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from: エリスさん
2008年06月06日 14時51分05秒
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泉が銀色に輝く・1
一人の精霊が、泉の中を歩いていた。
夜更けた森は静かで、ただ梟の声だけが物悲しく漂うばかり。
泉の中の精霊は、なをマリーターと言った。彼女は中ほどで立ち止まると、右手にすくった水を弄ぶかのように空中へ投げた。
水飛沫は月の光を含んで、金色に輝いた。……だが、マリーターには、それは金色には見えなかった。
泉の水、全てが他の色に見えていた。
「泉が……泉が銀色に輝いている……」
マリーターは笑いながら、バランスを失って倒れ、そのまま水面に浮かんできた。
今、マリーターには月しか見えていなかった。
「月が! 月が泣いているわ、お母様!」
その笑い声は、狂気の声……。
泉のすぐ傍の木の下では、生母である女神が腰を下していた。
すでに、涙さえ出なくなってしまっていた。
第 1 章
「何も母親がアルテミスに仕えていたからと言って、そなたまで彼女に仕えることはないのだ」
オリュンポス神界の王后・ヘーラー女神の仰せはとても有り難いものだが、こればかりは自分ではどうにもならない――と、森の精霊・シニアポネーは思っていた。
彼女は、銀弓と月の女神・アルテミスの領地である森の一部を守ることを仕事とし、お声が掛かれば女神について狩りに出ることもあった。銀弓の女神の従者に相応しく、見事なまでの長い銀髪をしており、目鼻立ちも整った美人なのだが、もっと美しい女神たちを見て育ったせいかその自覚がなく、美人にありがちな心驕りも全くなかった。
ただ一つ困った点は、背丈だった。
オリュンポスの精霊は女しか存在しないのだが、彼女たちの背丈は人間の女の背丈とほとんど大差ない。なのに、シニアポネーは人間の男並みに背が高いのである。ちなみに女神は人間の男よりちょっと背が高いぐらいなので、シニアポネーには神の血が流れているのではないか、などと言われてしまうことがある。そのたびに彼女は恥ずかしい思いをするのだった。
ある日のことだった。ヘーラー女神のもとへご機嫌伺いに行こうと思い、その手土産に何か捕えて献上しようと、弓矢を持って森の中を歩いていた。
すると、前方から誰かが駆けてくる足音と、獣の鳴き声が聞こえてきた――だんだんこっちに近づいてくる。
『なんだろう? 危険だわ』
シニアポネーは近くにあった木によじ登って、様子を窺うことにした。――登り終えて見下ろしたちょうどその時、人間の男がそこを通りぬけた。そして粉塵をあげながら追いかけてくるのは、大きな猪である。
すでに矢をつがえていたシニアポネーは、猪と分かるやいなや、それを放った。
狙い誤らず、矢は猪の後頭部に突き刺さった。
猪の断末魔の声を聞いて、男は振り返り、足を止めた。
猪が完全にこと切れているのを遠目に確認した彼は、その場にペタリと座り込んでしまった。当然ながら、息がとても荒くなっている。
だが、シニアポネーが木から飛び降りるのを見ると、ニコッと笑うのだった。
「ありが……とう……ございます」
それを見て、シニアポネーもニコッと笑い返した。
「どういたしまして」-
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コメント: 全59件
from: エリスさん
2008年12月19日 14時24分42秒
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「泉が銀色に輝く・58」
最 終 章
ゼウスの前でいろいろと裁かれたアルテミスとアポローン姉弟だったが、結局お咎めなしということになった。
もちろん、アルテミスはマリーターに掛けた術を解くことになった。
アルゴス社殿のマリーターの部屋で、それは行われた。その間、ヘーラーと娘たちは、隣室でまだかまだかと、イライラしながら終わるのを待っていた。
「誰にも解けぬと思ったら」と、ヘーベーは口を開いた。「何重にも重ねた術だったのね」
「アルテミスに聞いたら、三時間ぐらいかけたそうだ」
と、エリスは言うと、盃に口を付けた……が、すでに空になっていたのに、それにも気付かないほど、心ここにあらずだった。
するとエイレイテュイアは、深いため息をついた。
「そんなことをするぐらいなら、私に相談してくれれば良かったのよ。あのときのように、助けてあげられたのに……」
その時だった。
「あの方も悩んでいらしたのです、お姉様。こんなことをする前に、あなたに打ち明けるべきではないのかと」
そう言いながら、部屋に入ってきた者がいた。――なんと、記憶と理性を取り戻したマリーターが、チャームポイントの愛らしい笑顔でそこにいたのである。
「おお、マリーター!」
すぐさまヘーラーが駆け寄り、きつく抱き締めた。「そなた、元に戻ったのだな。私のことも、皆のことも分かるのだな?」
「はい、お母様。エイレイテュイアお姉様に、ヘーベーお姉様、そしてエリスお姉様!」
マリーターは皆の顔を見ながら、順々に名前を呼んでいった。そして呼ばれた方もその都度、妹のそばへと駆け寄る。
「お母様、すみませんが、今すぐ会いたい人がいるのです」
マリーターに言われて、ヘーラーは娘から体を離して、
「おお、そうでした」と、目じりの涙を拭った。
「ヘーベー、ティートロースを呼んできなさい。広間でアレースたちと待っているから」(男神たちはなにかと邪魔になるからと、別室で待たされていた)
するとマリーターが「いいえ、待って」と、行きかけていたヘーベーを止めた。
「ティートにも会いたいけど、今はそれよりも、やらなければいけないことがあるのです。お願い、ヘーベーお姉様。私の親友を……ここに来ているのでしょ?」
「ええ、彼女ね。分かったわ」
ヘーベーは微笑み返すと、廊下を小走りで去って行った。
そしてマリーターは、エリスが手に持っていた盃に触れた。
「貸して、お姉様」
「ん? ああ……空だよ?」
「ええ、だからよ」
マリーターはその盃を受け取ると、自分の部屋へ戻って行った。皆もついて行くと、そこには術を解き終わったがために貧血を起こしてアルテミスが倒れていた。
あわててエイレイテュイアが抱き起している間に、マリーターは盃を両手で持って、呪文を唱えた。すると、盃の底から銀色に光る水が湧いてきて、満ち溢れた。
精霊として生きていた年月が長かったのであまり知られていないが、マリーターは本来、水を操る女神なのである。
その水をマリーターが飲ませてやると、アルテミスは意識を取り戻した。
シニアポネーがヘーベーに連れられて入ってきたのは、そんなときだった。
マリーターはアルテミスの肩に手を置きながら身をかがめると、こう言った。
「我が異母姉にして、親友・シニアポネーの御母君、アルテミス様。もう、あなたのしたことを咎めたりは致しません。その代わり、お願いがあります」
マリーターはシニアポネーの方を振り返って、微笑を投げてから言った。
「シニアポネーのための、花嫁衣裳を縫ってください」
それを聞いて、驚いたのはアルテミスだった。
「あなた、正気を失っていた間のことを、覚えているの!?」
「ええ、少しだけ。でも、シニアポネーのことは、あなたが私にかかった術を解いてくれている間に、あなたの記憶が流れてきて、知ることができました。……アルテミス様はね、シニア。本当に後悔しておいでよ。あなたにしてしまった事、なにもかもを……そして、苦しんでいたの。愛したくても愛せない、そんな切なさに苛まれて。だから……」
マリーターは立ち上がると、シニアポネーを真っ直ぐに見詰めた。
「許してあげましょう、あなたのお母様のことを」
「ええ、マリーター。もう許しているわ。いいえ、憎んでもいないのよ。初めから、アルテミス様のことだけは憎めなかった。それはきっと、無意識にも分かっていたのね。この方こそが、私に血を分けてくれた母だと」
「それじゃ、アルテミスが花嫁衣裳を縫ってくれたら、喜んで受け取るわね」
「ええ。あなたがヘーラー様から贈られた花嫁衣裳を喜んだ時のように!」
「じゃあ、アルテミス様が花嫁衣裳を縫い終わったらすぐに、私たち、一緒に結婚式を挙げましょう!」
そして再びアルテミスの方を向いたマリーターは、「よろしいですね?」と念を押した。
「ええ。心を込めて縫わせていただきます」
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from: エリスさん
2008年12月19日 13時44分41秒
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「泉が銀色に輝く・57」
