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from: エリスさん
2011年02月11日 10時13分41秒
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双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・1
Olympos神々の御座シリーズ女神転生編双面邪裂剣――――――開幕――――――冷蔵庫を開けたら、我が物顔で脱臭剤代わりの黒こげパンが寝ていた。それを
Olympos神々の御座シリーズ 女神転生編
双 面 邪 裂 剣
――――――開 幕――――――
冷蔵庫を開けたら、我が物顔で脱臭剤代わりの黒こげパンが寝ていた。
それを見た途端、私とレイちゃんのお腹の虫がお約束のように鳴る。――書かずとも分るだろうが、他には何も入っていなかったのだ。
「あれでも食べる? レイちゃん」
私がそれを指さしながら言うと、その手をそっと抱き寄せながら彼女は答える。
「冗談はおよしになって、先生」
近所のパン屋さんは日曜日ということもあってお休み(近所の小学校と高校の生徒向けに開いているお店だから)。食べ物を手に入れるには駅前の商店街へ行くしかないが、そこまで歩いて十分。買い物に二、三分かかるとしても、戻って来るのにまた十分。
「それだけあれば、原稿が何枚書けることか。……レイちゃん、あなた、締切りは?」
「明後日です」
「私なんか明日よ」
しばらくの沈黙……。
「書き終わるまで我慢ね」
「ハイ、先生」
二人してトボトボ部屋へ戻ろうとすると、背後から声がかかった。
「お待ちなさい、あんた達!!」
見ると、いつのまにか私たちの恩師・日高佳奈子(ひだか かなこ)女史が立っていた。
「佳奈子先生、いつからそこに?」
私が聞くと、
「あなた方が冷蔵庫の前でお腹を鳴らしたぐらいからよ。……っとに、そろそろこんな事になってるんじゃないかと様子を見に来れば、師弟そろってなんてお馬鹿なの!」
「面目ないです……」
私たちはそろって頭を下げた。
「貧乏でお金がないっていうなら、冷蔵庫が空っぽでもあたりまえだけど、あなた方は、師匠の方は若手ベストセラー作家、弟子の方も期待の新人で、二人して稼いでるはずじゃないの。それなのに、この体(てい)たらくはナニ!?」
なんででしょう? と自分でも思ってしまう。何故か、仕事に熱中していると食事をするのも億劫になって、当然食料を買いに行くのも時間が惜しくなってしまうのだ。私は昔からそんなとこがあったから構わないのだが、このごろ弟子のレイちゃん――新條(しんじょう)レイにまで影響してしまっている。故に、二人とも栄養不足でゲッソリ、眼の下には隈(いや、これは寝不足のせいか……)で、とても恋人には見せられない状況だった。
「とにかく何か食べなさい! 空腹で仕事したって、いい物は書けないでしょう」
佳奈子女史の言うとおりなのだが、なにしろ時間との戦いなので、二人とも口をつぐんでいると、見かねて佳奈子女史が右手を出した。
「お金。買ってきてあげるわよ。しょうもない教え子どもね」
「ありがとうございますゥ!」
私はなるべく急いで(走れないから普段と大して変わらないが)財布を取ってきた。
「あの、三日分ぐらいでいいですから」
「なに言ってるのよ。どうせまた一週間ぐらい外出しないくせに」
「いえ、三日後には国外にいますので……」
「ん?」
「ギリシアへ取材旅行に行くんです。十日間ぐらい……」
「……あら、そう」
本当に呆れた顔をなさった女史は、あっそうだ、と言いながら、バッグの中から黄色いパッケージのバランス栄養食を取り出した。
「これでも食べてなさい。あと二本入ってるから」
