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from: エリスさん
2012年08月31日 12時08分37秒
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共にあること
不和女神エリスには、子供のころから一緒にいる馬がいた。子供のころから――というと語弊があるかもしれない。正確に言うと、一頭の神馬が寿命を終えて死に至っ
不和女神エリスには、子供のころから一緒にいる馬がいた。
子供のころから――というと語弊があるかもしれない。正確に言うと、一頭の神馬が寿命を終えて死に至っても、数年と経たぬうちに生まれ変わって、またエリスの愛馬として付き従っているのである。
その馬の名前をカリステーと言った。漆黒の毛色ながら、耳の後ろの一か所だけ、三日月型の白い模様が入るため、月の女神の別称をもらってエリスが名付けたのである。つまり、その三日月型の模様があればこそ、エリスは生まれ変わったカリステーをすぐに見つけることが出来るのである。
そして――そのカリステーが、今まさに寿命を迎えようとしていた。
人の寿命で言えば、もう200歳も生きている馬である。神馬の中でも長い生きな方だった。
それでも、死に別れるとなると寂しいもの……その日、馬小屋にはエリスの子供たちも集まって、カリステーの旅立ちを見守っていた。
そんなみんなを、申し訳なさそうにカリステーが見つめるので、エリスは背を撫でながら言った。
「そんな顔をするな、カリステー。みんな、おまえが大好きだからこそ、こうやって集まったのだ。だから、笑っておくれ……大丈夫。おまえの死を迎えるのは、これで五度目。けれど、その度におまえは転生して私のもとに戻って来てくれた。今度もまた、一年も経たぬうちに再会できるであろう。だから、さよならは言わぬ……また会おう、カリステー」
エリスの言葉を聞くうちに、安らかな表情になっていったカリステーは、そのまま、息を引き取った。
すぐに会える――と、分かってはいるものの、皆の目には涙が浮かんだ。
エリスたちは、カリステーの亡骸を丁重に葬り、墓に花を飾った。
「しばらく寂しくなるね、お母様」
と、エリスの末っ子で七女のアーテーが言った。「それに、カリステーがいない間、ご不便でしょ? どこへ行くにも」
「うん……まあ、なんとかなる」
エリスは、実母の力を受け継いでいれば、自分の力で空を飛ぶこともできるはずなのだが、あえてその力は使わないでいた。だからこそ、どこへ行くにもカリステーで空を駆けていたのだが……。
「宙を浮くぐらいはできるのだから……これから出掛ける時は、歩いて行くよ」
「どうしても空を駆けたい時は、私の馬を貸してあげる!」
「ありがとう、アーテー。だがな、私はカリステー以外の馬には乗りたくないのだ」
それからエリスは、どこへ行くにも徒歩で出掛けるようになった。
その後、いろいろなことがあって……エリスは、人間界に降りることになった。
「カリステーと再会できぬままなのが心残りだが……アーテー、私が戻って来るまで、代わりにカリステーを大事にしてくれるか?」
「うん、いいよ! 私がカリステーのお友達になってあげる!」
「頼んだぞ、アーテー」
こうして、エリスは精進潔斎のために冥界へと旅立った。
カリステーが転生したのは、この翌月のことだった。
カリステーの曾孫にあたり、エリスの三女・マケ―の愛馬であるシグマの娘として生まれたカリステーは、生まれてすぐ、何度も辺りを見回した。
「可哀想に……母君(エリス)を探しているのだわ」
マケ―がそういうと、アーテーは、
「大丈夫! 私がお母様の代わりになる!」
と、両手を挙げた。そして、カリステーの方へ行くと、頭を撫でながら、こう諭した。
「カリステー、おまえの主人である私たちのお母様は、修行のために人間界に降りることになって、今はそのために身を清めていらっしゃるんだって。だからね、しばらく会えないけど、それまで、私と一緒に待っていよう。大丈夫、きっとすぐ会えるよ! だって、人間の寿命は私たちよりずっと短いんだもの。だから、修行の期間なんてきっと、あっという間よ!」
子供の理屈ではあったが、アーテーがカリステーのことを思って話してくれていること――なにより、アーテーが初めてあった頃のエリスとそっくりだったことが慰めになって、カリステーはアーテーの頬に自分の頬を擦り付けることで、自分の意志を伝えた。
