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神話読書会〜女神さまがみてる〜

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  • from: エリスさん

    2012年12月14日 13時19分38秒

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    つないだその手を離さない・13


    アルゴス王城の後宮の3階南側に、イオーの部屋はあった。隣はいずれ生まれたばかりの妹姫の部屋になるはずだか、今は空いている。レシーナーは1階に住んでいる。よって、イオーの部屋の周りは誰も住んではいなかった。(王子である兄弟は本城で暮らしている)
    時折寂しく思う時もあるが、今日のように一人で落ち着いていたい気分の時には、静かで助かっている。
    しかし今日は、そうっとしておいて欲しいのに、来客が多い日だった。皆、イオーが心配で見に来てしまうのである。
    「イオー様、美味しいお菓子があるのだけど......」
    そう言って部屋を覗きに来たのは、兄嫁のメーテイアだった。
    「ありがとう、お姉様。いただきますわ」
    「そう? では、失礼して......」
    メーテイアが入ってくると、その後ろに兄のヒューレウスもいた。
    「ええっと......わたしもいいかな?」
    「どうぞ、お兄様。ただいま、お茶を淹れますね」
    「いや、すまないね、イオー」
    兄夫婦をテーブルに着かせると、その向かい側でイオーはティーセットでお茶を淹れた。
    「私ね、この国にお嫁に来て、一番初めに感心したのが、皆さんがそれぞれ自分の好みのティーセットを持っていて、しかも自ら淹れるってことでしたの。普通は侍女たちに任せますでしょ?」
    と、メーテイアが言うと、ヒューレウスは、
    「祖母がお茶好きだったんでね、それで、父と、嫁いできた母も感化されて、こうなったのさ」
    「素敵なことですね」
    ヒューレウスもメーテイアも、なんとかして話題を作ろうとしていた。少しでもイオーの気分を上向きにしようとしているのである。
    それはイオーも分かってはいるのだが......。
    「どうぞ、お兄様」
    と、イオーはヒューレウスに、カップの足の部分を持って差し出した。するとヒューレウスは「ありがとう」と、イオーが持っているカップの足の、それでも上の方を持とうとしたところ、イオーと指が触れあった。
    イオーは咄嗟に手を引っ込め――まだちゃんと受け取っていなかったヒューレウスはカップを落として、テーブルにお茶が広がってしまった。
    熱いお茶のしぶきが、ややヒューレウスに掛かったが、そんなことよりも、ヒューレウスは心が痛かった。
    「何故だ......わたしはおまえの兄だ。おまえを襲うはずもないのにッ」
    「ごめんなさい、お兄様......でも」
    イオーは震える指先を抑えながら、怯えていた。
    「分かっている......分かっている、分かっている! すべてはおまえのせいじゃない! おまえのせいではないが......」
    「あなた......」と、メーテイアはヒューレウスをなだめた。
    「ごめんなさい......ごめんなさい、お兄様! 私も、どうしたらいいか分からないの!」
    そこへ、レシーナーが入ってきた。
    「もう、それぐらいにしてあげて......ヒューレウス、焦っては駄目よ」
    「母上......」
    ヒューレウスは目の端に浮かんだ涙を、グッと手の甲で拭った。
    「ごめんなさい、メーテイア殿も。せっかくお見舞いに来てくださったんだけど、イオーと二人にしてもらえるかしら」
    「はい、お母様......あなた、行きましょう」
    メーテイアに促されて、ヒューレウスは部屋を出て行った。
    そしてレシーナーはイオーの傍に行くと、椅子に座って、イオーを抱き寄せるのだった。
    イオーは母親の膝の上に乗って、しがみついた。
    「可哀想なイオー......前世の記憶さえ思い出さなければ、こんな辛い思いはしなかったものを......」
    「お母様......」
    「でも......あなたは強いのね」
    思っても見なかった母の言葉を聞いて、イオーは少し離れてレシーナーのことを見た。
    「あなたはその辛い記憶を消そうとはしなかった。覚えていなくては、周りの人たちが辛い思いをするからと......私は、そんなこと思いもしなかったわ」
    「......どうゆうこと?」
    「私も前世のあなたと同じ目に遭っているんですよ。17歳の時に、叔父にあたる男から無理矢理......私はそれで正気を失ってしまって。父はそんな私を見て、敵討ちに行き、相討ちとなって亡くなりました。それを知った私はますますおかしくなってしまって、それでヘーラー様が辛い記憶を消してくださったのですよ」
    「そうだったんですか!? 私――前世の私は、そんなこと全然知らなくて......」
    「私自身が記憶していなかったのですもの、あなたに打ち明けるはずもないわ。それでもね、男性に対する恐怖心は消えていなくて、今のあなたのように男性恐怖症になってしまったの。そんな私を救ってくださったのが、エリス様よ」
    「エリス様が?」
    「ええ......初めは、母に頼まれて私を愛人にしてくださったそうなんだけど、それでも溢れる程の愛情で私を包んでくださって、少しずつ、私が男性に恐怖心を持たなくてもいいように慣らしてくださった。そして私がもうすっかり大丈夫になってからも、心変わりすることなく、私を愛して下さった。だから私は、こうして今も生きていられるのよ」
    「エリス様の事は、良く覚えています――と言うより、思い出しました。あの頃のレシーナーさんは本当に幸せそうだった。エリス様もレシーナーさんをとても大事にしていることが、傍目にも分かって、私はとても羨ましく思っていたの。だから......ゼウス様に手込めにされて、その記憶を消された後も男性に対する恐怖が消えなかった私は、親友の恋人だって分かっているのに、エリス様に憧れる気持ちをどうすることもできなくって......告白してしまったの」
    「そうだったわね」
    「あの頃の私を、レシーナーさん......お母様は疎ましく思わなかったの?」
    「少しも。エリス様はそれだけの御方よ。何人もの女性があの方に恋せずにはいられない、素敵な御方だった。だから、前世のあなたがエリス様を好きなんだと打ち明けてくれた時も、無理もないって思ったのよ」
    「嫉妬もしなかったの? エリス様、生まれ変わった私と恋人になって下さるって言ってくださったのよ」
    「親友と愛する人を共にするのも、悪くないものよ」
    「そんな......そういう風に思えるってことは、お母様はそれだけ、エリス様に愛されているって自信を持っていたからだわ。どんなことがあっても、自分は捨てられることがないって、余裕な気持ちがあったから、嫉妬もしなかったのよ」
    「そうよ......だから、立ち直れたのよ」
    「そうね......つまり、そうゆうことなのね」
    イオーはレシーナーから離れて、窓辺まで歩いて行った。
    誰かが傍に居てくれれば、立ち直れる――辛い記憶も和らげることができる。
    『私にとって、それは、誰?』
    イオーの気持ちを察してか、レシーナーも窓辺まで来ると、娘の肩に手を置いた。
    「もう、分かっているのではないの? 自分は巫女だから、とか、禁忌だから、とか。余計なことは考えずに、自分の胸に手を置いて考えてごらんなさい」
    「お母様......」
    「大丈夫。自分の気持ちに素直になってみなさい」
    優しい母の言葉に、イオーは空を見上げながら、ゆっくりと思い返していた。