二人の姿を見て、アテーナーは言った。
「こういうことなのですよ、アポローン。あなたも分かっていたでしょう? 愛する者同士が結婚する。片方だけの思いを成就させても、結局は不幸になるだけなのです。また、秩序の点から言っても、今はもう親と子が結婚しなければ天地創造がなされなかった時代ではありません。つまり、どんなに愛していても、父親が娘を組み敷くなど以ての外!! そのようなことをしたら、たとえ神でもただではおかぬと心得よ!!」
斎王としての言葉に気迫負けしたアポローンは、その場に崩れ落ちた。
そんな彼に、ヘーラーは優しく声をかけた。
「それに、そなたはケレーンを殺せなかった。それが、己自身で出した答えなのではないのか?」
その言葉に、ケレーンはアポローンを見た。
アポローンもケレーンを見つめて、涙を流した。
「……許してくれ」
「君様……」
「愚かなわたしを、許してくれ……」
アポローンが地に手をついて謝る姿を見て、ケレーンはシニアポネーを離した。ケレーンが目で語ってくることを察したシニアポネーは、微笑み返すことでそれに応えた。
そして二人で、アポローンの前に行き、跪いた。
「君様。今までのご無礼、お許しください」
ケレーンの言葉に、アポローンは喜びの声を上げた。
「わたしを、許してくれるか、ケレーン」
「もちろん……わたし達の願いをお聞き届けくださいますなら」
「おお、願いとは? なんでも言ってくれ」
「では、彼女の口から……」
その言葉で、アポローンはシニアポネーの方を向いた。
シニアポネーは優しく微笑んで、こう言った。
「お父様……私たちの結婚をお許しください」
アポローンはその言葉で、彼女――娘にも許されたことを知り、何度もうなずきながら、長い腕で二人とも抱きしめた。
「……我が娘と、その婿に、祝福を……」
この瞬間、アポローンは今までの苦しみから解放されたのだった。
それは、アルテミスにとっても……。
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from: エリスさん
2008年12月11日 17時51分04秒
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「泉が銀色に輝く・56」
しばらくにらみ合いが続いた。
その間、シニアポネーが目を覚ました。
「……ここは……」
「シニア! 気がついたか!」
「エリス様。私は、いったい……」
そしてシニアポネーは目の前で起きている光景に、驚いた。ケレーンが、アポローンと剣を交えている。アポローンの剣圧に押されながらも、必死に食い止めている。
「あなた!!」
シニアポネーが今にも駆け寄ろうとするのを、エリスは制した。
「良く見ておけ。ケレーンは、必死に戦っているのだ。勝てぬと分かっていても、そなたを奪われないように」
「そんな、私のために、敬愛してやまない主君に剣を向けるなんて……」
確かに力量は歴然としていた。どんなにアポローンが手加減をしても、武術などやったこともないケレーンに勝てるわけがない。そしてとうとう、ケレーンは剣を弾き飛ばされてしまった。
もはやこれまで、とケレーンは目をつぶった。
……だが、アポローンの剣は、ケレーンの頭上で止まっていた。
斬れない――斬れるはずがない。
何故なら……。
「そこまでです、アポローン!」
その声に、皆が空を見上げた。
ヘーラーの馬車が、アテーナー、アルテミス、そしてエイレイテュイアを乗せて飛んできたのである。
「この話は反故だ、アポローン。シニアポネーは返してもらうぞ」
ヘーラーが言うと、アポローンは反発した。
「あなたにそんな権利はない!」
なので、アルテミスが言った。
「私がそうするのです、アポローン。姉として命令します。あなたとシニアポネーの結婚は許しません。何故なら、あなた達は実の親子だからです」
「姉上! 血迷われたのか!」
「そして、シニアポネーの本当の母親は、この私です」
思ってもみないことで、シニアポネーは驚きを隠せなかった。
「私の両親が、アルテミス様とアポローン様? 私は、実の父親と……」
シニアポネーの全身を恐怖が走ろうとするのを、エリスは必死に抱きしめた。
「大丈夫だ、シニア。まだ未遂だ! そなたは正真正銘、ケレーンの妻だ!」
それでもシニアポネーの恐怖は止まらず、ケレーンに手を伸ばした。
「あなた! ケレーン!」
ケレーンは駆け寄ると、エリスに代わってシニアポネーを抱きしめた。それでようやく、シニアポネーの恐怖が狂気に変わることはなくなった。
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from: エリスさん
2008年12月11日 15時35分31秒
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「泉が銀色に輝く・55」
「シニア!!」
二人は同時に叫んだが、ケレーンはアポローンの姿を見て動けず、エリスだけが駆け寄った。そして、シニアポネーの体を確かめて、まだ何もされていないことを確信する。エリスがそのことを告げると、ケレーンはアポローンの前に跪いた。
「君様……お願いです。シニアポネーのことはお諦めください」
そんなケレーンの態度に、エリスは、
「この期に及んで、まだ礼節を尽くすのか、ケレーン!」
と、怒鳴った。
「お願いにございます、君様!!」
すると、アポローンは言った。
「……いいだろう」
「君様!」
「そのかわり、わたしに勝てたらだ!」
突然、空間がねじれた。アポローンが神力を使ったのだ。
次の瞬間、全員が外へ出ていた。すぐ傍は海に続く崖である。
「わたしと勝負しろ、ケレーン。勝てたら、あの娘のことは諦めてやる」
そう言って、アポローンは剣を言霊で召喚した。そしてエリスに向かい、
「エリス、おまえの自慢の剣を、ケレーンに貸してやってくれ」
「正気で言っているのか、アポローン!」
「もちろんだ。好きな女なら、奪ってみせろ!」
「力量を考えろ! 貴様は男神、彼は人間だぞ! 適うはずがない!」
だが、二人の会話を黙って聞いていたケレーンは、すっと立ち上がると、エリスのもとへ行った。
「剣を、お貸しくださいませ」
彼の決意を感じたエリスは、シニアポネーをその場に寝かせると、愛剣・ディスコルディアを左手に持ち替えた。そして柄(つか)に埋め込まれている六角形の黒水晶に右手を添えて「離れよ」と言霊を掛けてやり、それを引き離す。そしてエリスは胸元を開くと、柄から引き離した黒水晶を自身の胸の谷間に埋め込んだ。
埋め込まれた黒水晶が、一瞬光ったのを確認してから、エリスは胸元を閉じて、ディスコルディアをケレーンに差し出した。
「これで、そなたでも使える」
「ありがとうございます」
ケレーンはディスコルディアを両手で持つと、アポローンと対峙した。
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from: エリスさん
2008年12月05日 15時14分45秒
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「泉が銀色に輝く・54」
それでもアテーナーは、説得を続けた。
「でもあなたは、アポローンを弟として慈(いつく)しんだ日々を、忘れることもできないのでしょう?」
そして、アルテミスの両手を取って、アテーナーは自分の額をそれに当てた。
「お姉様?」
「感じ取って。私の生まれる前の記憶を、見せるから……」
アテーナーは、ゼウスの胎内で彷徨い続けた恐怖と苦しみを、アルテミスに送った。
身体中にまとわりつく、ネットリと生暖かい血液の感触。何も見えない、狭くて長い道を、必死に這って行った苦しみを、アルテミスは感じ取って、失神しそうになった。
「気をしっかりと持てッ」とヘーラーが言った。「その苦しみは、アテーナーが実際に味わったものです。六年間も」
「六年間!?」
「そして今……」と、アテーナーは顔を上げた。「シニアポネーの胎児も、同じ苦しみを味わおうとしている」
「シニアの? シニアは、懐妊しているのですか!?」
アルテミスの問いに、誰もがうなずいた。
「自分が、どれほどの罪を犯そうとしているか、理解できましたか?」
ヘーラーに言われて、アルテミスはとうとう泣き崩れた……。
薬物で眠らされたシニアポネーは、まだしばらく目覚めそうになかった。
今なら、躊躇わずにできる。事が済んでしまえば、もうこの娘はケレーンのもとへは戻れなくなるのだ――と、アポローンは考えていたが、それでもなかなか手が出せずにいた。
自分の血を分けた娘だからか?――違う。そんなこと、神族なら罪にはならない。
眠っている女に手を出すのは、男の美学に反するからか?――それも違う。自分は男神なのだ。なにをしても許される。
ならば、なぜ躊躇う?
