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from: エリスさん
2007年09月12日 16時11分59秒
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愛すべき「おじさん」たち・1
大地の女神ガイアは、実子である天空の神ウーラノスとの間にたくさんの子供を儲けたが、それも限界に近づいてきていて、ついには見た目が恐ろしい「異形の神」を産んでしまった――キュクロープス兄弟である。
ウーラノスはそんな我が子を忌み嫌い、キュクロープスを地の底へと突き落とし、閉じ込めた。
当然のごとくガイアはそんなウーラノスの非道に激怒し、ウーラノスを神王の座からも自分の夫という立場からも廃そうと決意し、子供たちを集めた。
「我が子を地中深くへ追い落とすような男を、神王として崇める必要はない。誰か、ウーラノスを倒して、哀れな弟を助けようという勇気ある者はいないか! その者こそ、次の神王として認めよう!!」
ガイアの息子たちは、次の神王になれる、という野心に胸を膨らませつつも、ウーラノスへの恐ろしさで名乗り出ることができなかった。――ただ一人を除いては。
長男・クロノスだけは、野心ではなく、純粋にウーラノスの非道に激怒し、哀れな弟たちに同情したのだった。
「キュクロープスの二人は、わたしが必ずや助け出します!」
そしてクロノスはその宣言どおりにキュクロープスを助け出し、ウーラノスを追い落としたのだが……その時、ウーラノスは自らの死と引き換えに、クロノスに呪いをかけたのだった。
キュクロープス兄弟――プロンテースとステロペースは、こんな経緯からクロノスに引き取られることになった。本当はガイアが最果ての社殿で一緒に暮らすつもりでいたのだが、二人がクロノスに懐いてしまって離れようとしなかったのだ。二人にとってはクロノスは命の恩人、尊敬すべき兄である。そんな風に慕ってくれる弟たちを、クロノスも快く引き受けたのだった。
クロノスの妹・レイアーが、クロノスの正妃として迎えられたのはその直後だった。
レイアーも見た目恐ろしい二人を気味悪がりもせず、良く世話をしていた。
クロノスとレイアーは誰もが羨むほどの仲睦まじい夫婦になり、そんな二人を見てキュクロープス兄弟が焼き餅を焼くこともあった――それを象徴するようなエピソードがある。
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コメント: 全9件
from: エリスさん
2007年10月05日 14時28分20秒
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「愛すべき「おじさん」たち・9」
キュクロープス兄弟のことは、子供たちも面識はあった。ただあまり話をしたことがなかったのは、キュクロープス兄弟の特殊能力ゆえに、怪我をさせてはいけないという、大人たちの配慮からだった。
しかし、これから子供たちがやろうとしていたことが、あまりにもキュクロープス兄弟の気を引いてしまって、彼らは思い切って声をかけてきたのである。
「わほわほ!」
「え? 一緒にやりたいの?」
「うほうほ」
「溶鉱炉の代わりができるって? 大叔父様に?」
ヘーパイストスの問いかけに答えるため、プロンテースはお鍋の半分を手に取った。
そして、それに向かって口から火を噴いたのだった。
お鍋は一瞬にして、熔けかかった鉄の塊となった。
プロンテースはそれを握ったまま、金床(かなとこ。鉄を叩いて鍛えるための台)に置いた。
「わほ!」
「ハイ、大叔父様! よォーし、いくぞォ!」
ヘーパイストスはそれをハンマーで叩いて、平たく伸ばしていった。何度も叩いて、ときにステロペースが冷水を出して冷やして、またプロンテースが火を浴びせて、叩いて伸ばして……三人のコンビネーションで、短剣は見事に出来上がった。
「はい、兄上。出来立てのほやほや!」
ヘーパイストスが誇らしげに笑っているのを、キュクロープス兄弟も満足そうに見つめている。
するとアレースは、目の前で繰り広げられた名人芸に感動して、こう言った。
「すごいや! ヘースも凄いけど、俺、大叔父様たちにこんな特技があったなんて知りませんでした! かっこいいです!」
それを窓から覗いていたガイアたちも、感心した。
「これは、キュクロープスは自分たちで再就職先を見つけたようだね」
ガイアが言うと、ちょっと困ったような顔をしてゼウスが頷いた。
するとレイアーが「なにをぐずぐずしているの」と、ゼウスの背中を押した。
「早く行ってらっしゃい。そしてヘーパイストスに頼むのです」
「……わかりました」
ゼウスがあまり気乗りしない理由は、ヘーパイストスが自分の子ではなかったため、継子いじめをしてしまった過去があったからだ。そんな自分がヘーパイストスにお願い事をしようなどとは……相手はどんな顔をするだろう?
