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神話読書会〜女神さまがみてる〜

神話読書会〜女神さまがみてる〜>掲示板

公開 メンバー数:11人

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  • from: エリスさん

    2009年01月09日 12時13分50秒

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    封印が解ける日・1

     ここはどこだろう?
     気がついたら彼は、そこを歩いていた――洞窟は緩やかな下り坂になっていて、壁面にロウソクが立てられているおかげに真っ暗ではないが、心もとない。
     『どうしてわたしは、こんなところを歩いているんだろう?』
     彼は記憶の糸を手繰り寄せながら、それでも歩くことをやめなかった。
     『そうだ、わたしは死んだのだ……』
     九十九歳の誕生日をあと三日で迎えられると、家族に励まされていたものを、老いとともに衰弱していく体をどうすることもできなかった。
     それでも、自分は不幸ではなかった。三人の息子とその嫁、孫と曾孫、玄孫(やしゃご)までいくと何十人いるか覚えていられないほどの親族に看取られて、自分は死を迎えた。まるで釈迦のようだ、と満足もできる。
     『それじゃわたしは、あの世へ行こうとしているのか? はて、三途の川への道筋はこんなだったか? 聞いていた話と違うような』
     しばらく歩いていると、道端に何かがうずくまっているのが見えた。
     よく見ると動物のようだった。さらによく見ると、それには三つの頭があり、尾は背びれのついた竜のような形をしていた。
     一瞬恐ろしく思ったが、しかしすぐに彼は懐かしさに襲われた。
     『見覚えがある……なんだろう? 見るからに怪物なのに、少しも恐くない。それどころか……』
     近づいて、その頭を撫でたくなってくる。
     ずうっと見つめていたからだろうか、その怪物が彼に気づいて、眠っていた体を起こした。
     そして、怪物は嬉しそうに「ワホン!」と鳴いて見せた。
     「ああ、やっぱり……わたし達は――僕達は友達だよね」
     彼は一瞬にして若返り、十二歳ぐらいの少年の姿になった。
     怪物は彼に駆け寄ると、真ん中の頭を彼の足に擦りよせてきた。
     彼もそんな怪物の頭を撫でているうちに、思い出した。
     「そうだ! ケロちゃんだ! おまえは僕の友達、ケルベロスだよね! そして僕は……僕の名前は!」
     その時だった。
     「アドーニスゥ!」
     奥から雲に乗った女性が飛んでくるのが見えた。
     いつまでも少女のような愛らしい面立ちの女性を、彼はすぐに思い出した。
     「お母様! ペルセポネーお母様!」
     その女性――女神ペルセポネーは雲から飛び降りると、愛する息子である彼を抱きしめた。
     「お帰りなさい、アドーニス」

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コメント: 全14件

from: エリスさん

2009年03月13日 10時57分27秒

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「Re:し、しまった........」
 ディオニューソスのことを書くのを忘れてました orz

 一応、私の頭の中では、アドーニスが生まれてディオニューソスもすぐに駆けつけ、ペルセポネーと和解する構想も考えていたのに...............闘病の間にすっかり忘れてました。

 今更付け加えることもできないので、このままにしておきますが、念のため「その後ディオニューソスはペルセポネーの息子として、ハーデースにも可愛がられ、アドーニスも彼のことを兄として慕った」ということだけ添えさせてください。

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from: エリスさん

2009年03月06日 13時54分45秒

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「封印が解ける日・14」
 そして更に五ヵ月後。
 冥界の王の居城において、ペルセポネーが男児を出産した。
 当然この子はアドーニスの生まれ変わりで、名前もそのままアドーニスと名づけられた。
 アドーニスが生まれたことを聞いて、ケルベロスは門番の仕事を放り出して駆けつけた。
 産着にくるまれた赤ん坊のアドーニスは、ケルベロスが走ってくる音を聞き取ると、母親の腕の中で身を捩じらせて、扉の方へ体を向けた。
 「だあ! あぶゥ!」
 ケルベロスを見て、嬉しそうに両手を伸ばすアドーニスを見て、ケルベロスもまた喜んだ。
 「ご主人様、わたしのことが分かるのですか?」
 その問いに答えるように、アドーニスは言った。
 「けェ〜るゥ〜……」
 まだまだ舌足らずな声に、ペルセポネーとハーデースは笑顔になった。
 「大好きなケルベロスのことを忘れるものか、ってきっとアドーニスは言いたいのよ」とペルセポネーは言った。「今はまだ赤ん坊の体だから、この子ももどかしい思いをするだろうけど、でもそれもしばらくの間だけよ。神の血を引く子供は成長が早いのですもの。すぐにまたあなたと遊べるようになりますよ、ケルベロス」
 「はい……いえ、女王様。もうその役目はわたしのものではございません」
 「ケルベロス?」
 「どうか、わたしの息子たちを王子の護衛としてお付けくださいませ。タロウとジロウは見た目は普通の犬ですが、わたしの血を引いております。きっと役に立ってくれましょう」
 その言葉にハーデースが頷いた。
 「承知した。我が子アドーニスの護衛官に、ケルベロスの子・タロウとジロウを任命する」
 こうしてアドーニスはタロウとジロウを傍らに従えて成長した。冥界の王子として父王の代わりに死者を裁くこともあり、その時はこれまでの知識と経験を生かして公明正大な判決を下したのだった。その反面、いつまでも少年のような心を持ち続け、時折仕事を抜け出しては門番のケルベロスに会いに行っているらしい。