アポローンは意を決して、シニアポネーの上に覆いかぶさった。そして、彼女の腰帯を取ろうとして、指に何か刺さった。
フィビュラだった。腰帯の内側に隠すように留められていたのだ。そのフィビュラのデザインを見て、気付く。
『わたしがケレーンに下賜した物か……』
アポローンは手を離して、寝台から降りた。
『そうだ。この子がおまえの恋人だからだ、ケレーン!!』
それにアポローンは気付いていた。シニアポネーがケレーンの子を宿していることを。もし自分がシニアポネーに襲いかかれば、自分は、自分の孫であり親友の子でもある胎児を流してしまうかもしれない。
それがすべてを躊躇わせていた。
『何故おまえなんだ。シニアポネーが愛した男が、おまえでさえなかったら!!』
その時だった。誰かが外側から扉を真っ二つに斬って、押し入ってきたのは。
エリスとケレーンだった。
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from: エリスさん
2008年12月05日 14時29分41秒
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「泉が銀色に輝く・53」
その時、何かがマリーターの中で弾けた。
彼女は突然走りだして、池へと飛び込んだ。
そして次に現れたのは、デーロス社殿の人工池だった。社殿から出てきたエリス達は、その光景を見て驚いたのも当然である。
「マリーター!? 何故そなたがここに?」
するとマリーターはニコッと笑うと、エリスの手を取って人工池まで連れていき、左手を自分と握らせて、右手を水に浸けるように動きで指示した。エリスが言う通りにすると、マリーターも自分の左手を水に浸けた。すると、人工池に何かの映像が映し出された。
ペガサスにまたがったアポローンが、花嫁衣裳を着たシニアポネーを小脇に抱えて、空を飛んでいる景色だった。シニアポネーは気絶しているらしい。
ケレーンもその映像を覗き込んで、あっ、と叫んだ。
「どこか分るか?」
「ハイッ、スーニオン岬へ向かう時の景色です。そこに、君様の別宅があるのです」
「ヨシッ。ありがとう、マリーター」
エリスが言うと、マリーターはまた愛らしくニコッと笑いかけた。そして、突然意識を失って、倒れそうになったのをエリスが咄嗟に抱きとめた。
「叔母様! マリーター叔母様!」
エロースが飛び交いながら、マリーターに必死に声を掛ける。
「大丈夫だ、エロース。まだ正気に戻っていないのに、無理に霊力を使ったから、体力の方が消耗したのだ」
エリスはゆっくりと、マリーターをその場に寝かせて、後のことはエロースに任せた。
「行くぞ、ケレーン。スーニオン岬へ!」
「だから言ったでしょう? あなたは私のように、生涯純潔を貫く必要はないと」
アテーナーはアルテミスに説得を続けていた。
「すべては、あなたがアポローンの気持ちを受け入れてやれば、済むことではないの?」
「……いいえ」
「アルテミス」
「それができるなら、初めからそうしています。でも出来ません。私は、アポローンなど愛してはいないのです。むしろ……殺してやりたいほど、憎い……」
「あなた……オーリーオーンのことを、今でも?」
ヘーラーはそれを聞いて、ポセイドーンの息子のことか? とアテーナーに聞いた。
「はい。アルテミスの恋人でした。ずっと清い交際を続けていたのですが、事故で……」
「事故ではありません! 私がッ……私が、殺してしまったのです」
アルテミスは涙ながらに、アポローンの罠に嵌まって、自分の放った矢がオーリーオーンに刺さって死なせてしまった時のことを話した。
「この苦しみが分かりますか。愛する者を、肉親である弟に、しかもこの手を使って殺された。それなのに、そのアポローンを愛せるはずがない! 弟でなかったら、本当に殺してしまいたいほど憎いのに、それなのに、あんなことをされて……懐妊してしまった」
「しかもその胎児は神の血を引いている」と、エイレイテュイアも言った。「既に不死の力を持つ胎児を、殺すことはできませんでした。だから私は、メリクーターの胎内に植え込んだのです」
「おかげで更なる苦しみです! 我が子でありながら、憎い仇の子でもあるのですよ。私がどんな気持ちでシニアポネーのことを見てきたか、皆さんに理解できますか!」
「……私には、わかる」
と、ヘーラーは言った。「私も、そういう思いで、マリーターを見てきたのだ」
するとアルテミスは「ふざけないで!」と叫んだ。
「同じじゃないわ。あなたの場合は結局、自分を犯したのは変化していたあなたの夫だったじゃない。愛する人だったじゃない!! 私は、憎んでも憎んでも憎み足りない、あの男だったのよ!!」
そう言われてしまうと、ヘーラーは何も言えなくなってしまった。
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from: エリスさん
2008年11月28日 14時31分58秒
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「泉が銀色に輝く・52」
『ケレーンだと? それも鍵……』
もしやと思い、エリスがラリウスの腰帯から鍵を外していると、地下から声がした。
「叔母様ァ! エリス叔母様ァ!」
「エロース?」
エリスは急いで地下へ下りて行った。従者たちはすべて気絶させたとは言っても、看守までいないとは……。
『あの側近頭、主君を裏切ったか……』
エリスが鍵を使って扉を開くと、そこにケレーンがいた。
「シニアは!?」
エリスの問いは、ケレーンが聞きたいことだった。
「叔母様、全員やっつけちゃったの?」
エロースが言うと、
「すまぬ、つい……ところで、おまえはどうしてそんなに小さいのだ?」
「レーテー達に力を借りて、分身を飛ばしたんだ。可愛いでしょ?」
「アホなことをぬかしてる場合か。だったらその力を使って、シニアポネーの行方を辿れないのか?」
「無理だよ。シニアには矢を射したことないもの」
「なんてことだ……シニア! どこにいるんだ、シニア!!」
その叫び声を、アルゴス社殿の中庭で、感じ取った者がいた。
「……お姉様?……」
マリーターだった。一人で花飾りを作っていたマリーターは、エリスの悲しい叫びに反応して、手に持っていた物を落とし、そして立ち上がった。
「お姉様が……苦しんでいる」
その時、何かがマリーターの中で弾けた。
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from: エリスさん
2008年11月28日 11時59分55秒
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「泉が銀色に輝く・51」
ケレーンは、服の裏側に隠していたシニアポネーのフィビュラを外した。
飾りの部分を持って、針を立たせる。……あとはそれを、喉に刺してしまえばいい。
シニアポネーはきっと、死にたくとも死ねないだろう。アポローンは医術の神であるから、婚儀の前に不死になる妙薬を飲ませるはずだ。
そうなったら、シニアポネーは自分にとっては主君の奥方。なのに、自分はこれからもアポローンに忠誠を誓えるだろうか。
だからと言って、恩人であるアポローンを憎みたくない。
『だから、これ以上わたしの心が濁る前に、消えてしまおう』
ケレーンは意を決した。――その時だった。
「ダメーッ!」
目の前に、小鳥――いや、少年が現れた。――エロースだった。いつもの二十分の一ぐらいの大きさで出てきたのである。
「エロース様、どうしてここに?」
「お兄ちゃんを止めに来たに決まってるだろ。もう、間に合って良かったよ。ダメッ、早まっちゃ」
「しかし、わたしはもう……」
「シニアなら大丈夫だよ、おばあ様たちが動いているから。なのに、せっかくシニアが助かっても、お兄ちゃんが死んじゃってたら、どうにもならないじゃん」
「エロース様……」
エッヘン、とエロースは笑ってみせた。
そんな時だった。上の方で騒ぎが起こった。大勢の人間が暴れているのが分かる。
「命が惜しい者は引くが良い!」
この声は……。
