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from: エリスさん
2012年11月02日 12時15分42秒
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つないだその手を離さない・7
イオーはただ一心不乱に走っていた。
『もう生きていられない! ヘーラー様を裏切ってしまった!』
前世での、あの時の記憶がまざまざと蘇ってきて、今世でのイオーの記憶を凌駕する。
イオーは屋上まで駆け上って来た。
タケルも必死で追いかけてきて、今まさに飛び降りようとするイオーの手を掴もうとしたが……もうちょっと、というところですり抜けた。
イオーが頭から落ちて行く――すると、タケルの横を通り抜けて、誰かが飛び降り、瞬時で翼を広げた。
アーテーだった。
「イオー!!」
アーテーは必死に追いつくと、イオーを抱き留めて、そのまま中庭へと着地した。
イオーは、気を失っていた。
『イオー……あなたの前世に、そんな過去があったなんて……』
そう思いながらイオーを抱きしめているアーテーの姿は、完全に大人の女神だった。その場に駆け付けたエイレイテュイアが、
『まあ、本当に……髪の色以外はエリスにそっくりになって……』
と、つい思ってしまったほどだった。
「客間に運びなさい、アーテー。イオーの治療をするわ」
エイレイテュイアが言うと、
「治療?」と、我に返って――姿も元に戻りながらアーテーが言った。
「前世の記憶に囚われてしまうのも、立派な心の病気よ。だから、私たちが治療をするのよ。あなたも手伝って……あと、レシーナーにも来てもらわないと」
アーテーが子供の姿に戻ってしまったので、エイレイテュイアもイオーを運ぶのを手伝うのだった。
ティートロースがレシーナーを迎えに来たと聞いて、ペルヘウスは先ず自分がティートロースに面会した。
「昨夜、出産を終えたばかりの我が妻を、もうアルゴス社殿に出仕させようとは、いくら女神様方でもご無体と言うもの。いましばらく猶予をいただきたい」
ペルヘウスが言うと、申し訳なさそうにティートロースは言った。
「実は、巫女殿が社殿で具合の悪いことになりまして、どうしても乳母殿に来ていただかなければならなくなったのです」
「イオーが? イオーに何かあったのですか?」
「神界にまつわることでございますれば、わたしの口からは申し上げづらく……」
「イオーはわたしの娘です。父親が娘の詳細を聞くのに、なにを憚ることがあります?」
そこへ、ティートロースが来ていることを耳にしたレシーナーが、ラファエーラーに助けられながら入ってきた。
「ティートロース殿、お待たせしました。いったい、このような時に火急の用事とは、なにがあったのでございます?」
「乳母殿、お体を休めなければならない時に、大変申し訳ございません。しかし、あなたには是非お越しいただかなければならないのです」
と、ティートロースは言うと、レシーナーの目を見て、こう言った。
「巫女殿が、前世を思い出されて……」
それだけで、レシーナーはすべてを悟った。「ゼウス様に、お会いしてしまったのね?」
「はい……」
するとレシーナーは強く頷いた。「すぐに参りましょう、ティートロース殿」
「待つんだ、レシーナー!」と、ペルヘウスは言った。「いったいどうゆう訳なんだ。イオーに何があった!」
レシーナーはしばし悩んだが、意を決して、こう言った。
「すべては前世の事――すでに終わっていることです。それを踏まえたうえで聞いてください」
「うん、聞こう……」
「イオーの前世は、ヘーラー様に仕える精霊(ニンフ)で、私の親友でした。ですが、十二歳の時にゼウス様に辱められて……」
「辱め!?」
ペルヘウスだけでなく、ラファエーラーも驚きの表情を見せた。
「そして、出産に耐えられず、子供を産んですぐにこの世を去りました。イオーは、その辛い記憶を思い出してしまったのです。恐怖の対象であるゼウス神王を見てしまったがために。今までは、ゼウス様がアルゴス社殿に来ることはなかったから、避けられたのに……」
「なんてことだ……」
ペルヘウスは嘆かずにはいられなかった。確かに前世でのこと、今のイオーが辱められたのではないが、だとしても、自分の娘を苦しませているのが、崇め奉らなければならない神々の王であるとは。信仰心を捨ててしまいたい気持ちになる。
「ご理解いただけましたでしょうか」と、ティートロースは言った。「では、天上に参られますよう……」
「いや、待ってくれ!」と、ペルヘウスは言った。「わたしも行こう! 行かせてくれ!」
「いいえ、あなた」と、レシーナーが言った。「天上へは許されたものしか参れません。それに……今は、あなたは……男性であるあなたはいらっしゃらない方がいいわ」
「なぜだ!」
「今のイオーは、男性をとても怖いと感じてしまっているはずよ。きっと、気が狂うほど……私もそうだったから分かるわ」
「……そうか……そうだったな」
ペルヘウスはそう言って、ため息をついた。
「まあ、あなた。ご存知だったの?」
レシーナーは、自分も叔父に凌辱された過去を持っていることをペルヘウスには話していなかったのだが……すると、ラファエーラーも口を開いた。
「ペルヘウスがあなたを妻にしたいと申し入れた時、あなたの母・クレイアーから聞かされたわ。そういう過去を持つ娘を、王の後宮に入れるわけにはいかないと。でも、すでにヘーラー様のお力で処女に戻っていて、その時の記憶も消されていると聞いたから、私もルシヘウス(先王)も問題はないと判断したのよ」
「そうでしたか……」
「だから確かに、今のイオーを救えるのは、同じ思いを経験したあなたしかいないようね」と、ラファエーラーは言って、ティートロースの方を見た。
「お願いします、レシーナーの体に負担がかからないように、くれぐれも」
「分かりました……行きましょう、乳母殿」
ティートロースはレシーナーの手を取って、気遣うように一緒に歩きだした。
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