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from: エリスさん
2007年10月05日 14時09分07秒
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「愛すべき「おじさん」たち・8」
ヘーパイストスはその場で術を使って、金はさみやハンマーなどを出し、ついには、
「出でよ、溶鉱炉!」
と叫んだので、「馬鹿者!」とヘーラーに頭を小突かれた。
「こんな部屋の中で溶鉱炉など出すのではありません! 火事になったらどうするのです! お庭でやりなさい!」
「ハ〜イ……」
子供たちは手分けして、今出した道具を庭に運び出した。
その様子を、キュクロープス兄弟は興味深そうに見ていた。
庭に出たヘーパイストスは、まずアレースに、彼の剣術の腕を見込んでお鍋を真っ二つにしてくれるように頼んだ。
「まかせろ! ていやァー!」
アレースは剣を両手で握って、お鍋を真っ二つに切り裂いた。その見事な剣さばきに、ヘーパイストスとアテーナーは拍手を送った。
「それじゃ先ず兄上の短剣から作るね。このうちの一つをこれから熱で溶かします。さあ行くよォ〜」
ヘーパイストスは両手を広げて、術を使うために力を籠めた。
「出でよ、ようこう……」
その時だった。
「わほ!」
背後から声をかけられて、ヘーパイストスはびっくりして力を分散させてしまった。振り返るとキュクロープス兄弟が立っていた。
「あっ、大叔父様たち!」
その声を聞いて、部屋の中に居たガイアたちが驚いた。そして部屋の中を見回して、さっきまで居たはずのキュクロープス兄弟を探す……。
いつの間にか、キュクロープス兄弟は庭の子供たちのところへ行ってしまっていたのだった。
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from: エリスさん
2007年09月26日 16時40分13秒
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「愛すべき「おじさん」たち・7」
「それでは困るから、お二人にご相談にきたのです!」
ゼウスは思わず席から立ち上がった。「お願いですから、ちゃんと考えてください。叔父上たちの次の職務を、もっと真剣に!」
するとレイアーは言った。「それは本来、そなたの役目です」
しばらくの沈黙。
レイアーはそんな空気に飽き飽きして、ため息をついた。
「いつまで立っているのです、みっともない。とりあえず座りなさい」
ゼウスは言われるままに席に着いた。
「そもそも、私はキュクロープスに殺人兵器のみを造らせるような職務はさせたくなかったのです。あの子達は優しい子です。そんな役目は似合っていない。それでもあえて私が何も言わずにこれまできたのは、それがクロノスの遺言だったからです――我が子に仕えてくれ――その一言のために、私は黙ってきたのに……そなたはキュクロープスにそんな職務しか与えてやれずに、しかも用無しになったからと解雇しようとしている。まったく、これを愚か者と呼ばずしてなんと呼べば良いのか」
レイアーは飽きれた表情と嘆きの表情を交互に見せながら、息子に切々とそう語った。
そして、窓際で庭を眺めていたキュクロープスを呼んだ。
「もう良い。おまえ達、ここで私と暮らしなさい。職務は私の癒しとなること。私の話し相手となり、一緒にクロノスのことを想っておくれ。もう、人を殺すための雷電など造ってはならぬ」
すると、プロンテースもステロペースも、首を横に振った。
「うほほ、ほほ、ほほほ(それでは、姉上に甘えているだけです)」
「わほほ、ほほ(僕たちは自分たちの力で生きなければ)」
「でもね、おまえ達の力を平和的に使える神など、このオリュンポスには……私はね、おまえ達の力を悪用されるのが我慢ならないのよ」
「母上!」と、ゼウスは思わず叫んだ。「わたしは別に悪用など!」
「人殺しの道具にしか使っていなかったではないの!」
「罪人を懲らしめていただけです!」
「結果的に同じです!」
「仕方ないではありませんか、私は雷神なのですよ!」
ますます親子喧嘩がエスカレートしていきそうだったので、ガイアとヘーラーが止めに入った。
――子供たちが入ってきたのは、そんなときだった。