                          終

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from: エリスさん

2009年03月06日 11時40分13秒

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「封印が解ける日・13」


 それから五ヵ月後。
 アテーナー神王とエイレイテュイアはほぼ同時に産気づき、同時刻に元気な赤ん坊を出産した。
 そこで意外な事実が発覚した。
 ゼウスの生まれ変わりと思しきアテーナーの子は女の子で、ヘーラーの生まれ変わりと思しきエイレイテュイアの子は男の子だった。
 生まれてきた二人の赤ん坊を見比べながら、アテーナーもエイレイテュイアも、そしてその場に立ち会っていたエリス、ヘーベー、ペルセポネーも首をかしげてしまった。
 「間違いないと思うの」と、アテーナーは口を開いた。「この魂の波動は間違いなく、我らが父・ゼウスのものよ。この子もヘーラー様に間違いないわ」
 「でも、実際に生まれてきたのは男女が逆ですわ、お姉様」
 そう言ったのはペルセポネーだった。「本当に間違いありませんの? エイレイテュイアお姉様がお生みになった男の子こそが、ゼウスなのではございません? もともとゼウスとヘーラー様は姉弟だったのですもの。魂の波動が似ていたということは……」
 「いや、間違うはずがないよ」と、エリスが言った。「わたし達は間近で母君と接していた。ゼウスを見誤ることはあっても、母君を見誤ることは決してない。エイリーが生んだこの男御子こそが、我らが母・ヘーラーだ」
 「じゃあ、これはいったい……」
 「つまり、こういうことじゃないかしら」
 ヘーベーは人差し指を立てて見せながら言った。「ゼウスが転生しても尚“女狂い”に走らぬように、《宇宙の意志》がゼウスを女として転生させた……」
 「ありえるわね」とアテーナーは言った。「ゼウスが女として転生したのだから、その伴侶たるヘーラー様も男として転生する必要があったのだわ。きっとそうゆうことなのよ」
 「そう、そしてこれでもう、ペルセポネーはゼウスを恐れる必要がなくなったのだわ」
 エイレイテュイアの言葉で、ペルセポネーの表情はパッと花開くように明るいものになった。
 「そう……そうなのね。これで私の安全は保証されたのね」
 この日のうちに、アテーナーの生んだ王女はゼノーと名づけられ、斎王として育てられることが決定した。
 エイレイテュイアが生んだ男御子はヘーロウスと名づけられ、純潔を司る男神として成長することとなる。

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from: エリスさん

2009年02月20日 15時09分19秒

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「封印が解ける日・12」


 「約束するわ。生まれてくる子は絶対に、お父様のような節操なしの性欲の虜(とりこ)にはしないって」
 神王アテーナーは真剣な面持ちでそう言った。
 「ありがとう、お姉様」
 ペルセポネーがそう言ったとき、ちょうどテーブルに紅茶が運ばれてきた。
 「アールグレイを水出しにしたものよ。試してみて」
 運んできたのは、こちらもお腹が大きいエイレイテュイアだった。
 「アールグレイ……を水出し? お湯じゃなくて?」
 「うちの人ったら日本で食道楽になっちゃったらしくて、色んなお茶を取り寄せては、いろんな飲み方をするのよ。それがまた美味しいものだから、悔しいけど私も真似をしているの」
 「ほう? あのエリスが……」
 と、ハーデースも紅茶のグラスを手に持ちながら言った――なにせエリスと言えば、動くのが面倒くさいからと言って食事を抜くような、変な所で欲がない神だったことをハーデースも聞いているからである。
 「この間は“オゾウニ”ってものをご馳走になったのよ。ペルセポネー、“オゾウニ”って知ってる?」
 「なんですの? 日本のお料理?」
 「そうなんですって。新年になると日本人は誰もがそれを食べるんですって。なんでもね、米から作った“オモチ”ってものを、青菜や鶏肉の入ったスープに入れて食べるのだけど、それがとっても美味しかったの」
 すると、少し離れたところから声がした。
 「よろしかったらまた献上いたしますよ、陛下」
 エリスだった。第二妃のキオーネーも一緒である。
 ――ここはアルゴス社殿だった。いつもは女王としてオリュンポス社殿で公務を執っているアテーナーだったが、休息を取りたいときはここへ来て、姉妹たちと語らいながらお茶を飲むのが日課になっていた。
 エリスは淹れたばかりのアップルとローズヒップのフレーバーティーをカップに入れて、
 「これもお勧めですよ」
 と、ペルセポネーに差し出した。
 「お腹のお子様のためにも、栄養を十分にとって、リラックスすることも心がけないといけませんよ、ペルセポネー」
 「ありがとう、エリス。じゃあ、私にも日本料理を教えてね。アドーニスも日本での生活が長かったから、きっと喜ぶと思うわ」
 「ええ、もちろん……」
 エリスはそういって、少し表情を曇らせた。どうしたの? とペルセポネーが聞くと、エリスは頭を下げてきた。
 「すみませんでした。あの時、わたしが未熟だったばっかりに……」
 ペルセポネーが正気を失っていた時、エリスは彼女の深層心理まで降りていった。その時、ペルセポネーを現実に引き戻すには、辛い記憶とともに、その記憶につながってしまう知識も忘れさせるしかなかった。その結果、ペルセポネーはこれまで子供を作ることができなかったのである。
 「わたしがもっと違う方法をとっていれば、アドーニスはもっと早く、お二人の実子として転生できていたものを」
 「気に病むことはないよ、エリス。あの時、そなたとヒュプノス、そしてレーテーは、やれるだけのことはやってくれたのだからね。それに、実子ではなかったが、これまでのアドーニスとの生活も楽しかった。血ではない、心でつながった親子というのもあるのだと、わたしたち夫婦は知ることができたのだから」
 「そうよエリス」と、ペルセポネーは言った。「あなたは良くやってくれたわ。あの時は、あなたが私のために危険を冒してまでやってくれたことなのに、忘れてしまっていたからお礼も言えなかった。今改めてお礼を言うわ。ありがとう、エリス、助けてくれて」
 「もったいないお言葉です……」
 「実はね」と、アテーナーが口を開く。「このことに関しては、私もエリスに感謝しているのよ」
 「陛下が? なぜです」
 「ハーデース叔父様のことよ。先の聖戦で、先代の神王を初めとする多くの神々が、地球を再生するために、その不死の力を解放して亡くなられた。あの時、本当ならハーデース叔父様も殉死しなければならなかったのに、まだ後継者がいないことを理由に、我らが父ゼウスから、ここに残るように諭された。もしあの時、叔父様に後継者――つまり実子がいたら、神王になったばかりの私には心強い相談役がいなかったことになるもの」
 アテーナーはそう言うと、照れたようにウィンクをしてみせた。
 「確かに、これも天の采配というものですかね」
 ハーデースは言うと、エリスがペルセポネーに淹れたアップルローズヒップティーを取って、一口飲んだ。
 「あっ、本当に美味しいね、これ」
 「まだありますから、ハーデース様にもお淹れしますよ」
 とエリスが言うと、ペルセポネーが片手を挙げて止めた。
 「いいのよ、私達はこのカップのを分け合って飲むから。いつもそうしているのよ。ねえ? あなた」
 「そうだね」と、ハーデースがペルセポネーの口元にカップを持っていくと、そのまま飲ませてあげるのだった。
 「あらまあ」と、アテーナーは手で扇ぐ動作を見せた。「仲のおよろしいこと」
 その一言で皆が笑顔になった。

