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from: エリスさん
2009年03月06日 14時45分57秒
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果たせない約束・1
その日は朝からあわただしかった。「原稿が見つからなァ〜い!」弟子の新條レイが母校の文化祭に呼ばれ、そこでスピーチをすることになっていたのに、その原稿が
その日は朝からあわただしかった。
「原稿が見つからなァ〜い!」
弟子の新條レイが母校の文化祭に呼ばれ、そこでスピーチをすることになっていたのに、その原稿がどこかへ行ってしまったのである。
「落ち着いて、レイちゃん。ちゃんと探せば見つかるから」
片桐枝実子はそう言ってレイの肩を叩き、一緒に探してやるのだった。
このところレイは、恋人の三枝夏樹(さえぐさ なつき)とうまくいっていないらしく、心ここにあらずなまま仕事をすることがあり、その結果こんなミスを冒してしまうようだった。
助手であり枝実子の友人でもある鍋島麗子(なべしま かずこ)が訪ねてきたのは、そんな時だった。
「その原稿って手書き? それともワープロ? ワープロなら、一度削除してしまった文書でも復元できるわよ」
麗子(かずこ)の言葉に、本当ですか! とレイは食いついた。
「エミリーさんが使ってるワープロと同機種よね? OASYS30SX……」
麗子はワープロ専用機であるそれの電源を入れ、「補助フロッピィがあるでしょ? 貸して」と、手を伸ばした。
「えっと、補助フロッピィ……」
普段使い慣れない物の名前を言われ、また困惑しているレイに代わり、枝実子がその補助フロッピィを麗子に手渡した。
「こっちは麗子さんに任せて、あなたは自分にできることをやりなさい。まだ探していない場所があるはずよ」
「はい! 先生!」
レイは昨日やっていたことを思い出しながら、あっちの部屋、こっちの部屋と探し回った。
それを見て麗子は枝実子に耳打ちした。
「らしくないわね、彼女。どうしたの?」
「どうも彼氏とうまくいってないみたいなの」
「例のあれ? 年下の彼。同居しているお母さんが実は義理のお母さんで、しかもかなり若い」
「そうそう。夏樹君のお父さんの元教え子だったんですって、その二人目のお母さん」
「……で、いろいろと複雑な関係なのね」
「そうゆうこと……復元できそう?」
「大丈夫よ、もう終わるわ」
ちょうどそんな時、キッチンから「あったァ!」というレイの歓喜の声が響いてきた。
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from: エリスさん
2009年05月08日 13時52分18秒
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「果たせない約束・14」
それからの七ヶ月は、誰にとっても辛かった。
妊娠の自覚がないイオーは、本来ならば胎児の分も食事を摂らなければならないのに、普段とまったく変わらない量しか口にしなかったため、だんだんと痩せ細っていった。
そうでなくてもまだ十一歳の子供が、胎児を育てるなど簡単にいくはずがない。それでも、周りにいる人々はなにもしてやれなかったのである。
そしてイオーが十二歳の誕生日を迎えたころ、体力が以前より半減してしまっている彼女は、仕事の合間に気絶をしたように眠ってしまうことが多くなった。心配になったエリスは、レシーナーにある物を託した。
「神食(アンブロンシア)という果実をほんの少し混ぜたジュースなのだ。イオーにそうとは知らせずに飲ませてくれ」
「精霊が口にしても良いものなのですか?」
レシーナーはエリスから手渡された瓶を、慎重に持ちながらそう聞いた。
「神以外では、特別にゼウスから許された者しか口にしてはならぬ食べ物だが、あのままではイオーが死んでしまう。そなたならイオーになんの疑念も抱かせずに、これを飲ませることもできよう。もし事が公になっても、責めは私が受けるから。とにかく、今はイオーの体力を戻すことが先決だ」
「わかりました……お任せください」
レシーナーはさっそく、イオーに会いに出かけた。
アルゴス社殿に着くと、ちょうど門のところで女神ヘーベーに出会った。
「あなたは確か、エリスお姉様がお通いになっている人間の娘ね。祖母がアルゴス王の乳母だとか言う……」
「はい、レシーナーと申します。お目にかかれて恐縮でございます」
「話には聞いていたわ。本当にお姉様好みの可愛らしい……」
ヘーベーはそこまで言って、鼻をひくひくとさせた。
「あなた、その手に持っているものは……」
レシーナーはハッとせずにはいられなかった。瓶の中身がただのジュースではないことを、この女神は匂いだけで見破ってしまったのである。それもそのはずで、オリュンポスの神食が実る大樹を管理しているのは、他ならぬこの青春の女神ヘーベーなのである。
レシーナーが恐れおののいていると、ヘーベーは軽くため息をついて、彼女の両肩に手を置いた。
「エリスお姉様ね、こんなことをなさるのは……あなた、イオーの友人だそうね。確かに、あなたなら自然な流れでこれをあの子に飲ませられるでしょう。でも、私の父にこのことが知れたら、罰せられるのはエリスお姉様だけでは済まないと言うのに……」
ヘーベーはそう言うと、瓶に手をかざして、なにごとか呪文を囁いた。
「中身をただのオレンジジュースに換えておいたわ。そして、イオーが口をつけたものだけ、本来の姿に戻るようにしておいたから、あなたが飲んでも大丈夫よ」
「イオーが口をつけたものだけが、アンブ……」
アンブロンシアに戻るのですか? と言おうとしていたのに、ヘーベーがレシーナーの口に指をあてることで止めさせた。
「芸が細かいでしょ? 管理している私だけが使える芸当なのよ」
レシーナーはヘーベーに重々お礼を言って、イオーのもとへと急いだ。
見送りながら、ヘーベーは思っていた。
『お願いね、イオーを……エリスお姉様を。きっと、あなたなら……』
イオーが侍女部屋にいなかったので、レシーナーは侍女仲間に行きそうな場所を尋ねた。だいたいの意見が「中庭にあるラベンダーの花壇のところ」だったので、レシーナーはそこへ行ってみることにした。
すると、イオーはそこで花壇の方を向いて倒れていた。
「イオー! しっかりして!」
レシーナーが揺り起こすと、イオーは眠そうに眼のあたりをこすりながら起き上った。
「あれ、レシーナーさん。来てたの?」
「来てたの? じゃないわ。こんなところで倒れていたら、心配するじゃない!」
「ああ、ごめん……なんか、最近すごく眠いんだ……」
とりあえず無事のようなので、レシーナーは安堵の吐息をついた。
「お仕事がんばりすぎて、疲れてるんじゃないの?」
そう言ってレシーナーは、ジュースの瓶を差し出した。
「これ、おいしいオレンジジュースが手に入ったの。あなたにお裾(すそ)分(わ)けに来たわ」
「ワァーイ!」
「コップも持ってきたから、一緒に飲みましょう」
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