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from: エリスさん
2007年07月26日 14時03分44秒
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ジューンブライド・1
一九九九年六月のある日、ヘーラーが白い反物を持参して、アテーナーが住むパルテノーン(処女神宮)を訪れた。「そなたに手伝ってもらいたいのです」ヘーラーは
一九九九年六月のある日、ヘーラーが白い反物を持参して、アテーナーが住むパルテノーン(処女神宮)を訪れた。
「そなたに手伝ってもらいたいのです」
ヘーラーはそう言って、自身が描いたデザイン画をアテーナーに見せた。
「まあ! これは!」
それは、二着のウェディングドレスだった。
もうすぐ、人間界での刑期を終えたエリスが帰ってくる。その日こそ、ヘーラーの長女・エイレイテュイアがエリスの花嫁になる日だった。
「二着もお作りになるのですか? 途中でお色直しでも?」
アテーナーの問いにヘーラーはニッコリと笑って、
「まあ、そういうことです」
「是非! 手伝わせてくださいませ! 私、裁縫には自信がありますもの」
「分かっておる。だからこそ、そなたに頼みに来たのだ」
一般に「武神」として知られているアテーナーだが、とてもそんな一言で収まる女神ではなかった。裁縫・機織(はたおり)はもちろん、音楽にも秀でる「芸術の女神」でもあり、また知恵の女神であった母・メーティスの力も存分に引き継いでいた。実に多才な女神なのである。
まさに斎王――《宇宙の意志》に巫女として仕える「宇宙の花嫁」に相応しい女神だった。
アテーナーはヘーラーが持参したデザイン画を元に型紙を作り、光沢のある白い反物を裁断していった。ヘーラーはこの作業の間は、手を出さずにアテーナーのすることを見学していた。
「見事な手さばきです。誰に教わったわけでもないのに、そなたは昔から器用に、なんでもこなしてしまった。そなたの才能のひとかけらでも、私の娘たちに分けてもらいたいものだと、何度思ったことか」
「そんな、ヘーラー様……」
アテーナーは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「私こそ、エイレイテュイアやヘーベーを羨ましいと思っていますのに。私のこんな技など、結局は独りよがりなだけです」
「謙遜を……」
ヘーラーはそれ以上追及しなかった。アテーナーがヘーラーの娘たちを羨ましがる事と言ったら、結婚と子供ぐらいしか思い当たらない。
ヘーベーは英雄ヘーラクレースを夫として、幸せな主婦となっている。
エイレイテュイアは、エリスの子供たちを我が子として慈しみ育てていた。
だがアテーナーにはそれらは許されない。
斎王の任を解かれるまでは純潔――それが使命だった。
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from: エリスさん
2007年08月22日 16時38分10秒
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「ジューンブライド・11」
6月も過ぎ、7月も終わり近いというのに、アテーナーやヘーラーの本来の仕事が忙しくて、ウェディングドレスは出来上がらなかった。
「まあ、良い。エリスが帰ってくるまでに出来上がれば。だからこそ早めに作り始めたのだから」
オリュンポス社殿でヘーラーに会った時、彼女はそんな風にアテーナーに笑いかけたという。
アテーナーも、ヘーラーが居ないときに勝手に縫うようなことはしなかったが、それでも、寝る前には必ずドレスを眺めてから寝るような日々が続いた。
そして、8月の始め。
アテーナーはヘーラーと並んで、マネキンに着せられた完成品を眺めることができた。
新緑の森を思わせる刺繍を施したドレスと、
エーゲ海の波を思わせる刺繍を施したドレス。
どちらも美しくて、ため息がこぼれる。
「素敵ですね……」
アテーナーが言うと、ヘーラーは言った。
「そなたのおかげです」
「いいえ。ヘーラー様の娘を思う一念が、これを作り上げたのですわ」
「ありがとう……では」
ヘーラーはマネキンからエーゲ海の方のドレスを脱がして、アテーナーに渡した。
「試着をしてごらん」
「……え?」
戸惑っているアテーナーに微笑むと、ヘーラーは術を使って一瞬でアテーナーをドレスに着替えさせた。
その姿にヘーラーは満足して微笑み、アテーナーは訳がわからなくて慌てていた。
するとヘーラーが言った。「それは、そなたのためのものです」
「私の?」
「《宇宙の意志》から内示がありました……」
近々、地球上にあるすべての神界において世代交代がなされ、神王は退位し、新しい神王が立てられる。それに伴い、斎王も任を解かれることになっていたのだ。
その内示に、アテーナーは驚かずにいられなかった。
「お父様は、その内示に承知したのですか!?」
あの権力に固執しているゼウスが、退位するはずがない――とアテーナーが思っていると、意外な答えが返ってきた。
「宇宙から指名された次代の王が、ゼウスもかねてより考えていた人物だったので、すぐに納得したようですよ。だから……そなたは自由を手に入れたのです。《宇宙の花嫁》から解放され、好いた殿御のもとへ嫁いでもいいのですよ」
ヘーパイストスと結婚できる――これが、そのための衣装。
アテーナーは少しずつ、けれど確実にこみ上げてくる喜びで、どうにかなりそうだった。
そして……同時に得られる、もう一つの「望み」
ヘーラーはアテーナーの頬を、両の手で優しく包み込むと、言った。
「さあ、呼んでおくれ」
「……お母様……」
もう誰に憚る理由もない。ヘーラーを「お母様」と呼べる正当な権利を、アテーナーは今、手に入れたのだ。
その嬉しさで、涙が止まらなかった。
「お母様……お母様!」
アテーナーはヘーラーにすがりつき、そんな彼女を、ヘーラーも優しく抱きしめた。
「人間の間では、〈ジューンブライド〉というものがあるそうな。それは、June(6月)がJuno――つまりローマで言うところの私に捧げられた月だからで、その私が結婚と家庭を守護することから、6月に結婚する花嫁は私の守護を受けて幸せになれる、と人間たちが言い始めたらしい。それならば、私からの直接の祝福を受けたそなたは、絶対に幸せになれないはずがない」
「お母様……」
「ありがとう。ヘーパイストスを、こんなに長く愛してくれて。そしてこれからも、あの子を頼みましたよ」
「はい……はい、必ず。幸せになります」
一九九九年。この夏、世界が改革の時を迎えていたことを、人間は誰も知らない。
悠久の時を越えてようやく願いが叶った花嫁たちがいたことも。
もはや、神界と人間界は遠く隔たれた世界として存在し、神話・伝説として語り継がれるだけに留まってしまっているのだから。
終
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