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from: エリスさん

2009年02月20日 12時47分16秒

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「封印が解ける日・11」
 ペルセポネーは近くにあったシーツを引き寄せて、体に巻きつけながら言った。
 「だって、あと三ヶ月もすればお父様――ゼウスは復活するのよ」
 「アテーナー神王の腹の中にいる子供のことか?」
 「ええ……私にも分かるの。お姉様のお腹にいる御子は、間違いなくゼウスの生まれ変わり。その子が生まれてくれば、私は嫌でもその子を見るたびに思い出す。あの時のおぞましさを。そして、いつ襲われるか分からない恐怖に怯えながら、生きていかなければならないんだわ」
 そう言って、指先が震えだすのを必死に押さえ込もうと、ペルセポネーは両手を握り合わせた。
 「ペルセポネー……」
 ハーデースはそんな妻の手をしっかりと握った。
 「そなたも冥界の女王なら知っているはずだ。魂は、生まれ変わるごとに違う人生を生きる。同じ魂だからと言って、前世とまったく同じ生き方をするとは限らないのだよ。性格も、性別すら変わるんだ。それはゼウスだって同じことだよ」
 「……変わるかしら? あの魂の底から好色なゼウスが」
 「変わるとも。考えてもごらん。あのアテーナーとヘーパイストスの間から生まれてくるのだよ? 色好みに育つと思うかい?」
 そう言われて、ペルセポネーはしばらく考えてから、クスッと笑った。
 「そうね。あの堅物のお姉様と、真面目を絵に描いたようなヘーパイストスの子供になるのですものね」
 「そうとも。だから何も心配することはない。それに……」
 ハーデースは包み込むようにペルセポネーを抱きしめた。
 「もう二度と、そなたをそんな目に会わせない、このわたしが! 二度とそなたを奪い取られてなるものか、この命に代えても」
 「あなた……」
 嬉しさに、ペルセポネーはハーデースにキスをして、笑った。
 「そろそろ朝の仕度をしましょう。皆が心配しているといけないから」
 「そうだね。きっとアドーニスが心配しているよ」
 ハーデースはそう言いながらベッドから降りて、服を着だした。
 ペルセポネーも着替えながら、ふと立ち止まり、自分の中で異変が起きていることを感じ取っていた。
 そうしているうちに、部屋の外からペイオウスの声がした。
 「刻限でございます。お目覚めでいらっしゃいますか、君様。王妃様」
 「ああ、おはよう」
 ハーデースはペルセポネーの着替えが終わっていることを確かめてから、ペイオウスに中へ入るように言った。
 「アドーニスも起きているか? 皆には心配をかけたな」
 「いえ……その、アドーニス様は……」
 「どうした?」
 「それが……アドーニス様はもう、ここにはいらっしゃいません」
 「なんだって!? いったいどこへ……」
 その時、ペルセポネーが口を開いた。
 「アドーニスなら、いるわ」
 ペルセポネーは振り返りながら、自身のお腹をさすった。
 「この中に」
 その言葉の意味を知り、ハーデースは感嘆の吐息をこぼした。
 「そうか! とうとう!」
 「ええ! 私たちの念願が果たされたのよ!」
 ハーデースとペルセポネーは互いに抱き合いながら、この至福を喜び合ったのだった。

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from: エリスさん

2009年02月13日 15時11分00秒

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「封印が解ける日・10」
 右肩のフィビュラもはずすと、ペルセポネーは滑らすようにキトンを脱いだ。 
 「ペルセポネー……」
 「私はずっと望んでいたの。叔父様の手で私の純潔の花を散らしてもらうことを。夢にまで見るほど恋焦がれて……でも、お母様の言いつけを守って、清い交際を続けてきたわ。愛らしい少女の仮面をかぶってまで」
 ペルセポネーはハーデースの後頭部に両腕を回して、熱く甘やかなキスをした。
 「でもこれが本当の私。あなたのことが欲しくて欲しくて堪らない、厭らしい女よ」
 ペルセポネーはそう言うと、ハーデースに背を向けた。
 「だから罰が当たったんだわ。貞淑に生きることを教えられて育った私が、あなただけにはそんな、娼婦のような感情をいだいてしまったから」
 「それのどこが悪い」
 ハーデースもそう言うと、自身のキトンを脱いだ。
 「愛しい人をこの腕に抱きたいという感情は、誰しも当たり前のことだろう」
 ハーデースはペルセポネーを自分の方へ向かせると、そのまま床に押し倒した。
 「それとも、そなたはわたし以外の男にもそんな感情を覚えるのか?」
 「いいえ、いいえ!」
 ペルセポネーはしっかりとハーデースに抱きついてきた。
 「あなただけよ! 私が愛しているのはハーデース様だけ!」
 「ならば、なんの問題もない」
 二人はまるで引かれ合うように、何度も何度もキスをした。



