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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2012年11月09日 14時27分15秒

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    つないだその手を離さない・8

     客間で目を覚ましたイオーだったが、記憶はまだ前世のままだった。
     「助けて! 助けて、エリス様!」
     イオーはアーテーに縋り付きながら泣き叫んでいた。
     「私の中に誰かいる! 誰かが、この中で蠢いてる!」
     アーテーはそんなイオーをしっかりと抱きしめながら、
     「大丈夫だよ、もう何もいない。イオーのお腹には、もう誰もいないから……」
     と、なだめるのだった。
     レシーナーが到着したのは、そんな時だった。
     イオーはレシーナーの顔を見た途端、こう呼んだ。
     「レシーナーさん! 助けて、レシーナーさん!」
     「……イオー……」
     親友だったころの呼び方……前世のころに完全に記憶が戻ってしまっているということを、レシーナーも認めざるを得ない。
     レシーナーはイオーのもとに歩み寄ると、イオーをアーテーから引き離して、自分の方を向かせた。
     「落ち着きなさい、イオー。あなたが私を名前で呼んでいたのは、前世の――過去の事なのです。今のあなたは生まれ変わって、私の娘になっているのです。アルゴス王の第一王女にして、一族の巫女。それが今のあなたなのです」
     「レシーナーさん!」
     「レシーナーではない、母です!! 私はあなたの母、あなたは私の娘。今の私たちは親子なのです。それを思い出しなさい!」
     「私の母……私は娘……」
     「そうです。さあ、良く思い出すのです。先程から、あなたの左手をこうしてしっかりと握って離さず、あなたをなだめてくださっていたのも、エリス様ではありません。良くご覧なさい、髪の色が違うでしょう? この方は、あなたが5歳の時からお仕えし、今も友人としてあなたを傍に置いて下さる、アーテー女神さまですよ」
     「あっ……」
     イオーは改めてアーテーの顔を見て、その違いに気が付いた。
     「そう、だからこの体の中には、誰もいるはずがないのです。ゼウス様の子供を宿し、産んだのは、前世のあなたであって、今のあなたではない。今のあなたは生まれて来たままの純潔の体――巫女に相応しい穢れの無い体なのです」
     「この中には、誰もいない……」
     イオーは右手で自身の腹をさすった――確かに、誰もいるはずはない。
     「そう、私は……もう生まれ変わったんだ。別の私に……」
     イオーはそういうと、レシーナーの顔を見上げた。
     「……お母様」
     「イオー……」
     ようやく元に戻ってくれたことが嬉しくて、レシーナーは泣きながらイオーを抱きしめた。
     母に抱きしめられながら、イオーはアーテーの方にも目を向けた。
     「アーテー様……」
     「うん……」と、アーテーはうなずいて、握ったままの手を軽く振った。「良かった、思い出してくれて」
     「ごめんなさい、私……」
     「いいんだよ。お母様に間違えられたってことは、それだけ私がお母様に似ているってことだもん。嫌な気はしないよ」
     「いえ……」
     それだけじゃない――と、イオーは思っていた。アーテーがエリスに見えていたのは、似ているからだけではなく……。
     そこで、エイレイテュイアが口を開いた。
     「記憶を消しましょう」
     その言葉で皆がエイレイテュイアに注目した。
     「前世の記憶を消してしまいましょう。そもそも覚えていなくてもいいことです。そうすれば、イオーもこれまで通り生きていけます」
     「では、私が」と、レーテーが一歩前に出た。「私の忘却の力で前世の記憶を消してしまいましょう」
     レーテーが近付いてきたので、先ずレシーナーがイオーから離れた。そして、アーテーも離れるために手を離すと、イオーは小さく「あっ……」と寂しげな声を発した。
     レーテーはイオーの横に座った。
     「いい? あなたの額に私の額を合わせるから、あなたは何も考えず……」
     「いえ、待ってください」と、イオーは言った。「記憶は……消さないでください」
     「何を言っているの!? イオー!」と、レシーナーが――皆も驚いていた。
     「記憶はこのままで……忘れてはいけないと思うんです」
     「どうして? イオー」と、アーテーが言った。「忘れたい記憶なんじゃないの?」
     「忘れたいです。でも……忘れてはいけないんです」
     「何故です!」
     と、レシーナーが聞くと、イオーはこう答えた。
     「私一人が記憶を失ったことで、周りのみんなが苦しんだからです」
     
     
     

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