「エリス叔母様だ」
エロースの言う通り、社殿の一階ではエリスがアポローンの従者を相手に戦っていた。
「シニアはどこだ! シニアを返せ!」
不和と争いの女神である。人間の男相手に負けるわけがない。それでもエリスは手加減をして、殺さずに気絶させるだけにとどめた。
「おやめください、エリス様! シニアポネーも我が主も、ここにはおりません!」
ラリウスが剣を交えながら言う――他の者はすべてエリスに倒されていた。
「ではどこにいる。隠しだてするなら、そなたも命はないぞ!」
「それだけは、死んでも申せません」
「ならば死ね!」
……と、言いながらもエリスは剣の柄(つか)でラリウスの腹を殴り、倒した。
すると、ラリウスは掠れた声でエリスを呼び、腰に下げていた鍵を掴んで見せた。
「……ケレー……ン、を……」
そう言って、彼は気絶してしまった。
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from: エリスさん
2008年11月28日 11時22分11秒
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「泉が銀色に輝く・50」
ヘーラーがエペソス社殿に着いた時には、もうシニアポネーはアポローンに連れ去られた後だった。
「今なら間に合うッ。アルテミス、アポローンとの約束を反故にして、シニアを連れ戻しておくれ!」
ヘーラーが言うと、アルテミスは背中を向けながら、言った。
「その必要はありません。シニアポネーの幸福を願えばこそ、今日の婚儀を整えたのです」
「こんな結婚が幸福なものか! 分かっているのか。あの二人は実の親子だ! しかも母親は!」
「馬鹿な事をおっしゃらないでください! あの子は、私の乳母(めのと)・メリクーターが、人間の男と恋をして産んだ子じゃありませんか」
「そなた、このエイレイテュイアの前で、よくもそんなことが言えたもの」
それを言われてしまうと、何も言えない。
「アルテミス。シニアポネーのこともマリーターのことも、表沙汰にはせぬ、立場も考える。私にだってゼウスにだって慈悲はあるです。この結婚は無かったことにしておくれ」
「……嫌です」
「アルテミス!」
ヘーラーは憐れみの表情から、烈火のような怒りの表情へと変じた。
「親の犯した罪で、子供を犠牲にするでない!!」
「私がなんの罪を犯したと言うのです!」
すると、ヘーラーたちの背後から、別の声が言った。
「アポローンと目合(まぐわ)ったでしょう?」
アテーナーだった。
アルテミスは青ざめて、動けなくなった。
「アテーナー、どうしてここへ?」
ヘーラーが聞くと、
「《宇宙の意志》の御心により、参りました」
「おお、宇宙(そら)が……。そなたも説得してくれるのですね」
「おそれながら、彼女を真に説得できるのは、私だけです」
アテーナーは、アルテミスのことを見据えて、言った。
「こちらを向きなさい、アルテミス。王后陛下に対して、その態度はなんです?」
敬愛している姉にそう言われてしまうと、歯向かうことはことはできなかった。アルテミスはゆっくりとこちらへ向いた。
「アルテミス、先ず告白しなさい。シニアポネーの本当の両親は、誰と誰ですか?」
アテーナーの問いに、アルテミスはこわごわと答えた。
「……私と、アポローンです」
「そう。ではあなたは、シニアポネーがアポローンの実子だと分かっていながら、輿入れさせようとしているのですね」
アテーナーが今更わかりきったことばかり聞くので、ヘーラーは割って入った。
「アテーナー、ぐずぐずしていられないのですよ」
「大丈夫です、ヘーラー様。シニアポネーの方には、今……」
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from: エリスさん
2008年11月21日 14時20分47秒
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「泉が銀色に輝く・49」
「お願いにございます!! シニアポネーのことはお諦めください!!」
ケレーンはアポローンに対して、土下座していた。この一言で、アポローンはケレーンの恋人がシニアポネーであることを知った。
「そうだったのか……なんてことだ……」
アポローンはケレーンのことを見ることができず、背中を向けてしまう。
「君様、お願いです。どうかシニアポネーだけはご勘弁ください。彼女を取り上げられたら、わたしは生きてはいけません」
「ケレーン……わたしもなのだ。百年以上も彼女を探して、さまよっていた。そして、ようやくわたしの魂は落ち着こうとしている。だから、おまえの頼みでも、これだけは……」
「君様!! わたし達の恋を誰よりも応援してくださったのは、君様ではございませんか!」
「知らなかったからだ! まさか、おまえの恋人が、あの娘だったとは……」
二人の間に沈黙が流れる。
どれだけたったのか、ラリウスが入ってきた時には、二人ともただ沈み込んでいた。
「君様、刻限です」
その言葉で、二人ともハッとする。
シニアポネーを迎えに行く、時間。
「君様……」
ケレーンが最後のお願いをしようとすると、アポローンがそれを制した。
「ラリウス!……ケレーンを、地下牢に入れておけ」
「君様ァ!!」
ケレーンが立ち上がろうとすると、ラリウスがサッと割って入り、ケレーンの肩を掴んだ。
「承知いたしました、君様」
「頼んだぞ、ラリウス」
アポローンはそう言って、部屋を出ていった。
「お待ちください、君様!! 君様ァ!!」
後を追おうとするケレーンを、ラリウスはしっかりと抱きしめて、止めた。
「ケレーン、今は耐えろ。いつか、いつか彼女のことを忘れられる日が来るから……」
「そんな日は来ない! 忘れられるもんか。彼女の胎内には、子供が……」
「え?」
「わたしとの、子供が……」
ケレーンが泣き崩れると、ラリウスも一緒に膝をついた……。
ケレーンを地下牢に監禁してから、ラリウスはアポローンのもとへと行った。アポローンはちょうど、花嫁を迎える支度を整えて、これから出掛けるところだった。
ラリウスは、ケレーンが言っていたことを伝えようと口を開きかけたが、
「何も言わないでくれ」と、アポローンに制された。「聞いてしまったら、わたしは何もできなくなってしまう」
「……花嫁のお迎えには、わたしも同行いたしましょう」
「いや、一人でいい。誰も来るな。婚儀の場所へも。おまえは、ケレーンについていてやってくれ」
「ケレーンの傍に? よろしいのですか? わたしは、ケレーンに同情しているのですよ」
その問いに、アポローンは答えなかった。
そんな主人を見て、ラリウスは微笑みながら言った。
「いっていらっしゃいませ、君様」
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from: エリスさん
2008年11月21日 13時21分08秒
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「泉が銀色に輝く・48」
「恐らくアポローンは、シニアが自分とアルテミスの娘だと気付いたのです。それで、アルテミスを脅して、シニアを身代わりとして手に入れようと」
エイレイテュイアの言葉に、ヘーラーは首を左右に振って嘆いた。
「我が子と分かっていながら、妻にしようとは。愚かな……しかし、これで謎が解けた」
「謎?」
「考えてもみよ。あのアポローンが、ただの一度で耐えられると思うか?」
そう言い終わらぬうちに、ヘーラーは歩き出した。エイレイテュイアも付いていき、そのままヘーラーと一緒に馬車へ乗せられてしまう。
「ではお母様は、マリーターに術を掛けたのは、アルテミスだと!?」
「マリーターがシニアポネーの匂いと髪の色を極端に嫌がったのが、何よりの証拠だ。シニアの匂いは、アポローンとアルテミス、両方の体香を受け継いだものだが、あの銀髪は母親の、あの銀色の肌をしたアルテミスの神秘性が髪に現れたのだ。きっとアルテミスは、最近にもアポローンに乱暴を受けたのだろう。けれど、メリクーターもいない今、再びそなたの助けを借りるのも心苦しく、一人で悩みぬき、そして解決しようとしたのだ。しかし運悪くマリーターに見つかって……」
