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from: エリスさん
2009年07月10日 11時36分33秒
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ヘーラクレースの冒険・1
第1章神託その当時、アルゴスにあるミュケナイを統治していたのは、エウリュステウスという男だった。かの有名な英雄ペルセウスの孫にあたり、それなりに人望も
第1章 神 託
その当時、アルゴスにあるミュケナイを統治していたのは、エウリュステウスという男だった。かの有名な英雄ペルセウスの孫にあたり、それなりに人望もある男だったが、体が弱いことだけが欠点だった。
だが彼は自身の病弱を親しい人間にしか知られないようにしていた。というのも、彼の病弱はある神の策略による誤算で、そのことについて彼がその神を恨んでいるのではないか……などという噂がチラッとでも流れないように努めるためでもあった。
そんな彼が二十五歳になったある日、一人の男が訪ねてきた。
「アルケイデス? それはわたしの従兄のアンピトリュオーンの息子の、あるアルケイデスのことか?」
知らせにきた側近にそう聞き返すと、
「そうです、エウリュステウス陛下。陛下がお生まれになったその半日後に生まれたという、あのアルケイデス王子です」
「ほう? その彼がまたなんの用事なのだ? まあ、会ってやるとするか」
噂では躾のために羊飼いとして修行し、その間に快活な心とたぐいまれな怪力を手に入れ、暴れるライオンを棍棒一つで退治したこともあるとか。なかなか面白そうな男のようだ――と思いながら対面してみると、エウリュステウスの前に跪(ひざまず)いたその男には、かなりの悲壮感が漂っていた。
「そなたがアンピトリュオーンの御子息か。父君は息災であられるか?」
エウリュステウスが声をかけると、アルケイデスは、
「はい、誠に……」
とあまり元気とは言えない声で返事をした。
「どうかされたのか? アルケイデス殿。御身はわたしと同じ日に生まれたのだから、当然わたしと同じ歳のはず。それなのに、まるで年寄りのように元気がない。テーバイからの長旅でまだお疲れなのかな?」
「いえ、そうゆうことでは……」
アルケイデスのただならぬ様子を察して、エウリュステウスは家臣たちを遠ざけて、二人だけで話すことにした。
先ずエウリュステウスは玉座から降り、アルケイデスの肩にそっと手を当てて、言った。
「アルケイデス殿、我等は同じペルセウスの血を受け継ぐ者。なにも遠慮はいりませぬ。さあ、話してください。御身がわたしを訪ねてきてくだされた訳を」
「はい……実は、デルポイのアポローン神殿で神託を受けてきたのです。罪を清めるために、ミュケナイのエウリュステウス王のもとに赴き、彼の与える試練を乗り越えるようにと」
「罪を清める? いったい、どんな罪を犯したというのです」
するとアルケイデスは涙ながらに告白した。
「子供たちを……わたしの子供たちを、この手で殺してしまったのです」
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from: エリスさん
2009年07月24日 13時26分33秒
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「ヘーラクレースの冒険・5」
天上の雲の隙間から、地上を見下ろしていたゼウスは、偶然なのか必然なのかその娘を見つけてしまった。
「アルクメネーというのか。ペルセウスの孫にあたるのなら、わしの血を引いて美しいのは当然だ」
良いことはなんでも自分のおかげ――実にゼウスらしい考え方である。そして……。
「あの者に栄光を与えてやらねばなるまい。そうすれば、ペルセウスの一族はますます繁栄するはずだ」
この考え方もまさにゼウス流だった。
そしてゼウスはある夜、アルクメネーの愛するアンピトリュオーンに化けて、彼女の部屋にやってきた。
「帰ってきたぞ、アルクメネー! 無事に宿願を果たして、ようやく帰ってきたのだ!」
「まあ! アンピトリュオーン!」
何の先触れもなく帰ってきた婚約者にびっくりしながらも、アルクメネーは嬉しさでいっぱいになってしまった。
それでも念のために聞いたのだった。
「他の兵士の皆さんは? 大勢で帰ってきたのなら、城の中にいても話し声とかで分かるはずだわ」
「まだ皆は国境にいるよ。一刻も早くそなたに会いたくて、馬を走らせて一人だけ先に帰ってきたんだ」
「まあ! そうだったのね!」
これだけでアルクメネーが信用してしまったのも無理はない。それだけゼウスの化けたアンピトリュオーンはそっくりで、その上アルクメネー自身も恋人に早く会いたい気持ちが募りすぎていたのだ。