 目が覚めた時、ペルセポネーは寝台(ベッド)の中にいた。
 横を見ると、すぐそばでハーデースが眠っていた。
 冥界はいつでも暗いから分からないが、おそらく朝になっているはずである。
 ペルセポネーは起き上がると、寝台から降りて、床に足をつけた。そして立ち上がった時、下腹部に痛みを覚えた。
 純潔でなくなった証だということは、すぐに分かった。この痛みを知るのは二度目である。
 一度目は、ゼウスに辱めを受けた時ではない。もっともあの時ペルセポネーはすぐに正気を失ってしまって、痛みを覚えるどころではない。
 それはもっと以前のこと。ハーデースに抱かれる夢を見たその次の朝、ペルセポネーはこの痛みを覚えて、出血までしていたのである。
 『あの時は、月の障りだとお母様に説明したけど……私にも不思議なことだったわ』
 ペルセポネーがそう思った時、背後から声が掛かった。
 「気分はどう?」
 ハーデースだった。目が覚めた彼は、起き上がると寝台に腰掛け、ペルセポネーにも隣に座るように勧めた。
 「記憶は、ちゃんとつながったかな?」
 「ええ、あなた。みんな思い出したわ。お父様に辱められて、正気を失ったこと。そのまま子供――ザクレウスを産んだこと。そしてザクレウスが殺される声を、地の底から感じ取ったこと。それでも心を閉ざしていた私の深層心理の中に、エリスが降りてきてくれて、私を連れ戻そうとしたこと。そのとき私、エリスにも話したわ。本当の私はハーデース様に抱かれたくて仕方のない厭らしい女だって。だからこそ彼女は、私の嫌な記憶を忘れさせるために、性的な知識を一切隠してしまったのね。そして私は目覚めて、エイレイテュイアお姉様の手引きで処女に戻り、あなたと結婚した……」
 「そうだね。なにもかも思い出して、それでも、そなたは今ちゃんと正気に戻っている」
 「ええ。私の一番の望みが叶ったからだわ、きっと」
 「わたしの本当の妻になれたことか?」
 「ええ」
 「それならもっと昔に、すでに叶っていたのだよ」
 「え?」
 「夢の中で、わたし達は契りを交わしていたのだよ。覚えていないかい?」
 「あっ、じゃあ、あれは……」
 ペルセポネーの本心を感じ取れないほど、ハーデースは鈍感ではない。またハーデース自身も、ペルセポネーの母・デーメーテールからどんなに反対を受けていても、ペルセポネーのことを諦めることができなかった。それでハーデースはペルセポネーの夢の中へ入っていき、密かに思いを遂げたのである。
 「つまり、そなたの初めの純潔を奪ったのはゼウスではなく、わたしだったのだよ」
 その言葉を聞いた途端、ペルセポネーはうれしそうに夫に抱きついた。
 「そうだったのね。それじゃ、あの三日後に会う約束をしていたのに、会いに来てくださらなかったのは?」
 「わたしも女性を抱くのはそなたが初めてだったから、後から思い出したら恥ずかしくなってしまってね」
 「いやだわ、あなたったら。大の大人がまるで少年みたいに」
 「まったくだね。今思うとそんな幼稚な自分の方が恥ずかしいよ」
 「でも嬉しい。私の始めての相手があなたで、しかもあなたにとっても初めての相手が私だなんて。こんな嬉しいことはないわ。天にも昇る気分よ」
 「そうかい? じゃあ、ゼウスとのことは忘れられそうかい?」
 するとペルセポネーはハーデースから離れて、悲しそうに首を振った。
 「それは……無理よ」

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from: エリスさん

2009年02月13日 13時30分41秒

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「封印が解ける日・9」
 

 ペルセポネーの悲鳴は、夫妻の寝室から聞こえてきた。
 アドーニスが駆けつけると、寝室の前には側近のペイオウスもいた。二人と一緒に宴に行っていたはずである。
 アドーニスはすぐにペイオウスに声をかけた。振り向いたペイオウスは、どうしたらいいのか分からない不安そうな表情を。隠すこともできないでいた。
 「お母様に何があったの? ペイオウス」
 アドーニスが聞くと、
 「はい……封印されていた記憶が……」
 「そう……」
 そうじやないかと、アドーニスも予想はしていた。いつも朗らかなペルセポネーがここまで取り乱すなど、よっぽどのことである。 「仕方ないよ、いつかはそうゆう時が来ていたんだ。さァ、ペイオウス。あとはお父様にまかせて……」
 アドーニスはペイオウスの肩に手を置こうとして、すり抜けてしまった。
 それを見てペイオウスも驚いた。いくら霊体とは言え、普通の人間のように物を掴んだりできていたものを、それが急にできなくなるとは!?
 するとアドーニスはフッと笑った。
 「どうやら、僕にもその時が来たようだね」


 「いやァ!! やめてェ!!」
 目の前にある物を懸命に振り払おうと両腕をバタつかせているペルセポネーを、ハーデースも必死になだめようとしていた。
 「お願いだ、ペルセポネー、落ち着いてくれ!」
 「いやァ! お父様、どうして!!」
 「ペルセポネー!」
 「お父様にとって、私はなんだったのォ!!」
 「ペルセポネェー!!」
 ハーデースが体の奥から搾り出すようにして発した大声に、ペルセポネーは全身をビクッと震わせた。
 暴れるのをやめたペルセポネーを、ハーデースはきつく抱き包んだ。
 「もう大丈夫だ、何も怖いことなどない。すべては終わったことなのだよ」
 「……ハーデース叔父様……」
 「叔父様ではない、夫だ! わたし達はとうに夫婦になっている。はるか昔にだ!」
 ハーデースはそう言うと、ペルセポネーの頬を両手で包んで、しっかりと自分の方を向かせた。
 「そなたの身に降りかかった不幸は、それよりももっと前だ。はるかはるか昔だ。思い出さなくてもいい過去なのだ。だからもう忘れておくれ」
 「だったら……忘れさせて」
 ペルセポネーはそう言うと、右手を自分の左肩に持っていき、フィビュラ(留め具)をはずした。
 白い左肩が露(あらわ)になる。
 「なにをしている!?」
 「夫婦になったというなら、私を本当の妻にして……」

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from: エリスさん

2009年02月06日 13時55分58秒

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「封印が解ける日・8」


 その頃、アドーニスは中庭で犬たちと戯れていた。
 冥界の番犬であるケルベロスが妻をめとって、子犬が二匹生まれたのである。
 「それにしても、ケロちゃんの子供だって言うのに、ケロちゃんとは全然似てないね」
 ケルベロスは二つの頭を持つ、一見恐ろしげな神獣である。それに引き換え生まれてきた子犬は、普通のシベリアンハスキーだった。
 「たぶんそれは私のせいですね」
 ケルベロスの妻・小雪はそう言ってうなだれた。
 小雪は元は遠藤章吉の飼い犬だったが、主人の死後、自身も寿命で天に召されて、章吉――アドーニスを追いかけてきたのである。今は人間語(しかも日本語)をしゃべる能力を身につけているが、もともとは普通の犬である。つまり生まれてきた子犬は神獣と普通の犬のハーフということになるが、どうやらこの子たちは母犬の血の方を強く引いてしまったようだ。
 「なにを気に病む、コユキ」と、ケルベロスは言った。「普通の犬に生まれてきた方が、皆にも愛されていいじゃないか。僕はこれで良かったと思っているんだよ」
 小雪に合わせて自分も人間語を話すようになったケルベロスだった。(実はかなり前から話す能力は持っていたのだが、必要なかったので使っていなかった)
 「うん、そうだよね」とアドーニスはケルベロスの頭を撫でた。「ごめんね、変なこと言って。タロウもジロウも、この方が可愛くていいよね」
 「はい、ご主人さま。なんなら、僕も普通の犬に変身しましょうか?」
 「へ? できるの?」
 「もう何千年も生きていますから。人間の姿に化けることもできます」
 「へェ〜。でも、ケロちゃんはこのままのがいいや」
 「そうですか?」
 ペルセポネーの叫び声が響いてきたのは、そんな時だった。