「マリーターから正気を奪った……なんてことを……」
「アルテミスの立場も考えての裁きはしてやるつもりだが、今はその前にシニアのことだ!」
ヘーラーは鞭を振るって、エペソス社殿へと馬を急がせた。
この様子を、エロースとエリスの子供たちも見ていた。彼らもシニアポネーが大好きで、特にエロースは自分が彼女の恋を成就させた責任もあるから、黙っていられなかった。
「みんな! 僕に力を貸して!」
と、エロースは言って、自分の部屋へと走り出した。そのあとを追いかけながらレーテーは、
「何をするつもりなの?」
「シニアはおばあ様達に任せればいいけど、ケレーンは間に合わないかもしれない」
「間に合わないって?」
と、リーモスが聞いた時、エロースの部屋について、全員が中に入った。
「アポローンさんにとったら、ケレーンは邪魔だもの。排除しようとするかもしれない。もうデーロス社殿にはいない可能性もあるから、早くケレーンを探すんだ」
「どうやって?」とレーテーが聞くと、
「ケレーンには、以前僕が矢を刺したんだ。もうその矢は消えてしまってるけど、霊波動は残ってると思う。それを辿るんだ。みんな、僕と手をつないで! 僕に力を送って!」
「ヨォーシ!」と、長男であるリーモスが気合いを入れて言った。「みんな、輪になって座るんだ。手をつないで!」
子どもたちは輪になって座ると、心を一つに合わせるのだった。
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from: エリスさん
2008年11月14日 15時20分13秒
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「泉が銀色に輝く・47」
そうして、ミレウーサはここまで走ってきたのである。
ヘーラーは唇を固く結んで、怒鳴り出したいのを抑えていた。
だが、エリスはそういう性質ではなかった。話を聞き終わると、すぐに走り出していたのである。エイレイテュイアが止めても、まったく聞かない。
「馬車の物を、すべて下ろしなさい!! エペソスへ行きます!」
ヘーラーが怒りの表情を露わにして部屋を出ると、エイレイテュイアはヘーベーにミレウーサのことを頼んでから、母親の後を追いかけた。
「お待ちください! たとえお母様でも、神々が個人的に契約したことを、反故にすることは許されません!」
「そんなことは分かっておる! しかし、シニアがあまりにも哀れではないか。恋しい殿御がいるのに、主君の命令で引き離されて、他の男のものにさせられてしまうのだぞ!」
「でもお母様、これにはわけが!」
エイレイテュイアの言葉に、ヘーラーは足を止めた。
「そなた、何か知っているのか?」
「これは、私とエリス、そしてアルテミスご自身とその乳母だけが知っていることでございます」
エイレイテュイアは、真剣な面持ちで、こう言った。
「シニアポネーは……アポローンとアルテミスとの間に生まれた子供です」
「なに? まさか、そんなはずは!? 私は確かに、メリクーターの腹からあの子を取り上げたのだ、この手で!」
「アルテミスの胎内から受精卵を取り出し、乳母であるメリクーターの胎内に、私が植え込みました。お母様がお教えくださった、技の一つでございましょう?」
「では、メリクーターは代理母……話してご覧」
エイレイテュイアは、十九年前のことから話し出した。
アポローンに突然な暴行を受けたアルテミスは、誓いを破ってしまったことよりも、実の弟に邪な想いを持たれていたことに強いショックを受けた。茫然自失になっているアルテミスを、育ての親とも言えるメリクーターは見ていられず、人目を忍んでエイレイテュイアのもとへ相談に訪れた。アルテミスを純潔に戻してほしいと。しかし、純潔に戻すにはカナトスの泉に入るしか方法がない。ちょうどその日、エイレイテュイアの部屋に泊まっていたエリスが話を聞いていて、当時のカナトスの泉の番人とは友人(実は恋人)であるから、協力しようと申し出てくれた。
それでエイレイテュイアがアルテミスの社殿を訪ねて診察すると、泉に入るだけでは駄目だということがわかった。
「それで、受精卵を移した後に、アルテミスを泉に入れたのか」
「はい。お母様の許可もなく、申し訳ございません」
「良い。それで殺されるべき命が救われたのだから……。私も、シニアの父親はアポローンではないかと思っていたのだが、まさかアルテミスもそうだったとは……」
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from: エリスさん
2008年11月07日 13時59分09秒
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「泉が銀色に輝く・46」
ミレウーサが語ったことは、こうだった。
朝早く、シニアポネーをエペソス社殿に呼び寄せたアルテミスは、彼女に「今日から他の神に仕えるように」と言った。シニアポネーはてっきり、ヘーラーの頼みを承諾してくれたのだと思って喜んだようだったが、その笑みも次の言葉で、一瞬で消えてしまった。
「アポローンが大層おまえを気に入って、ぜひ正妻にしたいと申し入れてきました。アポローンは我が弟ながら、オリュンポスの王ゼウスの男御子(をのみこ)の長(おさ)と言われる神です。その正妻になれるとは、幸せ者ですよ」
シニアポネーは悲鳴にも似た声をあげてお断りしたが、アルテミスは聞く耳を持たなかった。そして周りの者たちに、シニアポネーの輿入れの支度を手伝うように命令し、玉座から続く奥の間へ入ってしまおうとしたので、シニアポネーは階段を昇って追いかけようとした。だが、侍女たちに取り押さえられて身動きが出来ず、とうとう彼女は叫んだ。
「それほどまでに私をお嫌いになるのなら、いっそ殺してくださいませ!!」
その言葉で足を止めたアルテミスは、振り返ると、言った。
「迎えの者が来るまで、シニアポネーを牢に閉じ込めなさい!」
それまでミレウーサは、シニアポネーを捕らえていた侍女たちの手を離させようとしていたが、それを聞いて、今度は自分が玉座の階段を駆け登った。
「やめさせて! やめさせてください、君様! 妹が、いったいどんな不遜を犯して、こんな目に合わねばならないのです!!」
「あなたまで何を言うの、ミレウーサ」
と、アルテミスは微笑んだ。「男神の正妻になれるのよ。精霊にとって、これ以上の幸せがありますか?」
「でしたら、他の侍女でも良いではありませんか。何故、シニアでなければならないのです」
「言ったでしょ? 弟が気に入ってしまったのよ」
「例えそうでも、王后陛下にもお譲りにならなかったものを、なぜ今になって!」
「ああもう、うるさいわねェ」
アルテミスは笑いながら言った。「あなただって、男神の義理の姉になれるのよ、嬉しいでしょ?」
「嬉しくなんかない!! ちっとも嬉しくないわ、アルテミス!! ねえ、どうしちゃったの。なにがあったの! 私には、小さい時からなんでも話してくれたじゃない! その私にも話せないような、あなたは何を隠してるの!」
「……言葉に気をつけなさい」
「アルテミス!!」
「あなたは私の側近です! 私はあなたの主人なのよ。分を弁えなさい!」
“パンッ”と、乾いた音がする。
ミレウーサが、アルテミスの頬を打ったのである。
アルテミスは、怒らなかった。
むしろ、ミレウーサが泣いている。
「あなたと乳姉妹であることを、呪うわ」
その時、シニアポネーが叫んだ。
「姉さァーん!!」
その声に弾かれるように、ミレウーサは階段を駆け下りて、シニアポネーのもとへ行った。彼女の周りにもいっぱいの侍女たちがまとわりついたが、ミレウーサはそれをなぎ払うようにして行き、叫んだ。
「待っていて、シニア!! 絶対に助けるから!」
そうして、ミレウーサはここまで走ってきたのである。
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from: エリスさん
