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from: エリスさん
2012年11月23日 11時34分45秒
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つないだその手を離さない・10
レシーナーに連れられてイオーが帰って来たとき、王城の入り口には皆が集まっていた。
「イオー!」
ペルヘウスがすぐにも駆け寄ってきて、娘を抱きしめようとしたが、それは、その娘が表情を強張らせたことにより制止させられた。
「イオー......」
「ごめんなさい、お父様......今は......」
「......そうか」
ペルヘウスはそう言うと、息子・ヒューレウスの妃・メーテイアの方を向いて、言った。
「すまぬが、イオーを部屋に連れて行って、休ませてくれないか」
「承知いたしました、お任せを」
メーテイアは答えると、イオーの傍へ行き、彼女の手を取った。
「いらっしゃい。実家から良い香りのする香木が届いたから、あなたのお部屋で焚いてあげるわ。きっと落ち着くわ」
「ありがとう、お義姉様」
イオーとメーテイアが行ってしまうと、ペルヘウスは怒りで体を震わせた。そして、腰の剣に手を伸ばし、鞘からそれを引き出した。
「あなた......どうするおつもりです?」
レシーナーが言うと、
「決まっておろう!! 娘の敵を取るのだ!!」
「馬鹿なことを申すな!」と、言ったのは前王のルシヘウスだった。「相手は神々の王、万物の父だぞ! そんな不遜なことが許されると思うのか!」
「では父上は、このまま黙っていろとおっしゃるのですか! 自分の娘を苦しめられて、黙って見ている父親がどこにいるのです!!」
「少しは冷静にならんか! 重ねて言うが、相手はゼウス様だ! 人間の娘なら、ゼウス様に思われてお手付きになるなど、光栄に思いこそすれ、恥じる必要も恐れる必要もないのだ! それを、心得違いはイオーの方なのだぞ!」
「父上!!」
「あんまりです! おじい様」と、ヒューレウスも言った。「いくら相手が神でも、好いてもいない男に手込めにされるなど――しかも聞けばまだ十二歳の少女だったとのこと。恐怖のあまり心が崩壊してもおかしくはありません。それなのに、光栄に思えなどと......」
「わたしとて、そうも思わなければ!」と、ルシヘウスは叫んだ。
ルシヘウスも辛いのだ。自分だって本当は、大事な孫娘を苦しめる男に報復したい。だが、相手は神々の王である。歯向かえば、それはこの国の終わりを意味するのだ。
「いいか、ペルヘウス。かつてわたしの友であったサーテウス――レシーナーの父は、娘が手込めにされたことを怒り、その男に決闘を申し込んだ。そして、相打ちになって果てた......レシーナー、その時の記憶はあるか?」
ルシヘウスに聞かれて、レシーナーはうなずいた。
「あの頃に消された記憶は、すべてもう思い出しております」
「そうか。あの時、まだ記憶を消される前のそなたは、父親が死んだことを聞かされて、ますます酷い状態になったと聞いているが......」
「はい......自分のせいで、父が死んでしまったと思い、もうとても生きていけないと絶望しました」
「そうであろう。その時と同じ思いを、イオーにも味あわせたいと思うか?」
「いいえ、決して。ですから、私もペルヘウス様には敵討ちに行ってもらいたくないと思っております」
レシーナーはそう言いながら、夫の傍へ行き、剣を鞘に戻させた。
「イオーの為にも耐えてください――ヒューレウスも。神王ゼウスに人間が敵うはずがありません。それに、幸いと言いましょうか、イオーの身に降りかかった不幸は、すべて前世の事なのです。今のイオーが辱めを受けたわけでも、子供を産まされたわけでもありません。今のイオーは生まれ変わって、まだ誰の手も触れていない純潔の身なのですから」
「......そうだな......そうだが、実際にイオーはその記憶により苦しんでいる。その恐怖の記憶の責任を負っている男を、わたしは神だの王だのと、敬うことはできない!」