佳奈子女史が行ってしまってから、私たちは中の袋を出して、一本ずつ分け合った。なぜ女史がこんなものを持ち歩いているかというと、彼女もやはり作家以外にも専門学校で講師をしたり、文学賞の審査員をしたりという忙しさに、食事をしている暇がなく、移動中にでも簡単に食べられるように用意しているのである。
「でもなんか、これだけじゃひもじいですね」
「我慢よ、レイちゃん。締切り過ぎれば、憧れのギリシアよ」
「まあ☆」
ほんのちょっと雰囲気に浸ると、二人とも虚しくなってそれぞれの仕事場に戻った。
レイちゃんとはもうかれこれ八年の付き合いになる。私が二十二歳の時、佳奈子女史が私の母校の専門学校に入学したばかりの彼女を連れて、このアトリエを訪れたのが切っ掛けだった。佳奈子女史が発掘した彼女は、文学に対する視点も考え方も私に酷似していて、何よりも話甲斐のある質問を投げかけてくるのが気に入ってしまった。だから彼女から「弟子にしてください」と言われて、快く承諾したのだった。それからというもの、私の創作意欲を駆り立てる情報を提供してくれたりと、今ではなくてはならない人物となっている。一緒にここで暮らし始めたのは去年からだった。彼女の恋人――いや、もう婚約者と言えるだろうか、その彼が仲間たちと一緒にアメリカへ渡って、帰ってくるまでの期間をここで過ごすことにしたのである。彼とのことは本当にいろいろとあったらしい。自分が一つ年上という後ろめたさ、彼の母親が実の母親ではなかったこと、それから始まる彼の家庭の事情など、彼女が良くぞ受け入れたものだと感心するほどたくさんの障害があって、ようやく結婚することを決意したのだ。
いずれ、彼女の物語を書いてみようと思っている。でもその前に、今は自分の物語だ。
今書いているものは、私が専門学校に在学していた頃のことを思い起こしながら、多少のアレンジを加えて書いている。明日には確実に書き終わらせるところまで進んでいた。
自分のことを書くのは嫌いではない。だが、羞恥心は当然のごとく沸き起こる。それでも、私は書かなければならならいと思っている。私が体験した出来事は、誰にでも起こりうるものなのだから。そして、自分は絶対に善人だと信じていても、卑劣さ、非情さは並の人間以上に持ち合わせていることを、そのために不幸にしてしまった人たちの多さの分だけ、己(おの)が身(み)から血を流さなければならなかったことも……そして、私の存在がどれだけ危ういものなのかということも、今こそ告白しなければならない。
では、再び書き始めることにしよう。私が――いいえ、私たちがどんなふうに生き、闘ったかを、物語るために。
物語は、私――片桐枝実子(かたぎり えみこ)が成人式を終えて、専門学校三年生になった直後から始まる。
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from: エリスさん
2011年03月29日 13時01分38秒
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「双面邪裂剣(ふたおもて やみを さく つき)・8」
枝実子は三限目の授業の教室へ行き、バッグを置くことで席を取ってから食堂で柯娜と落ち合った。
「卒業制作、進んでる?」
柯娜に言われ、
「少しはね」と枝実子は答えた。
「いろいろと難しいわ。内容が内容なだけに」
枝実子が書いている卒業制作――「安らかに眠れ」は、飛鳥時代後半の天智天皇から天武天皇までの時代が舞台だった。天武天皇こと大海人皇子(おおあまのみこ)と額田姫王(ぬかたのおおきみ)との間に生まれた娘・十市皇女(とおちのひめみこ)がヒロインで、後に父親の政敵となってしまう大友皇子(おおとものみこ。後の弘文天皇)に嫁ぎ、彼との間に途絶えることのない想いを育てていく。歴史に翻弄され、苦しみながらも強く生きようとする姿。また、十市以外のキャラクターにも重点を置き、父の敵である天智天皇を愛するがゆえに苦しむ倭姫皇后(やまとひめのおおきさき)、政略のために最愛の人と引き裂かれてしまった額田姫王、敬愛する弟を死なせてしまった讚良皇女(さららのひめみこ。後の持統天皇)などの生き方を描くことになっていた。