「ガイア大おばあ様! このお鍋、いる?」
ヘーパイストスが持っていたものは、穴の開いたお鍋だった。
「ああ、台所に置いてあったものだね」と、ガイアは答えた。「それは長年使っていたから穴が開いてしまったんだよ。ヘース、欲しいのかい?」
「うん! これで面白いものが造れそうなんだ。今ね、僕の頭の中でいろんなイメージが湧いてきてるんだ」
「そうかい。ではあげるよ。好きなようにお使い」
「ありがとうございます!」
ヘーパイストスは嬉しそうに返事して、そして、大きな声でアレースとアテーナーを呼び寄せた。
「兄上は短剣、パラスはペーパーナイフが欲しかったんだよね。ねえ、一緒に造ろうよ」
「ハイ! お手伝いします!」
と、すぐに答えたのがアテーナー(パラス)。
そしてアレースも「面白そうだな、やるやる」と同意した。
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from: エリスさん
2007年09月26日 15時52分28秒
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「愛すべき「おじさん」たち・6」
それから更に数年後。
ゼウスも一人前の大人になり、多くの子供にも恵まれていた。
雷神としての力も、当然のごとくオリュンポスの中で最強となったころ、問題が起きた。
ゼウスの代わりに雷電を造る役目を負っていたキュクロープスは、すっかり用無しになってしまったのだ。
困ったゼウスは、最果てに住む母・レイアーと、祖母・ガイアを訪ねることにした。
「どうしたらいいでしょう……?」
ゼウスが本当に困り顔でそういうと、母・レイアーは答えた。
「愚か者めが」
相変わらずゼウスには厳しいレイアーだった。
さて、そこにはゼウスの正妻・ヘーラーと、ヘーラーの子供たち、そして当時はまだ「パラス」と呼ばれていたアテーナーが付いてきていた。せっかく最果てに行くのならと、自分も母と祖母に会いたかったヘーラーが子供たちも連れてゼウスの馬車に同乗してきたのである。――とはいえ、子供たちは難しい話は嫌いなので、大人たちが話している間、それぞれに社殿の中を探検して歩いた。
「お母様、愚か者の一言で済ませている場合ではございません。キュクロープスの叔父様方にとっては、仕事を失うことは生きる糧を失うも同じことなのですよ」
ヘーラーの言葉に、ガイアが同意した。
「働かざるもの食うべからず。ただ遊んでいるだけの者に神食(アンブロンシア)を与えることはできぬ。しかもキュクロープスの二人は、我々のように〈大地の司〉とか〈太陽の司〉〈雷の司〉などの〈司るもの〉がない。我々のように、ただ存在していることこそが大地の、太陽の、雷の象徴なのだと、そう位置づけることができないから、なにか役目を与えてやらなければ、あの二人は神食を手に入れることができずに、飢えて死ぬことになろう」
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from: エリスさん
2007年09月21日 16時28分47秒
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「愛すべき「おじさん」たち・5」
だが、ウーラノスの呪いは成就されなかった。
クロノスを刺したのは、レイアーが握る短剣だったからだ。
「あなたに惨い死に方なんかさせない……あなたは、私の腕の中で眠るのよ」
「ありがとう、レイアー……」
レイアーはクロノスの胸から短剣を抜くと、すぐさま自分の胸にも刺そうとした。だが、それを最後の力で引きとめたのはクロノスだった。
「君は生きろ……子供たちを、見守っていてくれ」
そう言い残して、クロノスは息絶えた。
涙に暮れるレイの横を、キュクロープスは必死に涙を堪えて通り過ぎた。そして、ゼウスの前に跪いたのだった。
「あなた達、なぜ?」
「うほほ、うほ(兄上の遺言だから)」
「わほわほほ(わたしの息子に仕えてくれと)」
「わたしの息子? ゼウスのことを、そういう風に……」
自分の血など引いていないと分かっていたはずなのに、我が子と呼んでくれたクロノスの優しさが、レイアーには悲しくて愛しかった。