カリステーがアーテーの馬になってから、また様々な出来事が起こった。
アーテーの世話役になった少女が切っ掛けで、それまで子供じみていたアーテーが成長し、恋をするようになったり。その恋人が死んで、悲しみの淵に沈んでまた子供の姿に戻ってしまったり。
そんな苦楽の最中でも、アーテーはカリステーの世話だけは忘れなかった。
そうして、カリステーはまた寿命を迎えた。
「ごめんね……すぐにお母様に会えるよ、なんて嘘ついてしまって……ううん、嘘じゃないの。私の認識が甘すぎたのよ。お母様の精進潔斎がそんなに長くかかるなんて思いもしなくて……私も、お母様に早く会いたかったから、そう思い込んでいたの。ごめんね、カリステー」
アーテーが泣きながら謝るので、カリステーは彼女の目元に自身の鼻先を当てて、慰めた。
「またすぐに会えますよ」
そう言いたかったのだが、馬の言葉は伝わらない。
それでも、気持ちだけは伝わってきて、アーテーは答えた。
「そうだね。またすぐ会えるね」
こうして、カリステーは六度目の生涯を生き抜いた。
次に生まれ変わったのは、それから一年後だった。
目の前に、アーテーが座っていた。
「待ってたよ、カリステー! 間に合ってよかった!」
カリステーは今度はエリスの四女のヒュスミーネーの愛馬の娘として生まれてきたのだが――そんなことはどうでもいいらしく、カリステーが生まれてすぐ立ち上がろうとしている間、アーテーは話し続けた。
「お母様ね、今、人間として日本って国にいるんだけど、今度、守護霊が霊力の高い人と交代になることになったのね。それで、その守護霊に私が志願しようと思ってるんだけど……」
「え!?」と、びっくりして、その拍子にカリステーはしっかりと立ち上がった。
「ワァ! もう立ち上がれたんだ。今回は早かったねェ〜、カリステー」
そんなことはどうだっていいんです! と言わんばかりに、カリステーはアーテーに詰め寄った。
「分かってるわよ。せっかくおまえが帰って来たのに、私までいなくなるって、どうゆうことなんだ!って言いたいんでしょ。大丈夫、ちゃんと続きがあるの。それでね、お母様、その転機を迎える時にペットを飼うことになっているんですって。相棒のように寄り添う、忠実なペットを……それに、おまえ、志願してみない?」
「え!?」と、びっくりした顔をカリステーがすると、
「まあ、日本の一般家庭で生活しているそうだから、ペットとなると、馬の姿ではいられないと思うけど。それでも良ければ……おまえも、お母様に会いに行こうよ、カリステー」
「行く!」と、カリステーは言った。「私も行く! 連れてって、アーテー様!」
カリステーが人の言葉を喋ったので、アーテーはもちろん、本人も驚いた。
「へェ! 今度は言葉が喋れるんだ。凄いねェ〜!……でも、日本でペットをやるとなると、またその能力は失われてしまうと思うけど、いい?」
「いいに決まってるじゃないですか!」とカリステーは言った。「だって、ご主人様に会えるんですよ!」
「うん」と、アーテーは満面の笑みを浮かべた。「じゃあ、一緒に日本へ行こう! さっそく、陛下の所へ話に行こう」
「はい……えっと、いい?」
と、カリステーは自分を生んでくれた馬――前世の自分の娘に対して言うと、800歳を過ぎた神馬ファティマは言った。
「行っておいで。あなたは私の娘であって、それだけではない存在だから。どこへ行っても、私たちの縁はつながっているわ」
カリステーが今世で喋れるのは、このファティマの能力を受け継いだおかげらしい。父親がカリステーよりも数倍も神力の強い馬だったので、ファティマは母親よりも長生きで、神力も強かった。
「ありがとう、お母さん。それじゃ、行ってきます」
カリステーはアーテーと一緒に外の世界へと飛び出した。
一緒に走りながら、カリステーはアーテーに聞いた。
「それにしても、どうして私がファティマの娘として生まれるって分かったんです? アーテー様、私が生まれてくる間もずっと待っていたでしょ?」
「分かってたわけじゃないの、当たりをつけてたの。カリステーはいつも、自分の子孫の誰かの子供として、一年以内に転生するから、3カ月くらい前から、カリステーの子孫が産気づいたら必ず立ち会うようにしてたんだ。だってね、陛下(ゼウス)から守護霊とペットのお話を伺ってから、冬が来る前に決めるように言われて、それまでにカリステーを見つけなきゃって思ってたから。ぎりぎり間に合って良かったよ。明日がその立冬の日だったんだもん」