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from: エリスさん

2009年02月06日 12時07分36秒

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「封印が解ける日・7」
 記憶の封印が解けた途端、ペルセポネーの脳裏に「あの時」の恐怖とおぞましさが一気に蘇ってきた。
 「……いや……いやァー!!!!」
 両手で頭を抱えたペルセポネーは、体を振ってディオニューソスを振り払い、そのまま後ろに仰け反るように体を強張らせた。
 ゼウスのあの下卑た笑いと、悦楽に登り詰めた醜い顔が、押し寄せてきて逃げられない。
 「やめてェ!! いやァ!!」
 そばにいた者たちがなだめようとしたが、ペルセポネーはすべて振り払ってしまう。ハーデースは少し離れていたところにいたため、人ごみを掻き分けてようやくたどり着いた時には、ペルセポネーはもう立ってもいられなかった。
 「ペルセポネー!」
 ハーデースが抱き起こすと、ペルセポネーは夫の顔を見るなり、縋りついてきた。
 「叔父様! 叔父様! 助けて!!」
 「ペルセポネー……」
 どうやら記憶だけでなく、精神的にもあの時に戻ってしまっているらしい。
 そこへ、「退いて! 道を開けなさい!」と、神王アテーナーが駆け付けた。
 「ハーデース叔父様。この場は御退出なされた方がゆろしゅうございます」
 アテーナーがそう言うと、
 「すまない、王。あなた様の最初の誕生祭だと言うのに、こんな騒ぎを……」
 「叔父様のせいではありません! さあ、ペルセポネーのためにも」
 「本当にすまない。この埋め合わせは必ず……」
 ハーデースは術を使って、自分とペルセポネーの周りに暗黒を呼んで、そのまま霧のように消えた。
 二人が消えても、まだ神々はざわめきを止めなかった。
 それをアテーナーは、パンパンッと手を叩くことによって鎮めた。
 「皆さん! 心配はありません。ペルセポネーのことはハーデース殿に任せるのが一番なのですから。さあ、宴に戻りましょう。誰ぞ、私のために舞を披露して頂戴!」
 「はい、神王陛下」
 と、名乗り出たのは青春の女神ヘーベーだった。広間の中央に躍り出たヘーベーは、パッと両腕を広げてから舞い始めのポーズを取った。
 「楽隊の皆さん、演奏を」
 ヘーベーの声で、アポローンの弟子たちで組まれた楽隊が演奏を始め、ヘーベーが空を舞うように踊り始めた。
 その華麗な身のこなしに誰もが目を奪われ、先刻の悲愴な空気が一気に解消されたのだった。
 そんな中アテーナーは、ディオニューソスを広間の外に連れ出して、聞いた。
 「これは偶然? それとも、そなたの狙いだったのですか?」
 「……恐れながら申し上げます、陛下。すべては天の御心です」
 「《宇宙の意志》たるあの方を言い訳に使うなど失礼ですよ、ディオニューソス。そなたも分かっていたはずです。ペルセポネーに過去を思い出させてはならないことは」
 するとディオニューソスは嘲笑するかのように笑った。
 「いつまでもそんなことを」
 「なんですって?」
 「真実からいつまでも目を背けたところで、何も進展などしない。本当に癒されたいのなら、どんなに悲しいことでも立ち向かっていかなければならないのです。その上で、もっと楽しいこと嬉しいことを見つけて、悲しい記憶などかすませてしまえばいいのです」
 「……そなたの言うことは最もですが。でも、ペルセポネーの場合は……」
 「わたしだって怖かったんです!」
 ディオニューソスはつい大声を出してしまって、すぐに「すみません」とアテーナーに頭を下げた。
 「でもあの時、わたしを救い出そうと駆けつけてくださったあなた様なら、分るでしょう? ティーターンの鬼たちに生きたまま食われ、心臓だけになってしまったわたしの恐怖を……」
 「そなた!?」
 あんな姿になったのに、ディオニューソスはザクレウスとして生きていた記憶が残っているらしかった。
 「それなのに、母上がそのことを覚えていてくださらないとは……育ての母が亡くなってしまったわたしには、もうあの方だけがわたしの母だと言うのに……」
 「……悪かったわ。そなたの気持ちも考えずに、責めてしまって」
 アテーナーは姉として、ディオニューソスを抱きしめた。
 「でも分かってあげてね。あの時のペルセポネーには、記憶を失わせるしか方法がなかったのだから……」


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from: エリスさん

2009年01月30日 14時45分41秒

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「封印が解ける日・6」


 ペイオウスが言ったとおり、それから二年の間アドーニスの転生はなかった。
 アドーニスは霊体のまま冥界で生活し、いろんな国の書物を読みあさって知識を身につけることに専念した。
 その間、一九九九年の夏を迎え、エリスが日本から帰国し、それと同時に世界は滅亡の危機に瀕した。
 しかしそれもエリスが育てた「宿命の女人」とその支持者とともに回避され、汚染された地球も、世界各地の神王がその身を犠牲にすることで浄化された――そのおかげで、人類は滅亡の危機があった記憶すら浄化されてしまったのである。