「あなた......」
すると、それまで何も言わなかったラファエーラーが、口を開いた。
「それならば、敬わなくても宜しい......」
その声はラファエーラーのものではなかった――エイレイテュイアだった。
「アルゴス王家の者たちは、ゼウスではなく、王后神ヘーラーに仕えているのです。ならば、ヘーラーと、ヘーラーの眷属たる私たち姫御子(ひめみこ)のみを敬えばよろしい。無理に尊敬できぬ神を崇める必要はありません」
「温情ある御配慮、ありがとうございます、エイレイテュイア様」
と、ルシヘウスは平伏しながら言った。「そなたも、それで良いな? ペルヘウス」
「はい......ありがとうございます、エイレイテュイア様」
「分かってもらえて良かったわ......それと、ゼウスへの敵討ちなら、最適な者が向かっているから、安心なさい」
「敵討ちをですか?」と、レシーナーが聞いた。「そんな、ゼウス様に歯向かえる方など......」
「いるのよ。その資格がある者がね」
ゼウスは何も言わずに佇んでいた。
きっと頭ではいろいろと考えているのだろう――自分の置かれている立場や、過去の過ちのことなど。それでも、それを表に見せないようにするのも、王の役割である。
それが分かるから、ヘーラーはただ夫を後ろから抱きしめた。
「悔いるお気持ちがあるのなら、どうぞイオーに謝ってあげてください」
すると苦笑いを浮かべたゼウスは、言った。「そんなことが出来るか」
「悔いるお気持ちがある、ということは否定なさらないのね」
「......」
ゼウスはヘーラーを背中から離すと、振り向いて、正面からヘーラーを抱きしめた。そして、熱い口づけを交わすと、そのままヘーラーの衣服を脱がそうとする。
「あなた......今はこのような時では......」
「忘れたいのだ......そなた以外に、わたしを癒せる者などおらぬッ」
「ゼウス......」
ヘーラーの左肩が露わになった時――奥から騒ぎ声が聞こえてきた。
「お待ちください! 今お取次ぎを!」
オリュンポスに仕える男たちの声である。そして、
「必要ないって言ってるでしょ!!」
と、若い女の声と共に、壁が破壊される騒音と、男たちの悲鳴が聞こえてくる。
ヘーラーが急いで衣服を直すと、その声の主――アーテーが、扉を蹴破って現れた。
「ゼウス! よくもォー!!」
アーテーの真っ赤な髪が、怒りで逆立っていた。「よくも、イオーを苦しめたな!」
「アーテー! やめなさい!」
ヘーラーは叫びながら、ゼウスとアーテーの間に立ちはだかった。
「どいて! おばあ様! 私はその下衆に用があるの!」
「お願いだからやめておくれ! この人だって、今は自分がしたことを」
悔いているのよ、とヘーラーが言う前に、ゼウスがヘーラーを押しのけた。
「文句なら、わたしだけに言えばよかろう」
「もちろんよ! イオーの苦しみを味わうがいい!!」
アーテーの力で、壁や柱が崩れ、その瓦礫がゼウスに向かって弾丸のように飛んでくる。
ゼウスは、それを一つも避けずに、その身に食らった。
「イヤァ! あなた、逃げてェ!」
ヘーラーの悲鳴にも構わず、「まだまだァ!」とアーテーが力を放出する。
「こんなもんじゃないわ、イオーが受けた痛みと苦しみは!!」
アーテーは天井を割り、ゼウスの頭上に落とした。
そのままでは、いくら不死の神でも分厚い天井で下敷きになってしまう。
「やめてェ!! お願い、逃げて! ゼェウス!!」
ヘーラーが必死で叫んでも、ゼウスは逃げようとしなかった......。
アーテーは、舌打ちをして、落ちてくる天井に右手の指先を向けた。その瞬間、天井が粉々に砕けて、砂粒となって落ちてきた。
ゼウスは、大量の砂粒を被るだけで済んだのだった。
「......どうして......何故ですか? 陛下」と、アーテーは言った。「甘んじて罰を受ける気持ちがあるのなら、どうして、イオーにあんな酷いことをしたんですか!!」-
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