    頭から埃だらけになっていたアーテーは、湯殿に入ると服のままお湯を被った。
    ちょうどそこへ自分もお風呂に入ろうとやって来たアンドロクタシアーは、妹のおかしな行動を見て、
    「何をやっている? そなた」
    と、声を掛けた。
    「あっ、お姉様。私、急いで綺麗になりたいの。埃だらけなんですもの」
    「だからって、服のまま洗わなくても」
    「服も汚れてるから。あれ? でもなんか、服の中もごろごろしてるかも......」
    細かい石が服の中にも入りこんでいて、お湯を被ったことでそれが皮膚に張り付いてしまい、不快感を覚えたのである。
    「何をやっているのだ、本当に......」
    アンドロクタシアーは呆れつつも、いったん湯殿から出ると、通りかかった侍女に声を掛けた。
    「すまぬが、アーテーの着替えを持ってきてくれぬか。あと、なにか甘い飲み物を」
    「かしこまりました」
    そして湯殿に戻ったアンドロクタシアーは、自分の衣服を脱いでから、濡れたために脱ぎづらくなった服をなんとか脱ごうとしている妹の手を貸してあげた。
    「まったく、何をそんなに慌てておる。着替えも用意していないとは」
    「服は濡れても、空を飛んでるうちに乾くかなって思って」
    「どこかへ行くつもりだったのか?」
    「うん! 今すぐ会いたい人がいるの!」
    「だったら......」
    と、アンドロクタシアーは微笑むと、シャンプーを手に取って、アーテーの頭にかけ、泡立てた。
    「急ごしらえではなく、ちゃんと身だしなみを整えていかねばな。相手に対して失礼にあたる」
    「はい、お姉様」
    「......良かったな。そんなにも会いたい人が出来て」
    「お姉様は? お姉様にもいるんでしょ?」
    「私は......私は、良いのだ」
    アンドロクタシアーは頭だけでなく、アーテーの背中も流してあげた。
    「さあ、綺麗になった。行っておいで」
    「うん。ありがとう、お姉様」
    真紅のキトンを身に着けたアーテーは、もうすっかり夜の闇に包まれた空の中を飛び立った。――アンドロクタシアーはそれを薄着のまま見送り......寒さを覚えて、また湯殿の中に戻って行った。
    アーテーは人間界へ降りて行き、アルゴス王城を目指した。
    後宮の三階の一部屋にだけ、ほのかな明かりが灯っている。
    『間違いない! あそこに......』
    アーテーは窓から中に入った。
    そこに、小さな明かりだけでベッドに腰掛けて佇んでいた、イオーがいた。
    「誰!?」
    暗すぎて、イオーにはすぐにアーテーの事が分からなかったようだが、アーテーが翼を髪に戻す呪文を唱え始めたことで、彼女だと分かった。
    「アーテー様!」
    「イオー!」
    二人は互いに駆け寄りあって、しっかりと抱き合った。
    「イオー、会いたかった! 会いたくて仕方なかった!」
    「私もです、アーテー様」
    「ホント?」
    「はい! 私、私は......恐れ多くも、アーテー様を......」
    イオーの前置きがもどかしく思えたアーテーは、イオーの唇を自身の唇で塞いだ。
    その途端、アーテーの身長が伸び、曲線豊かな大人の女性へと変化した。
    「愛してるわ、イオー。今宵、私の妻になりなさい!」
    「はい、アーテー様。どうぞ私をお受け取りください」
    アーテーはイオーを抱き上げると、ベッドまで運び、横たわらせた。
    「アーテー様......」
    「大丈夫......恐れないで」
    アーテーは先ず自分が一糸まとわぬ姿となり、ゆっくりと、優しく、アーテーの衣服を脱がせた。――アーテーは恐怖どころか、幸福を感じていた。
    それでも恥ずかしさで顔をそむけ、左手で口元を隠していると、その手をアーテーの右手が取り、シーツに押し付けるように手を握ってきた。
    「恥ずかしがらないで。イオーは綺麗だよ......」
    「アーテー様こそ......気付いておいでですか? 今、大人のお体になっておられるのですよ」
    「うん......大人じゃないとできないことをするんだもの。だから体が成長したんだね......私の"初めて"が、イオーで良かった」
    「私も......」
    二人は互いに引き合うように、唇を重ねるのだった。

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