2008年11月07日 13時27分04秒
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「泉が銀色に輝く・45」
ヘーラーの居城であるアルゴス社殿では、朝から侍女たちが駆けずり回っていた。
ヘーラーは侍女だけでは手ぬるいと、自ら蔵の中へ入って、豪華な品々を選んでいた。
そこへ、エリスが駆けてきた。
「母君、いい情報が入りました。アルテミス殿は李(すもも)の砂糖漬けに目がないそうです」
「おお! すぐに用意しなくては。おまえたち、いま私が選んだものを、すべて馬車に乗せておくれ。エリス、その酒甕は重いから、そなたが運んでやってくれ」
「承知しました」
エリスが言われた通りに酒甕を抱えようとすると、傍へエイレイテュイアが寄ってきた。
「昨夜はどこに泊まったの?」
「どこでもいいじゃないか」
「さっきの情報って、どこから仕入れたの、あなた!!」
「危ないって、エイリー! 仕方ないだろ、シニアの為なんだから」
そう。ヘーラー達はシニアポネーを譲ってもらおうと、昨夜からいろいろと手を回していたのだ。
「だからって、余所の女神の侍女にまで手を出すことないじゃない……」
と、エイレイテュイアが涙ぐむと、
「いや……サミーリアとは、以前から付き合っていたのだが……」
「恋人は私の他に二人に絞ったって言ってたじゃない! 嘘つきィ〜!!」
「だから! 彼女はその二人の内の一人だ。精霊はサミーリアと、この御屋のリリアムネー(リリー)。それで、女神は君だけだから!」
エイレイテュイアが完全に泣き出したのを見て、ヘーラーは溜め息をついた。
「それぐらいにしておきなさい、二人とも。それより、アルテミスに贈る物は、こんなもので良いかな?」
「いいとは思いますけど……」
と、エイレイテュイアはなんとか泣き止んで、言った。「でも、シニアの代わりにこちらの侍女を十人も差し上げると言うのは……」
「いや、十人差し出しても足りないかもしれない」と、エリスは言った。「何しろ、今まで母君が何十回と頼んでいるのに、首を縦に振らなかったのだから」
「そんなに大事にしているようには、見えないのだがな……」
ヘーラーはそう言うと、意を決して馬車に乗り込もうとした。
その時だった。
「お願いにございます! 王后陛下にお目通りを!!」
必死な声で、女が正面入り口から叫んでいた。中庭にいたヘーラー達は、その声に聞き覚えがあったので、そこからぐるりと回って、入口へと向かった。すると、護衛の者たちに止められて、女がへたり込んでいた。息も荒く、体中に大量の汗をかいている。相当長い間、走って来たのだろう。
「決して怪しい者ではございません。妹を助けていただきたいのです!」
それは、ミレウーサだった。
「ミレウーサ、どうしたのだ!?」
エリスは彼女のもとへ駆け寄った。
「ああ、エリス様! お願いです。妹を、シニアポネーを助けてください!!」
「シニアがどうしたのです」
ヘーラーが声を掛けると、その場にいた者たちが一斉に跪いた。ミレウーサもすぐに王后陛下だと分かって、土下座をした。
「突然の無礼は重々お詫びいたします。ですがどうか、妹を一刻も早く助けていただきたく……」
「詫びはよい。それより、シニアがどうしたのです」
すると、ミレウーサは涙で濡れた瞳をしっかりとヘーラーに向けて、言った。
「アポローン様の花嫁になることが、決まってしまいました!!」
「なんだと!?」
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from: エリスさん
2008年11月07日 12時36分02秒
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「泉が銀色に輝く・44」
第 五 章
気持ちが悪い匂い!
その魂は、ネトネトとまとわりつく液体に身悶えながら、細くて長くて、何も見えない真っ暗な道を這い上がっていた――早く出たい! ここはどこなの!――そう思いながら。
やがて、まったく前へと進めなくなった。目の前に固い壁が立っていたのだ。
もういや! 誰か助けて! 私はここよ!
一生懸命に暴れていると、誰かの声が聞こえた。
「少し下がって、危ないよ」
優しそうな声。でも、下がるってなに? 危ないって?
すると、ポコッと音がして、急に目の前に光が差し込んできた。
「さあ、出ておいで。怖くないよ」
その魂は、声に勇気づけられて、外の世界へと飛び出した。
そこに、彼がいた。――優しく微笑んで、自分に向かって右手を差し出していた。
「わァ! こんな可愛い女の子がいたんだ。僕、ヘーパイストス。君、名前は?」
名前? 名前は……。
すると突然、耳元で別の声がした。
「アテーナー様、斎王(さいおう)様。お起き下さいませ」
「……!?」
アテーナーは、侍女のクラリアーの声で目を覚ました。
ここはパルテノーン神殿の、斎王が祈りを捧げる部屋である。朝の祈りを捧げている間に、いつのまにか眠ってしまったらしい。
「昨日の宴で、あまり眠っていないのは分かりますが、祈りの途中で眠ってしまうとは何事ですか。《宇宙の意志》にお謝りなさいませ」
その侍女は先代の斎王・ヘスティアーから譲り受けたベテランの侍女だったので、こんな説教めいたことも平気で言える立場だった。
「分かってる。……申し訳ございませんでした、宇宙(そら)」
すると、男とも女ともつかない声が、上の方から聞こえた。
《夢を見ていたようですね。怖い夢なのかと思っていたら、途中で安らかな表情になった。どんな夢を見ていたのですか?》
「私が生まれた時の夢でございます」
《そう……あなたが初めて外へ出られた日。あの青年が、あなたを光の中へと解放したあの時の夢ですね》
「はい」
《恋しい人の顔さえ見られれば、悪夢も美しい夢へと変化する。恋とは、本当に素晴らしいものですね》
「ありがとうございます。本来、宇宙の花嫁として他の殿方に心を寄せてはならない私を、そうやって寛大にお許しくださいまして」
《あなたが、ちゃんと節度を守っているからですよ。それより……我が斎王(みこ)よ、出掛ける支度をしなさい》
「は?」
《あなたでなくては収められない事態が、起こりました。さあ、これを感じなさい》
宇宙の意志が放ったオーラは、そばに居たクラリアーにも感じることが出来た。
誰かの、恐怖心だった。まだ幼い、自分の思いを言葉にすることも出来ない者の、泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「誰かが、母体の中にいる子供を、殺そうとしているのですか?」
《殺せるものならいい。その胎児は神の血を引いている。おそらく、あなたが夢で見た恐怖を味わうことになるでしょう》
「おお……」
アテーナーは先刻のおぞましさを思い出して、身震いした。
「その子は、どこにいるのです!」
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from: エリスさん
2008年10月31日 14時49分55秒
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「泉が銀色に輝く・43」
「シニアポネーをですって!? だめよ!! 許さないわ!」
「そうはいきませんよ、姉上。あのことを表沙汰にしたくはないでしょう」
恐ろしいことを言われて、声も出せないでいると、アポローンは尚も続けた。
「姉上をお慕いしてから、もうどれぐらいになるのか。数えるのも虚しくなってきました。あなたを手に入れることができないのなら、せめて身代わりになれる娘をと探していたのですが、まさにあの娘は打ってつけ。姉上、シニアポネーを譲っていただけますね」
「でも、でもあの娘は……」
「一年前から、カナトスの泉の番人が気狂いになっているそうですね」
アルテミスの表情から、血の気が引いていく……。
「カナトスの泉と言えば、王后が持っている泉の中でも特に神秘の泉。中に入ったものを純潔に戻すとか。王后が何度も若返っているのは、それのおかげだそうですよ」
「だから……なんだと言うの?」