そうしてキュクロープスはゼウスに仕えることになった。主な仕事は、雷神でありながらまだ雷電を思うように作り出せない彼の代わりに、キュクロープスが作り出すことである。
「すごい。プロンテース叔父様の雷電は熱くて、ステロペース叔父様のは冷たいんだ」
「わほほうほほほ(それでも君なら、火傷も凍傷もなく持てるだろ?)」
「えっと……火傷もしもやけもないよね? って聞いたんですよね。はい、大丈夫です」
「わっほほ、ほほほ(それが君が雷神である証だよ)」
「雷神である証……そうか。ありがとうございます。僕、叔父様たちのおかげで、強くなれそうです」
まだ会話がおぼつかなかったが、それでもゼウスは二人に急速に懐いていった。
それなのに……。
「え? 〈おじさん〉って呼んでくれって? ダメですよ。僕は神王なんですよ。威厳にかかわります」
もっと親しくなりたいキュクロープスの願いを、あっさり断ってしまっていた。
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from: エリスさん
2007年09月21日 15時28分01秒
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「愛すべき「おじさん」たち・4」
「あなたから引き離されたら、生きてはいけない!」
レイアーは泣き叫びながら嫌がったが、このまま二人が一緒にいれば、またレイアーが懐妊して、その子がクロノスに殺される悲劇が続いてしまう。二人の母である大地の女神ガイアは、心を鬼にしてレイアーを自分の社殿に連れて行ったのだった。
その時、キュクロープス兄弟も見送りに出ていた。すっかり大きくなって、背の高さなどクロノスや他の兄たちに負けないほどに成長した彼らだったが、優しい姉が連れて行かれるのは寂しいもので、二人とも涙を見せた。
そんな弟たちに、レイアーは馬車の中から叫んだ。
「プロンテース! ステロペース! お願い、あの人を――クロノスを一人にしないで! 一番寂しいのは、あの人のはずだから!」
確かにレイアーの言う通りなのかもしれない。だが、一人で部屋に佇んでいたクロノスの顔は、穏やかだった。
「これでいいんだよ。レイアーが傍にいると、わたしは自分を抑えられずに、彼女に救いを求めてしまうからね――その結果、子供がさずかり……わたしはその子を、殺してしまうだろう」
キュクロープスはクロノスの話を、黙って聞いていた。
「それにね、昨日気づいたんだが、もう彼女の胎内には子が宿っているらしいんだ。おかしいだろう? 彼女とはあれ以来、寝室を別にしていると言うのに……どうやら、彼女は無意識に使ってしまったらしいね。《単身出産能力》を」
ギリシアの女神の中には、一人で受胎して出産する能力を持つものが何人かいる。その代表格がガイアである。その娘のレイアーが能力を受け継いでいてもおかしくはなかった。レイアーは、クロノスを愛するあまり、単身で「クロノスの子」を身籠ってしまっていたのだ。
「その子はきっと無事に生まれてきて、そしてウーラノスの呪いどおりに、わたしを殺しにくるだろう。そうしたら、おまえ達、次はその子に仕えてやってくれ。わたしの大事な息子だから、おまえ達に預けるよ」
それから、四年後。
レイアーが単身で産んだ男児・ゼウスは、難を逃れて成長し、クロノスの前に立ちはだかった。
クロノスの血を引いているはずがないのに、ゼウスの顔は、クロノスの幼少期にそっくりだった――レイアーの想いの深さが起こした奇跡なのだろうか。この直前にクロノスの腹から助け出された五人の子供は、誰一人としてクロノスに似ていないというのに。
「覚悟召されよ、父上!」
「遠慮なくかかってまいれ、我が息子よ!」
実年齢三歳のゼウスが放つ弱弱しい雷電に対して、クロノスは本気で剣を向けていた。
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from: エリスさん
2007年09月21日 14時53分16秒
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「愛すべき「おじさん」たち・3」
彼らの生活が変わりだしたのは、レイアーが初めの子を身籠った時からだった。
ウーラノスの呪いにより、クロノスは惨たらしい悪夢を見るようになり、その夢の内容ゆえに、正気を失ってレイアーの腹の子を殺そうとするようになった。
