がいる――女として生まれて、これ以上の喜びは味わったことがない。
しかし胎内では、胎児が小刻みに震えていた。今まで居た環境とまったく違う所へ入れられて、恐怖に脅えているのだろう。
「怖がらないで、大丈夫よ」と、エイレイテュイアは自身の腹を摩りながら、胎児に話しかけた。
「今日からは、私が母親。あなたは、私の子として育つのよ。だから震えないで。怖くないのよ……」
しばらく胎児が落ち着くのを待ちながら、エイレイテュイアはその子にいろいろと話しかけた……どんなにこの日を待ち望んだか。夢に見るまで欲していた、エリスの子――あなたを、どんなに愛しているか。
そして、エリスへの狂おしい想いも、エイレイテュイアは切々と語った。
そうしているうちに、胎児も落ち着いてきて、震えるのを止め、まどろみ始めた。
そろそろ戻ろう、と立ち上がった時だった。――背後に誰かが近づいてくるのを察した。匂いで誰だか分かり、恐る恐る振り向くと、思ったとおりヘーラーが怒りに表情を険しくしたまま、こちらへ歩いてきていた。
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from: エリスさん
2007年05月30日 11時18分43秒
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「恋神誕生神話異聞・4」
何事か、と起き出したヘーベーは、部屋を出たところで同じように目を覚ましてしまった侍女達と出くわした。
「ヘーベー様、あの悲鳴はエリス様ではございませんか?」
侍女の一人が言うと、
「そのようね。私は様子を見に行ってくるから、あなた達はここで待っていて」
とヘーベーは言って、二階へと上がって行った。
階段を上りきった時だった。廊下の向こうの方へ駆けていく人影が見えて、思わずハッとする。今ヘーベーが居る階段とは反対側にある階段を下っていったあれは、背格好から言っても……。
『エイレイテュイアお姉様?』
侍女を連れてこなくて良かった、やはりお二人の痴話喧嘩なのだわ、と思ったヘーベーだったが、それでも何故か気になって、エリスの部屋へと向かった。
エリスは、寝台に腰掛けていた、俯いて。
重苦しい空気が漂っているのを、ヘーベーは跳ね除けるように明るく言った。
「夜分遅くに失礼致しますわ、エリスお姉様。お姉様の声が聞こえたものですから、様子を見に来ましたのよ」
そして、エリスの方へ歩み寄り、傍らに腰掛けようと身を屈めたときに、気付いた。
荒い呼吸……なによりも、身体中に汗を吹き出させている。――ただの痴話喧嘩であるはずがない。
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from: エリスさん
2007年05月21日 13時02分12秒
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「恋神誕生神話異聞・3」
――懐妊中は、彼女はいつも一人で眠っている。だから、足音を忍ばせて近寄れば、きっと気付かない……。エイレイテュイアは夜更けにそうって部屋を抜け出して、二階にある彼女の部屋へと行った。途中、侍女たちの部屋の前を通ったが、誰も気付いた様子はない。
胸が高鳴る――それは、期待からなのだろうか? それとも罪悪感?
『どっちでもいいわ。もう、決めたのだから』
そうして、彼女の部屋の前に辿り着いた。
外から様子を伺うと、ぐっすりと眠っていて、静かな寝息をたてているのがわかる。
扉には、鍵もかけていない……彼女はいつもそうなのだ。
ゆっくりと扉を開けると、月明かりが差し込んだ部屋の、寝台の上で、エリスが眠っていた。
熟睡していて、起きる気配などない。
エイレイテュイアはそうっと彼女に近づくと、左手をエリスの腹の上に翳し、右手で自身の腹を押さえた。
囁くように、呪文を唱え始める。すると、左手から発せられた光が、エリスの腹の中へと入っていった。
光が、胎児を探している――エイレイテュイアの目に、その情景がまざまざと伝わってくる。そして……。
『見つけた!』
まだ本当に小さな胎児が、そこにいた。
その子を包むように、光が渦を巻き始める。
あとは、そこから引き離せばいい。なるべく、エリスが痛みを感じないように……。
だが、
「ん……うん……」
胎内の異変に気付いたエリスが、目を覚ました。途端、彼女は目の前で起こっていることを瞬時で察してしまった。
「何をしているッ、エイリー!」
エリスは上体を起こすと、我が身に触れているエイレイテュイアの左手を掴んだ。
「離して! 術の途中よ!」
「だから止めてくれ! 私の子に何をするつもりだ!!」
「私の胎内に移すのよ。あなたの子を、私が産むために!」
「馬鹿なことはよせ! 血のつながらぬ子を胎内に宿すなど、どんなことが起こるか分からないぞ!」
「それでもいい!! いいのよ!」
「エイリー! よせェ!!」
エリスの悲鳴は、真下の部屋に居るヘーベーのもとにまで響いてきた。
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from: エリスさん
2007年05月21日 12時45分20秒
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「恋神誕生神話異聞・2」