「カナトスの泉の番人は、王后の末娘。自分の愛しい娘を狂わせた者が誰だか分かれば、あの御気性ですから。……ねェ? 姉上」
「……私を脅すの? 自分だって同罪でしょう!!」
「あの娘を、いえ、あなたを手に入れるためなら、どんな罪だって被りますよ。……明日、迎えの者を寄越します。支度をさせておいてください」
アポローンが立ち去ろうとすると、アルテミスは慌てて呼び止めた。
「シニアは……あの子は!」
「父と娘の結婚……昔はざらにあったことですよ」
そこまで気付いていながら、それでもシニアポネーを……アルテミスは絶望感を覚えて、床に膝を付いた。
しかし、これが最善の策なのかもしれない。アポローンは自分のことを諦めてくれるだろうし、シニアポネーにとっても男神の正妻になれれば、この先なんの不自由もないのだ。
『でも、シニアの気持ちも考えてやらなくては……いいえ。これは主君の命令として、シニアには受け入れなければならない義務がある。そういうことよ。そういうことにしてしまうのよ!』
アルテミスは強くそう思いながら突然、思い出した。
「我が妹を――マリーターを、元に戻してくれ」
先刻の宴で、エリス女神に言われた言葉だ。彼女は二人きりになれるようにと、アルテミスを庭先に連れ出して、そう言ったのである。
「私を誤魔化そうとしても無駄だ。覚えているだろう? 私は、以前あなたに手を貸している。だから分かったのだ。マリーターをあんなにした犯人も、その経緯も」
アルテミスはその時、何も言い返せなかった。
「誰にも悟られないように、アルゴス社殿に来てくれ。そして、人知れずマリーターを元に戻してくれればいい。あとは、私がどうとでもするから」
「……それは……できません」
そう答えると、エリスはアルテミスの肩を強く握ってきた。
「わかっているのか? 私はいざとなったら、このことを王后陛下に申し上げることもできるのだぞ。それでもそれをしなかったのは、表沙汰になれば、私たちの大切な友人が傷つくことになるからだッ」
それが誰なのか、アルテミスにも良くわかっている。
「マリーターは私にとって、命を賭けて愛した妻の妹であり、養子縁組によって更に姉妹となった、大事な者なのだ。その者が苦しんでいるのに、それでもあなたのことを庇っているのだ。それを分かってくれ」
そう言って大広間へと戻っていくエリスを見送ったアルテミスは、彼女が戻ってきたことで笑顔を見せた精霊を、見ることができた。
銀髪の精霊――シニアポネー。自分はいつも、この娘を見る時、複雑な思いにかられてしまう。
それもこれも、すべては……。
アルテミスは、気が狂ったように慟哭する自分を、どうすることもできなかった。
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from: エリスさん
2008年10月31日 14時16分41秒
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「泉が銀色に輝く・42」
宴が終わり、そのままエペソス社殿で宿直となるミレウーサは、シニアポネーが帰る際に、明日の昼食を弁当にして届けてくれるように頼んだ。そして、向こうの方でケレーンが馬上の人となっているのに気づくと、妹の耳元でこう囁いた。
「今夜はほどほどにね」
「もう、姉さんったら……」
シニアポネーは、エリスが口笛で呼び寄せた馬で、途中まで送ってもらうことになった。その後ろをケレーンが離れて着いてきた。
エウボイア島の近くまで来たところで、他の神々の馬車もいなくなったことを確認して、エリスはシニアポネーをケレーンに託した。二人は女神に重々お礼を言って、同じ馬に乗って帰った。
二人はようやく、馬上で唇を交わした。そのままケレーンはシニアポネーをしっかりと自分にしがみつかせると、馬の速度を上げた。
シニアポネーの家に着くと、馬を小屋に入れて、二人は川へと行って身を清めることにした。月夜ということもあって、辺りは暗くとも何も見えないということはなかった。
服を脱いだ恋人を見て、ケレーンはやっぱり心配になった。最後に会った時より、確実に痩せてしまって、腕を上げると肋骨が見えるぐらいだったのだ。
「ねえ、やっぱり病気か何かしただろう? その痩せ方、変だよ」
するとシニアポネーは楽しそうに笑って、川の中へ駆けて行き、振り返った。
「良く見て。もっと他のこと、気付かない?」
両腕を広げて見せるシニアポネーは、月に照らされて、本当に綺麗だった。そのまま見惚れてしまいそうだったが、ケレーンはある事に気づいた。
他の魂の波動がある。彼女の内部に、何かいる……丸く、白色の光を放っているように見える。
それがなんなのか気づいた彼は、彼女のもとへ駆け寄ると、しっかりと抱きしめた。
「本当に!? 本当に、僕たちの?」
「ええ、あなた! あなたの子供よ!」
「シニア! シニア!」
ケレーンは嬉しさのあまり、シニアポネーを抱きかかえたまま、グルグルと回った。しかしこれは危ないので、シニアポネーがすぐにやめさせた。それでも、二人とも笑いがなかなか止まらなかった。
一息つくと、ケレーンは言った。
「君様に……アポローン様に、お願いしてみるよ。君様とアルテミス様はご姉弟だから、きっとお許しをもらえると思う。大丈夫、君様は理解がある方なんだ」
「ヘーラー様も、任せてくれとおっしゃってくださったわ。私、こんなにも守られてばかりで、本当にいいのかしら」
「それだけ、みんなが君のことを好きなんだよ。誇りに思っていい」
「うん……そうね」
二人は、月が雲に隠れたのを合図にしたかのように、互いに抱きしめあった。
一方、エペソス社殿ではアポローンが泊まりに来ていた。アルテミスはいつもより多くの護衛を部屋の周りに付けて、弟と会った。
「あなたの寝室は他に用意したのだから、話が終わったら、そちらへ行ってね」
「わかってますよ、姉上。……話というのは、以前から申し入れていた、姉上の精霊をいただく話なのですが」
「お決まりになったの?」
「はい。あの銀髪の精霊を」
女神は驚いて、手に持っていた杯を落としてしまった。
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from: エリスさん
2008年10月24日 13時43分08秒
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「泉が銀色に輝く・41」
催しもひと段落ついたころ、普通の体ではないシニアポネーは酒に当てられたのか、頬が火照っててきてしまった。
「どうした? シニア。気分が悪くなったのか?」
事情を知っているエリスが声をかけると、
「いいえ、大丈夫です」
「無理をするな。母君も心配そうにしていらっしゃる」
見ると、ゼウスと共に玉座にいるヘーラーが、じっとこちらを見ていた。
「風にあたりに行こう。私も少し疲れた」
「はい、エリス様」
エリスはシニアポネーの肩に手を置いて、庭園へと連れ出した。途中、彼女たちのことを見ていたケレーンと目が合って、エリスは微笑んで見せると、ついて来いと目配せをした。
「さあ、ここがよい。アイガイアの海(エーゲ海)がよく見える」
エリスはそう言って、両手で自身の髪を後ろに払った――夜風に靡いて、一瞬であたりがラベンダーの匂いに包まれた。
それだけで、シニアポネーの気分も楽になった。
「ありがとうございます、エリス様」
シニアポネーが言うと、エリスは微笑み、
「あとは彼に任せるとするかな」
と、後ろを振り返った。
ケレーンがいた。エリスは彼の方へ行くと、背中を押して、シニアポネーの方へ行かせた。そして自身はそのまま、社殿へも戻らずに、どこかへ行ってしまった。
二人はそんな女神の背中に、お辞儀をして見送った。
「……久しぶり」
「お久しぶりです、あなた」
二人は、誰が見ているか分らないので、握手するだけにとどめた。
「少し、痩せた?」
とケレーンが聞くと、シニアポネーはクスクスッと笑って、言った。
「そのうち、嫌でも太るわ」
「え?」
「詳しいことは、後で話してあげる」
「じゃあ、今晩行っても、いいの?」