「胎児を殺さなければ、わたしが殺されるのだ! あんな! あんな惨い殺され方で!!」
「落ち着いて、クロノス! それは夢よ!」
そんな風に、夜中に二人が言い争っているのを、キュクロープス兄弟は何度も耳にしていた。が、何もできはしなかった。
そして、レイアーが産気づいて産屋に運ばれた、あの日。
「いやァ―――――――――――――――――――――!!」
一番遠い部屋にいた二人のところまで、レイアーのその悲痛な叫びは聞こえてきた。
正気を失ったクロノスが、生まれたばかりの女児を手のひらにのるぐらいの小ささに縮めてしまい、あろうことか飲み込んでしまったのだと、後で聞かされた。しかもクロノス自身はそのおぞましい行為を、すっかり忘れてしまっているという。
キュクロープス兄弟にそのことを語って聞かせたのは、レイアーだった。
「分かっているの。あの人は自分の意思でそうしたのじゃない。すべてはウーラノスが見せる呪われた夢のせい。あの人はなにも悪くないわ! 分かっているのに……」
自分の娘を目の前で飲み込まれてしまった悲しさと、それでもクロノスを想う気持ちが絡まりあって、レイアー自身も正気を保っているのがやっとのようだった。
そんな姉に、二人は頬を摺り寄せて励ますのだった。
それから二度、同じことがあった。
二度目の出産の時に生まれた双子の女児と、三度の目の出産で生まれた双子の男児。計五人の子供が、クロノスの腹の中に納められてしまったのだ。そのたびに、クロノスは記憶を失っているのだが……双子の男児を飲み込んだときは、子供たちの抵抗が激しかったために、手に感触が残った。
「教えてくれ、レイアー……わたしは、何をしたのだ?」
「なにも……あなたは何もしていないわ。私が、あなたの御子を死産しただけ……」
「嘘を言わないでくれ! ではこの、手に残る感触は、ぬくみはなんなのだ! わたしは!………………今までも、自分の子を、この手で……」
「すべてはウーラノスの呪い! お願いだから、自分を責めないで!」
それからしばらくして、レイアーはクロノスのもとから離されることになった。
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from: エリスさん
2007年09月12日 16時56分57秒
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「愛すべき「おじさん」たち・2」
クロノスとレイアーが休日に花園で戯れていた時――ちょうど鬼ごっこをしていたのだが(夫婦になったとはいえ、実年齢はまだ10代の二人だった)、そんな二人に焼き餅を焼いたキュクロープス兄弟が、クロノスの腰に両腕で纏わりついてきたのだ。
その途端、クロノスは熱さと冷たさで、
「あっつ! いや、冷た! いや、あつ! 痛いッ痛いッ痛いッ」
と悶絶したと言う。それはそうだろう。プロンテースは手から熱気を、ステロペースは冷気を発することができる特殊な体だったのだから。それでもまだ子供だったので威力は軽いものの、クロノスの腰周りに火傷と凍傷を作るには十分な力だった。
クロノスの治療にあたったレイアーは、その怪我の状況を見て、悲鳴をあげてしまった。
「まあ、なんてことなの! 火傷のすぐ上に霜焼けだなんて! 薬をつけても混ざり合って悪影響を及ぼしそうで、怖くて治療できないわ!」
レイアーがあたふたしていると、クロノスは彼女の肩を叩いて、
「落ち着いてッ、神は治癒力が強いのだから、そんなに心配しなくてもすぐに治るさ。それよりも……」
と、部屋の隅を指差した。
そこには、大好きな兄に怪我を負わしてしまった小さな弟たちが、ショボンと肩を落として佇んでいたのだ。
レイアーもそれを見て、自分の言葉が二人を追い詰めてしまったことに気づいた。
レイアーは夫の治療を侍女たちに任せると、二人の方へ行った。
「ごめんなさいね、あなた達を責めるつもりはなかったのよ。あなた達はただ、大好きなお兄様に“大好きだよ”って態度で示したかっただけなのよね」
すると二人は、弱弱しくと声を揃えて言った。
「………わほ(うん)」
言葉が不自由な二人だが、レイアーもクロノスも、二人の心を読むことでいつも会話を成り立たせていた。
