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from: エリスさん
2008年01月04日 14時58分23秒
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禁断の花園・1
彼女を「妹」と呼んでいいのだろうか。ギリシア旅行から帰ってきた私――片桐枝実子は、以前よりも過去(前世)のことを思い出すことが多くなっていた。その中で
彼女を「妹」と呼んでいいのだろうか。
ギリシア旅行から帰ってきた私――片桐枝実子は、以前よりも過去(前世)のことを思い出すことが多くなっていた。その中でもここ最近気に掛かっていたのが、彼女のことだった。
血のつながりは無い。けれど……。
「なに考え込んでるの?」
私がティーカップを見つめながら昔のことに思いを馳せていると、親友の乃木章一が声をかけてきた。――今は仕事の合間の休憩時間だったのだ。
「このところ変なんですよ、エミリー先生ったら」
弟子の新條レイもそう言って、クッキーを一口食べる。「なんだか知らないんですけど、良く考え込んでるんです」
「へェ……恋煩いでもしてるの?」
章一の冗談に、バカね! と笑い飛ばす。
ちょうどそこへ電話が鳴った。一番近いレイがすぐさま駆け寄って、出る。
「ハイ、嵐賀です。……あっ、佐姫出版の。ハイ、嵐賀レイは私です……」
レイが電話の応対をしている間、章一が小声で話しかけてくる。
「昔のこと?」
「……ええ」
「今度は何を思い出したの」
「うん……」
もし、彼の前世が私の思っている通りの人だとすると、彼女の姉はむしろ章一の方なのだが……彼女が生まれた時、彼はすでにかの地にはいなかった。だから「あなたの妹のこと」と言っても、実感が沸かないだろう。
神話や伝説でさえ忘れ去られた彼女の存在を口にするのは、もしかしたら、私が敬愛申し上げるあの御方にとっても不名誉なことなのかもしれない。
けれど、彼女は確かに存在していた。数奇な運命に弄ばれながら。
その時代、かの地で、私は「不和女神エリス」と名乗っていた。
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from: エリスさん
2008年03月17日 14時21分18秒
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「禁断の花園・35」
「まあ! なんて素敵なところ!」
ペルセポネーは両手を握り合わせて感動していた。
目の前に広がるのは、緑の森に囲まれた泉。その泉は太陽の光を受けて、まるで自ら輝いているように金色に煌めいていた。
ペルセポネーの喜びに気を良くしたように、エイレイテュイアは言った。
「いいでしょう? 私の秘密の場所なのよ」
――そこはカナトスの泉だった。ペルセポネーを純潔に戻すために、エイレイテュイアたちは嘘をついて連れ出したのである。
恐怖の記憶をすっかり忘れたペルセポネーは、なんの疑いもなく異母姉たちに付いてきた。
「この泉はね、病気の治癒に効果があるの。あと、美容効果もね」
エイレイテュイアはそう言うと、率先してキトン(ギリシアの民族衣装)を脱ぎ始めた。
「さあ、ペルセポネーも遠慮しないで」
ヘーベーも続けてキトンを脱ぐので、恥じらいながらもペルセポネーはキトンを脱ぎ、泉の中へ入っていった。
「うわっ、冷たくて気持ちがいい……」
足をつけただけなのに、ペルセポネーは大はしゃぎだった。
「もっと奥までいらっしゃい。肩まで浸かれるぐらいの深さまで」
エイレイテュイアの手招きに、ペルセポネーは転ばないようにゆっくりと歩いていき、彼女のそばで身をかがめた。
その途端、あっ、とペルセポネーは声を漏らした。
「どう?」
エイレイテュイアが聞くと、
「なんだか、お腹の中が引き締まったような感覚があったわ」
「それはきっと、胃腸が弱っていたんだと思うわ。それが今、治ったのよ」
「ええ、きっとそうね、お姉様……でも不思議、どうして私、十ヶ月も眠っていたのかしら」
記憶を消したのはいいが、月日が経っていることを誤魔化すことはできず、ペルセポネーはずっと眠っていたことにされたのである。
「ペルセポネーは意識を失くされる前、ハーデース様と野遊びをなさっていたそうですね」
そう言ったのはエリスだった――エリスは泉には入らず、岸辺で精霊の少女と一緒にいた。
「ええ、そうなの。綺麗な花を見つけて、叔父様に摘んできてもらいに行ったところまでは覚えているのよ……」
「ハーデース様は油断して、足を滑らせたと聞いていますが」
「そうだったみたいね。そこは覚えていないのだけど、叔父様がそうおっしゃっていたわ」
「ペルセポネーはその時、愛する恋人の危機に失神してしまわれた。もしかしたらその一瞬で、永遠に会えなくなってしまうかもしれない……その恐怖が、あなたを長い眠りにつかせたのですよ」
「そう……なのかしら?」
「つまりこうゆうことね」と、ヘーベーが言った。「それだけペルセポネーは、ハーデース叔父様を熱愛しているってことよ」
「やだ、ヘーベー姉様ったら!」
ペルセポネーが恥ずかしがっている間に、エリスは精霊の少女を連れて歩き出した。
それに気づいたペルセポネーは、
「あら、エリスは入らないの?」
「いいのよ。エリスお姉様には野暮用があるの」
と、ヘーベーが言うと、エイレイテュイアが面白くなさそううな表情をした。
「あの子はなんだったの?」
「私たちが雇っている、この泉の番人。そして、エリスお姉様の恋人」
「ああ、そうゆうことなの」
新たな来訪者が来たのは、そんな時だった。
「まあ、こんなところに、こんな綺麗な泉があっただなんて」
月と狩猟の女神・アルテミスだった。そばには従者らしい女も居る。
「あら! アルテミス」
と声を掛けたのはエイレイテュイアだった。「狩りの帰り?」
「はい、エイレイテュイア様。だけど今日はいい獲物が見つからなくて、代わりに、ちょっと転んで膝を擦りむいてしまいましたの。差しさわりなければ、ここで膝を洗っていっても構いませんか?」
「だったらちょうどいいわ。この泉は治癒の泉なの。あなたも水浴びをしていきなさいな」
「よろしいのですか?」
「どうぞ。さあ、あなたもキトンを脱いで」
アルテミスは遠慮なくキトンを脱いで、従者の女に手渡した。
そして泉に入ってくると、彼女もペルセポネーのように声をあげた。
「大丈夫?」
ペルセポネーに聞かれて、アルテミスは恥ずかしそうに答えた。
「はい。ちょっと……他にも擦り傷があったようで、沁みましたの」
「だったら、もう大丈夫よ」
とエイレイテュイアは言って、アルテミスの方へ近づいた。「この泉に浸かれば、たちまち治ってしまうから」
そして、水の中でアルテミスの手をとったエイレイテュイアは、ペルセポネーに気づかれないように耳打ちをするのだった。
「気をつけなさい……」
「すみません……」
岸にいる従者は、それまで緊張した面持ちをしていたが、ようやく安堵の息をついたのだった。
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