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from: エリスさん
2010年09月10日 14時55分29秒
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未来は視たくない・1
オリュンポスの男神の中でもNo.1の美貌の持ち主と称えられる太陽神アポローンは、それでいて恋には恵まれていなかった。心から愛した女性は、自分とは双子の
オリュンポスの男神の中でもNo.1の美貌の持ち主と称えられる太陽神アポローンは、それでいて恋には恵まれていなかった。
心から愛した女性は、自分とは双子の姉にあたり、そのため相手からは「弟」としてしか愛してもらえなかった。
その寂しさを埋めるかのように、いろんな女性に恋を仕掛けるのだが、どういうわけか振られてしまったり、両想いになっても浮気をされたり……と、踏んだり蹴ったりな結果ばかり。
それでも、今度こそと思う相手が見つかり、アポローンは慎重に事を進めることにした。
先ず、運のいいことにその娘の弟が、自分の側近の一人だった。
アポローンはその弟――ケレーンを呼び寄せると、一通の手紙を差し出した。
「これを、そなたの姉の――あの、トロイアのアテーナーを祀る神殿に仕えている巫女殿に、渡してくれぬか?」
「これは……」
後にアポローンの娘婿となるケレーンは、この時十六歳だった。
「ラブレター……ですか?」
「まあ、そういうことだ」
それを聞いて、ケレーンは嬉しそうな笑顔を見せた。
「ありがとうございます! 君様が我が姉をお見染めくださるなんて、なんて光栄でしょう! 姉はとても素敵な女性なんです。母親の違う弟であるわたしにも、とても親切にしてくれるんです」
「そう、他の兄弟たちは、そなたの母親の身分が低いのを馬鹿にして、そなたにいじわるする者も多いのに、巫女殿と、そして長兄のヘクトールだけはそんなことをしなかった。だから目に留まったのだ。……さあ、行ってきてくれ、ケレーン」
アポローンに促されたケレーンは、手紙をしっかりと掴むと、アポローンから下賜された空飛ぶ馬でトロイアまで向かうのだった。
そのトロイアの王宮から少し離れたところに、アテーナーを祀る神殿があった。ケレーンは迷いもせずにその中央にある「祈りの間」へ足を踏み入れた。
そこで、黒髪の少女が女神像にひざまずいて祈りをささげていた。
「姉上! カッサンドラー姉上!」
ケレーンの声で、少女は立ち上がり振り返った。
トロイアの第二王女カッサンドラー――この時はまだ十八歳だった。
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from: エリスさん
2010年12月24日 11時35分56秒
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「未来は視たくない・12」
ギリシア軍がトロイアに到着するまで、二年を要した――と、詩人たちは歌っているが、そんなはずはない。パリスがヘレネーを略奪してトロイアへ戻るまでに三日と要さなかったことを考えれば、ギリシア軍もそれと大して変わらない日数でトロイアに到着したはずである。
とはいえ、トロイアに上陸してからの戦乱は伝承どおり十年続いたようだった。
カッサンドラーは二十八歳になっていた。――王宮に帰っても自分の言葉は誰も信じてくれないので、もう何年も神殿に閉じこもっていた。だが、今日はどうしても王宮へ行かなければならない。それは、兄・ヘクトールが戦死したからである。
ギリシア軍の英雄アキレウスと一騎打ちの戦いを挑(いど)み、死闘の末アキレウスの槍に突かれて命を落とした彼を、初めギリシア軍はその亡骸を自分たちで始末してしまおうと、持ち去ってしまった――それまで何人もの仲間をヘクトールによって殺された怒りからである。だが、トロイアの王プリアモスが武装もせずに一人でギリシア軍の陣屋に訪れ、息子の亡骸を返してくれるようにと懇願したところ、子を思う老父の姿に胸打たれたオデュッセウスがアキレウス達を説得し、返してくれたのだった。