だからこそ、「いますぐ結婚しよう」というゼウスの言葉にも、拒むことすらしなかったのである。
だが……ゼウスが服を脱いだ時、アルクメネーは彼が別人であることを知った。
「傷がない……」
アルクメネーの言葉に、ゼウスはハッとした。
「アンピトリュオーンの左肩には、私が野犬に襲われそうになったとき、私を庇って受けた噛み傷があるのに! あなたはいったい誰!?」
ゼウスはそれを聞くと、溜息をついた。
「やれやれ、わしとしたことが。とんだ失敗をしたものだ」
そうしてゼウスは正体を現すと、恐怖におののいているアルクメネーを捕らえて、寝台に押し倒した。
「わしこそがおまえの先祖、神々の王ゼウスだ。おまえに我が恵みを与えてやる。光栄に思うように」
アルクメネーが悲鳴を上げるのも構わず、ゼウスは思いのままに彼女を貪りの始めた。
アルクメネーのただならぬ声を聞きつけて、数人の兵士たちが駆けつけてきたが、部屋の外でゼウスの雷電を受けて気絶してしまい、城の中にいた他の人々も、ゼウスの力で深い眠りに就かされてしまった。――そのため、アルクメネーはただ一人、このおぞましい行為に耐えなければならなかったのである。
ゼウスが満足して帰ったのは、暁の女神が東の空から顔を出したころだった。
ゼウスが帰った途端に術が解けたのは、王妃のエウリュディケーだった。
「確かに聞いたわ、誰かの悲鳴の声を……」
エウリュディケーは夜着のまま着替えもせずに、悲鳴がした方へと足を急がせた。途中、昨夜は他の妻の部屋に泊まっていたクレオーン王と出会い、数人の侍女たちも起きだしてきたので、エウリュディケーは昨夜の悲鳴の話を皆に聞いた。
「私も聞きました! でもおかしなことに、その直後に眠くなってしまって……」
と、侍女の一人が言った。「あの声は、アルクメネー様だと思うのですが」
エウリュディケーもそう確信し、皆でアルクメネーの部屋へと行くと、案の定、部屋の前には黒こげになった兵士たちが転がっていた。
「オイ! おまえ達!」
クレオーンは兵士たちを一人一人ゆすり起こした……表面的には黒こげだが、命に別状はないようだった。
その間、アルクメネーの部屋の中に真っ先に入ったのは、エウリュディケーだった。
彼女は、その惨状ですべてを見通した。
クレオーンも中に入ってこようとしたので、エウリュディケーは右腕をスッと横に出して、夫の侵入を防いだ。
「男どもは全員下がっておれ!」
エウリュディケーの一喝に、兵士たちだけでなくクレオーンも驚いた。
「ど、どうしたのだ?」
「ここは私にお任せください、アルクメネーのためにも」
「そ、そうか……」
クレオーンは数人の侍女だけを残して、他の者たちをその場から離したのだった。
そして……エウリュディケーは寝台で泣き伏しているアルクメネーのそばに歩み寄った。
引き裂かれた衣服に、血で汚されたシーツ……これだけ見れば、誰でも見当がつく。
「誰にやられたのです?」
エウリュディケーが聞くと、涙声ながらもアルクメネーは答えた。
「神々の王ゼウス……だと、その男は言っていました」
「ゼウス様? まことに、かのゼウス神王だったのですか?」
「わかりません……初めはアンピトリュオーンに瓜二つだったのです。だから私も騙されて……」
「アンピトリュオーンに瓜二つ――そなたでも見分けがつかないぐらいそっくりに、化けていたと。確かにそれは人間業ではありませんね」
「でも、アンピトリュオーンの体には絶対になくてはならないものがあって、昨夜の男にはそれがないと気付いて、そのことを言ったら、一瞬で顔が変わって、正体を現したのです」
「間違いありませんね、それは人間ではない。神だからこそできる業(わざ)ですよ」
「どうしよう、私……もうあの人の――アンピトリュオーンの妻になれない」
「そうね……夫にこそ捧げるべき純潔を、あなたは他の男に奪われてしまったのだから。だったら……」
エウリュディケーはアルクメネーの肩を掴むと、自分の方へ向かせた。
「それが分かっていたなら! なぜ汚される前に自ら命を絶たなかったのです! それが女の貞節ではありませんか!!」
するとアルクメネーは目にいっぱいの涙を溜めて、言った。
「死にたくなかったのです。あの人に、アンピトリュオーンにもう一度会いたかった! あの人と再会できるまでは、生きていたかったのです」
それを聞き、エウリュディケーはアルクメネーを力いっぱい抱きしめた。
「ごめんなさい、そうよね。愛する人に会う前に死にたくなんかないわよね。ごめんなさい、あなたの気持ちも考えずに……」
「王妃様……」
その時だった。城の外から、人のざわめきや馬の嘶(いなな)きが聞こえてきた。
「申し上げます!」
遠くの方で誰かが叫んでいた。
「アンピトリュオーン王子と精鋭軍の皆様が、御帰還あそばされました!」
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