「それじゃ、私が明日までに生まれてなかったら、ペットの話は他の誰かに行ってたんですね。だからアーテー様は“間に合って良かった”って」
「そうゆう事……ホラ、急ごう!」
アーテーは術を使って、背中に翼を生やすと、カリステーを後ろから抱えて、一緒に空を飛んだ。
オリュンポス社殿は、遥か上空の雲の上にあった……。
そして、翌年――。
「景虎ァ! どこォ?」
片桐枝実子は、家の中を歩き回りながら愛猫のことを探していた。
景虎と呼ばれたその子猫は、台所で枝実子の母親に離乳食をもらっていた。そこを枝実子が通りかかったので、景虎は振り向いて、
「ミー!」
と、鳴いてみせた。
「あっ、景虎いた……なんだ、もうご飯もらってたの?」
「馬鹿だね、おまえも」と、母親は味噌汁を作りながら言った。「わざわざ探し出さなくても、ご飯を作って出しといてあげれば、猫は自分から出て来るんだよ」
「へぇ、そうなんだ……」
「そんなことより、お兄ちゃんを起こしといで。そろそろ人間様のご飯もできるよ」
「ハーイ……」
と、枝実子が行きかけると、ちょこちょこっと景虎が駆け寄ってきた。
「ミー!」
「ん? おまえもお兄ちゃんを起こしに行くの?……うん、ご飯は食べ終わってるみたいね。それじゃ……」
枝実子は景虎を抱き上げた。抱き上げると言っても、まだ枝実子の両手にすっぽりと収まってしまう小ささである。
そんな景虎が、枝実子の方をじっと見上げて、「みにゃっ」と嬉しそうな声をあげた。
「ふふ、可愛い……おまえ拾って良かった」
「ミー」
「うん、おまえも嬉しい?」
「ミー」
「そうかそうか」
枝実子が景虎とそんな会話をしながら歩いて行くと、枝実子の母親はため息をついた。
「まったく、猫と喋ったりして、馬鹿丸出しな子だよ」
すると、突然手に持っていたおたまが、柄からポッキリと折れた。
「あっ? あれ??」
母親は気付かなかったが、おたまを折ったのは、枝実子の背後にいる守護霊アーテーの仕業だった。アーテーは枝実子の肩に座りながら、枝実子の母親に“あっかんべー”をした。そんなアーテーに、景虎が「ミー!」と声を掛ける。
「ん? なァに?」
自分に話しかけてきたのだろうと思い、枝実子が返事をする。
「ミー!」
「ん?……何か見えてるの?」
枝実子は見回してみたが、特に変わったことは見えない。そんな枝実子の様子に、アーテーと景虎――カリステーは笑い合うのだった。
FINE
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from: エリスさん
2012年08月31日 12時10分08秒
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「共にあること・おまけ」
「カリステー! 遠乗りに行くぞ!」
と、英雄神エリスが言うと、
「ハーイ、ただいま!」
と、部屋の奥から出てきたのは――黒白の縞猫だった。
「景虎 (^_^;) ……遠乗りなんだから、馬の――カリステーの姿で出てこい」
「すみません、ついつい」
と、黒白の縞猫は、漆黒の神馬へと変化(へんげ)した。
「今日はどこまで行きますか?」
「暑いからなァ、涼しいところまで頼む」
「畏まりました、ご主人様!」
エリスがカリステーに跨ると、身重のお腹を抱えた正妃・エイレイテュイアが出てきて、言った。
「ついでに、その土地の美味しいものを手に入れてきてね、二人とも」
「まかせておけ。……キオーネーは何がいい?」
エリスに呼ばれて、隣室で赤ん坊の産着を縫っていたキオーネーが、大きな声で言った。
「日本食が食べたいです!」
「心得た! 行くぞ、カリステー!」
「はい、ご主人様!」
エリスとカリステーは、窓から出て、空を飛んで行った。
二人が行ってしまうと、エイレイテュイアはキオーネーのいる部屋へ入ってきた。
「キオーネーは、一週間に一回は日本食をリクエストするのね」
「日本人として暮らしていた期間が長かったので……」
そう言うキオーネーのお腹も大きかった。
すると、傍で布を型紙に合わせて断裁していた少年・ディスコルディアが言った。
「日本食は消化にいい食べ物が多いですから、懐妊中のお二人のお体の為にも、とてもいいと思いますよ」