ヘクトールの葬儀の間は休戦することを誓い合い、しばし兵士たちも休むことができた。
カッサンドラーは久しぶりに兄と再会した……変わり果てた姿に涙するも、言葉は一言も発しなかった――自分の言葉が争いの種になることを、もう嫌というほど見てきてしまっているカッサンドラーは、このところ口をきくのをやめてしまっていたのだ。
それでも、ただ泣き続けるだけのカッサンドラーを見て、それほど悲しいのであろうと察した母ヘカベーは、娘の体をギュッと抱きしめた。
「悲しいのは分かるわ。でもあまり泣きすぎても、あなたが病気になってしまうわよ。だから、気をしっかり持って、涙を止めて頂戴、カッサンドラー」
「……お母様……」
「あなたは巫女なのだから、死の穢れに長く触れていてはいけないわ。誰かに送らせるから、もう帰りなさい」
ヘカベーがそう言うと、誰かが歩み寄ってきた。
「王妃様、わたしがお送りします」
ケレーンだった。彼もしばらくぶりに天上から帰ってきていたのである。
「まあ、ケレーン。あなたはもう、そんな身分ではないのよ」
とヘカベーが言うと、
「弟が姉を家まで送るのに、何の不都合があります。それに、わたしもあまり死の穢れに触れてはならぬと君様(アポローンのこと)から申し渡されているので、そろそろ帰らねばならぬのです」
「そう……ではお願いね、ケレーン」
「はい……」
ケレーンは、カッサンドラーの手を取る前に、ヘカベーの手を握って、こう言った。
「あなたに神のご加護を……」
「ありがとう、ケレーン」
カッサンドラーと二人で王宮を出ると、ケレーンは自分が乗ってきた天馬にカッサンドラーを乗せて、自分は手綱を引いて歩きだした。
「姉上、もう話しても大丈夫ですよ。わたししかいませんから」
ケレーンが言うと、カッサンドラーは大きくため息をついた。
「もう、この国に先はないのね……お兄様が死に、次は……お兄様の後を継いで総大将となったパリスが死ぬ……」
「でもその前に、パリスがアキレウスを射ち殺すのでしたね」
「ええ。母神の儀式によって不死身になったはずのアキレウスが、なぜかパリスに足首を矢で射られて、死んでしまうの……足首を射られたぐらいで、どうして即死するのか、まったく理解できないけど」
「そうゆう不可解な死も、英雄だからこそなのですよ」
「ますます分らないわよ」
「分からなくてもいいんですよ、神事にまつわることですから。それよりも……姉上、この先のことを考えてくれませんか?」
「この先?」
「もうすぐ戦争は決着します。姉上が予知したとおりに事は進み……トロイアが滅ぶ。でも、未来を変える手段もないわけではない。実際、姉上はそれをやってのけたことがあるでしょう?」
「私がアポローン様の求婚を断ったときのことを言っているのね。でも、この先どうすれば未来を変えられるのか……見当もつかないわ」
「とりあえず、小さなことだけでも変えてみませんか? トロイアの滅亡は諦めるとして、自分の命が助かるためには、どうしたらいいか、ということを」
「私だけ助かれって言うの!?」
しばらく二人の間に沈黙が流れた……。
やがて、ケレーンが口を開いた。
「ヘカベー様は、なんとか助かる道があります。父上は……残念ですが、国王ですからどうあがいても殺されます。後、わたしが救いたいのは姉上だけなんです」
「ケレーン……あなたが後宮でさんざんいじめられてきたのは知ってるけど、そんなこと狭量なことを言わないで。悲しくなるじゃない……」
「すみません……でも!」
「分ってるわ! 私はこのままでは、戦乱の中で兵士の一人に操を奪われ、ギリシア軍の奴隷として連れて行かれ……そして、死ぬ」
「そうなってほしくないんです!」
ケレーンは馬を止め、姉を見上げた。
「だから、未来を変えてください。決断してください、お願いです!」
するとカッサンドラーは悲しげに微笑んだ。
「考えておきましょう」
未来を変えるためには、どうすればいいか分かっている。分かってはいるが、それはあまりにも身勝手ではないか……そう思えて、カッサンドラーは一歩踏み出せないでいた。
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