 オリュンポスではゼウス亡きあと、新しい神王としてアテーナーが即位した。その伴侶にはヘーパイストスが選ばれ、二人は晴れて念願の夫婦となれたのである。
 その頃のオリュンポスはベビーラッシュだった。神王であるアテーナーを始め、エイレイテュイアとキオーネー、アルテミスまでもが懐妊していた。
 「おそらく、あの聖戦で亡くなられた神々が再生しようとしているのよ」
 と、アテーナーは姉妹たちの前で言ったことがあった。「私には分かるの。このお腹の中にいる子は、間違いなく我らが父・ゼウスよ」
 「実は私もそんな感じが」
 そう言ったのはエイレイテュイアだった。「おそらく私の中にいるのは、お母様――ヘーラー女神だわ」
 「亡くなられた皆様は、それぞれ自分たちの娘の子供として再生しようとしているのですね」
 と、アルテミスも言った。「そう言われると、私もこの子が母・レートーのような気がしてきました」
 「そうなると……」
 両性具有の神として転生したエリスは、第二妃であるキオーネーの肩に手をおいて、言った。「子供を産まなくなったわたしの代わりに、キオーネーが我が母・ニュクスを産んでくれるのかな?」
 「そんな、恐れ多い……」と、キオーネーは両手を握り合わせた。「でもそうなら、きっと無事にお産み申し上げますわ」
 その場にはペルセポネーもいたのだが、自分だけ子供を授かっていない寂しさから、何も言うことができなかった。
 その数日後のことである……。
 新しき王の誕生祭が開かれ、王宮にオリュンポス中の神々が集まった。
 冥界の王であるハーデースとペルセポネーも当然招かれた。アドーニスにも招待状が届いたが、まだ実体もない霊である彼は丁重に辞退した。
 宴の間には、さすがにベビーラッシュだったせいで、赤ん坊を連れて出席する女神が多く見られた。赤ん坊といっても神の子である。すでに言葉を話す子までいて、立派に社交界デビューを果たしていた。
 ペルセポネーのもとにも、そういった赤ん坊たちが母親に抱かれて挨拶にきた。その子たちがみな可愛くて、ペルセポネーは嬉しそうに、また羨ましそうにその子たちを覗き込むのだった。
 そこへ、一人の男神が妻をつれて現れた。
 「ご機嫌よう、ペルセポネー様」
 酒の神ディオニューソスだった。
 「まあ、ディオニューソス、ご機嫌よう。あなたもお子様を連れていらっしゃったのね」
 ペルセポネーが言うとおり、元は精霊であったという妻の腕の中には、産着にくるまれた赤ん坊がいた。
 「はい。我が息子・クレースを見てやってくださいませんか。わたしの赤ん坊のころに良く似ていると、皆がそう言うのです」
 「まあ、どれどれ……」
 ペルセポネーはその赤ん坊の顔を覗き込んで、ドキッとした。
 『……この子を……知っている』
 ペルセポネーの動揺を感じたハーデースは、しまった! と思った。が、もう遅い。
 ペルセポネーの中で何かがほつれ始めてしまっていた。
 「……知ってる……見たことがあるわ、私は、この子を……」
 立っていられなくなり、膝が折れてしまう前に、ディオニューソスはペルセポネーを抱きとめた。
 「思い出していただけましたか?」
 と、ディオニューソスは言った。
 「よせ!」
 ハーデースの制止など、無意味だった。
 「思い出していただけましたか……母上」
 ディオニューソスの言葉で、ペルセポネーはすべてを思い出してしまった。
 「あなたは……ザクレウス……」

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from: エリスさん

2009年01月30日 12時28分36秒

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「封印が解ける日・5」


 就寝時間になり、ハーデースとペルセポネーは夫婦の寝室に、アドーニスも自分の部屋へと戻った。
 そしてアドーニスは、内線電話の役目をする水鏡を使って、ハーデースの側近であるペイオウスを呼び寄せた。
 「ホットミルクを持ってきて」
 「畏まりました」
 侍女にでも頼めばいいことを、わざわざ自分に頼むところをみると、何か他にも用事があるのだな……と察したペイオウスは、ホットミルクを作るとすぐにアドーニスの部屋へと行った。
 思ったとおり、アドーニスは夜着にも着替えずにソファーに座っていた。
 「ここに座って。聞きたいことがあるんだ」
 「ご両親には聞かせたくないお話でございますね、アドーニス様」
 「さすがはペイオウス。話が早いね」
 「恐れ入ります」
 ペイオウスはホットミルクをアドーニスの前に置いてから、アドーニスとは斜向かいになるソファーに腰かけた。
 「僕はつねづね思っていたんだ。ペルセポネーお母様の実子として生まれてくる運命を持っているのは、僕しかいないって」
 アドーニスはホットミルクに一口だけ口をつけてから、そう言った。
 その言葉に、ペイオウスも頷いた。
 「それは、お傍に仕えております我々も思うところでございます」
 「でも、僕はいつまでたってもお母様のお腹の中に入れない……どうしてだと思う?」
 「それは……」
 答えに詰まっていると、アドーニスはフッと笑いかけて、言った。
 「お母様が、未だに処女だからじゃないの?」
 「……お気づきでございましたか」
 「もう千年だよ、僕がお二人の養子になってから。うすうすは気づくさ。でも、はっきりと確信が持てたのは、遠藤章吉になってからだよ」
 アドーニスは、今度はホットミルクを二口ほど飲んでから、カップをテーブルに戻した。
 「日本という国は面白いところでね、もともとが多神教の国だったからか、いろんな国の神や仏が伝わってきていたんだ。二つの宗教のいいところだけを取って新しい宗教を作ったりとかね、とにかくなんでもありで。おかげで、いろんな国の神話の書籍が読めたんだよ。その中には当然のように、ギリシアの神話――僕たちのことが描かれていた」
 「どんな風に描かれていましたか?」
 「さまざまに……嘘みたいな本当の話とか、完全に辻褄の合わない話とか……僕のことは、悲劇の美少年として描かれていたかな。アプロディーテー様の恋人として。僕がどんなにお母様とお父様に愛されていたか、なんてことは割愛もいいところだ」
 「まあ、愚かな人間の書く書物ですから」
 「そうだろうね。お二人のことなんか、お父様が、まだ幼いお母様を略奪して妻にしたような書き方をされていたよ」
 「間違いも甚だしいですな」
 「じゃあ、これも嘘かな? ……お母様が、実父であるゼウス神王との間にザクレウスという御子を儲けた、って話は」
 「……そんな話まで……」
 驚愕しているペイオウスの顔を見て、アドーニスは悲しげに微笑んだ。
 「その話は、本当なんだね」
 「はい……」
 ペイオウスは、ペルセポネーがゼウスに暴行されて罪の子を孕み、それによって正気を失ったことや、正気に戻すためにエリスとその兄・ヒュプノスがペルセポネーの記憶を封印したこと、そしてカナトスの泉によって処女に戻ったことなどを話した。
 「なるほど、そうゆう背景があったのか。それじゃお母様は、子供を作ること自体を知らないんだね。それじゃ、さっきお母様が口走った〈共寝〉なんて言葉は……」
 「おそらく、ただの添い寝のことだと思っておられます」
 「どうりで。これで納得がいったよ。お母様がいつまでも少女のような容姿をしているわけも、なにもかも。それじゃいつまでたっても、僕はお二人の実子になれないわけだ」
 アドーニスはそう言うと、軽く笑ってから溜め息をついた。
 「……良かった」
 「は? なにがでございますか?」
 「いや、ちょっと疑っていたんだ。書物に書かれている神話は、実際に僕が見聞きしたものと違うということは分かってた。だから、お母様が実父と不義の関係にあったなんて、絶対に信じたくはなかった。でも、ペイオウスからちゃんと真実を聞かせてもらって、お母様がお父様を裏切っていないって分かって、やっと本当に安心したよ。……分かればさ、僕もいつまでも待とうって気になるし」
 「アドーニス様……わたしは、もしかすると近いうちに〈その日〉が来るのではないかと思っているのです」
 「〈その日〉が?」
 「はい。実は……いつもなら、アドーニス様は三日と経たないうちに次の転生先へ行かれるところなのですが、今回は、次の転生まで二年もあるのです」
 「二年も? 本当に?」
 「その間に、なにかあるのではないかと……わたしの勝手な憶測ですが」
 「へえ……」
 アドーニスは、残りのホットミルクを一気に飲み干した。
 「その憶測、当たることを願ってるよ。じゃあ、もう寝るね」
 アドーニスはそう言って、カップをペイオウスに手渡した。
 「はい、おやすみなさいませ、アドーニス様」
 アドーニスはペイオウスが部屋から退出するのを、手を振りながら見送った。

