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from: エリスさん
2013年02月08日 14時10分32秒
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離したその手を再びつなぐ・1
その日、佐久間衣織(さくま いおり)――旧姓・中村衣織(なかむら いおり)は、死に向かおうとしていた。
98歳になり、曾孫の小学校入学まで見ることができたのだから、大往生と言える。それは分かっていても、親族たち今まさに命の火が消えかけている衣織おばあちゃんの周りに集まり、今少しの長寿をと願わずにはいられなかった。
「みんな、悲しまなくていいんだよ......また会おうね......」
衣織の最後の言葉は、常日頃の彼女らしく優しいものだった。
衣織が気が付いた時、彼女の目の前には色鮮やかな紅葉模様の着物を着た羽柴麗子(はしば かずこ)――旧姓・鍋島麗子(なべしま かずこ)が立っていた。それも、初めてあった頃の、まだ25歳ぐらいの麗子の姿だった。
「お疲れ様でした、衣織さん」
「麗子さん......あなたがお迎えに来て切れたんだ。てっきり旦那が来てくれるのかと思ってた」
人は死ぬと親しかった人が迎えに来てくれると言うが......衣織の当然な疑問に、麗子は微笑んで答えた。
「残念と言うべきか、幸いと言うべきか。あなたのご主人の佐久間芳雄さんは、すでに生まれ変わっているのよ」
「あら!? そうなの......まあ、20年も前に先立ったからね」
「誰だと思う?」
「誰って......私の傍に転生してたの?」
「そうよ。あなたの曾孫の坊や、この間小学校に上がった......」
「和雄!? あれ、よし君だったの!? 道理でそっくりに育つと思った......」
「そういうこと......さあ、行きましょう」
「うん......」
二人は雲の上を歩いていた。
「それにしても、麗子さんが亡くなったのって、確か75歳だったのに、しばらく会わない間に若返ったのね」
「何を言ってるの、衣織さん」と、麗子は笑った。「あなたも若返ってるわよ。良く見て......」
麗子は懐から小さい鏡を取り出すと、衣織に渡した。
衣織は、20歳前後の姿に戻っていた。
「人間って、死んで魂だけになると、本人が一番輝いてた姿に戻れるのよ」
「ヘェ~、そうゆうもんなんだ」
「ちなみに、忘れていた記憶も戻って来るのよ......イオー」
「あっ!? じゃあ、レシーナーとしての記憶も?」
「ええ......私たちって本当に、強い縁で結ばれているのね」
「ホントだね......」
二人が思い出話をしながら歩いて行くと、やがて一面花畑が広がる高原へとたどり着いた。
「ここが死者の国?」
と、衣織が聞くと、
「この先の川を渡るとあるのよ。ほら、あそこで渡し守が待ってるわ」
目を凝らして良く見ると、ボートらしき物に男が一人乗って待っていた。
「良く、臨死体験をした人が"花畑を見た"って言うでしょ? あれってここの事なのよ」
「そうなんだ......ねえ、死者の国って、全世界共通なの?」
「とりあえず私たちが行くところは"黄泉の国"って呼ばれる、日本の死者の国よ。そこから、転生先が外国の人はお迎えが来て移り住むんだけど」
「そっか......まだ日本人なんだ、私......」
「......早くギリシャに帰りたい?」
ここに来るまでに話していた思い出話が、ほとんどギリシャでのことだった。簡単に想像がつくというものである。
「残念だけど、転生先は私たちの希望通りにはならないものよ。すべては神様が決めることだから」
「そうだよね......うん、分かってた。だって、希望通りになってたら私は中村衣織としてではなく、精霊(ニンフ)イオーとして生まれていたはずだもの」
衣織が悲しそうに言うので、麗子は衣織の事をそっと抱きしめた。
「いつかは戻れるわ......あなたとアーテー様の縁は、私とあなたとの縁よりずっと深いのですもの」
「......うん。ありがとう、麗子さん」
「さあ、行きましょう」
麗子が先に立って歩き出した――その時だった。
背後から風が吹いてきたことを感じた麗子は、
『この世界に風が!?』
と思い、振り返った時には、衣織が空に浮き上がっていた。
紅い翼を背に持つその人物が、衣織を連れ去ったのである。
「あ!? アーテー様!?」
その異変に気付いた渡し守が、慌ててボートから降り、麗子の方に駆け寄ってきた。
「なんだあれは!? 死者を連れ去るなど、前代未聞だぞ!」
「すいません、あの方は......衣織さんとは深い因縁がある方で......」
「なんだ、そなた。今の翼の少女を知っておるのか?」
「私が前世にお仕えした方です。オリュンポス神界のアーテー様とおっしゃられる方で」
「オリュンポス神界のアーテーだな。分かった! わたしは上官に連絡するから、そなたはあの者たちを追いかけてくれ!」
「はい、分かりました!」
麗子も魂だけの姿になっているので、空を飛ぶことはできるのだが......幽霊が浮遊するのと同じことなので、まったくもってスピードは出ないのであった......。
それでも目的地は分かっている。
麗子が行ってしまってから、渡し守は携帯電話を取り出して、上官に連絡を取った。
オリュンポス神界のアルゴス社殿――から少し離れたところに、復活神エリスの長女・レーテーの社殿があった。レーテーが名目上の侍女――実質は愛人のヤマトタケルと、なんでもこなしてくれる有能な侍女・エルアーとの三人で暮らしている、こじんまりとした社殿だった。
その社殿の湯殿で、レーテーはエルアーに髪を洗ってもらっていた。
「ああ......気持ちいい......」