「分かるわ。私もクロノスが大好きだから、ついつい抱きしめてしまいたくなるの。それはきっと自然なことだと思うわ。でもあなた達の手では、可哀想だけど、それは出来ないわね」
「わほ」
「でもね、抱きしめる事だけが愛情表現ではないのよ。二人とも、顔を上げてごらんなさい」
二人がおそるおそる顔を上げると、レイアーは先ずプロンテースの頬に自分の頬を摺り寄せた。そして同じように、ステロペースの頬にも。
「これも、“大好き”って意味の表現になるわ。どう? 素敵じゃない? 大好きなあなた達だから、私は今、頬を寄せたくなったの。自然な動きだわ」
すると二人は笑顔になって、何度も頷いたのだった。
「よかったな、プロンテース、ステロペース」と、クロノスが笑いかける。「今のを、わたしにもしてくれないかな?」
二人は喜んで駆け出して、プロンテースはクロノスの右頬に、ステロペースはクロノスの左頬に、ほぼ同時に擦り寄ったのだった。もちろん、今度はクロノスを怪我させないように自分の手を後ろに回す気遣いも忘れなかった。
以後、この「ホッペスリスリ」がキュクロープス兄弟の愛情表現の定番になったのである。
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from: エリスさん
2007年10月05日 15時00分38秒
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「愛すべき「おじさん」たち・10」
庭へ降りてきたゼウスは、楽しそうに次の作業にかかっている彼らに、おそるおそる声をかけた。
「あのォ……そのォ……なんですな……」
そんなゼウスの態度を不審に思ったヘーパイストスは、
「どうかなさったのですか? 陛下」
「いやァ、その、なんだ……ヘーパイストス殿に頼みがあるのだが……キュクロープスの叔父上たちを、御身のもとで働かせてやってはくれまいか。そのォ……できればそうしてほしいのだが……」
すると、ヘーパイストスは母神・ヘーラーの方を見て、どうしよう、という気持ちを表情で見せた。
なのでヘーラーは、微笑んで見せた――大丈夫よ、思ったことをお言いなさい、という気持ちをこめて。
その気持ちを読み取ったヘーパイストスは、ニコッと笑ってこう言った。
「お父様! それはお言葉が違います」
ヘーパイストスの言葉に、ゼウスはちょっとびっくりした。
「〈ヘースや、おまえにキュクロープス叔父上をお目付け役としてつけてやるから、ちゃんと言うことを聞いて、面倒を見てもらえ!〉……と、そういえば宜しいのです。そうでしょ? だって僕たち親子なんですから!」
その言葉にゼウスは安堵して、笑顔がこぼれた。
「そうだな。わたし達は親子になったのだから、それで良かったのだな」
そしてゼウスはキュクロープス兄弟の方を向いて、言った。
「叔父上方、お聞きのとおりです。どうぞわたしの息子の面倒をみてやってください。ご覧のようにやんちゃな奴で、危ないことも平気でやりますので。お二方がいれば安心です」
キュクロープスはもちろん、笑顔で承諾した。
そして、ヘーパイストスに話しかけた。その内容は……。
「〈おじさん〉? おじさんって呼んでほしいの? いいんですか!」
ヘーパイストスの返答にキュクロープス兄弟が大層喜んでいるのを見て、ゼウスはハッとさせられた――自分は神王の威厳や世間体を考えて、叔父たちの望みを叶えてあげられなかったものを、ヘーパイストスは簡単に叶えてあげていたのだ。
「もちろん喜んで! 僕、大叔父様って言いづらいなァって思っていたんです」
こうしてキュクロープス兄弟はヘーパイストスのもとで働くことになった。それは主従関係とは異なって、どちらかといえば、ヘーパイストスがキュクロープス兄弟の「息子」になったような感覚だった。実際、ゼウスよりもヘーパイストスはキュクロープスに懐いたのである。だからといってゼウスが不満に思うこともなかったが。
後日、レイアーが彼らの仕事場を訪ねていった時、彼らは姉にこう言ったそうである。
「ゼウスは顔はクロノス兄上に似ていたけど、兄上の優しさは、ヘーパイストスの方が受け継いでいます」
「それを感じたからこそ、わたし達はヘーパイストスと居ることを選んだのです」
と――。
終
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