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from: エリスさん

2009年01月23日 14時56分03秒

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「封印が解ける日・4」
 そんな二人のやりとりを見ていて、ハーデースが笑った。
 「いいじゃないか、ペルセポネー。感じ方は人それぞれ。愛情表現もまたしかりだ。親子だからと言って何もかも同じでなくてはならないってことはないよ」
 「それもそうですわね、あなた。アドーニス、もう一口ちょうだい」
 「はい、喜んで」と、アドーニスはまたフォークにお肉を刺して、ペルセポネーの口の中へ入れてあげた。
 「それにしても、あんなに嫌いだったトマトを、今回の人生では良く食べられるようになったものだな」
 とハーデースが感心しながら言うと、アドーニスは悲しそうな笑顔を見せた。
 「好き嫌いなど言っていられなかったのですよ。戦争で」
 アドーニスが遠藤章吉として生きていた日本では、一九〇四年――章吉が四歳のころには日露戦争が勃発している。その後も第一次・第二次世界大戦と、四十五歳まで戦争続きの日本で生き延びてきたのである。
 「戦争が終わっても、すぐには豊かになれません。食糧難の日本で、好き嫌いなど言っていられる余裕はなかった。明日の食料を確保するのも難しい世の中だったんです」
 「そう……」
 ペルセポネーは胸が詰まるような思いで聞いていた。
 「でも幸い、僕は遠藤家の長男として生まれ、しかも極度の近眼だったので、徴兵は免れました。あんな世の中にいたのに、誰も殺さずに済んだことは幸運以外のなにものでもありません。……もしかして、お父様のご加護があったのですか?」
 その問いに、ハーデースは首を振った。
 「他国にいるそなたに、わたしの加護など及ばないよ。確かに、日本の冥界の神である伊邪那美の命(いざなみ の みこと)殿にお願いしたことはあるが、その時かの女神は〈神にゆかりのある御子だからといって、その子だけ特別扱いはいたしません〉と、わたしをたしなめたよ。だから、そなたが戦乱の世に人を殺さずに済んだということは、それはそなた自身の功徳だ」
 「本当ね。あなたがちゃんと天寿を全うできて良かったわ、アドーニス。私もあの戦争の時は、あなたが心配でたまらなかった。あなたが、悲惨な世界に蝕(むしば)まれて、身も心も汚れてしまうのではないかと」
 「もう二度とごめんですよ、戦争は。早く地球から戦争なんて愚かなモノがなくなってくれることを願います」
 「まったくだ……まあ、暗い話はそのくらいにして」
 と、ハーデースは咳ばらいをした。「なにか楽しい思い出はないのかな? それこそ、恋の話とか」
 「恋ですか?」
 「そうそう!」と、ペルセポネーは思い出したように言った。「あなた、アプロディーテーのように嫌な女に口説かれていたことがあったでしょ? あの尻軽女に変なことはされなかったの?」
 「ああ、あの十八の頃に出会った美人の後家さんのことですね。大丈夫ですよ。確かにしつこい女でしたけど、僕にはもうその頃には許嫁者(いいなずけ)がいましたからね。僕が何かする前に、その許嫁者の実家の方で圧力をかけてくれたみたいで、どこかに消えてしまいましたよ。その後、無事に僕は許嫁者と結婚して、夫婦仲は円満でした」
 「そう! 良かったわ」
 ペルセポネーが安堵している横で、アドーニスは何か思い出したらしく、プッと笑った。
 「どうかしたの?」
 「いえ、ちょっと思い出したことがあって。僕のひ孫たちはみんな本を読むのが好きで、ときどき集まっては本の議論をしていたんですよ。その議論の中に、先ほどお母様が言っていた事と同じ言葉が出てきたんです」
 「あら? なに?」
 「アプロディーテーのように嫌な女――実際は〈ヴィーナスのように嫌な女〉と言っていたんですが。なんでも、ひ孫が愛読している作家のエッセイに、そうゆう一文があったそうで。特定の恋人がいるにも関わらず、誰とでもデートするような貞操観念のない女性に対して、侮蔑的に言った言葉なんだそうです。それを読んでひ孫がこう言ったんですよ。〈ヴィーナスに譬えた時点で、それは侮蔑の言葉ではなく褒め言葉にならないか〉って」
 「まあ、普通はそう解釈するでしょうね。アプロディーテー――イギリス語でヴィーナスは、美の女神。美しい女性の形容詞として使われるのが最もですものね。でも……アプロディーテーの本性を知っている者は、そうはとらない」
 ペルセポネーが言うと、ハーデースも頷いてこう言った。
 「その、ひ孫が愛読していた作家とは誰なんだ?」
 「お二人がご存知かどうか……。嵐賀エミリーという日本のライトノベル作家ですよ」
 「あら!」と、ペルセポネーが驚いた。「それはエリスのことよ!」
 「え!? エリスって、あの不和女神のエリス様ですか?」
 「そうよ。罪を償うために人間となった彼女は、あなたと同じ日本人として生まれて、片桐枝実子――ペンネームを嵐賀エミリーとなって、小説家として生きているの。エリスが言ったのなら、その言葉は間違いなく侮蔑的言葉だわ」
 「エリスはアレースの親友でありヘーパイストスとも親交があった。アプロディーテーの貞節の無さには昔から眉をひそめていたからな」
 「そうだったんですか……」
 「あの人は本当にどうかしているのよ」と、ペルセポネーは言った。「愛する夫がいるのに、見目好い男の子を見つけるとすぐに傍に呼び寄せて。あんまりひどいから、私、忠告したことがあるのよ。そうしたらあの人ね、〈別に共寝をしてるわけじゃないからいいじゃない〉って言ったのよ。そうゆう問題じゃないでしょ?」
 ペルセポネーのこの言葉に、アドーニスとハーデースはちょっと慎重になった。
 返答次第ではペルセポネーが平静でいられなくなる、それぐらい危険な言葉を口にしたのに、当のペルセポネーはそれが分かっていないようだった。