レーテーは夢見心地でエルアーに任せていた。
「レーテー様の御髪(おぐし)は本当に滑らかですね」と、エルアーは言った。「それに綺麗な亜麻色ですし」
「ありがとう......でも本当はね、母君のような黒髪に憧れていたの」
「そうなのですか?」
「ええ。母君には会ったことあったわよね?」
「エリス様の方ですよね? エイレイテュイア様ではなく」
「そうそう......今は女神ではなく両性神だから、母君と呼ぶのもおかしいのだけど」
「複雑でございますね(^_^;) でも、あの方の御髪に憧れるお気持ちは分かります。お綺麗でございますよね」
「そうなのよ。なのに、11人も子供がいるのに、誰一人としてあの黒髪を引き継いだものはいないのよ」
「子供がすべて親に似るわけではございませんから......シャンプーを流しますので、目を閉じてくださいませ」
「ハーイ、いいわよ」
「では!」
エルアーがシャワーでレーテーの髪をすすいでいると、そこにタケルが入ってきた。
「おや、二人でお楽しみだったかな?」
「あら、タケル? あなたもお風呂?」
と、レーテーが目をつぶったまま聞くと、
「そうしようと思ったんだけど、君が終わってからにするよ」
「いいじゃない、一緒に入れば。うちのお風呂は日本の露天風呂を模して作ったから、3人ぐらい余裕で入れるもの」
「いいの? この後、エルアーと楽しむつもりじゃなかったの?」
「だ・か・ら。」
レーテーは前髪を後ろに流して、目にかかる水を切って目を開けた。「三人で楽しめばいいじゃない?」
「まったく、君って人は......」
タケルはレーテーの前にしゃがむと、エルアーが見ていることなど気にせず、レーテーと濃厚なキスを交わした。
「君のその奔放なところが魅力的で堪らないよ」
「私も、私を自分だけに縛り付けないあなたが大好きよ」
そこで「お二人とも」と、微笑みながらエルアーが言った。「そろそろコンディショナーを使いたいのですが」
「はいはい。ほら、タケルも服を脱いできて」
「ああ、そうするよ」
タケルが脱衣所に戻ると、その時そこに置いてあったレーテーの携帯電話が鳴った。
「レーテー! 君の携帯が鳴ってるよ!」
「誰からって表示されてる?」
「黄泉平坂(よもつひらさか。黄泉の国の入り口付近)の固定電話だ」
「あっ! じゃあ、あの方だわ。代わりに出て、持ってきて!」
「承知した~」
タケルはそう答えると、電話に出た。
「はい、オリュンポス神界の忘却の女神・レーテーの携帯です。はい......ご無沙汰しております、伊邪那美様。......はい、倭建(やまとたける)でございます。......ええ、今でも男装をしておりますよ。子供の時から男の格好をさせられておりましたから、この方が過ごし易いのですよ。......ええ、おります。今代わりますので」
タケルはそう答えると、体が濡れているレーテーの代わりに、彼女の耳の傍に携帯を持って行った。「伊邪那美様だよ」
「ご無沙汰を致しております、伊邪那美様! レーテーです。......はい、おかげさまで......はい?......紅い翼の少女?」
レーテーのその言葉を聞いて、タケルもエルアーもレーテーの末の妹の事を思い出した。
「その少女が連れ去った死者というのは?......ああ、左様で。はい、間違いなくそれは、私の妹のアーテーでございます。......分かりました、今すぐにでも、ひっ捕らえて参ります!」
と、レーテーが立ち上がって、すぐにも湯殿を飛び出そうとするので、
「お待ちを!」と、エルアーが制した。「コンディショナーをすすがなくては! せめてお召し物を!!」
興奮しているレーテーのことはエルアーに任せて、タケルは代わりに電話に出た。すると、電話の向こうで伊邪那美の神(黄泉の国の女王)が喋り続けていた。
「レーテーさん! そんな乱暴にしなくてもいいのよ!」
「恐れ入ります、伊邪那美様。お電話代わりました」
「ああ、建......話は聞こえたかしら? レーテーさんの妹御(いもうとご)が、こちらの死者を連れ去ったのよ」
「その死者というのは?」
「前世はギリシャ人よ。きっと、妹御と因縁があるのね」
「もしや衣織と言う女人では?」
「あら、ご存知?」
「以前アーテー殿が、レーテーからこちらの冥界の王妃・ペルセポネー様を通じて、自分の恋人がどこに転生しているのか調べてもらったことがあったんですよ」
「まあ、そうだったの......ペルセポネーも事情を分かっているのね。いいわ、それなら彼女に間に入ってもらいましょう。前世恋人だった死者を連れ去ったとなれば、何が目的か容易に検討がつくわ」
「よろしくお願いいたします」
タケルが電話対応をしている間、エルアーはシャワーを駆使してレーテーの髪からコンディショナーを落とし、バスローブを羽織らせていた。
「レーテー、そんなに慌てることはないよ」
タケルはそう言いながら、電話を切った。「アーテー殿なら、どこに行ったかだいたいの検討はつくだろ?」
「そうだけど......もう、あの子ったら! 伊邪那美様にまで迷惑をかけて!」
「そう怒んなさんな。君だって、死にかけていた俺を天上に浚ってきただろ?」
「あれは......」
レーテーはそう言いながら、過去に自分がしたことを思い出した。
なのでエルアーが言った。「さあ、髪を乾かしましょう。そのままでお出掛けになるなど、レーテー様の沽券に係わります」
「そうそう、見っとも無い恰好はやめてくれよ、俺たちのために」
「......うん、そうね......ちゃんと体も洗うわ。まだあっちこっちにシャンプーが残ってるから」
「はい、そう致しましょう」
と、エルアーは再びレーテーのバスローブを脱がすのだった。-
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