ヘーラーに言われるままに、目を閉じ、深呼吸をする。
「先ずは、自分の体の中をイメージするのだ。いろいろな臓器が詰まっているな。それを上の方からゆっくりと見ていこう……何が見える?」
「先ず、肺……心臓……胃……」
エリスは自分の体の中の仕組みを一つ一つ確かめながら答え、最後に「子宮」と答えた。
「その子宮の中に、小さな子供がいることをイメージしてみよう。まだ親指ぐらいの、小さな子供だ」
「はい……見えてきました」
「では、その子供の鼓動を聞いてみよう。心臓を動かし、血液を巡らせているさまをイメージするのだ」
「はい、母君」
ヘーラーの指導も回数を重ね、今ではエリスも容易くイメージできるようになってきていた。――しかし、イメージができるからといって、出産は楽ではない。
第一子である長女のレーテーは、お腹の中で大きくなり過ぎた上に逆子で、相当時間のかかった難産だった。
第二子である長男のリーモスの時はそれほどではなかったにしろ、普通の人なら難産と言わざるを得ない状態で、よく無事に出産できたものだと、周りをヒヤヒヤさせたのである。
しかし、今度の第三子は、イメージの方もしっかり出来ているし、なにより順調に育ってきている。
「この子の出産が無事に済めば、もう私の手助けなどいらなくなるであろうな」
と、ヘーラーも太鼓判を押したほどだった。
さて、アルゴス社殿には当然、この女神も住んでいる。ヘーラーの長女にして産褥分娩の女神であるエイレイテュイア――エリスの愛人でもあった。
エイレイテュイアは二人の授業を陰から見守りながら、自分もある術のイメージトレーニングをしていた。単身出産ほどは難しくないものの、失敗すればその術をかけられた者は二度と懐妊できなくなるかもしれない、危険な術。
『それでも、やりたい。この術を使えば、私でも……。例えそれで、あの人に一生嫌われようとも』
エイレイテュイアは、吉日を選んで、夜を待った。
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from: エリスさん
2007年07月05日 13時32分38秒
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「恋神誕生神話異聞・18」
するとヘーラーもエリスの肩に手を置いて、言った。
「そなたも抱いてやると良い。そなたの甥御は、なかなかの美男子になろうぞ」
「美男子に……」
エリスはおそるおそる近づいて行くと、そうっと「甥」の顔を覗き込んだ。
一目で、引き付けられる――赤子のうちから容貌が整った子など、神族でもそうそう生まれない。けれどこの子は、その数少ない一人だった。
信じられなかった。これが自分の血を引いて生まれてきた子だろうか。自分の腹から盗まれたというのは自分の錯覚で、この子はまさしくエイレイテュイアの実子なのではないかと、思わずにはいられない。
けれど、因縁は否応なく付いてきた――その子を腕に抱いた時、気づく。
その子の背に回した手から、伝わってくる感触……。
エリスは咄嗟に産着を剥いで、それを確認した。
――見せ付けられた事実は、エリスを悲しませるに十分だった。なのに、ヘーラーはエリスの背を優しく抱いて、こう言った。
「美しいであろう?」
エリスは堪えきれなくなった涙をその子の頬に零しながら、首を左右に振った。
「異国には、背に翼を持つ愛らしい神の遣いがいるそうな。天使と言うらしいが……きっと、この子のような姿をしているのであろうな」
「母君……」
エリスはヘーラーの方を向くと、彼女の胸に顔を埋めた。
「エリス――吾子よ。この子は異形ではない。異形と呼ぶには、あまりにも愛らしい姿をしているではないか。きっとこの子は、誰にでも愛される優しい神に育つ。私が保証する。だから、そんなに悲しむでない」
「そうよ、あなた」
エイレイテュイアも産褥から立ち上がると、恋人の傍に寄り添った。
「なによりも私はこの子を愛しているわ。あなたとの約束通り、私はこの子を誰よりも愛して、立派な神に育てるわ。だから、悲しまないで。お願い、祝福して!」
そんな時だった。
それまでされるがままにしていた赤子が、両手を挙げて、エリスの頬に触ってきた。
その仕草はまるで、エリスの涙を拭ってやろうとしているようだった。――そして、優しく笑いかけてきたのだ。
この愛らしさを、誰が厭えるだろう。
「……そうだな」
エリスは自分の手で涙を拭うと、その子をエイレイテュイアに返した。
「長男誕生、おめでとう、エイレイテュイア姉君」
背中に純白の翼を持って生まれてきたその神は〈Eros〉と名づけられた。ギリシア語で「愛欲」を意味するが、その反面、争いの女神である〈Eris〉と一文字違いであることに気づいている者はどれぐらいいるのだろうか。
そして後に恋を司ることになったエロースは、恋の矢を操り、人々に様々な恋のあり方を教えていったのだが、その影で、自分の体の成長が十五歳で止まってしまったことや、母・エイレイテュイアの恋人がこともあろうに女神エリスであること、そして人妻になってしまったシニアポネーへの片思いに、苦悩する日々でもあった。
それでも、シニアポネーの孫娘・プシューケーと巡り合えてからは、その苦悩も晴れて、世の人々が持つイメージ通りの幸せな神として生き続けている……。
終
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