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from: エリスさん

2009年01月23日 12時25分31秒

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「封印が解ける日・3」
 西暦1999年の春。アドーニスにとってこれが何度目の帰郷になるか、もう覚えてもいられなかった。
 ただ今回の、日本人・遠藤章吉としての人生が九十九年とかなり長かったこともあり、アドーニスは以前の記憶を手繰り寄せるのに少し時間が欲しいからと、夕食の時間になるまで自分の部屋で一人になることを望んだ。
 自身も長い眠りの間に記憶があやふやになった経験を持っていたペルセポネーは、アドーニスの気持ちを察して、自分がしたいとおりにさせてあげた。
 早くアドーニスと話がしたい気持ちを抑えながら、ペルセポネーは自ら夕食の準備をした。そうしているうちに、ハーデースも今日の任務を終えて食卓に現れ、アドーニスもすっきりした面持ちで部屋から出てきた。
 「さあ、食事にしましょ!」
 ハーデースとペルセポネーはいつも隣り合った席に座る。
 そしてアドーニスは、ペルセポネーの斜向かいに座った。
 普通は向かい合って食事をするものだと思うのだが、この家族はちょっと変わっていた。なぜなら……。
 「ハイ、あなた。アーンして」
 ペルセポネーがその細い指でつまんだパンの切れ端を、ハーデースの口元に近づける。すると、ハーデースは「アーン」と言いながら口をあけ、食べさせてもらうのだ。
 「次は君の番だよ。何がいい?」
 「杏のヨーグルト添え」
 「杏だね」
 ハーデースは杏を一切れ取ると、それに少しだけヨーグルトを付けて、ペルセポネーの口の中に入れてあげた。
 そんなイチャイチャがしばらく続いているのを見て、アドーニスは言った。
 「お二人は相変わらずなんですね」
 「相変わらずも何も」と、ペルセポネーは笑った。「私たちは結婚する前からこんな感じだったのよ。変わりようがないわ」
 すると、ハーデースも言った。「これがわたし達の夫婦仲の秘訣なんだよ、アドーニス。そなただって、自分の両親が仲睦まじいのは嬉しいだろ?」
 「嬉しいですよ。でも、お二人がいつもそうやってお互いに食べさせあっているので、我が家の食卓は肉や魚より、先に果物とパンが無くなってしまうんですよね。僕はデザートは最後に食べたいものだから」
 「だって、お肉やお魚は素手で食べるのに適していないのですもの」
 ペルセポネーがそう言うので、アドーニスは微笑むと、自分のフォークにお肉を刺して、
 「ハイ、お母様。アーン!」と、差し出した。
 「あら、いただきます」
 ペルセポネーは喜んでそれを食べさせてもらった。
 「ね? なにも素手でなくても、こうやってフォークや箸で相手の口に運んであげればいいんですよ」
 「もう、分かっていないわね、アドーニス。素手で差し上げることに意味があるのに。ホラ、アドーニス」
 ペルセポネーはサラダの中からプチトマトを摘まんで、アドーニスの口の中に入れてあげた。
 「おいしい?」
 「おいしいです、お母様」
 「ホラ! 素手であげた方が、あなたも嫌いなトマトをおいしく感じられるじゃないの」
 「ああ! 残念でした。僕はもうトマトが嫌いじゃなくなったんですよ。日本にいる間に食べられるようになったんです」
 「あら、つまらない……」

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from: エリスさん

2009年01月09日 13時52分23秒

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「封印が解ける日・2」


 冥界の王ハーデースが住む居城は、三つの川が流れる畔にあった。
 番犬のケルベロスはその近くまでアドーニスとペルセポネーを送り届けると、アドーニスの腰のあたりに体を摺り寄せてから、また自分の仕事に戻って行った。
 「ありがとね、ケロちゃん。また後で遊びに行くよ」
 「ワホン!」
 怪物で知られるケルベロスだが、飼い主とその家族には忠実な優しい犬だった。
 居城に入ると、先ずハーデースの側近のペイオウスが待っていた。
 「お帰りなさいまし、アドーニス様。九十九年ぶりでございますね」
 「ただいま、ペイオウス。お父様は?」
 「あいにく、まだお仕事が忙しくて。でも、夕食の時間にはお戻りになりますよ」
 「それじゃ、仕事場に顔を見に行っては駄目かな?」
 「おお、そうしてくださいますか。きっとお喜びになります」
 「じゃあ、行っちゃお」
 つい昨日まで九十九歳の老人だったと言うのに、すっかり少年に戻っているアドーニスだった。
 ハーデースの書斎は居城の一番奥にあった。アドーニスがノックしてから中に入ると、そこでハーデースは電話を片手にパソコンと格闘していた。
 「そうそう、百八歳で明日死ぬ老婆を、二十日後にインドの死者の国に送り届けてくれ。次はインドの農家の娘に生まれ変わる予定だからな。そうだ、よろしく頼むぞ」
 ハーデースはそう言って電話を切ってから、パソコンのキーを弾いて何事が入力した。
 「うん、これで良しっと」
 と、エンターキーを押したところで、アドーニスは声をかけた。
 「お忙しそうですね、お父様」
 その声にハーデースは振り返り、途端に笑顔になった。
 「アドーニス! 無事に帰ってきたか!」
 ハーデースは息子のそばに寄ると、しっかりと抱きしめるのだった。
 「お帰り、アドーニス。日本での九十九年間はどうだった?」
 「ハイ、お父様。充実した人生でした。途中、戦争などもあって辛い時期もありましたが」
 「おお。あの時期はわたしもペルセポネーも心配したものだったよ。しかし、最近の日本は平和だったろ?」
 「ハイ。なにしろ面白かったですよ。それにしても……」
 アドーニスはハーデースの腕から離れると、書斎を見渡した。
 「オリュンポスも随分近代化されたのですねェ……」
 電話とパソコンだけではなく、テレビもビデオもDVDまで置いてあった。
 「神界もいつまでも神秘なだけの世界ではいられなくてな」

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