「大丈夫よ。姉は今晩、エペソス社殿に宿直だから、私だけだもの」
「そう! ……じゃあ、また後でね」
「ええ、また」
ケレーンが社殿へ戻って行くと、入れ違いにエリスが木の茂みから出てきた。どうやら二人の邪魔にならないように、見張りをしてくれていたらしい。
「もういいのか?」
とエリスが聞くと、
「ええ。今夜、会う約束を致しました」
「そうか。じゃあ、私たちも戻るとしよう」
自分は守られている。それはとても有難いことだけれども、恐れ多いことだった。こんなに甘えていては、いつか罰が下るのではないかと、シニアポネーはふと不安に思った。
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from: エリスさん
2008年10月24日 12時30分34秒
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「泉が銀色に輝く・40」
アルゴス社殿でヘーラー達と合流し、ヘーラーの馬車にみんなで乗って、オリュンポス山頂へと向かう。
宴はもう始まっていた。オリュンポス十二柱はもちろん、冥界の神々、水域の神々も招かれての、盛大なものだった。
ケレーンも当然来ていたが、ラリウスと一緒にアポローンに付き従っていて、お互い気がついても声も掛けられなかった。
そして、舞楽が始まった。
ヘーラーの姫御子の中でも舞踊の名手であるヘーベーが、艶やかに舞ってみせる。
けれどシニアポネーには、キタラを弾いているケレーンしか見えてはいなかった。ケレーンも、少しでも愛しい人に聞こえるように、と思いながら弾いていた。
アポローンは自分の指導の成果に満足して、ウンウンと頷きながら、楽隊から客たちの方へと視線を向けた。
その時、一際(ひときわ)目立つ銀髪の娘を見つけた。
そこに、ある人の面影を見出す。
『まさか、あの娘は……』
そばにはエリスやエイレイテュイアがいて、その娘に親しげに話しかけ、娘もそれに答えている。王后陛下の末娘は病だと聞いているから、それではあるまい。
舞楽が終わってから、アポローンは異母兄弟であるアレースとヘーパイストスのところへ行って、真相を確かめた。
「君たちの姉君と一緒にいる、去年の宴で王后陛下が着ていたキトンを着ているあね娘は誰だい? 見たこともない女神だが」
なのでアレースは、
「女神じゃないよ、精霊(ニンフ)だ」と答えた。
「精霊? そうは見えないが」
「本人にそう言っちゃ駄目だよ」と、ヘーパイストスも言った。「だいぶそのことを気にしているみたいだから」
「君、本当に彼女のことを知らないの?」
と、アレースは言った。「彼女――シニアポネーは、君の姉君の乳母子(めのとご)だよ」
「え!?」
「もっとも、森の番人だけどね」と、ヘーパイストスも言った。「滅多にエペソス社殿にも上がらないと言ってたな。森の管理と、アルテミス殿が狩りに出るときにお供をしているそうだ」
「へェ………そう……」
アポローンは改めて銀髪の娘――シニアポネーのことを眺めた。
『姉上の乳母――メルクーターが産んだもう一人の娘とは、あの子のことだったのか。……なるほどな……』
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from: エリスさん
2008年12月26日 11時58分07秒
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「泉が銀色に輝く・59」
「お母様も、それでよろしいですか? 私、シニアと一緒に結婚式を挙げたいの」
マリーターの言葉に、ヘーラーは笑顔でうなずいた。
「そなたの望むとおりになさい。私もそれが一番いいと思いますよ」
それからマリーターは、自分がシニアポネーにしてしまったことを、謝った。
「ぼんやりとではあるけど、覚えているの。私、あなたにあんなことをしてしまうなんて……」
そう言って涙をこぼすマリーターを、シニアポネーはしっかりと抱きしめた。
「もうそんなこと、どうだっていいわ! 私はあなたの愛らしい笑顔が見られるようになって、宇宙まで登ってしまいそうに嬉しいのだから!」
シニアポネーは、自分が本当は女神であった事実を公表しないことを願った。表向きはアポローンとメルクーターの間に生まれた「神に近い精霊」ということで(完全な精霊ということにしてしまうと、つい女神の力が出てしまったときに言い訳がつかないから、というヘーラーの判断による)、正式にアルテミスの従者を辞し、ヘーラーの側近と仕えることになった。住まいもエウボイア島に家を新築し、姉のミレウーサと行き来できるようにしたのである。
ミレウーサとは、今まで通りこれからも姉妹だった。
最後まで決着がつかなかったのはミレウーサだった。長年の信頼を裏切られ、冷たい言葉を浴びせられたミレウーサは、どうしてもアルテミスのもとへ戻る気にはなれなかった。かといって仕事もしないでブラブラしているわけにもいかず、しばらくするとシニアポネーと一緒にアルゴス社殿へ出仕するようになっていた。どんな雑用も自ら進んで働こうとするミレウーサを見たヘーラーが、このまま自分のところで引き取ってもいいか、と思い始めていた頃、アルテミスがとうとう我慢できずに、自身でミレウーサを迎えにきた。
「お願い、ミレウーサ……私のもとに戻ってきて」
涙ながらに訴えるアルテミスに、ミレウーサは背を向けたまま、こう言った。
「私はね、アルテミス。シニアポネーが自分とは血がつながっていないって気づいてた。多分、あなたの子じゃないかってことも」
「そう……気づいていたの」
当然ね、とアルテミスは思った。自分の一番身近にいた人物である。気付かない方がどうかしている。
「でも、そんなことどうでも良かった。私にとってシニアは大切な妹で、宝物なのよ。赤ん坊のころから舌っ足らずな口で、姉さん、姉さんって甘えて抱きついてくるあの子が可愛くて、愛しくて……この子が幸せになるためなら、私、なんでも出来る。我が身を犠牲にしたって惜しくないって、そう思えるぐらい可愛がってきた妹なの。それなのに……自ら親友だと――主従も生まれも関係ない、私たちは親友だと、そう言ってくれたあなたが、よりにもよって私のシニアを傷つけようとした! それは絶対に許されないことよ。分かってるんでしょ!」
「ごめんなさい……」
後悔に打ちひしがれ、土下座するアルテミスを見て、ミレウーサもとうとう、相手の方を向いて話す気になった。
「だからね、決めたわ。アルテミス……今度あなたが私を裏切ったら、私、死ぬことにするわ。これ以上あなたを嫌いになりたくないから」
するとアルテミスは何度も頷いて、ミレウーサの手を取った。
「死なせないわ、絶対。ずっとあなたは私の傍にいるのよ」
アルテミスの鹿車に同乗して帰っていくミレウーサを見送って、一安心したヘーラーもオリュンポスの本邸へと帰ってきた。
「すべて済んだか?」
ゼウスは久しぶりに見る妻の顔に、表情を和らげた。
「はい。今回は慈悲のあるお裁き、ありがとうございました」
「慈悲深いのはそなたの方であろう、ヘーラー。アルテミスに、いつでもカナトスの泉を使っていいと、許可を出したそうじゃないか」
「はい。彼女の悲しみを知ってしまったら、もう愛人の娘だからと邪険にできなくなってしまいまして……。いずれ、アルテミスに想う殿御(とのご)が現れたら、結婚を認めてあげましょう、あなた。その方がいいのですから」
後に、アルテミスはエンデュミオンという青年と出会い、恋に落ちる。けれど今度はアポローンに知られて邪魔をされないように、彼の夢の中へ入り込んで逢瀬を重ねることにした。そしてエンデュミオンの寿命が尽きてからも、今度は彼がアルテミスの夢の世界の住人となることで、二人の恋は今も、永遠に続いていくのである。
そして、シニアポネーは月満ちて、女児を出産した。その子はエデュウムテミスと名付けられ、成人するとさる王族に嫁ぎ、姫君を儲けた。この姫君・プシューケーこそが、後にエロース男神の妻になるのだが、それはまた別の物語で……。
完
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