「ふう〜ん……ディスコルディアも日本で生活してから、すっかり日本びいきになってしまったわね」
と、エイレイテュイアは言うと、近くの椅子に腰をおろし、ため息をついた。
「お疲れですか? エイレイテュイア様」
と、キオーネーが尋ねると、
「なにしろ今回は双子を宿してしまったから、前の出産の時より辛くて」
「何かお飲みになりますか?」
と、キオーネーが立ちあがろうとするので、ディスコルディアが制した。
「僕がお持ちしますよ。何がいいですか? エイレイテュイア様」
「何があるの?」
「冷たいほうじ茶などご用意してありますが」
「日本のお茶ね……でも、いただくわ」
「はい(^o^)」
ディスコルディアがお茶を取りに行く間、エイレイテュイアはキオーネーの手作業を見ていた。
「悪いわね、あなたにばかり作らせてしまって」
「そのような……私は、手芸は好きなものの一つですから、お気になさらず」
「ありがとう……。それにしても、今回は二人ほぼ同時期に懐妊してしまったから、エリスも禁欲生活を強いられてしまって可哀想よね」
「確かに(^_^;) 特に昔と違って、両性の体となってしまった今は、持て余してしまうことが多いと、この間もぼやいていらっしゃいました」
「ああ、あなたにも言ったのね(^_^;) ……これは、暗に“浮気をさせてくれ”って言ってるのかしら………」
「どうなんでしょう………」
そこへ、「お待たせしました」と、ディスコルディアが戻ってきた。
「なんの話ですか?」
「ん?……あなたに聞かせてもいいものかしら?」
と、エイレイテュイアが言うと、
「構わないでしょう」と、キオーネーは言った。「ディスコルディアはまだ人型に変化できなかった頃、エリス様と私との情事をベッドの横でずっと見守っていましたから」
「いや、見てませんよ(^_^;) 確かに自我はありましたから、聞こえてはいましたけど……って、そうゆう話ですか」
「そうなの。今回は二人とも懐妊してしまったから、あのエリスが辛抱できるかしらって……」
「でしたら、カリステーがお相手を務めれば宜しいのでは?」
と、ディスコルディアが意外なことを言うので、エイレイテュイアもキオーネーも理解するのに数分かかってしまった。
「僕でさえ――無機質な、ただの剣だった僕でさえ、こうして人型になれているんですよ。だったら、馬の姿と猫の姿を自由自在に使い分け、人の言葉も喋れるようになったカリステーなら、もう人型に変化できると思うのですが」
確かに、あれだけ神力を高めた神獣なら、人間に変化できるようになっていてもおかしくはない。
「まさか、いつもカリステーと遠乗りに出掛けるのって……」
「そんな! 私たちに断りもなく、他の女性を迎えたりなど致しませんよ、エリス様なら!」
「でも、あなた。日本にいる間、あなたという者がありながらエリスは、他の女とキスしていたのでしょ?(「双面邪裂剣」を参照)」
「えっと、それは……乃木章一だった私が、枝実子だったエリス様を遠ざけていた間のことで……」
「その状況と、今と、何が違うって言うの?」
しばらくの沈黙。
「ディスコルディア!」と、エイレイテュイアは言った。「今すぐ、二人を追いかけて!」
「いや、それは……ご主人様が僕を呼び寄せてくれれば、飛んで行けますけど」
「役立たず!」
「そんな……ひどい(>_<)」
そんな邪推など知りもせず――エリスとカリステー、ならぬ片桐枝実子と景虎は、北海道に来ていた。
「高原を走る風は気持ちいいわねェ〜!」
「ニャアー!」
二人は高原で並んでごろ寝をしていた。
「帰りはカニとウニを買って帰ろうね」
「……日本のお金、持ってるんですか? ご主人様」
「私が枝実子として執筆した印税の一部を、隠し財産として誰にも知らせてない銀行口座に入れてあるのよね。ホラ、これがそのクレジットカード」
「名義が〈如月馨〉になってますよ」
「片桐枝実子は死んだことになってるもの。口座が凍結されたら困るでしょ? あっ、如月もこのことは知ってるわよ」(枝実子が死ぬ直前に、九条眞紀子のもとを訪ねて、月影を使って如月を甦らせたのだが……それはまた別の話)
「私にも何か買ってくださいね」
「うん、だからエイリーとキオーネーには内緒ね(^_-)」
エリスとカリステーは、これからも主従関係であり、友達だからこそ続いていける仲だった………。
おしまい。
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