「批判買ってるよ、私のは。努力しないでも書けるって……私だって悩みながら書いてるのに」
歴史小説など、資料さえあれば、想像力も創造力もなくも書ける――などという批判を耳にするたびに、枝実子の心が弱っていく。本当にそうかもしれない、と考えられるだけに辛い批判だった。
「せいぜい惨めな結果にならないようにするけどね」
「大変だねェ、って言いたいところだけど、気にしすぎじゃない? その批判って」
と、柯娜が言うので、
「そうでもないのよ。私、図書室に行くと万葉集とか日本書紀とかを読んでるじゃない? そうすると、変なやつって思いながら見ていく人がいるのよ」
「……う〜ん……気にしすぎのような気がするけどなァ」
「そう? でも、普通の子は読まないじゃない、万葉集なんて。だから、変わってるって言われても仕方ないのよね」
「ま、がんばってね。期待してるから」
頑張ってはいるつもりなのだが、行き詰まる――キャラクターの描写で一つだけ悩むところがあった。
愛するがゆえに憎悪する――倭姫皇后の心理。
『実際に自分が経験した恋しか語れないなんて、情けないよな』
早めに食事を終わらせて、枝実子は教室に戻ってきた。隣の席を見ると、お昼前には空席だったのに、今は誰かのバックが二人分置いてある。――見たことがあるバックだった。
『誰のだっけ??』
まっ、いいか。と、思って席に着く。それよりもやらなければならないことがある。
『詩ゼミの提出物、書かなきゃ』
この間の盗作事件のこともあり、今回の提出物はギリギリまで書かないことにしていたのだ。
そんな時、後ろの方から聞いたことのある話し声が聞こえてきた。あっ、と思ってチラッと見てみると、中庭から直接入ってこれるようになっているベランダに、麗子と、麗子の恋人・羽柴がいた。羽柴は昨年度の卒業生だが、仕事のない土曜日になると麗子に会いに来ていた。――彼は真田の友人である。
『すぐ傍に恋人がいる人はいいな……』
枝実子は羨ましくなってしまった。そして、羽柴がまだ在学していたころに書いた小説に、麗子のことを描写した習作があったのを思い出す。佳奈子女史も褒めていたぐらい、相手に対する想いが見え隠れしていて、麗子がより一層綺麗に描かれていた。
確かに、いま感じている恋はその時だからこそ描けるものがある。その気持ちは大事にしたいと思う。だがこれが、悲しい恋だったらどうだろう。すぐには描けないのではないだろうか。羽柴は自分が幸せだから、麗子への想いが描けたのだ。
そして、言語芸術を志す者なら、目の前で起きていることだけで世界を描いてはいけない。それでは想像力でも創造力でもない。
枝実子の筆名の基となり、枝実子が心の師と仰いでいるエミリ・ブロンテは、小説「嵐が丘」や詩などで、情熱的な恋物語を描いている。だが、彼女自身は恋愛経験は一度もない。すべて想像で描いていたのだ。――枝実子もそういう恋物語を書きたいと思っていた。
倭姫皇后の心理――それは、その第一歩だと思っている。
とりあえず……
『詩を書かなきゃ』
枝実子はまとめていたことを書き始めた。
さすがに三日も前に考えていたものは、書きあがるのが早い。麗子が声をかけてきたころには、もう見直しも終わっていた。
「こんにちは。ねえ。隣の……席、空いてないのね」
麗子は枝実子の隣を覗き込みながら言った。
「食堂から戻ってきたら、誰のだか知らないけど置いてあったの」
「見たことあるわね。知り合いかなァ」
「かもね」
「じゃあ、後ろ座ろう」
麗子は枝実子の後ろの席が空いていたので、そこに座った。枝実子も授業が始まるまで、麗子の方を向いておしゃべりをすることにした。
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