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from: エリスさん
2013年01月18日 12時16分56秒
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つないだその手を離さない・最終回
アルゴス社殿の皆への挨拶が済むと、イオーはもう一人訪ねたい人がいると、アーテーについてきてもらった。
そこは近衛隊の隊長・ティートロースの邸宅だった。今日は休みを取っていたのである。
玄関の戸を叩くと、誰かが出てきた――ヘーラーの末子にしてティートロースの妻・マリーターである。
「きっと、いらっしゃると思ってお待ちしておりました。どうぞ......」
マリーターは二人を邸に招き入れ、ティートロースがいる居間へ通した。
ティートロースは、テーブルにもつかずに立って待っていた。
「良くいらしてくださいました、巫女殿......アーテー殿も」
「......確かめておきたいことがあったんです」と、イオーは言った。「あなたは、私の前世がご自分の母親だと言うことを、ご存知だったのですね」
〈知っていたのか?〉ではなく、〈知っていた〉確定して聞いたのには理由があった。ティートロースは近衛兵の隊長という、身分的には少し低めの立場に居ながらも、半分は神の血を引いている。だから、完全の人間であるイオーよりは目上でなければならないのに、ティートロースはイオーを「巫女殿」として敬う態度を取っていた。本来ならばそれは少しおかしい事なのである。
「あなたは私を巫女として敬うように見せて、本当は、母親として敬ってくれていたのではありませんか?」
「その通りです、巫女殿」と、ティートロースは言った。「当然のことながら、あなたに前世の記憶などない。ですから自分が息子だと名乗り出ることはできませんでした。それでも、わたしをこの世に生(な)してくださったあなたを――あなたの前世を、お慕いしないわけにはいきませんでした」
「ティートロース殿......」
イオーは後悔していた――前世、ティートロースを産み落とした時、自分は「穢れた子を産んでしまった」と思い、生まれた子の顔など一切見ようとはしなかった。もし見ていたら、自分はもっと早く、ティートロースを我が子だと気付いていたかもしれない。
イオーはティートロースに歩み寄ると、彼の両手を取った。
嫌悪感はなかった。それよりも、悔恨の涙が溢れて来る。
「母親がいなくて、寂しい思いをしたのではない?」
「いいえ。わたしを育ててくださった方は、とても優しい方で、わたしは幸せな幼少期を過ごしました」
「幼少期だけ? 大きくなってからは?」
「神としての力がコントロール出来なくなって、止む無く神界に戻ることになりましたが、それでも不幸と言うことはありませんでした。妻とも巡り会えましたから」
ティートロースがそう言ってマリーターに目を向けたので、イオーもマリーターの方を振り返った。
するとマリーターは愛らしくニコッと笑った。
「あなた様が支えてくださったのですね。なんてお礼を申し上げたら良いか......」
と、イオーが言うと、マリーターは、
「私もティートに支えてもらったのですよ、お互い様です。イオー......いえ、お母様......というのも変ね。どう呼んだらいいのかしら?」
「さっきエイリーお母様も言っていたんだけど」と、アーテーが口を挟んだ。「イオーはもう生まれ変わって別人になってるんだから、今の立場で呼んでいいんじゃない? マリーター叔母様は私の叔母様(養母のエイレイテュイアの妹であり、実母のエリスとは義姉妹の盟約を交わしている)で、イオーは私の妻。つまり、マリーター叔母様とティートは私たちの"叔母夫婦"、私とイオーはお二人の"姪夫婦"ってことですよ」
「つまり......私がアーテーのことを"アーテー"と呼び捨てにしていいように......」
「イオーのことも"イオー"って呼んであげてください」
「ええ!?」と、ティートロースは驚いた――が、確かにその通りで。
イオーも「いいよ」と言いたげに微笑んでいる。が......。
「いや、これまで通り"巫女殿"と......」
「ではまあ、それはおいおいと言うことで」
その後、アーテーとイオーは正式に結婚式を挙げたが、二人はあえて同居はせず、アーテーがイオーのもとに通う「通い婚」の形を取った。エリスとレシーナーがそうだったからというのもあるが、イオーが人間として巫女の職務を全うすることを願ったからである。
そして、イオーは51歳まで巫女を務めた――とは言っても代替わりではない。ヒューレウスが王位を継承して、メーテイアとの間に生まれた長女が巫女として神殿に上がったのは既に10年も前の事である。イオーは姪が巫女となってからも引き続き先輩巫女として勤めていたのだが、それを辞さなければならなかったのは別の理由からだった。
イオーは乳癌のために病床に就かなければならなかったのである。
人間の医師による治療は受けたが、この現代においても癌はまだ完治するのが難しい病である。この時代なら尚のこと治すのは困難だった。
アーテーは医術の神に治してもらうようにイオーを説得したのだが、それをイオーが断った。
「むしろ、このまま死なせてください」と、イオーは言った。「今の私は人間です。でも、本来は精霊として生まれる資格を持つ魂でした。それを人間として生まれてきたのは、精霊であったがために不幸な目にあったからです。その選択は間違っていなかったと思っておりますが......アーテー様の妻として生きるには、寿命という枷がございます。ですから、一度死んで、今度は精霊として生まれ変わって参ります。そうしたら、またアーテー様の妻にしてください」
アーテーはその願いを受け入れるしかなかった。
そして、イオーが52歳で身まかり......アーテーは、また子供の姿に戻ってしまった。
「約束だよ、イオー。今度は精霊として――不老長寿の体として生まれ変わって、私と再会するんだよ。私は絶対、あなたを見つけ出して、またお互いの手を握り合うんだからね!」
「はい、約束です。アーテー様......」
『.........って、約束したのに。どうしてか、人間として転生しちゃってるのよねェ、私......』
中村衣織は、嵐賀エミリーこと片桐枝実子の原稿と、刷り上がって来た校了紙を見比べてチェックしながら、そんなことを考えていた。
『転生って、本人の意思通りにはいかないものなのねェ。いろいろな神様の思惑なんかも働いてるんだろうなァ......あっ、ここ赤字が直ってない(;一_一) 』
しかし、こうして嵐賀エミリーの担当になったことを考えると、これも運命だったのだろうと思える。エミリーのアシスタントの鍋島麗子はかつてのレシーナーであるし、そしてエミリー――片桐枝実子の守護霊は、何と言ってもアーテーだったのだから。
『アーテー様に会うために、私、いったん人間として転生したのかな? 今度はちゃんと......』
衣織が考え込んでいる時に、横から声がかかった。
「イオちゃん! 昼飯行かない?」
「ん?......ああ、よし君」
同僚で交際相手の佐久間芳雄だった。
「ああ、もうそんな時間なのね」
「今日はどこ行く? パスタ? お寿司?」
「う~ん......ラーメン!」
「よし、行こう」と、芳雄は右手を出してくる。
なので衣織は、その手を通り抜けて、彼の右腕に自分の左腕を絡ませた。つまり腕を組んだのである。
「こっちのがいいな」
「え!? ......みんな居るのに、大胆だね......」
「いいじゃないの、見せつけたいの」
という衣織の言葉に、周りが囃し立てて、口笛などが鳴った。
「ほら、行きましょ! 休憩いただきまァ~す!」
衣織は楽しそうにはしゃぎながら、芳雄を連れ出すのだった。
『ごめんね、よし君。あなたのことも大好きなんだけど......私の左手は、今でもアーテー様の右手とつながったままだから......』
今でもまざまざと思い出される。睦みあう度につながれた、愛する人の手の温もりを。
いつか、またその手がつながれることを、衣織は信じていた......。
Fine-
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